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陰謀篇
第21話 派遣調査──出立
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お母様から外出の許可を貰ってから一週間。私は期待を胸に旅路の用意をしてきた。そして今、城門の前で馬車に乗り込もうとしている。
「行ってきます!」
調査中に正体がバレないように鬘をかぶり、前世のメイク技術を駆使して顔を別人のように変えた。お茶会ではルーシーの変装はしたが、自分の化粧は黒子を作って頬を痩けさせただけだったので最初に私の化粧後の姿を見た家族は驚いていた。しかし毎日練習していたのでいつの間にか慣れたようだ。男爵領に入る前に化粧は落とすが、それまでは王女とバレないほうが動きやすい。
「待って! これを」
見送りに来た家族に挨拶をして出発しようとした私を呼び止めたのはお祖母様だった。その手には革の小袋が握られている。
「これは?」
「旅の途中でお金が必要になるでしょう? 使いなさい」
「お金? 最低限のお金ならお母様から頂いていますが……」
「あって困る物でもないのだから持って行きなさい」
袋の膨れ具合から見ると貨幣三、四十枚くらいだろう。金額の把握はしておくに越したことはないと思い、私は革袋の中身を確認した。
「なっ!」
革袋の中には白金貨八枚と金貨十五枚、銀貨四枚、銅貨十枚が入っていた。物価が違うので正確ではないが、日本円にして約一千万円。こちらの世界で屋敷を一つ買える金額だ。
「こんなに必要ありません。遊びに行くのではないのです。不足分を補うにしても金貨二、三枚あれば十分です」
金貨ニ、三枚で二、三十万程度になる。前世の感覚だと月給くらいだと感じるが、こちらの世界では小さな商会を買い取ることが出来るほどの大金だ。
「遊びではないからこそ必要になるのです。貴女が今回の調査で重要になるのは情報。情報は安くはありませんし、自分の情報を操作するのであれば買うよりも大金を必要とすることもあります。貴族の罪に関する情報は驚くほど高値で売買されますし、男爵とは言え貴族相手に嘘を付かせる状況になれば大金が必要です」
確かに調査で重要になるのは情報。特に今回に関しては金回りが怪しいのは確実だと言えるほどの大金が動いているにも関わらず、何で稼いだ金品を横領しているのかは特定できていない。つまり裏の人間も絡んでいるのは確実。
「……では、ありがたく頂戴します」
「それで良いのよ。さぁ、行ってらっしゃい」
お祖母様は私の額に軽く口づけをする。そして泣きそうな表情を我慢して笑顔を浮かべた。
何も泣かなくても……今生の別れというわけでもないのに……
まるで映画のワンシーンのような笑顔を浮かべるお祖母様を見ていると貰い泣きしてしまいそうで、私は急いで馬車に乗り込んだ。
「良い報告を持ち帰れるように頑張ります」
「まずは無事に帰ってきてくれれば良いわ」
お母様の言葉に「外出の目的が調査なのに……」と苦笑いしながら手を振る。
「ルーシー。ネイズーム領までどのくらい?」
「予定では十五日。他の男爵領に比べれば近いほうだよ。事前に通知しているから領都に着けば出迎えが来るはず」
旅程は緩やかに組んでるから距離で大体五百キロくらいか……
「そっか。それまではのんびり出来そうだね」
私は静かに目を閉じた。しかし馬車の揺れが激しくて眠れない。
「これじゃ休めな……」
スーッ……スーッ……スーッ……スーッ……
「マジか……」
目の前に座るルーシーは激しく揺れる馬車の中とは思えないほど穏やかな寝息を立てて眠っていた。侍女なのに主人を放って寝ているだとか、護衛なのに周囲を警戒していないだとか、色々と問題はあるが単純に凄い。
「侮り難し。ルーシーの寝付き」
やっぱり最近忙しくしてたから疲れてるのかな……
ルーシーは馬車の揺れで木に頭をぶつけながらも熟睡していた。ゴツゴツと小刻みに聞こえる鈍い音はとても痛そうで、見ているだけで頭痛がしてくる。幻痛と言うものだろうか。
本当は馬車の改良をしてから乗りたかったのだが、一週間では改良できず、一番小さな馬車にクッションを敷き詰める程度しか出来なかった。それも我儘でメイドの仕事を増やすのは気が引けたので自作のクッションだ。しかし、裁縫が得意なわけでもない私では馬車内の接触部分を覆い尽くせるほど大きなクッションは作れず、頭が凭れる部分は木が剥き出しになっていた。
