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裏街の他人行儀な会話──アイソトープ・レインの古書店
しおりを挟む大通り「トリプル・サークル」は人と車で大変な喧噪に包まれている。大小雑多なビルが立ち並ぶ街の隙間に、細い路地がひときわ暗い暗渠を作り出していた。どこの世界、どんな街にでもそんな場所は必ずあるものだ。
Rain's Booksはその路地を入った左側の古い煉瓦造りのビルの一階にある、こじんまりとした古書店だ。鰻の寝床のような細長く奥深い店内には古書が本棚に収まりつかず、床のそこここに積み上げられていた。外装の煉瓦造りに合わせたように、古びて黒ずんだ床材と天井が古色蒼然とした空気を醸し出している。蛍光灯はなく、曇った硝子にくるまれた電球が薄暗く灯り、一層古書店という雰囲気を際ださせていた。
ドアの真鍮製のベルが鳴ると、黒いオーバーコートを着た男が靴音を響かせて入って来て、コートと同じ素材と思われる黒い帽子を脱ぎ、一番奥のカウンターに座る男に近づいてくる。
店主はまだ若い灰色の長髪を垂らした男で、客の足音に気付いて顔を上げる。その瞳は髪と同じ灰色で肌の色も極端に薄い。白いシャツに黒のベストを纏っている、ただただ色彩が欠如した青年だった。
客の男は年の頃40過ぎといったところか。カウンター手前の本棚を物色しながら、独り言のように呟く。
「親父さんが死んで何年になるかな」
「九月で三年になりますよ、ビリー・シアーズ」
「その名前は知らないな。私はジョン・スミスだ」
一冊手に取ると、パラパラと興味なく目を通している。
「お客さんの気になる本でしたら、こんなのがありますよ」
店主は傍らから薄めの冊子を取り出す。ジョン・スミスと名のった男はそれを受け取ると、丁重に開く。そこには一枚の黒い円盤が挟み込んであった。
「The Long and Winding Road」か。どこか別の世界の物だな」
「その世界ではそのレコードという物を再生できる物がほとんど失われたそうで、安値で入荷できるのです」
「貰おう。いくらだ」
「天下のビリー・シアーズから料金は頂けませんよ」
男はちょっと思案した後、小脇に抱えて本棚に向かう。
「来週の土曜日はサクラ・ファミリアが賑わいそうだ」とビリー・シアーズ。
「ほう、あの大きな酒場ですか。閉店したのは去年じゃなかったでしたっけ」
「まあ、掃除が大変だったらしいがね。これからの夜は、その、いろいろと準備が出来るようにしてある」店主の若者は物憂げに答えた。「電源さえ貰えればいくらでもあっためますよ」
「そうだな───君のベースはまるで嵐の海のうねりのようだ」
店主の顔に僅かな笑みが浮かぶ。新しい玩具を与えられた子供のような無邪気な笑い顔。
無表情な瞳に暖かい光が灯る。
「毎日楽しめますね」
「労苦を楽しみにすることは美徳と呼んで差し支えないだろう」
男はそう言うと帽子を被り、出口に向かった。
「土曜日を楽しみにしているよ、アイソトープ・レイン」
「アイソトープ・レイン」と呼ばれた店主は暗い微笑みを浮かべて去って行く客を見つめた。
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