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反乱軍の鎮圧

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「なっ何だ!」

「わっ、なっ何?」

 アンは咄嗟に身構えるが、グリムはそうは出来ない。パラパラと天井から破片が落ちてきて砂埃を立てる。

「何が起こってる!」

 アンは駆け出そうとして、その場に踏み止まる。

「アン?」

 グリムが問いかけると、アンはぐるりと方向転換してグリムの方に向かい隠し持っていた小型ナイフでグリムの両手首の鎖を切断する。それを見たグリムは目を大きく見開き驚きの声を出す。

「アン!?何して…」

「こっちもだ!」

 アンはグリムの言葉を聞かずにグリムの足枷の鎖も切断し、グリムを完全に自由にさせる。グリムはずっと困惑するだけだ。

「アン、君は何して、」

「ここでお前に死なれる訳にはいかない!」

 ここは地下だ。しかも最下層。ここは老朽化で脆くなっており、いつ崩れてもおかしくは無い。アンが死ぬかどうかは置いといて、ここで建物が崩れたりなんてしたらアンとグリムは仲良く生き埋めとなってしまう。


今ここで、グリムに死なれる訳にはいかないのだ。


「行くぞ!」

 アンはグリムの手を取り走り出す。松明の光はパチパチと不規則に揺れて所々が消えている。もうここも長くは持たないかもしれない。

「くそッ、何が起こってるんだ、」

 アンはグリムと一緒に階段を駆け上がる。エレベーターよりも階段の方が早いのは、きっと彼らが超異次元的な身体能力を持っているおかげである。
 重なる門には全て鍵がかかっていたが、アンはナイフで鍵穴を壊し、そして体当たりしながら無理矢理進んで行く。大の男でも壊れないと謳ったその頑丈な扉は、アンの前ではただの障害物に過ぎなかった。
 最後の扉に来た時、アンはビタリと止まってグリムの前に空いている腕を出す。

「待て、グリム」

「分かってる、門の前には兵が居る。僕の顔もきっと知られてる。どうするの、アン」

「武器だけ奪って逃げる。それしか無い」

「了解」

 アンは勢いよく扉を蹴飛ばすと、兵が状況を頭で理解するのよりも早く、2人は兵が持っていた巨大な武器では無い、肩にかけていたただの銃を掻っ攫う。アンはナイフで肩紐を引きちぎり、グリムはくるりと回って軽々しく兵の肩から銃を外す。

「おっお前!」

「黙ってろ!」

 アンは兵が武器を構える前に豪快な足蹴りを兵の頭に喰らわし、その兵はドスンと尻餅をつく。着ている防具が重いのか、その兵は中々立ち上がることが出来ず、もう片方の兵がその兵に駆け寄る間に2人は素早く収容所を後にする。
 収容所からいくつか走った後、都市の中心部にある公園には人が集まり、兵士たちが避難誘導を開始していた。その中に、アンのよく知る人物が居た。アンが声を上げるよりも早く、その人物はアンを見つけると男らしい低い声で叫ぶ。

「おい!アン!」

「ヴァルレイト!何が起こってる!」

 アンは「ヴァルレイト」と言う男に聞く。明るい茶髪の髪を持ち、長めの前髪は惜しげもなく後ろに流して男前なオールバックの髪型にし、後ろはさっぱりと刈り上げている。
 瞳は深い赤ワインの色で、キリッと強気な目と眉が相まって実年齢よりも大人っぽい印象を受ける。 
 色男と言う言葉が似合うその男は、今はこめかみに汗をかき、自慢の髪も乱れて顔に垂れ掛かる。

 「ヴァルレイト」、即ち、アンの一番仲の良い酒好きの戦友は、アンの隣にいるグリムを見て目を見開く。

「おいおいおい、「死神の少年兵」に会いに行ったと思ったら誰だよソイツ!」

「話は後だ!何が起こってる!」

「反乱だ!西の国の奴らが攻めてきた!数は多く無いが無差別攻撃を仕掛けてきてる」

「くそっ」

 やはりそうか。西の国は東の国を統治下に置いたと、契約上はそうなっていても西の国の奴らが黙って認めるとは思わない。だが、こんなに早いとは。まだ兵も市民も疲弊している筈なのに。

「俺が行く、避難誘導を続行しろ」

「待てアン!上からの判断を…」

「そんなことしてたらもっと死ぬ!俺が行けば良い話だ!」

「待ってアン!」

「グリム?」

 グリムはアンの袖を掴み、何かを求むように縋る瞳を向ける。

「僕は、何をすれば良い?」

「……何もしなくて良い」

「それは、命令?」

「…………行ってくる」

「アン!」

 グリムはアンの手を掴もうとするが、ヴァルレイトがグリムを引き剥がす。グリムはヴァルレイトに押さえつけられるが、それでも諦めずに悲痛な叫びをアンの背中に向かって叫ぶ。

「待って!アン!」

「無茶だアン!戻って来い!」

 その声を背中にして、アンは奪った銃一つを持って反乱軍の目の前に立って叫ぶ。

「俺は東の国「ヴァストーク」の少年兵だ!今すぐに攻撃を中止し、武器を捨て手を挙げろ!」

 アンはまだ言う言葉があったが、それは怒りに満ちた声に掻き消される。

「威嚇射撃も忠告も要らん!早くソイツらを殺せ!」

「何を、」

 アンが後ろを振り返ると、そこには顔を真っ赤にして沢山の兵に囲まれた王が怒鳴っていた。

 アンは目を見開き小さい瞳をもっと小さくする。

 威嚇射撃も、忠告すら無しに撃てだと?殺せだと?何を言っているんだ、相手は西の国の民間人だ。見て分からないのか?
 
