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「か……かしま、さん、は……?」
震えた声で尋ねると、田岡は目を伏せ、沈んだ面持ちを見せる。
田岡のその表情に、嫌な予感が駆け巡った。
己の心音がひどく煩く感じ、ごくりと唾を呑む。
「田岡さ……」
急かすように名を呼ぶと田岡は視線を上げ、此方を真っ直ぐに見据えた。
そして、躊躇いがちに口を開き――。
――亡くなりました。
静かな物言いで紡がれた言葉が、上手く、呑み込めない。
掛けられた言葉が脳裏に何度も響き渡っているが、言葉の意味が、どうしても理解出来なかった。
目を見開き、呆然としている蓮の姿を前にして、田岡は双眸に哀れみの色を浮かべる。
「組長の事……少しでも、好きでしたか?」
……少しどころじゃ、無い。
心底想っていたし、言葉の一つ一つに、一喜一憂したり、冷たい言葉を掛けられれば痛みを覚えるほど、夢中だった。
蓮はシャツの胸元を握り締め、嘉島の姿を脳裏に浮かばせる。
喉の奥が締め付けられるように痛んで、息苦しい。
声を上手く出せず、時間を掛けて、ようやく頷いて見せる。
それを目にした田岡は、にわかに眉を顰めた。
「だったら何故、伝えようとしなかったんですか。組長は、あなたの言葉を待っていたんですよ」
厳しい物言いで責められ、その言葉が尤もだと思った蓮は、何も返せなかった。
……僕の言葉を待っていたとは、何だろう。
ぼんやりと考えるが、嘉島の姿ばかりが浮かぶ頭は上手く働かず、答えが見つかる筈も無かった。
「あなたを責めた所で、どうにもなりませんね。何もかもが、遅いんです。……どれだけ責めても悔やんでも、組長はもう……戻っては来ないんですから……」
重々しい溜め息を零した田岡が、絶望的な科白を放つ。
蓮は振り向くのを止め、力無く俯きだした。
嘘だと、言って欲しい。
嘉島の笑い顔が脳裏に浮かんで、徐々に消えてゆく。
――信じられないなら、約束してやる。
温かみの有る言葉が鮮明に蘇って、喉の奥が、まるで焼けるように痛む。
もう戻っては来ない嘉島のことを想うと、虚無感さえ覚えた。
「……か、しま……さ……」
戦慄く唇を開き、蓮は搾り出すように、嘉島の名を呼ぶ。
その瞳からは静かに、水が零れ落ちた。
――好き。
言えなかった言葉を、伝えられなかった想いを、たどたどしく紡ぐ。
蓮の言葉を耳にした田岡は僅かに眉を上げたものの、何も告げずに踵を返し、部屋を出てゆく。
扉が音を立てて閉まるが、蓮は泣き止まず、想いを紡ぐことも止めようとはしなかった。
言葉が出せずとも、伝える手段は幾らでも有ったのだから。
もっと前から言っておけば良かったのにと、後悔と自責の念が、蓮を激しく苛む。
何かを言いたい時は、嘉島はいつだって、ちゃんと聞こうとしてくれていた。
それなのに、立場に縛られて、何も言おうとはしなかった。
蓮はすぐさま、己の考えを否定するように、かぶりを振る。
……違う。
立場に縛られていることを、理由にしていただけだ。
本当は、拒絶されるのが恐かった。
好きだと口にして、受け入れて貰えなかったらと思うと、恐くてたまらなかった。
自分が傷付きたくないばかりに蓋をして、大切な想いを……殺し続けていた。
蓮は両手で目元を覆い隠し、目の前に広がる闇の中に、嘉島の姿を思い浮かべる。
嘉島の声は、どれだけ耳を澄ましても聞こえない。
耳に聞こえるのは、水槽の酸素供給用のポンプが繰り出すモーター音だけで、嘉島が居ない今も、普段と何ら変わりなく、鳴り響いていた。
「か、しま……、かしま……さ、……好き」
この想いは、言葉は、もう嘉島の耳には届く事は無いのだと考えると、余計に止まらない。
蓮は泣きながら嘉島の名を呼び、何度も想いを紡ぎ続けた。
