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 嘉島にはさして驚いた様子も無く、蓮も喋れないことを気にしている色は無いが、二重の双眸は微かに潤んでいる。
「何だ、その眼は。俺が居なくて淋しかったとでも云う気か、」
 蓮の瞳を見下ろしながら、嘉島は小馬鹿にしたように笑う。
 一ヶ月以上も会えなかったと云うのに、普段通りの冷たい態度をとられ、蓮は悲しげに目を伏せた。
 嘉島の身を心から案じていた蓮を、他愛の無い言葉で密かに傷つけたことすら、嘉島は気付かない。
 蓮は嘉島の身をずっと案じていた所為で、食欲も失せ、ろくに眠りもしなかった。

 抗争が始まったことを嘉島の腹心の田岡から聞かされて以来、無事でいるようにとただ祈るばかりで……嘉島が傷を負わないか不安で、眠れぬ夜を何度も過ごしたと云うのに。
 相手は、そんな自分の気持ちなど全く知らないし、気付くことすら無い。

 ――でも、仕方の無いことだ。
 自分は嘉島にとって、恋人でも無ければ愛人でも無いのだからと、蓮は考える。
 ただの抱き人形でしか無いのだと考えて、微かに感じた胸の痛みに眉を寄せた。
 が、嘉島の視線を感じ、すぐさまかぶりを振って見せる。

 ……本当は、淋しかったし、とても心配だった。
 だけど、それを嘉島に伝えたところで、何かが変わる訳でも無い。

「だろうな。俺が居ないだけで淋しさなんざ……おまえは感じる筈もねぇよな」
 素っ気無く冷たい口調で吐き捨て、嘉島は自嘲気味な笑みを口元に浮かばせる。
 目を伏せたままの蓮はそれに気付かず、嘉島に視線を向ける事もなく、胸の痛みにひたすら耐えることしか出来ずに居た。
 嘉島からして見れば、目を合わせようとしない蓮の態度は、頑なに自分を拒んでいるように見える。
 その上、眉を寄せている彼の表情はどう見ても、嫌がっているようにしか思えない。
 徐々に不快な気分になり、忌々しげに大きく舌打ちを零すと、蓮の肩がびくりと跳ねた。

「寝る気がないなら、俺の相手をしろ」
 突き放すように冷ややかな声音を放つと、片手を伸ばして蓮の肩を押さえ付け、華奢な身体を組み敷く。
 唐突にのしかかって来た嘉島の姿に圧倒され、蓮は瞳を大きく見開いた。
 体格差の有る嘉島に迫られると、あまりの迫力に怯え、身体が震えてしまう。
 恐怖の色を浮かべ、顔まで反らした蓮の態度に嘉島はひどく苛立った。
 畏怖されるのは構わないが、拒むように顔を背けられるのは、癪に障る。
 嘉島は一度目を細めた後、不意にぐっと力を込め、蓮の細い肩を更に強く押さえつけた。
「蓮、立場を忘れるな……おまえは俺に買われた身だろう、」
 痛みで、反射的に片目を瞑った蓮を、冷たく見下ろす。
 額にはうっすらと汗が滲み出していたが許す気にはならず、もう少し力を込めてやろうかと考えた瞬間、蓮は反らしていた顔を戻した。
 視線がようやく絡み合うと嘉島はすぐさま力を抜き、肩から手を離してやる。
「忘れるんじゃねぇぞ、蓮。ただの抱き人形に、拒否権はねぇんだ」

 ――痛い。
 胸の奥がひどく痛んで、蓮の瞳が微かに揺れる。
 冷たすぎる言葉が心に深く突き刺さって、何よりも、痛い。
 嘉島の元に来た当時は、どれだけ冷たい言葉を浴びても、ひどい仕打ちを受けても平気だった。
 それなのに……と、蓮は歯を咬み、シャツの胸元をきつく握り締める。
 嘉島に恋心を抱いてしまってからは、苦痛ばかりの日々で……本当に弱くなって、傷付いてばかりだ。
 相手は自分を玩具のようにしか思っていないから余計に、想いを打ち明ける事など出来なくて。
 冷たい言葉を投げ付けられても、雑に抱かれても、彼を嫌いになれない自分が……ひどく、愚かしくも思える。
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