僕の恋人

ken

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22 最終話

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久しぶりに愛する人々みんなが集ってくれたそのパーティーから2ヶ月も経たないある日、紘兄ちゃんから深夜に電話がかかってきた。
そんな時間に電話がなる事なんて滅多になかったので、僕は寝惚けたぼんやりとした頭の片隅でも、なぜだかはっきりと予感めいたものを感じていた。
「優斗、こんな時間に悪い。」
「ううん、母さん?」
「ああ、今連絡があって。」
「分かった。出来るだけ早く日本に帰る。僕の方が近いから。兄ちゃんはゆっくり来て。」
「うん、俺、公演が明後日千秋楽だから。もしかしたらそれ終えてからになるかも知れない。」
「全然大丈夫。何か、要望はある?」
「何もないよ。全部お前に任せる。」
「分かった。」
「あ、茜の事だけ、よろしく。」
「茜は今京都でしょ?」
「うん、それがね。病院にいたみたい。」
「そうなの?」
「茜、けっこう病院に行ってたみたいで。俺も知らなくてびっくりした。病院からまず茜に連絡がいって、茜から俺に連絡が来たんだ。」
「そうだったの。そっか…」
「うん。茜ももう大人だから大丈夫だと思うけど、ちょっとそれだけ心配で。優斗、茜の事頼んでも良い?」
「もちろんだよ。頼まれなくたって、幾つになっても茜は大事な僕の姪っ子だから。」
「うん。安心した。また連絡する。斗真によろしく伝えて。」

僕はそのまま眠れず、パソコンで日本行きの飛行機のチケットを探した。その日の遅い時間の便が空いていて、翌朝には東京に着ける。僕はそれを予約し、ついでに新幹線のチケットもネットで予約した。そうしていると朝が明けてきて、珍しく斗真さんが起きてきた。
「どうしたの?何かあった?」
「うん、母さんがね。亡くなった。」
斗真さんは無言で僕の隣に座り、ギュッと抱きしめてくれた。
「ありがとう。」
僕は斗真さんの肩に頭を預けて目を閉じた。それから10分ほど、うとうととした。僕の背中をさすってくれる斗真さんの手が、温かくて愛おしかった。
「少し寝たら?買い物は今日はぼくが行くよ。」
斗真さんが言ってくれたけど、僕は首を横に振った。何かしていたい気分だった。それに、今夜のフライトのエコノミーのシートは老いた身には少し辛い。出来れば飛行機の中で寝たかった。その為にも、今寝てしまう訳にはいかなかった。斗真さんはそっと立ち上がり、
「じゃあ、今日は一緒に行こう。」
そう言って僕の手を取って歩き出した。

僕達は、市場まで手を繋いで黙って歩いた。僕は市場のいつもの店を回って、明日から日本に帰らないといけなくなった事、いつ戻って来られるか分からないから、できたらこれから3日毎位でいつもの商品をまとめて配達してくれないか相談した。
「どうしたんだ?」
「何かトラブルか?なんで日本に帰らないといけないんだ?」
みんな口々に心配して尋ねてくれた。事情を説明すると、肉屋の息子さんが全部の商品をまとめて配達してくれると言った。それからみんなが寄ってたかって
「お母さんにこれを供えろ。」
「飛行機の中で食べなさい。」
「トーマのご飯は大丈夫か?」
と果物やら惣菜やら肉や野菜を持たせてくれて、日本に果物は持ち込めないと何度言っても聞かなかった。
僕達は両手一杯に荷物を抱えて帰った。

向こう2週間は、予約が入っていた。
「独りで大丈夫?」
「まあ、なんとかなるよ。左官の仕事はしばらく休む事にする。どうせ今雨季だからね。彼らも仕事がないんだよ。もしかしたらこっちを手伝ってもらえるかも知れない。聞いてみるよ。」
「うん。無理はしないで。予約、ここからの新規はストップしようよ。」
「うーん、考えさせて。雨季だから、お客さん自体少ないと思うし、ストップしなくても良いかも知れないし。」
「うん、任せる。ごめんね。」
「何を謝るの!?仕方のない事だよ。それより優斗さんこそ、無理しないでね。辛くなったら全部ほっぽり出して帰っておいで。」
「うん。」

