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前編
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しおりを挟む視界が少しだけ揺れたけれど、倒れそうな程のものじゃない。
その事に安堵しながら脱がされたコートを羽織って、解かれたタイを結んで締め直すが、今度は失敗してしまう。
朝のあれは紛れだったのかと思いながら、ちゃんとした結び目にしようと、苦戦する。
「今日は残念だけど、予定が有るから……今度ゆっくり、話がしたいわ」
名刺を御島の胸ポケットに入れて、にこやかに微笑む母を見て、美しいと思った。
あんな風に柔らかく微笑まれたら、大抵の男は応じるに決まっているのだ。
だけど御島は気おくれした様子も無く、ゆっくりと頷くものだから……彼はとても、女慣れしているのだろうと思える。
母以上に美しい女性など、見慣れているのでは無いかと考え、何だか大人の世界のようで。
まだ一度も人を好きになった事が無い僕は、いたたまれなくなる。
なるべく注意しながら出入り口の方へ向かうが、足元はフラついて、危なっかしい。
「リン、ちゃんと歩きなさい。」
「……リン?」
僕に対する呼び方を聞いて、御島が訝しげに僕を見た。
僕は言葉を返さず、足を進めて廊下に続く襖の前に立つ。
リンと云う呼び名は、娘が欲しかったと何度も云っている母が、いつからか勝手に呼び始めたものだ。
違う名で呼ばれる事は、僕自身を見ていない事に繋がるから本当は嫌なのだけれど……母の気持ちを考えたら、拒む事は出来無い。
男の癖にしょっちゅう倒れて高熱を出すような、僕みたいな手間が掛かる子供を持って、母はとても可哀想な人なのだ。
そんな母の望みが、娘が欲しかったと云うのだから、申し訳無いとしか思えない。
呼び方で母の気が済むならと思って、初めてリンと呼ばれた日からずっと僕は何も云わなかった。
でも、それをこの男に一々説明する義理は無いし、吐き気も強まって来た所為で、あまり人と喋りたくも無い。
「私、娘が欲しかったの。産むなら絶対に、女って決めてたから……」
母は御島に言葉を掛けるのが嬉しいのか、顔を輝かせて僕に対する呼び名の事を、ちゃんと説明していた。
よっぽどこの御島と云う男が気に入っているのか、一向に帰る気配は無い。
兼原が居る癖に、一体この男とはどう云う関係なのだと考えながら、僕は二人に背を向けて廊下を眺めた。
少し暗い廊下が先に続き、奥が突き当たりになっていて左側の曲がり角から、うっすらと灯りが見えた。
恐らく、あすこから外へと出られるのだろうが……距離が、長すぎるように思える。
立っているのでさえ辛いのに、あすこまで母の歩調に合わせて歩けるだろうか。
先に、自分のペースで歩いて外に出てしまった方が、楽なのでは無いか。
考えても、熱で鈍くなった頭では上手く答えが出せず、立っているのがあまりにも辛くて、身体を預けるようにして壁に寄りかかった。
座り込んで休みたくなるのを堪え、上手く働かない頭を片手で押さえる。
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