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喪失
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この話が、ここで終わる事ができたらどんなに良かったことだろう。
ようやく2人は互いの気持ちを打ち明け合い、そして確かめ合い、結ばれた。
2人は末永く幸せに過ごしましたとさ。
めでたしめでたし。
おしまい。
そうなれば、と、2人も、2人の周りの友人達も、皆がそう願っていた。
しかし、そうはならなかった。
葉平と悠はそれから一年余、東京と福島で過ごした。遠距離恋愛は、彼らの結びつきをより強めた。悠は仕事で東京によく来たし、互いに休みが合えば悠の故郷であり葉平が大学生活を送った、2人が出会った町に帰って、葉平の好きなあの小さな悠の家で過ごした。
1年後、入社以来の葉平の願いがようやく聞き届けられ、彼は本社に転勤になった。2人は話し合い、悠も故郷に帰る事にした。卒業した大学にポストがちょうど空き、准教授として働く事ができたのだ。2人はあの小さな家で同居を始めた。
そして、そのタイミングで2人は家族になる事にした。葉平は2ヶ月早く産まれた悠の、養子になった。同性婚が認められるまで待とうかとも考えたが、家族に恵まれなかった葉平にとって、形は何であれ法的に家族になる事は何よりも安心できるものだったのだ。
葉平は、母親に宛てて長い手紙を書いた。自分があの喫茶店で母に置いて行かれた時に、どれ程悲しく絶望的な気持ちになったか。その後どんな生活を送ったか。恨みはもう無かったが、それを母は知るべきだと思った。そして、それを伝えた上で母と決別することを、葉平は真摯に、誠実に、母親に伝えた。
自分はゲイで、生涯を共にすると決めたパートナーと巡り合った。彼の事を、誰よりも深く愛している。自分は彼と共に今後は生きていく。
『だから、お母さん、申し訳ないけどお金はもう送れません。僕は彼を守りたいし、僕達が老後助け合って生きていくためには蓄えが必要です。男性同士のパートナーとして生涯を共にする事には、異性のカップルよりも多くの困難があると予想されます。だから、僕は僕達を守るために、少しでも多くのお金を残しておきたいのです。申し訳ないとは思いますが、どうかご容赦ください。
お母さん、さようなら。』
その長い手紙を、葉平は母の住む町の市役所に直接出向き、生活支援課の担当の職員に手渡した。自分に家族ができたから、もう送金はできない事を伝え、この手紙を母に渡して欲しいと頭を下げて頼んだ。職員は葉平を真っ直ぐ見て、
「分かりました。必ずお渡しします。今までのご援助、ありがとうございました。お疲れ様でした。」
そう言ってくれた。本当は彼女が礼を言う義理などなかったのに。
その言葉は葉平の胸にじんわりと沁みた。互いに深く頭を下げて、葉平は市役所を後にした。
この町に来る事はもうないだろう。
帰りの電車の車窓から初めて来る町を眺めながら、彼は思った。
あの喫茶店から20年以上、僕はもう十分苦しんだ。そしてようやく、今度は僕が母を捨てたのだ。
哀しさと清々しさが等しく彼の胸を覆った。
さよなら、母さん。さよなら、姉さん。僕は、僕を捨てた家族じゃなくて、僕が選んだ家族と生きていく。僕が選んだ人達に囲まれて生きていく。
彼の頭には、悠はもちろん、陸杜も、彼の恋人も、ゲイバーのママも、立科教授や、ひどい鬱病だった時彼を見捨てずにいてくれた会社の上司の顔もよぎった。
封筒に住所を記したけれど返信も無かったので、母親が手紙を読んだのかどうかは葉平には分からなかったが、葉平は気にならなかった。送金を止めても何も言ってこない事が、全てだった。そもそも、当初は額面もタイミングもバラバラだった送金に、母は何も言わなかった。関心が無いのかもしれない。