夕方、斗真さんとタクシーでチェンマイの空港まで行き、僕達は空港内のカフェで早めの夕食を摂った。
「送ってくれなくても大丈夫だったのに。」
「ぼくが送りたかったんだもん。」
「ジョンとシシーによろしく伝えてね。」
「うん、優斗さんがいないって聞いたら残念がるよ。」
「うん。会えなくて僕も残念。2週間の滞在中に帰っては…多分無理かな。」
「本当に無理しないでね。」
「うん。大丈夫。」
「紘貴さんと玲香さんにもよろしく伝えて。葵と茜にも。あ、ああ。もしかしたら春美達も一回顔を出すかもって言ってた。できる事あったらなんでも言ってって。」
「うん、ありがとう。会えたら嬉しいな。時間あったら鶴見にも寄るよ。」
「気をつけて。」
「うん、市場のみんなにありがとうって伝えて。」
僕達は抱き合って別れた。


バンコクで乗り換えて東京行きの飛行機に乗ると、僕はすぐに目を閉じた。バンコクの空港ラウンジで飲んだ数杯のアルコールが良い具合に作用してくれて、座席を倒せるようになると僕は何も考えずにすぐに眠りに落ちた。次に目覚めた時にはもう着陸体制に入る頃で、客室乗務員の座席を直すよう指示する言葉で起こされた。寝惚けた頭で僕は、母のお見舞いに行くために帰国した時の記憶と混同した。 
あ、お見舞いじゃない。
母は死んだんだ。
そう思うと、胸がスーッと冷えた。

ここ5年は年に1、2度、母を見舞う為に帰国していた。母はもう完全に記憶を失っていて、僕が誰だか分からないようだった。それだけでなく、記憶を失った母は、認知能力が低下すればする程情緒が安定していった。僕の事を、「先生」とか「吉岡さん」とか「お父さん」とか「紘貴」と呼び、それは丁寧に対応してくれた。僕が母の思う誰かのフリを続けると、母はとても楽しそうに微笑んでは話しかけてくれた。意味の不明瞭な話が多かったが、それでも穏やかに母と話す事ができるのは僕にとって初めての事で、僕は自分が絶対に呼ばれない事の悲しさと、それでも母と穏やかな時間を過ごせる嬉しさに複雑な気持ちになりながらも、年に1、2度のその帰国をやめられなかった。

羽田空港からその足で新幹線と私鉄を乗り継ぎ、最後はタクシーで病院に向かった。病院には、茜が待っていた。
「優にいちゃん、疲れたでしょう。」
「うん、大丈夫。茜、来てくれてありがとね。よく来てくれてたんだって?」
「うん、けっこうこっちに来る機会があってね。仲の良い大学の同期がこっちの大学で教えててね。それで。」
「そっか。母さん、寂しくなかったね。ありがとう。」
「ふふふ。私の事、担当のお医者だと思ってたのよ。」
「僕の事もそう思ってる時あった。」

母は、眠るように穏やかな顔だった。
子供の頃の記憶が蘇った。子供の頃、母は美しかった。他の子の母親よりもずっと美しく、いつも小綺麗な格好をしていた。隙のない、キリッとした佇まいで、近寄りがたい雰囲気だった。僕は、いつも母を遠目に見るしかなかった。いつも憎々しげに見られていた、そんな記憶の中の母とは違い、目の前の老女は痩せて小さく、顔中に深い皺が刻まれて、ほんのり笑っているような顔で眠っていた。

