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ドレスアップは豪華絢爛にそして可憐に

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詩音は「女の子デビュー」(そんなのあるか)した日に纏った丸い襟の白いシャツとギャザーの着いた白い膝丈のスカートという出で立ちで、綿星と学食で向かい合い、甘ったるい「ハウス・バーモントカレー」の典型のようなカレーライスを口に運びながら、月見そばの玉子を丸呑みする綿星をぼんやり見ていた。
今朝の下駄箱はもはや郵便箱というか郵便ポストというか、まるでハリー・ポッターの入学許可証を大量のフクロウが襲ったような有様だった。綿星の話を聞いてから、ただただ紙くずの奥にある室内履きを引きずり出すことだけに専念したけれど。
最後の汁の一滴まで飲み干した綿星が、まるで男のように腕で口を横様に拭う。

「ああ、そう言えば私の下駄箱と机の中にも手紙が入っていたわ」
「なに? 恋人を紹介してくれとかいうやつ?」

綿星は悪戯っぽく笑った。こいつが笑うときは必ずこういう笑い方をするな、と詩音は思ったけど、めんどくさいので口には出さない。

「一割ぐらいはあったかも。でも残りは全部脅迫状よ」

 僕はがくっと突いていた掌から顎を落としてしまった。

「それより、視線を感じないの? 詩音の生写真は今高値で売買されているわよ」
「……2chに載るのも時間の問題かな」僕はぐったりとうなだれた。
「まあ、一番危ない寮の方は、もう昨日から草冠の手の者が回っているみたいだけど」

僕はさりげなく食堂の周囲に視線を流してみる。
五六人の男子が明らかに狼狽して目を逸らし、窓の向こうにあった影が慌てふためいて姿を隠した。

「私にとってはビジネスチャンスね。「背中ヌードで髪の毛を掻き上げてチラピアスの詩音」とか「ピンクバスロープでラブチェアーに寝そべる詩音の微笑み」とか、オークションが開けるわね」

僕は綿星の短髪を掴んで引っ張った。

「どの口が言う、どの口が」
「その売り上げで一眼レフデジカメでも買おうかと。バスケ辞めたし。いたたたた」

僕は思わず綿星から手を離した。

「バスケット部……辞めたのか……」
「昨日言ったはずだけどな。顧問の教師がうるさくて。だからいちごの所とで待たせといたんじゃない。まさか「虎の穴」とは思わなかったけど」
「なんでまた? エースだったんじゃないのか?」
「出たら勝つだけの試合なんて面白くなかったし。なによりも」

綿星は詩音を指さして言った。

「それどころじゃなくなっちゃったし」
「そんなに気を遣って貰わなくても、独りで暮らして行けたのに」

綿星は何も答えないで、人気のない校庭を眺めていた。

またもや下駄箱と格闘していると、草冠いちごが息せき切って僕と綿星の所に走ってきた。額から汗が流れているのも気にせず、黒い60センチ角ぐらいの箱を抱えている。

「間に合った~」いちごは僕にその箱を僕に差し出すとそう言った。
「何なんだい? 一体そんなに慌ててさ」

いちごは可愛い顔をさらに輝かせた。

「間に合ったの。今日デートでしょ? だから、無理言って徹夜させたわ」

僕は黙って黒い箱を見つめた。う~ん。

「ま、一応、ありがとう。使うかどうかわからないけど」
「使ってよ!無理したんだし、デザインは姫乃姉さんよ。もう、最高なんだから」

 いちごは紅潮した顔を振り回してそう言った。

「わかった……試してみる」
「絶対!絶対気に入るから!」いちごはそれだけ言うと、本館の方に駆けだしていった。

僕と綿星は顔を見合わせて、お互いに首を傾げた。

「ま、いいか」
「まあ、草冠と姫乃先輩のセンスとやらを見てやろうじゃない」

僕は黒い箱を抱えて綿星と一緒に寮へと向かった。

寮に帰った僕はシャワーを浴びて、綿星に勧められた(強制された)液体を髪になじませてドライヤーをかけていると、綿星の部屋から妙な嬌声が聞こえた。

「詩音、見て見て!凄いわよ」

服ごときに何を騒いでいるんだと思いつつ、僕はいつものバスロープを身につけて綿星の部屋に入った。
そこには、にんまりと意地悪そうに笑った(いつもそうだけど)綿星が、白い不思議な物を広げて僕に突きつけた綿星が立っていた。

「シフォンのドレス、モチーフワンピースよ。いやあ、まいった。いいからすぐ着てみて!」
「いいよ、出かける前で」
「いいから!これはもう命令。すぐに脱ぎなさいよ」
「脱ぎなさいよって、俺、まっぱだし」
「かんけーない。この野郎!」

綿星は僕のバスロープのベルトをひっぺがし、頭の上から得体の知れない布を被せた。
肌触りが異常に良い。滑らかに肌を泡立てるそれは、「服」という感じが全然しない。軽い羽根を身につけたような、そんなうっとりさせる感触を持っている。綿星は驚愕したように僕を見つめ、両手で口を押さえた。

「い、いいから。自分で見てご覧なさい」

僕は綿星の背丈に合わせたような大きな姿見の前に立った。
そこに、誰か居た。思わず「初めまして」とお礼をしたくなったが、ちょっと勘違いしているのに気が付いた。
鎖骨が見えるぐらいで胸はそんなに開いていないが、肩の近くまで広く露出している肌。頸の下から幾重にも重なった縦のギャザーが伸び、それはグラデーションみたいに腰から下へ滑らかに平滑化している。膝から十数センチのところで半透明になり、再びシックな飾りで膝上数センチで僅かに開いている。
袖はふっくらとした絶妙なラインで肘の少し下でキュッと締まっていた。
何よりも、ボディラインが絶妙に表出しているのは驚嘆に値する。

「これも履いてみて」

綿星が蹲って僕の足に絡みつけたのは、明らかにこの服と合わせてデザインされたサンダルだった。華奢、というか、華麗だ。
僕は姿見の前でしばらく立ち尽くした。

 僕は振り返り、珍しく笑って綿星に言った。

「誰だい? この人」




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