それで良かった。
2人の生活は楽しかった。
規則正しいサラリーマンの葉平と、授業のある日と無い日では出勤時間も違い、研究の進み具合では大学に泊まり込む事もあれば、時に長く休みができる事もある悠とは、生活のリズムが若干違ったが、それも2人には良い刺激だった。悠は1人で気ままに暮らしていた時よりも規則正しい生活になり、授業のない日もダラダラしなくなった事に充実感を感じたし、葉平は悠の長い休みに一緒に過ごしたくて積極的に有給を取得するようになった。結果、葉平は仕事の効率が上がり会社での評価が上がって、仕事に集中する事で精神状態も安定した。
2人は、仲良くなった悠の同僚の影響で山登りを始めて、いつしか陸杜の恋人も筋トレと称して山登りに参加するようになった。陸杜は来たり来なかったり、一緒に来ても登らず麓で温泉と酒を楽しんでいる時もあったが、そうやって年に数回でもまた皆で会えるのは楽しかった。
同居して13年が経ち、当初の情熱的なSEXよりも互いに労わりあうような穏やかなSEXが多くなったが、それでも葉平は悠に、悠は葉平に、いつも情欲を抱いた。好き。その気持ちが身体から溢れる出て迸るように、身体を求めあった。
2人は幸せだったし、その幸せは続くのだと思っていた。
葉平が東京支社に出張する朝、2人は共に朝食をとった。フルーツとヨーグルト、おにぎり、お味噌汁、ベーコンエッグ。いつもと変わらないメニューだ。食後に紅茶を飲んだ。悠が見つけてきた新しいブランドの紅茶で、香りが良かった。悠は仕事が遅くからだったので、最寄りの駅ではなく新幹線の止まる駅まで葉平を車で送った。車の中で、2人は次の休暇の計画を話し合った。久しぶりにまとまった休みが取れそうだった。
「海外に行くのも良いね。」
葉平が海外旅行をした事が無いのを知っていた悠は言った。
「フランスかイタリアの小さな村を、ドライブしながら回るのは?素敵じゃない?」
「良いね!この間テレビで見たんだ、南フランスの小さな村の事。すごくきれいだった。アグリツーリズムだったっけな。農家の家族が小さな宿をやってて、そこに泊まれるんだって。」
「絶対に楽しいね、それ。」
「山も登れるかな?軽めの山。」
旅って計画する時が楽しいね。
葉平が嬉しそうにそう言うのを、悠は幸せな気持ちで聞いた。
「行ってくるね。」
「うん、陸杜さんによろしく。」
明後日の夕方戻るよ。
葉平は確かにそう言った。
悠にそっとキスをしながら、葉平は確かにそう言ったのだ。
それを、その声やその時の葉平の顔を、悠はその後何回も何回も涙の中に思い出すことになる。
葉平は、東京駅で軽く昼食をとると、昼からの会議のための準備ができるよう少し早めに東京支社に向かった。
最寄りの地下鉄の駅から、オフィスのビルまでは徒歩5分だった。
その途中、白昼の人の行き交う路上で、葉平は刺された。周りの人間が何が起こったのか把握し騒然となった時には、葉平は既に5ヶ所刺されていた。倒れ込む葉平に更に襲いかかる女を、通行人は恐怖でただ見つめた。葉平は動かぬ身体を引きずって必死で後退りながら、女の顔を見て驚愕の表情を浮かべた。
それは、葉平の、実の姉だった。
「あ゛…」
呻き声を上げながら、葉平は這って逃げた。立ち上がろうともがくも足は力が入らず、這って10メートル逃げた。
最後の一撃は、背中から、葉平の肝臓を貫いた。
それが、致命傷だった。
支社から、出張に来るはずの山中葉平が来ないとの連絡が本社に入ったのは、事件から1時間後の事だった。本社の総務部長で、唯一葉平が悠と養子縁組していることを知っている所澤幸子が悠の大学に連絡した。