ああ、母さん。
ついに母さんは、僕の名前を呼ばないまま行ってしまったね。
僕は心の中で、母に話しかけた。
僕ね、あなたに愛してもらいたいとずっとずっと思っていたよ。叶う事はなかったけど。でも、僕もあなたに憎まれて辛かったけど、あなたも僕を憎んで辛かったろうね。やっと終わったね。
やっと僕達、終わりにできたね。
母さん、僕を愛してはくれなかったけど、僕を産んで、生かしてくれて、ありがとう。本当にありがとう。
おかげで僕は、たくさんの人に愛されて、幸せだよ。母さんも幸せだった?少しでも、幸せな時間を過ごした?そうだと良いな。本当に、心からそう思うよ。

僕はずっと、母さんを見つめた。
何分か、何十分経ったか、ふと気付くと茜が横に来ていた。
「茜。ごめん、もうだいぶ経つね。」
「うん、先生が一度お話したいって。」
「ありがとう。今行くよ。」
それから2人で主治医の説明を受け、葬儀屋の手配をした。
家族の宿泊施設のついた葬祭場を予約して、母の亡骸と共にその施設に移った。
母はいったん斎場の安置室に安置された。兄達が帰国できるのは4日後で、それまで彼女はそこに安置してもらえる事になった。

僕と茜は実家に行った。実家は去年僕が掃除をした時よりもさらにキレイになっていた。
「茜、来てくれてたんだ。ありがとう。」
「うん、時々泊まらせてもらってたし。」
「ああ、そうなの?電気も水道も払ってくれてたの?」
「うん、そんなたいした額じゃないから。ホテル代より安くついてた。」
「毎月こっちに来てたの?」
「うん、友達がいてね。大学の同期の子。彼女の友達とも仲良くなって、3人でよくこっちで飲むんだ。その子がね、整形外科の医者なんだけど、あそこの施設に時々診察に行くみたいでね。そんな話から、おばあちゃんお見舞いに行ってみようかなって思って。」
「そっか。ありがとうね。」
「うん。最初はね、こっちに来た時ホテルに泊まってたんだけど、ある時お父さんから、こっちに行くなら実家、風だけ通してくれない?った頼まれて。で、来てみたら、けっこう便利なとこだし、ここに泊まればホテル代浮くって思って。」
「家は、人が住まなくなると荒んでいくからね。ありがたいよ、茜がちょくちょく来てくれてたのは。」
そんな話をしながら、2人でお茶を飲んだ。茜は北海道の大学で子どもの発達心理学を学び、京都の大学で博士課程を修了して今は大学に残って指導と研究をしている。僕が通った大学の近くの大学でも週に一コマ授業を持っているらしい。実家とは隣の県で、そんな時にもこの家に寝泊まりしていたらしい。

久しぶりの実家は、落ち着かなかった。ここに来るといつも気持ちが沈んだから、いつも掃除をしたらなるべく早く離れた。でも、茜の目から見たら、ここは立地も良くこぢんまりとした中々良い物件なのだろう。
ここも、片付けていずれ処分しないといけないだろう。茜が住んでくれたら嬉しいけど、時々寝泊まりするのと所有するのは同じではない。彼女にとっては負担になるだけかも知れない。でも、茜がここで時々過ごせるよう、処分せずに僕か紘兄ちゃんが持っていても良いかも知れないな。そんな事を考えながら、ダイニングでぼんやりとお茶を飲んでいた。

茜はリビングのソファで寝泊まりしているようで、ソファは見た事のない新しいものに買い替えられていた。僕はなんとなく、リビングには入りづらかった。ダイニングも、やっぱり居心地が悪い。僕は、もう何十年も経っているのに身体に刷り込まれているこの感覚に、自分でも情け無いと苦笑した。
ふと、高校を卒業するまで寝泊まりしていた部屋に、足を運んでみた。なぜそんな事をしたのかは、分からない。魔が刺したのかも知れないし、やはり身体が、この家で唯一いる事を許されていた場所に向かわせたのかも知れない。

