僕の恋人

ken

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2年後、僕達はささやかな結婚式を挙げた。僕達はパートナーシップ制度を利用はできるけど、法的には結婚できるわけでは無いから、結婚式なんて茶番じゃないかという気持ちも少しあったけど、紘兄ちゃんと玲香さんの勧めもあって、何かしらの形を残したいと思うようになった。心配をかけたいろいろな人に、感謝を伝えたい気持ちも大きかった。葵がお花をたっぷり飾ったパーティーをしたいと言ったのも理由の1つだ。葵は花が大好きで、いつも植物図鑑を眺めたり花屋さんでうっとりと花を見つめていたりする。彼が、好きなだけ花を選べる日をつくりたかった。


ここまでにはたくさん乗り越えないといけない事があった。
幼い頃から否定され続けた僕は、30歳をを過ぎても、ともするとすぐに自己肯定感が保てなくなってしまう。自分を奮い立たせ、大丈夫、できる、やれてる、そう鼓舞しないと立っていられない時があった。元来の内向的な性格もあって、なかなか斗真さんの優しさをそのまま受け止められずに、2人で苦しんだ。

「お願い、優しくしないで。そんなに優しくされると、不安になるんだ。現実じゃないみたいに思って、不安になる。」
「どうしたら優斗さんに信じてもらえるんだろう。」
「違う、違うんだ。僕が悪いの。信じてないんじゃない。斗真さんの事は信じてる。でも心のどこかで、どうしても、僕には相応しくないって思っちゃうんだ。だから…」

「どうしてそんなに優斗さんは我慢するの?どうして何も言ってくれないの?」
「我慢なんてしてないよ。」
「嘘つき。僕がそんな事も分からないと思ってる?」
「ごめん。ごめんなさい。」
「違うよ!謝って欲しいんじゃない。心を開いて欲しいの。頼って欲しいし、甘えて欲しいんだよ。」
「うん。ごめん。謝ってばかりでごめん。うまく気持ちを言葉にできなくて。」

僕は、自分でも気が付かないうちに、従順である事で自分の存在が許されるのだと思い込んでいた。大人になっても無意識に、自分が迷惑をかけていないか、周りの役に立っているか、そればかり気にしていた。会社の規模が徐々に大きくなり、僕の職場でのポジションが上がっていくにつれて、その思考は僕の仕事の足を引っ張った。僕は人に仕事を依頼したり、ミスを指摘したりする事ができなかった。結果、必要以上に仕事を抱え、自分の時間を削って他人のミスをカバーし、会社内でも現場でもいつも損な役を引き受ける事になった。周りに助けを求める事ができず、疲弊した。

その思考は斗真さんに対しても同じだった。時折、不安が頂点に達すると、僕は斗真さんの機嫌ばかり伺うようになってしまった。彼の一挙手一投足が気になって、怒っていないだろうか、嫌われていないだろうか、そんな事ばかり考え出して苦しくなった。それでも仕事の時はまだ何とか自分を保てるのに、斗真さんに対してはそれができなかった。僕はしばしば罪悪感と見捨てられるのではないかという恐怖でいっぱいになり、何も話す事ができなくなった。

そんな時、斗真さんはいつも辛抱強く僕に寄り添って、ずっといつまでも僕を抱きしめて、全身で僕を愛してくれた。だから、頭よりも、もしかしたら心よりも先に、身体が、斗真さんを受け入れた。斗真さんに触れられると条件反射的に身体の力が抜けて、安心して眠る事ができた。身体の力を全部抜いて斗真さんに全てを預ける事ができる。それは、まるで本当に小さな頃の葵のようだった。