 目の前にいるのは軍人では無い。何故それが分かるか、そんなの簡単だ。目の前の反乱軍は皆私服だ。ただの私服で、防具も何も付けていない。銃の扱いだって乱暴で素人すぎる。
 軍人ならば軍服を着用するはずだし、攻撃手段もいくら無差別攻撃とは言え事前に忠告をするなど、もっと理性を持った攻撃を仕掛ける筈だ。それなのに、

「殺せー!!我の命だー!!!」

 


 その言葉を合図に、アンの隣を何かが通り去る。




「なっ………」

 アンは驚いてすぐ横を見るが、そこには何もいない。すると、目の前からの悲鳴がアンの耳を貫く。アンが前に視線を戻すと、そこには前線に立っていた反乱軍の数人が一瞬にして血を流して地面に横たわっている。

「誰かアイツを止めろ!」

 反乱軍の誰かが叫ぶが、それは叶わずに1人、また1人と血飛沫を上げ、悲鳴を上げその場に倒れて行く。地面は一気に赤く染め上げられ、生臭い血溜まりを大きくしていく。

「何て事だ……」

 ヴァルレイトの声が静かに響く。ヴァルレイトは目を見開き、目の前の光景に絶句していた。目の前の光景は深いワインの赤色をもっと深く赤黒くしていく。


 実際に見た地獄がある。沢山目にした悲惨な情景。今ここが、地獄に造り替えられていく。


 
 ここが、戦場になっていく。あの時と同じように。



 反乱軍にただ1人斬り込んでいった人物は、刃物の先どころか銃弾一発も喰らわずに次々と敵を薙ぎ倒し、その血を頭から被り続けていく。それに構わず、その人物は圧倒的な暴力を嫌と言うほどに奮って見せつけていく。

「グ、リム………」

 アンはその名を呼ぶ。


 今、反乱軍にただ1人斬り込んでいる、少女の名を。


 たった一瞬にして味方の半数以上を失った反乱軍はグリムから距離を取る。それでもグリムは軽い体を生かして一気に飛び跳ねると、空中で先程奪った銃を乱射してその一発一発を脳天に、頸動脈に、心臓に命中させていく。
 いつの間にか奪ったナイフで首を切りつけ引き裂き、その勢いのままぐるりと回ってまた脳天にナイフを突き刺す。あまりにも流れるように殺されていく光景に、敵味方関わらず瞳を見開き、そしてその場に蹲り吐く者もいれば、恐怖で泣き出す者、失禁する者、失神する者、数多くの人がその状況に狂乱し地獄絵図を創り上げていく。

「グリム!」

 アンが叫ぶと、グリムはくるりと振り向きその瞳をアンに合わせる。

「もうやめろ、」

「………アン、」

「殺せ!」

 後ろから声が響く。それは、命令を下した王の声だ。

「誰が止めろと言った!全員殺せぇ!!!」

「やめろグリム!!!!」

 同時に真逆のことを言われたグリムはビクリと肩を跳ねさせその場で止まる。その好機をが逃す筈も無く、すぐに反乱軍はグリムに襲いかかりその命を狙うが、それは叶わなかった。

 反乱軍の1人の血が、少量グリムに飛び散る。

「ア、ン………」

「………もう、やめろ」

 アンはその反乱軍の脳天を綺麗に撃ち抜くと、グリムの方に血溜まりの中を歩いて行く。

「何をしている!全員殺せ!」

「王」

 ヴァルレイトは人混みを掻き分けて王の側に行く。

「何だお前は!引っ込んでいろ!」

「王、今ここには大勢の国民がいます。ここで虐殺をするのは王のイメージを下げかねません。今は、身柄を拘束するのが賢明な判断かと」

「うぐぐ…」

 王がこれからずっとこの座に君臨するに当たって、国民からの支持は必須だ。ここで無闇に問題を起こす訳にもいかない。王は難しい顔をした後、苦々しく身柄拘束にプランを変える。

「グリム………」

「アン?」

 グリムはコテンと首を傾げさせ、赤毛の毛をもっと鮮血な赤色にし、それはパキパキと乾いていって赤黒く染まっていく。変わらないヘドロの瞳をアンに向け、疑問を浮かべたその瞳はあまりに純粋無垢で、あまりに濁り過ぎていた。
 

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