アンリとアンヌのバラード

ぱとす

文字の大きさ
上 下
1 / 21

プロローグ

しおりを挟む




天空は閉ざされた闇。人魂の群れが舞い、その隙間を列を作った群衆がうなだれて行進する。肩にツルハシ、手にはシャベルを持って。

不幸と苦痛のポーズはしても痛みはもはや感じちゃいない。
慣れること……………それが<地獄>


鎖につながれて一日働く
沈黙の親しさと無力の甘さ
何だってどうだっていいじゃないか……………
ああ、ワーキン。Working。


足に鎖で繋いだ鉄球がおぞましい大地を削り、生命のない草花は咲き乱れる。
名前を持たない幽霊達の讃歌。地獄の住人達の惨禍。

>若者ヨ! 君達ノ時代ダ!
>繁栄・秩序・愛・進歩
>君達ノ時代ダ!

弗紙幣を瞳に貼り付かせた「監視魚」が鉄条網の隙間を泳ぐ。
涙すら泥まみれの鎖しか持たぬこの混沌。

死んだ葉っぱ
ふやけた怨み
欲望に対し
喜悦に対し

巨大なハンマーを際限もなく打ちおろす男たち。
もんどり打ち、這いずりながらも働く影と影。

一人の銀髪の青年は細い横縞の囚人服を着て巨大な丸太を肩に担いでいた。
細身の身体を酔ったように。削げた頰は病んだように。





囚人服が似合わない華奢な、片目を隠した黒髪の少女は片手にツルハシを持ったまま少年に語りかける。死者に似合わない光を放つ瞳。死者に似合わない幼い唇が言葉を紡ぐ。歌のように。唱のように。詩のように。ありえない風のごとく。
青年を片目で訝しげに見つめて問いかける。

「何故? 臆病なの? 莫迦なの? 素直なの?」

語りかけられた青年は意表を突かれ、思わず丸太を取り落とした。ごろり。どすん。そして怯えたように周囲を伺う。

「シッ。しゃべっちゃいけない、監られてるんだよ」

黒髪の少女は鉄球を繋いだ脚を抱え、鉄格子の窓のそばの階段に座り少年を見上げた。

「怖いの? 死はもはや支配しないのよ」

ワイヤーが断ち切れ、鉄塊の下敷きになる囚人服の男を横目で見ながら銀髪の青年はつぶやいた。

「死はもはや支配しない……………苦痛さえも」

黒髪の少女は感情のない死者の言葉を囁く。

「ことばが通じるのはいいことにちがいないわ……………さあ話して」

5番目の箱に身を潜めた青年は炎の燃え盛る丘陵を遠望する。
卍の記号が描かれた宮殿を。空に漂う「監視魚」を。

「話して…………何をすればいいのか新しいことばで…………犬さえも不幸よ」

少女の黒髪はすでに両目を隠している。
蒼白の顔色は死者であることを雄弁に物語る。

「沈黙の花を信じてはいけないわ。不死の宿命のため死人のように造られた花。完璧の貧弱な花」

青年は身体に鉄条網を絡ませたまま、天空の闇にまで消える永遠の壁を少女とともに見上げた。

「太陽のない夢と永遠の日々をとじこめたこの壁がわが住居」

人魂が無数に浮遊する煉瓦の壁は全ての希望を拒絶する悪夢の美女。
「沈黙者の黒い孤独は無意味だ。だけどこの場違いの広場から何が見つかるのか?」

漆黒の髪で顔を隠し、その桜色の唇だけの少女が織りなす言葉は。

「見つかる? 見つける? 何故ここへ来たの……………話して昨日のこと」

鉄条網を身に纏い囚人服の胸に番号を刻んだ青年は。
その端正な横顔の瞳を開き、絶望に苛まれるように。
一筋の銀の涙を流した。



昨日……………それは青春


昨日……………それは約束





しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

蛍地獄奇譚

玉楼二千佳
ライト文芸
地獄の門番が何者かに襲われ、妖怪達が人間界に解き放たれた。閻魔大王は、我が次男蛍を人間界に下界させ、蛍は三吉をお供に調査を開始する。蛍は絢詩野学園の生徒として、潜伏する。そこで、人間の少女なずなと出逢う。 蛍となずな。決して出逢うことのなかった二人が出逢った時、運命の歯車は動き始める…。 *表紙のイラストは鯛飯好様から頂きました。 著作権は鯛飯好様にあります。無断転載厳禁

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

天使の一般論

わこ
BL
おかしな画家の男×モデルバイトの大学生 かつて自サイトに載せていた短編のうちの一つです。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

「桜の樹の下で、笑えたら」✨奨励賞受賞✨

悠里
ライト文芸
高校生になる前の春休み。自分の16歳の誕生日に、幼馴染の悠斗に告白しようと決めていた心春。 会う約束の前に、悠斗が事故で亡くなって、叶わなかった告白。 (霊など、ファンタジー要素を含みます) 安達 心春 悠斗の事が出会った時から好き 相沢 悠斗 心春の幼馴染 上宮 伊織 神社の息子  テーマは、「切ない別れ」からの「未来」です。 最後までお読み頂けたら、嬉しいです(*'ω'*) 

狗神巡礼ものがたり

唄うたい
ライト文芸
「早苗さん、これだけは信じていて。 俺達は“何があっても貴女を護る”。」 ーーー 「犬居家」は先祖代々続く風習として 守り神である「狗神様」に 十年に一度、生贄を献げてきました。 犬居家の血を引きながら 女中として冷遇されていた娘・早苗は、 本家の娘の身代わりとして 狗神様への生贄に選ばれます。 早苗の前に現れた山犬の神使・仁雷と義嵐は、 生贄の試練として、 三つの聖地を巡礼するよう命じます。 早苗は神使達に導かれるまま、 狗神様の守る広い山々を巡る 旅に出ることとなりました。 ●他サイトでも公開しています。

マキノのカフェで、ヒトヤスミ ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
田舎の古民家を改装し、カフェを開いたマキノの奮闘記。 やさしい旦那様と綴る幸せな結婚生活。 試行錯誤しながら少しずつ充実していくお店。 カフェスタッフ達の喜怒哀楽の出来事。 自分自身も迷ったり戸惑ったりいろんなことがあるけれど、 ごはんをおいしく食べることが幸せの原点だとマキノは信じています。 お店の名前は 『Cafe Le Repos』 “Repos”るぽ とは フランス語で『ひとやすみ』という意味。 ここに訪れた人が、ホッと一息ついて、小さな元気の芽が出るように。 それがマキノの願いなのです。 - - - - - - - - - - - - このお話は、『Café Le Repos ~マキノのカフェ開業奮闘記~』の続きのお話です。 <なろうに投稿したものを、こちらでリライトしています。>

処理中です...