僕達は2人でカウンセリングを何度も受けた。僕は、自分が性的に斗真さんを満足させられない事を、斗真さんが思っているよりもずっと、負い目に感じていた。それは、虐待や性的な暴力を受けたもの特有の負い目だった。自分が不完全な人間のように感じる。汚された、損なわれてしまった、そんな人間のように。
僕は何度か、彼に自分の身体を使って欲しいと頼み込んだ。そうしたら、少しは楽になれるかも知れないと思ったからだ。でも、斗真さんは一度も首を縦には降らなかった。僕のその行為は、斗真さんを傷つけている、ようやくそう気付いて、僕はさらに罪悪感を深めた。悪循環だった。それでも斗真さんは僕の傷とずっと向き合ってくれた。そして、彼の傷も曝け出してくれた。斗真さんは、暴力を受けた人間の痛みを知っていた。理不尽に踏みつけられる痛み、踏みつけられながら、それに抵抗できない苦しさ。斗真さんの中にある消えない傷が、僕の傷を理解してくれる道標になった。
たしかに、僕達は、傷を舐め合っていたのかも知れない。僕達は必死に傷を舐め合っていた。それだけが、唯一僕達を癒せる可能性があったから。傷付いた小さな動物が身を潜めて傷を舐め合うように、僕達は傷を舐め合った。
僕の皮膚は、皮膚だけは、斗真さんを無条件に受け入れた。

兄は、そんな僕達をずっと見ていた。
僕達は泣きながら、苦しくもがきながら、時にひどく傷付け合いながら、それでも強く惹かれ合い、愛し合った。それを全部、兄は見ていた。僕の近くで見てくれた。

一度だけ、斗真さんは兄を詰った。

あなたは、こんなにもボロボロになるまで、優斗を傷付けた家族の1人だ!
僕はあなたを恨む!
斗真さんが泣きながらそう言った時、兄も泣きながら斗真さんに言った。

ごめん。ごめん、優斗。
斗真、優斗を幸せにして。俺にはそれができないから。でも、俺も優斗を愛してる。俺の弟を、俺は愛してる。

そう言って、紘兄ちゃんは泣きながら斗真さんに土下座した。

誰が悪かったのか。
幼い僕達がどうすれば良かったのか。
そんな事はもう分からなかった。
僕は土下座する紘兄ちゃんを抱きしめた。ずっとずっと、僕は紘兄ちゃんを抱きしめたかった。紘兄ちゃんの苦しさを、分けあいたかった。
「紘兄ちゃん、僕も紘兄ちゃんを愛してる。幸せになって欲しいんだよ、紘兄ちゃんに。」


玲香さんは強かった。
もがき喘ぐ僕達をよそに、玲香さんは独りで子供を産んだ。もちろん妊娠中の玲香さんにも、出産の時にも、僕達は皆出来る限りの事をしたけれど、それはただの小間使いだった。
玲香さんが本当に求めているのは紘兄ちゃんの覚悟だった。幸せになる、覚悟。

その小さな女の子に、茜と名付けたのは、玲香さんだった。
そして、茜が産まれたその日から、紘兄ちゃんは玲香さんの部屋から帰ってこなくなった。玲香さんが自宅のベッドで、痛みに叫びながら茜を産んだ、その日。その日に、きっと紘兄ちゃんは覚悟を決めた。幸せになる、覚悟を。

次は僕達の番だった。


秋晴れの抜けるような青空の下、僕と斗真さんは結婚式を挙げた。いつも僕たちを見守ってくれた人達が皆、僕と斗真さんの決意を聞いてくれた。
僕たちは一生を懸けて2人で幸せになる。
そうみんなの前で誓った。

葵は僕達のパーティー会場を黄色い花で飾り付けた。いろいろなトーンの、様々な黄色い花のグラデーションが美しかった。僕と玲香さんと、玲香さんが懇意にしている花屋さんのオーナーが、葵を手伝った。

本当に素敵なパーティーだった。

そして僕は、両親の戸籍から抜けて、分籍した。だからと言って何かが変わる訳では無いけれど、それが僕の決意でもあった。もう過去に縛られず、前を向いて歩こう、そういう決意だった。