私はルーシーの頭をそっと持ち上げ、ブランケットを畳んで挟んだ。これで頭を打たずに済む。
「おやすみ、ルーシー」
「行ってきます!」
調査中に正体がバレないように鬘をかぶり、前世のメイク技術を駆使して顔を別人のように変えた。お茶会ではルーシーの変装はしたが、自分の化粧は黒子を作って頬を痩けさせただけだったので最初に私の化粧後の姿を見た家族は驚いていた。しかし毎日練習していたのでいつの間にか慣れたようだ。男爵領に入る前に化粧は落とすが、それまでは王女とバレないほうが動きやすい。
「待って! これを」
見送りに来た家族に挨拶をして出発しようとした私を呼び止めたのはお祖母様だった。その手には革の小袋が握られている。
「これは?」
「旅の途中でお金が必要になるでしょう? 使いなさい」
「お金? 最低限のお金ならお母様から頂いていますが……」
「あって困る物でもないのだから持って行きなさい」
袋の膨れ具合から見ると貨幣三、四十枚くらいだろう。金額の把握はしておくに越したことはないと思い、私は革袋の中身を確認した。
「なっ!」
革袋の中には白金貨八枚と金貨十五枚、銀貨四枚、銅貨十枚が入っていた。物価が違うので正確ではないが、日本円にして約一千万円。こちらの世界で屋敷を一つ買える金額だ。
「こんなに必要ありません。遊びに行くのではないのです。不足分を補うにしても金貨二、三枚あれば十分です」
金貨ニ、三枚で二、三十万程度になる。前世の感覚だと月給くらいだと感じるが、こちらの世界では小さな商会を買い取ることが出来るほどの大金だ。
「遊びではないからこそ必要になるのです。貴女が今回の調査で重要になるのは情報。情報は安くはありませんし、自分の情報を操作するのであれば買うよりも大金を必要とすることもあります。貴族の罪に関する情報は驚くほど高値で売買されますし、男爵とは言え貴族相手に嘘を付かせる状況になれば大金が必要です」
確かに調査で重要になるのは情報。特に今回に関しては金回りが怪しいのは確実だと言えるほどの大金が動いているにも関わらず、何で稼いだ金品を横領しているのかは特定できていない。つまり裏の人間も絡んでいるのは確実。
「……では、ありがたく頂戴します」
「それで良いのよ。さぁ、行ってらっしゃい」
お祖母様は私の額に軽く口づけをする。そして泣きそうな表情を我慢して笑顔を浮かべた。
何も泣かなくても……今生の別れというわけでもないのに……
まるで映画のワンシーンのような笑顔を浮かべるお祖母様を見ていると貰い泣きしてしまいそうで、私は急いで馬車に乗り込んだ。
「良い報告を持ち帰れるように頑張ります」
「まずは無事に帰ってきてくれれば良いわ」
お母様の言葉に「外出の目的が調査なのに……」と苦笑いしながら手を振る。
「ルーシー。ネイズーム領までどのくらい?」
「予定では十五日。他の男爵領に比べれば近いほうだよ。事前に通知しているから領都に着けば出迎えが来るはず」
旅程は緩やかに組んでるから距離で大体五百キロくらいか……
「そっか。それまではのんびり出来そうだね」
私は静かに目を閉じた。しかし馬車の揺れが激しくて眠れない。
「これじゃ休めな……」
スーッ……スーッ……スーッ……スーッ……
「マジか……」
目の前に座るルーシーは激しく揺れる馬車の中とは思えないほど穏やかな寝息を立てて眠っていた。侍女なのに主人を放って寝ているだとか、護衛なのに周囲を警戒していないだとか、色々と問題はあるが単純に凄い。
「侮り難し。ルーシーの寝付き」
やっぱり最近忙しくしてたから疲れてるのかな……
ルーシーは馬車の揺れで木に頭をぶつけながらも熟睡していた。ゴツゴツと小刻みに聞こえる鈍い音はとても痛そうで、見ているだけで頭痛がしてくる。幻痛と言うものだろうか。
本当は馬車の改良をしてから乗りたかったのだが、一週間では改良できず、一番小さな馬車にクッションを敷き詰める程度しか出来なかった。それも我儘でメイドの仕事を増やすのは気が引けたので自作のクッションだ。しかし、裁縫が得意なわけでもない私では馬車内の接触部分を覆い尽くせるほど大きなクッションは作れず、頭が凭れる部分は木が剥き出しになっていた。
私はルーシーの頭をそっと持ち上げ、ブランケットを畳んで挟んだ。これで頭を打たずに済む。
「おやすみ、ルーシー」
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