その部屋に入った瞬間に、胸がキリキリと痛んだ。久しぶりの感覚だった。胸に何かを刺されたように痛みが走り、僕は思わず蹲った。痛みに身体が震えて、気付くと僕は泣いていた。50年以上、僕はこの部屋に入っていなかった。家を換気して掃除する時も、この部屋だけは入らないようにしていた。
その時初めて、産まれて初めて、僕は母を憎んだ。激しい憎悪に叫び出しそうだった。僕は泣きながら、心の中で何度も何度も母の胸を刺した。鋭く尖った何かを手にして、僕は母を刺した。刺す度に、僕の胸がキリキリと痛んだ。僕は蹲り、歯を食いしばって泣きながら、強い憎悪が自分自身をも切り刻んでいこうとするのを堪えた。
なぜ死んでしまったのか。
僕の名前さえ最後まで呼ばず、何もかも忘れて、あんなに穏やかな顔で、勝手に死んでしまった。僕の悲しみも、僕の怒りも、何も知らずに、ただ老いて、死んだ。なぜ?なぜ僕を産んだのか?なぜ僕を憎んだのか?なぜ、僕を愛さなかったのか?何も答えないまま、死んだ。

母さん。
あなたはなぜ、母になったのですか?


気が付くと、僕は床で丸くなって寝ていた。目を覚ますともう胸の痛みは消えていた。激しく身を焼きそうだった憎悪も、もう胸の奥の方で消えそうな残火となっていた。
ああ、いつもこうだったな。胸が痛んだ時は、いつも歯を食いしばって堪えて、身を丸めて眠った。50年以上経っても、人はあんまり変わらないんだな、僕はぼんやりと思った。そして僕も、いつか、何もかも忘れていって、母の事も忘れ、斗真さんのことすらわからなくなって、死んでいくのだ。
それは、希望にも絶望にも思えた。

茜がコンコンと、遠慮がちにノックした。
「はい。どうぞ。」
茜は僕の部屋だったところに入ってきて、僕の隣に座った。そして、小さな頃によくそうしたように、僕の肩に頭をもたれかけさせて、足を伸ばして座った。
「優兄ちゃん、ここが優兄ちゃんの部屋だったんだよね?」
「うん。」
「優兄ちゃん、ごめんね。私、それでもあの人の事、おばあちゃんだなって思ったんだ。会いたいって、思ったんだ。パパと優兄ちゃんに、ごめんって思ってた。だから言えなかったけど。」
僕は驚いて茜を見た。
「茜!ごめん。そんな風に思ってたんだね。ごめん、茜。良い?よく聞いてね。茜は何一つ悪いなんて思わなくて良いんだ。全然、何一つ、茜は悪くない。茜がおばあちゃんに会いたいって思うのは当然で、それは茜の権利だ。誰にも邪魔されない、茜の権利だから。茜が何を知ってるかは分からないけど、僕はね、お母さんと最後まで分かり合う事も、愛し合う事も出来なかった。それでも、茜が母さんと、母さんが孫と会ってたって知って、嬉しかった。嬉しかったんだよ。」

僕も茜も泣いていた。
茜は僕の手をギュッと握った。
小さな頃茜は、よくそうやって僕の手を握ってくれた。その手の小ささや温かさに、僕は何度も救われた。

「ありがとう、優兄ちゃん。本当はね、頭では分かってるの。私、心理学者よ?大学で学生に教えてるんだから。
ふふっ、おかしいのね。何年も何年も、人の心の研究をしてて、それなのに自分の心すら、これっぽっちもコントロールできない。コントロールなんて、出来ないものなの、心って。」
「うん。そうだね。」
「優兄ちゃん、おばあちゃん、一度だけ、言ったの。おばあちゃん、私にね。あなた、優斗の子供でしょ?って。ずっとね、先生って呼んでたのに、私のこと。急にね、ふと思い出したかのように、そう言ったの。私がね、どうしてそう思うの?って聞いたら、あなた、優しいもの。優斗そっくり、そう言ったの。それからふと窓の外を見て、あの子は優しかったのに、ごめんなさいって。
おばあちゃん、一回だけ、ごめんなさいって言ったの。それ聞いてね、私、黙って帰った。だって、すぐに帰らないと、我慢できなくなりそうだったから。私ね、それ聞いて、引っ叩いてやりたいって思ったの。あんなに頭に来た事はなかった。すんでの所で本当に引っ叩くとこだった。だから、慌てて帰ったの。
でもね、それでも、おばあちゃんはおばあちゃんなんだ。また、会いに行っちゃった。何度も何度も。」
僕はもう、声を殺しきれず、啜り泣いた。泣きながら、茜の手を握った。

