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夏の終わりのサマーフェス──廻天百眼は降臨する
しおりを挟む暗闇。オーディエンスの熱を感じる。それだけではなく、照明とアンプが吹き上げる熱で冷房もようやっと人間が生きて行ける温度を提供しているに過ぎない。また、気分的な熱もある。あまねだけは照明が落ちていてもその美しく愛らしい横顔が丸見えなのだ。
カーツウエルPC3K8の二段重ねからのバックライトの強さと大きさはその華奢で王子様のような姿を露わにする。由子のステージ衣装は男が身に纏うようなボーイッシュな物ではあるが、実は全て女性用の一流ブティックであつらえたオーダーメイド。
11号の身体を持つあまねには似合わない服を探す方が難しい。
すでにライブステージの前の方にはゴスロリックな女子が埋めている。これはさすがの由子も予想できなかったできなかった。
(でも、悪い事じゃないわよね)由子はほくそ笑む。
レインは右袖に立ち、微動だにしない。彼は惚れ込んだSGを愛おしそうに抱いている。。
トモキはステージのためにあつらえた、顔の半分が隠れるほどのミラーグラスをかけている。度が入っているのだが、そんなことに気が付く者が居るだろうか。
アキラはオベーションの六弦を提げ、十二弦をスタンディング・スタンドに用意してある。
今日は二曲だけだ。その二曲で全てをひっくり返す。由子は闇の中で羽織ったコートを脱いだ。オーダーメイドのその衣装は、由子の神に近い姿態を惜しげもなく晒すことになる。構わない。ここが私の戦場だ!
一曲目の「ここではないどこか」はカーツウエルPC3K8の上の鍵盤の右手から刻まれたアルペジオ。静かに静かに、囁くように細かいテクニカルかつ正確な透明なピアノの音が響く。そして。
一発。レインのベースとトモキのバスドラムとシンバルが鳴動する。二発。三発。「行くわよ! 廻天百眼!」由子の叫びと四発目が響く。そして20フレットから雪崩のように襲いかかる意識を奪うほどのレインのベースが駆け降りてくる。カーツウエルPC3K8の二段の同時連打によるテーマの中をレインのベースが絡みつく。そこに訪れたのは煌々とした月夜と草原。疾走する野生の馬に私はまたがり、歌う。真実を言葉に乗せて。
滅びの歌は歌わないの
羽ばたく鳥の歌にのせて
この世を暗く塗りつぶす
この世界は愛せない
風よ言葉を運んでおくれ
私の思い人の元に
何百マイル離れていても
アキラの12弦がかき鳴らされ、土と大地と人の暮らしを歌う。何者にも侵されない当たり前の幸福を歌う。トモキのチャイナシンバルは朝日のようだ。歩との鼓動を、命をレインが奏でる。その素晴らしさを。ローランドVK88は発声する音がレスリースピーカーで風を巻き上げる。戦うための困難と悲劇を、人の生命を、生命に代えても守るものを。
ああ、どれだけ探したんだろう
ああ、どれだけ探したんだろう
ああ、どれだけ探したんだろう
ここではない、あなたを探すために
遠く離れたあなたの髪飾りを届けるために。
ラストを飾るイントロのテーマが繰り返される。今度はレインもあまねに好きなようにはさせない。蹂躙し、翻弄する。演奏しているときには神のように傲慢になるあまねが、恐怖に怯えている。ケイスケの舌打ちが聞こえてくるようなやけくそのロールが左から右へ、あらゆる音階をたたき落として纏めてゆく。
富岡が操るPAはまるで洞穴にいるように立体的に演出する。
取り巻いたPAオペレーターはその魔術のようなフィーダーの動きをやだ見つめるだけだった。
最後のフェルマータの間、由子は意識を失った。それの名は、エクスタシー。
限界まで埋まった会場の見開かれた眼、眼、眼。
拍手もなく、どよめきもなく、悲鳴も聞こえない。そう、こんな瞬間を私は待っていた。
こんな時に、MCなんて必要なんだろうか。
否。そんな予定調和は「廻天百眼」に必要は無い。
必要なのはスリルと緊張、夢と願い。そして圧倒的な暴力だ。
二曲目の"Song of Sio"はそのまんま。詩音の魂の歌だ。
詩音の気ままな「自由」は風となって会場を舞う。
カウント無しのぶっちぎりのペースが疾走する成功率50%の世界で最も危険な曲へ突入した。レッド・ツェッペリンの「移民の歌」以上に風変わりで刹那的な曲は、事実上アイソトープ・レインの全ての鎖を断ち切った。
その猛烈な演奏に観客は声も失ってしまう。
しかし身体が言うことを聞かない。ベースとは心臓なのだ。
猛り狂う心臓にいつしか身体が動く。それはやがて熱狂となった。
警備員がなぎ倒される。脱いだTシャツが空を舞う。
会場は収集不可能となった。
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