復讐を誓った亡国の王女は史上初の女帝になる

霜月纏

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陰謀篇

第35話 男爵家断罪──仲間の苦痛

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キィッ


 扉を開けると静かな寝息をたてて穏やかに眠っているメフィアが居た。


「王女殿下、お静かに。先程眠ったばかりなのです」

「ごめんなさい。それで容態は?」


 初老の女性侍医は怒りに口を歪めて目を逸らす。


「……彼女は虐待されていたようです」

「虐待…………」


 途端に私は罪悪感に襲われた。もとより男爵家での締め付けが酷くなるであろうことは予想していた。本人にも暴力が激化することは事前に伝えていた。しかし自分がもっと上手く出来ていたらメフィアはこんな目には遭わなかったのではないかと言う考えが頭をもたげる。


「虐待についてなのですが…………通常の身体的虐待だけでなく性的虐待をされた痕跡が見つかりました。それも数日間に渡って追い詰められ…………」


 侍医はそこまで言って黙った。きっと今の私の顔は怒りと後悔で醜く歪んでいることだろう。視界が涙でぼやけ、掌がジンジンと熱を持っている。地面には握りしめられた拳から血が一滴、一滴と垂れていた。


「……暴行をした相手の特定はできますか?」


 震える声を抑えて侍医に聞く。胸の中で渦巻く激情に押し流されないように必死に理性を繋ぎ止め、冷静さを取り戻すために深呼吸をした。


「……身体的虐待をしたのは彼女の義母と義妹、性的虐待をしたのは彼女の父親かと…………」


あのクソ豚野郎っ!


 私は部屋を出て男爵家が控える部屋へ向った。周囲の人間は私を見てすぐに道を開けた。


バンッ!


 扉を勢いよく開けると一同がビクッと身体を震わせ、怯えた様子でこちらを見ている。男爵は私の顔を見るとすぐに目を逸した。その態度に更に怒りがこみ上げる。私はツカツカと足音をたてながら男爵の前に歩いていき、男爵の頬を思い切り叩いた。


バシンッ!


 乾いた音が部屋に響く。男爵を叩いた右手がジンジンと痛む。男爵の頬には少量の血が付き、五つの赤い筋が出来ていた。男爵は一瞬、何をされたか理解できていないような顔で呆けたが、すぐに静かに俯いた。


「お、王女殿下、何をっ……!」


 フィローニアが批難するような声を上げたが、私に見つめられるとすぐに口を噤む。


「……貴女たちを買い被り過ぎていた……いえ、見縊みくびっていたのかも知れないわね。いくら大罪を犯した馬鹿な貴族でも、私の友人に手を出すはずがない…………そう思っていたわ」


 静かな部屋に私の声が吸い込まれるように消えていく。何とも言えない雰囲気に包まれた部屋で誰もが口を噤んだ。その静寂を破ったのは次女のメアリだった。


「何故……何故姉なのですか?!」

「お姉様…………? まさかっ! お止め下さい!」


 カリスが慌ててメアリを止めようするが、メアリは話を聞こうとせずに言葉を続けた。


「王女殿下は間違っています! あの女は私より秀でているものなどありません! 私の方が美しく聡明です! あの女狐よりも私を選ぶべきです!」


 最後まで言い切ってしまったメアリを見てカリスは絶望した表情を浮かべる。王族の前でヒステリックに騒ぎ立てるだけでも品性を疑われる行動だ。その上で王族の選択を間違っていると批難した。問題行動どころの話ではない。


「お姉様……なんて暴言を…………」


 カリスの言葉に我に返ったメアリは顔を青白くする。


「お、王女殿下っ! 今のはっ…………!」

「確かに貴女は美しいと言える容姿でしょう。その整った見目は人の視線を惹きつける。ですがそれだけです。人の視線は惹きつけられても人は惹きつけられない。貴女という人間に魅せられ夢中になる者は居ない。容姿を利用する他に人を惹きつける術を持たない人間は、いずれ必ず周囲の者に捨てられます」

「なっ……!」

「貴女の心根は醜すぎる。私の側に置くに値しないわ」

「酷い……」


 まるで悲劇のヒロインのように涙を流すメアリ。しかし側には擁護してくれる王子様も護ってくれる騎士様も居ない。


「メフィア様には私の庇護のもと、王城で治療に専念して貰います。皆さんへの罰は追って知らせが来るでしょう。知らせが届くまで宿の自室で謹慎することを命じます。部屋から一歩でも出ればその場で処刑されると思いなさい」

「そんなっ!」


 嘆くメアリをよそに私はカリスに選択を迫る。


「カリス、今、ここで自分で決めなさい。実家に付くか私に付くか」

「…………私は男爵家の人間です。自分の親の罪は自分であがないます。王女殿下、短い間でしたがお世話になりました」


 カリスの目は寂しげだったが、それと同時に二度と私を交わることはないと覚悟した目でもあった。許されない罪を犯したとしても見捨てない優しさ。家族のために自身の命を失うことになるのも厭わない強さ。それは私が初めて見たカリスの優しく強い面だった。


「……さようなら」


 涙が出そうになるのを必死に抑える。


私に泣く権利なんかない。私がカリスとその家族を追い詰めるんだから……


 私は宿の人間に騎士が到着するまでの間、男爵家全員を監視するように命じてメフィアを連れて宿を出た。そして私がクッションを敷き詰めて改良した馬車に乗せる。


「……ん…………」


 クッションの上に横たわるメフィアに布を被せ直すとメフィアが身動いだ。


「フィー……」


 頬をそっと撫でるとメフィアが目を開いた。私の姿を目に映したメフィアは涙に瞳を濡らす。


「フレイア様……申し訳ありません。隠し通すことが出来ず、邸に保管されていた証拠の殆どを処分されてしまいました」


 メフィアが私を見て最初にしたのは謝罪だった。涙を流して謝るメフィアを見ると、自分の未熟さを痛感し、身体を引き裂かれるような思いになる。


「良いのよ。私こそ助けるのが遅くなってごめんなさい。私の考えが足らなかったわ。そのせいで貴女に辛い思いをさせて……」

「助けに来て下さっただけで嬉しいです」


 涙を流しながらも微笑を浮かべるメフィア。私を許そうとするメフィアの優しさが、今は何よりも痛かった。


「今は休んで」


 私がそう言うとメフィアは力なく返事して目を閉じる。暫くすると規則的で穏やかな寝息が聞こえてきた。真っ赤に腫れた目元はメフィアの苦痛がどれほどの物だったかを物語っている。


私のせいで死んでしまいたくなるほどの恥辱と恐怖に苦しんだはずなのに……


 今回の一件で普段の儚げな雰囲気からは想像も出来ないメフィアの優しさと強さを感じた。そして同時に自身の先見力のなさを悔やんだ。




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