震えた声で尋ねると、田岡は目を伏せ、沈んだ面持ちを見せる。
田岡のその表情に、嫌な予感が駆け巡った。
己の心音がひどく煩く感じ、ごくりと唾を呑む。
「田岡さ……」
急かすように名を呼ぶと田岡は視線を上げ、此方を真っ直ぐに見据えた。
そして、躊躇いがちに口を開き――。
――亡くなりました。
静かな物言いで紡がれた言葉が、上手く、呑み込めない。
掛けられた言葉が脳裏に何度も響き渡っているが、言葉の意味が、どうしても理解出来なかった。
目を見開き、呆然としている蓮の姿を前にして、田岡は双眸に哀れみの色を浮かべる。
「組長の事……少しでも、好きでしたか?」
……少しどころじゃ、無い。
心底想っていたし、言葉の一つ一つに、一喜一憂したり、冷たい言葉を掛けられれば痛みを覚えるほど、夢中だった。
蓮はシャツの胸元を握り締め、嘉島の姿を脳裏に浮かばせる。
喉の奥が締め付けられるように痛んで、息苦しい。
声を上手く出せず、時間を掛けて、ようやく頷いて見せる。
それを目にした田岡は、にわかに眉を顰めた。
「だったら何故、伝えようとしなかったんですか。組長は、あなたの言葉を待っていたんですよ」
厳しい物言いで責められ、その言葉が尤もだと思った蓮は、何も返せなかった。
……僕の言葉を待っていたとは、何だろう。
ぼんやりと考えるが、嘉島の姿ばかりが浮かぶ頭は上手く働かず、答えが見つかる筈も無かった。
「あなたを責めた所で、どうにもなりませんね。何もかもが、遅いんです。……どれだけ責めても悔やんでも、組長はもう……戻っては来ないんですから……」
重々しい溜め息を零した田岡が、絶望的な科白を放つ。
蓮は振り向くのを止め、力無く俯きだした。
嘘だと、言って欲しい。
嘉島の笑い顔が脳裏に浮かんで、徐々に消えてゆく。
――信じられないなら、約束してやる。
温かみの有る言葉が鮮明に蘇って、喉の奥が、まるで焼けるように痛む。
もう戻っては来ない嘉島のことを想うと、虚無感さえ覚えた。
「……か、しま……さ……」
戦慄く唇を開き、蓮は搾り出すように、嘉島の名を呼ぶ。
その瞳からは静かに、水が零れ落ちた。
――好き。
言えなかった言葉を、伝えられなかった想いを、たどたどしく紡ぐ。
蓮の言葉を耳にした田岡は僅かに眉を上げたものの、何も告げずに踵を返し、部屋を出てゆく。
扉が音を立てて閉まるが、蓮は泣き止まず、想いを紡ぐことも止めようとはしなかった。
言葉が出せずとも、伝える手段は幾らでも有ったのだから。
もっと前から言っておけば良かったのにと、後悔と自責の念が、蓮を激しく苛む。
何かを言いたい時は、嘉島はいつだって、ちゃんと聞こうとしてくれていた。
それなのに、立場に縛られて、何も言おうとはしなかった。
蓮はすぐさま、己の考えを否定するように、かぶりを振る。
……違う。
立場に縛られていることを、理由にしていただけだ。
本当は、拒絶されるのが恐かった。
好きだと口にして、受け入れて貰えなかったらと思うと、恐くてたまらなかった。
自分が傷付きたくないばかりに蓋をして、大切な想いを……殺し続けていた。
蓮は両手で目元を覆い隠し、目の前に広がる闇の中に、嘉島の姿を思い浮かべる。
嘉島の声は、どれだけ耳を澄ましても聞こえない。
耳に聞こえるのは、水槽の酸素供給用のポンプが繰り出すモーター音だけで、嘉島が居ない今も、普段と何ら変わりなく、鳴り響いていた。
「か、しま……、かしま……さ、……好き」
この想いは、言葉は、もう嘉島の耳には届く事は無いのだと考えると、余計に止まらない。
蓮は泣きながら嘉島の名を呼び、何度も想いを紡ぎ続けた。
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