僕と斗真さんは兄のマンションの部屋をそのまま借り換えて2人で住み始めた。葵は時々僕達の部屋に泊まりに来る。みんなしょっちゅうお互いの部屋を行き来して、食卓を囲んだりお茶をしたりする。鶴見から斗真さんのお母さんや妹さんがやって来ることもあるし、僕達が鶴見の家に行くこともある。
茜はよく泣きよく寝てすくすくと育っている。茜が1歳を過ぎた頃から、玲香さんは時々短い仕事をするようになった。僕と紘兄ちゃんと、それから兄夫婦が雇ったシッターさんとで協力して茜や葵の面倒を見ていて、僕達はまるで大きな家族のよう。斗真さんも、彼のお母さんや妹も、葵や茜を可愛がってくれた。

数年後、僕は、会社を辞めてフリーランスの設計士として仕事を始めた。やはり僕には、人の上に立って指導したり、組織をまとめたりする能力はなかった。そういった業務をやらないといけないと思うと、緊張し、不安になり、そしてうまくできない自分に落ち込み、疲弊していく。何度かそういうことを繰り返し、最後には僕は社長に正直に打ち明けるしかなかった。人と話す事は僕にとって未だに緊張を強いられる事で、僕は仕事がどんどん嫌いになっていきそうだった。図面を書いている時でさえ、時々衝動的な不安に苛まれた。パニック障害と診断された。
社長は、組織の責任者としても、そして僕の友人としても、親身になって僕の話を聞いてくれた。そして彼女は、フリーランスとして業務委託する形で働くのはどうかと提案してくれた。管理設計士の資格が必要で、建築士事務所を開業する必要があるが、手続きはそれほど難しくなく、初期費用も払える範囲だった。
そうする事で僕は管理職としてのプレッシャーから解放され、設計に専念する事ができたし、会社は組織としての公平性が保てるし、人件費の削減にもなった。最初のうち僕の収入は3割ほど減ったけれど、もともと僕も斗真さんも贅沢をするたちではないので、なんとか生活は回った。家にいる時間が増えて、余計なお金を使わなくて済んだので、逆に節約できるようになった。


僕は、ようやく自分の人生を生きているという実感が湧いた。僕の隣にはいつも斗真さんがいてくれた。
僕達は穏やかに、幸せな日々を過ごした。僕は自分自身をやっと受け入れる事ができた。踏み躙られた自尊心を、ようやく少しだけ立て直す事ができた。

「斗真さん、僕幸せ。」
「ぼくもだよ。」


僕が初めて斗真さんをこの身体で受け入れる事ができたのは、出会ってから8年が経った時だった。
休日の朝、朝食後にソファに座ってくつろいでいた。いつものようにキスをしながら抱きしめあっていたら、不意に斗真さんと目があった。なぜだかその時、僕は初めて斗真さんとデートした時のような高揚感に包まれた。なんて素敵な顔をしているんだろう。見慣れたはずの斗真さんの顔が、こんなにも美しかっただろうかと胸がドキドキして思わず目を逸らした。それから、僕は急に寂しくてたまらなくなった。なぜだか分からないけど、ぼくは斗真さんが恋しくてたまらなくなって、この人と繋がりたいと思った。それはほとんど飢餓と呼べるような、抑える事のできない欲求だった。