終わったんだ。
そう思った。
あの人の人生は終わった。
僕の人生も、もう少ししたら終わる。
苦しみも、愛憎も、何もかも、死んで終わる。清々しく、全部、さようなら。
お母さん、さようなら。

さようなら。


火葬場の外で、母の遺体が燃やされる煙を眺めていたら、向こうから見覚えのある姿が歩いてきた。
「斗真さん!?どうして?」
「優斗さん、来ちゃった。」

僕達は抱き合い、そして斗真さんが僕の頬を両手でそっと包み込んでキスをしてくれた。
「優斗さん、お疲れ様。ジョンとシシーがね、代わりに宿を切り盛りしてくれる事になったんだ。トーマは今すぐ日本に行けって、そう言われて。」
「斗真さん…」
後の言葉が続かなかった。
僕は斗真さんの胸で、思い切り泣いた。


母と対面した紘兄ちゃんは泣かなかった。ただ静かに、母の亡骸を見つめていた。何も言わなかった。
骨になった母を見た時、紘兄ちゃんは一言、小さな声でありがとうと言った。母に言ったのか、誰に言ったのか、分からなかった。



母は今、父と同じ小さな墓で眠っている。実家は茜が相続する事になった。
彼女は、ゆくゆくは今の家を壊して新しい家を建てる予定なのだそうだ。
葵はそこに、庭を造るという。

「優兄ちゃん、ちゃんと私が建て替えるお金貯めるまで、ボケないでよ。優兄ちゃんに設計してもらうんだから。」
茜が言う。
「トーマも、足腰ちゃんと鍛えといてよ。壁はトーマが塗るんだし、庭も手伝ってもらうから。」


それから5年後に茜は家を建て替えた。僕は設計図を描き、それが僕が描いた最後の図面になった。
茜はそこで、恋人と2人で暮らしている。彼は茜の12歳年下で、茜が教えた最初の学生なのだそうだ。

僕達はその後もタイで穏やかな暮らしを続け、斗真さんが80歳になった時に宿のお客をとるのをやめた。
今では、友達や家族が泊まりに来る時だけ使っている。


近頃は、いろいろな記憶がするすると、まるで掌の上の砂のようにこぼれ落ちていく。庭のベンチに斗真さんと腰掛け、老いた犬とお茶をする時、僕は自分の人生が終わりに近づいている事を感じる。先に死んだら斗真さんを悲しませてしまう。そう思ってはみても、そればかりはどうにもできるものではないし、よく考えたら目の前の斗真さんも相当に老いぼれてきている。そんなに長く独りにはしないだろう。それに彼にはこちらにたくさんの友達がいる。元来社交的な人なのだ。

老いぼれて皺くちゃになっても、皺の奥の斗真さんの目はいつも優しく澄んでいる。僕は斗真さんの手をとって、そのカサカサとした皮膚や所々に浮いているシミをさする。素敵な感触だ。
じっと見つめていると、
「どうしたの?」
と斗真さんが言う。

「なんでもないよ。僕の恋人は皺くちゃでも素敵だなぁって、そう思っただけだよ。」
斗真さんはニコリと笑う。笑うとさらに皺が深くなり、ますます僕は目が離せなくなる。
「僕の恋人も中々に素敵な瞳ですよ。それに、あまり日に焼けなかったからか歳下の僕より皺が少ない。」
「皺も髪も、少ない方ですから。」

ああ、僕の恋人。
あとどれだけの日々を、こうして2人で過ごせるだろうか。

愛を求めてもがいた僕が、これ程の愛を手に入れられるとは。
僕はいつまでも、目の前の恋人を見つめていた。









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