復讐を誓った亡国の王女は史上初の女帝になる

霜月纏

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陰謀篇

第45話 課題──お土産

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「王女殿下! 申し訳ありません!」


 謝るメフィアの手には大量の食べ物が抱えられていた。随分と楽しんでいたようだ。


「平気平気、偶には休まないと」


 私はそう言ってルーシーとメフィアを連れて再び露店を回り始めた。


「なかなか良さげな物がないわね」


 暫く見て回ったが、なかなかお土産に良さそうな物が見つからない。城には既に珍しい工芸品は揃えられているし、装飾品も最高品質の物が揃っている。品質が良い物や珍しい物には事欠かない。


「王女殿下! 土産物に一つ如何ですか?」


 声をかけてきたのは気風の良さそうな女性だった。その手には一本のネックレスが掛けられていた。


「これは?」

「山で採れた石に彫刻をした物です。宝石ではないので安物ですが、意匠デザインは良いと思いますよ」


 渡されたネックレスの石は宝石ではなかったが、真っ黒で透き通っていた。月にかざして見上げると細やかに施された彫刻が月明かりに照らされて様々な表情を見せる。


「綺麗……」

「ありがとうございます!」


 女性は満面の笑みを浮かべて誇らしげに言った。


「これ、全てで幾つありますか?」

「六つです」


 そう言って五つのネックレスを追加で持ってくる。それぞれの石には異なる意匠デザインが施されていたが、どの石も鳥の羽を何処かに入れている。


「全部貰えますか? それと同じ意匠デザインの腕輪を三つお願いします」

「ぜ、全部ですか?! それに腕輪まで……。ありがとうございます」


 女性は一瞬驚いていたが、すぐに会計をしてくれた。


「フレイア、何で六つも?」


 ルーシーが不思議そうな表情で聞く。


「家族で揃っている物を持っていても良いでしょ?」


 私、お祖母様、お母様、マテオ兄様、セオドア兄様の分で五つ。残った一つはいつかお父様が帰ってきた時に渡すための物だ。


「では腕輪は?」

「私たちのよ」


 そう言って腕輪の一つを自分の腕に嵌めて、残りの二つの腕輪をルーシーとメフィアに手渡す。ルーシーは戸惑うことなく付けた。


「お、恐れ多いです」

「良いのよ。私が付けて欲しいの」


 メフィアは遠慮しているが嬉しそうでもある。私が付けるように促すと、おずおずと腕に嵌めた。


「フレイア、そろそろ花火の時間だよ」


 ルーシーが私の腕を引っ張って花火が見えやすい位置まで走る。立ち止まって暫くすると大きな火花が夜空に昇り、大輪の花を咲かせる。次々に上がる花火に人々が沸き立ち、周囲が熱気に包まれた。


「わぁ! 綺麗!」

「凄い……」

「本当に花火だ……」


 私とルーシー、メフィアの口からポツポツと感想が漏れる。ルーシーとメフィアはあまりの華々しさに圧倒され、花火が終わった後も暫くポカンと呆けていた。


「ほら、二人とも! そろそろ戻らないと」


 私は前世で何度も花火を見たことがあり、流石に圧倒されて我を忘れることはなかった。周囲の人々は徐々に散り始め、熱気も冷めている。


「そ、そうだね」


 私の声で我を取り戻したルーシーが言った。既に露店も屋台も一通り回り終えているので、私たちは帰路につくことにした。


「今日は楽しかったわね」

「はい!」

「また三人で遊びたいね!」


 ルーシーの言葉にメフィアは嬉しそうに頷いた。





「おはようございます。お祖母様」

「おはよう、フレイア」


 翌朝、日が昇りきった頃にお祖母様は起きてきた。よく眠れたようで心做こころなしか目の下の隈が薄くなっている。


「そうだ。昨夜、出かけた際にお祖母様への贈り物を買ったのです。高価な物ではないのですが……」


 ここで私は不意に気づいた。私は真心を込めて選んでいれば高価な物でなくても良いと思っていたが、考え方など人それぞれだ。お祖母様はそう思わないかもしれな。そう思い至るとネックレスを渡すのが少し怖くなった。


「貴女が選んでくれた物なら値段なんて関係ないわ」


 お祖母様は私の不安を吹き飛ばすように心底嬉しそうに言った。その言葉で胸が暖かくなった。


「実は家族全員分買ったのです。勿論、お父様の分も買いましたよ!」

「そう、あの子の分も買ってくれたのね……」


 お父様の話をするとお祖母様の表情に影が落ちる。やはり、自分が腹を痛めて生んだ息子に長年会えないのは辛いのだろう。


「……お祖母様」


 私が声をかけるとお祖母様はハッとして私の顔を見た。そして頬を優しく撫でながら「貴女が優しい子で良かった」と言った。


「さぁ、ネックレスを見せて頂戴」

「はい」


 私が手渡したネックレスを見るなり、お祖母様は目を見開いた。


「これを何処で?」

「? 祭りの露店で売っていました。山で偶然採れた石だそうです」

「どの露店か教えて貰える? 石が採れた山について話を聞きたいわ」

「今からですか?」

「えぇ!」


 あまりに捲し立てるので、急いで昨夜の露店に向かうと、女性は店を開く準備をしていた。


「あの……」

「あ、王女殿下! 何か御用……で……」


 女性は途中で言葉を止めて私の手に握られたネックレスに目を留めた。そして焦った様子で「ネックレスに不備が?!」と叫ぶ。


「あの、お祖母様がお話をしたいそうで……」

「お、王太后陛下が?! あ、す、すぐに紅茶の用意をっ……!」


 女性は更に身体を強張らせて私とお祖母様を店の中に案内すると手早く紅茶の用意をする。そして私たちの前に紅茶を置くと向かい側に立って頭を下げる。


「あの……ネックレスが何か問題が?」


 女性が恐る恐る聞いた。その声は震えている。お祖母様がネックレスに不備を見つけて叱責する為に来たと思っているのだろう。もしも私が彼女の立場だったらそう思う。


「この石が何処の山で採れたのか聞きたいのですが……」

「す、すぐ近くの山です。装飾品に使う宝石や鉱物を拾いに行った際に見つけたと聞いています」

「聞いている? 貴女が拾ったのではないのですか?」

「夫が見つけました」

「そう……。明日、貴女の御夫君に見つけた山に案内して貰うことは出来ますか?」

「も、勿論です! いつ頃が宜しいでしょうか?」


 女性は少し怯えながら聞いた。ネックレスに不備があったわけではないので処罰されることはないとわかっているはずだ。それでも怯えているのは、何か礼を欠くような言動をすれば即斬首刑だと思っているのだろう。平民の間では王族に対する印象などそんなものだ。


「そちらの都合の良い時間で構いません。暫くはこの街に居ますから」

「では、都合がつき次第ご連絡させて頂きます。どちらの宿にお泊りですか?」

「この宿の受付に連絡をして下さい」


 お祖母様は懐から小さな木簡を取り出し、宿の看板のマークを正確に描く。識字率が低いこの世界では宿には字が読めない平民の為のマーク看板と字が読める貴族の為の文字看板の両方が掲げられている。


「畏まりました」

「いえ、では明日」


 お祖母様はそう言って席を立った。女性はお祖母様と私を見送ると、急いで開店準備を再開した。やはり店を開ける前というのは異世界であろうと関係なく忙しいのだろう。何だか申し訳ない。




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