僕は哀願するように斗真さんに、入れて欲しいと強請った。斗真さんはとてもびっくりしていた。
「どうしたの?無理しないで?」
「無理じゃない。お願い。身体が空っぽみたいな感じがするんだ。欲しくて欲しくて、たまらない。こんなの初めて。自分でもどうしたのか分からないんだ。」
僕は涙を流していた。
それほど強い性衝動を感じたのは初めてだった。気付くと僕のペニスははち切れそうに勃ち上がっていた。
不意に斗真さんが僕のズボンに手をやると、下着ごと全部下ろしてしまった。僕はもうパニックになった。
「ご、ごめん!!僕、なんか変なんだ。急に変になっちゃった。」
僕は聳り立つ自分の性器を両手で隠した。
斗真さんはそっと僕の手を取ると、僕の手にキスをした。まるで壊れやすいガラスでできてるみたいに僕の手を両手でそっと持ち、何度も何度もキスをした。
「斗真さん、僕、変になっちゃう。」
今から考えると本当に恥ずかしいけれど、僕はまるで思春期の子供のようにどうして良いのか分からずに、立ち尽くした。
斗真さんはもう片方の手も同じようにキスをしてくれて、それから僕のペニスにそっとキスをした。
僕は驚いて腰を引いた。
「だ、だめだよ!汚い。それに何かもう出てる。ごめん。」
「ふふ、優斗さん。静かにしてて。可愛い、優斗さん。大好き。」
そう言うとパクリと僕のペニスを口に含み、吸い付いた。

「あ、ああ!んぁ!」
僕はあっという間に斗真さんの口の中で果ててしまった。
「あぁ!!ごめん!ごめん!!」
斗真さんはニッコリと微笑むとゴクリとそれを飲み込んだ。
僕はもう羞恥心と初めて感じる強い性的興奮とで訳がわからなくなって、涙を流しながら謝るしかなかった。
斗真さんは優しく僕の手を引いて、シャワーを2人で浴びた。ずっと木偶の坊のように突っ立ってフリーズしてる僕の身体を洗ってくれて、それから時間をかけて肛門を優しく解してくれた。僕は泣きながら立ち尽くした。その間も僕のペニスはまた勃ち上がり、僕は指で肛門の中を優しくさすられ、気持ちの良いポイントを何度も突かれてまた達してしまった。
「あっ、んぁぁあ!!」
僕の口からは意味のなす言葉はもう何も出ず、快感だけを感じ喘ぎ嬌声を上げ続けていた。
「と、斗真…斗真さん…ん!んん!」
斗真さんは優しく僕の身体を拭いて、手を引いてベッドまで連れて行き、そして寝かせた僕の足を高くかかげるとすっかり柔らかくなった肛門に斗真さんのモノを優しく挿れてくれた。ゆっくりと奥まで挿れると、さらにゆっくりと抜き差しし、浅いところで何度も僕の中を探るように突いた。僕はある一点を突かれると激しい快感で頭が真っ白になった。
「あぁ!!だめ!そこ、やめ…   らめ…」
シーツを握りしめて快感を逃がそうとしても、斗真さんは容赦なくそこを突き続け、それから開きっぱなしで涎を垂らす僕の口に優しくキスをして、口の中隅々まで舌で撫で回されて、僕はまた果てた。落ちていくような感覚と浮き上がり昇っていく感覚が交互にやってきて、僕は必死で斗真さんに縋りついた。斗真さんは優しく抱きしめて全身にキスをしてくれた。
「もう、だめ…」
そう言いながらも身体はもっともっとと強請るように斗真さんのモノを奥深くまで受け入れようと腰を突き上げた。

斗真さんは僕の中で果てて、ゴムを外すとまた新しいゴムを付けた。

「もう一回だけ、良い?」
「ん、ん!」
もう僕は声も出せず、斗真さんの顔を見つめた。
2回目、斗真さんは果てる時に僕の胸の突起をギュッと摘んで、僕はまた果てた。
「一緒に逝ったね。」
斗真さんが嬉しそうに言って、僕ははぁはぁと肩で息をしながら斗真さんを抱きしめた。
僕は斗真さんの首筋や背中にキスをしながら、ウトウトと眠ってしまった。

目が覚めるともう夕方近く、斗真さんは隣ですやすやと寝ていた。胸の奥底から斗真さんへの愛しさが込み上げてきて、僕は叫びだしたいような気持ちになった。SEXが、これほど気持ちの良いものだとは、僕は全然知らなかった。
斗真さんの身体だけでなく、斗真さんにキスをされた自分の身体までもが愛おしく思えた。
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