皆が何度も葉平の電話に連絡したが、繋がらなかった。
事件を最初に知ったのは、陸杜だった。
悠から連絡を受けた陸杜は、東京駅から葉平の東京支社までの間の病院にくまなく連絡して、救急搬送された40代前半の男性がいないか確認した。
知り合いの医師が、陸杜に連絡してきた。自分が勤めている病院が、重篤な切創患者の救急搬送を受けられず断った、と。40代男性。救急要請現場の場所は、葉平の会社の東京支社のすぐ近くだった。ツテを頼って調べまくり、ようやく葉平の搬送先が分かったのと、東京支社のオフィスに警視庁から連絡が入ったのは同じ頃だった。
すぐさま搬送先の病院に向かった陸杜と、少し遅れて到着した東京支社の社員は、ともに待合スペースで何も詳細の知らされないまま待たされた。
現場に残された鞄から身分証明書が見つかり、その患者が確かに山中葉平だと分かった、そう聞いた陸杜は、泣きながら悠に連絡した。
所澤から葉平が東京支社に出社していない事を聞かされていた悠は、既に東京に向かう準備をしていた。
悠が病院に着いた時には、葉平は既に死亡が確認されていた。東京支社の、葉平の元上司が、遺体が山中葉平である事を確認した。陸杜は、病院の霊安室に運ばれた葉平を見なかった。一番最初に葉平に会うのは悠でなければいけないと思ったからだ。
病院に到着した悠は、入り口で待っていた陸杜の顔を見て、泣き崩れた。その顔で、全てが分かってしまったのだ。陸杜に支えられながら、悠は霊安室で葉平と対面した。
驚くほど穏やかな顔だった。
薄っすらと微笑んでさえいるように思った。まるで、幸せな夢を見ているように。
悠は、葉平の亡骸に縋り付いていつまでも泣きじゃくった。陸杜も、彼の恋人も。
検死解剖の後、葉平の元上司の手配で、葉平の亡骸は2人の住む街に運ばれ、そこに埋葬された。
葉平の姉は、現場ですぐに逮捕された。
葉平からの入金がない事を常に不満に思っていた彼女は、母親が隠し持っていた葉平からの手紙を見つけてその理由を知り、激怒した。自分の人生を壊した弟が、彼だけ幸せになろうとしている。到底許せる事ではなかった。
今こそ父親の仇を討つ時だ。彼が果たせなかった復讐を、私が代わりにやってやる。彼女は病んだ心に復讐の炎を燃え上がらせていた。弟が勤める会社を調べて、毎朝そこで待っていた。しかし彼は来なかった。その頃には葉平は東京を出て何年も経っていた。
来ない葉平を待ち続ける日々が、彼女の心を更に病ませて、復讐の炎に油がくべられた。その朝、ついに弟を見つけた時、彼女は躊躇いなく、残虐に襲いかかった。
ようやく2人は互いの気持ちを打ち明け合い、そして確かめ合い、結ばれた。
2人は末永く幸せに過ごしましたとさ。
めでたしめでたし。
おしまい。
そうなれば、と、2人も、2人の周りの友人達も、皆がそう願っていた。
しかし、そうはならなかった。
葉平と悠はそれから一年余、東京と福島で過ごした。遠距離恋愛は、彼らの結びつきをより強めた。悠は仕事で東京によく来たし、互いに休みが合えば悠の故郷であり葉平が大学生活を送った、2人が出会った町に帰って、葉平の好きなあの小さな悠の家で過ごした。
1年後、入社以来の葉平の願いがようやく聞き届けられ、彼は本社に転勤になった。2人は話し合い、悠も故郷に帰る事にした。卒業した大学にポストがちょうど空き、准教授として働く事ができたのだ。2人はあの小さな家で同居を始めた。
そして、そのタイミングで2人は家族になる事にした。葉平は2ヶ月早く産まれた悠の、養子になった。同性婚が認められるまで待とうかとも考えたが、家族に恵まれなかった葉平にとって、形は何であれ法的に家族になる事は何よりも安心できるものだったのだ。
葉平は、母親に宛てて長い手紙を書いた。自分があの喫茶店で母に置いて行かれた時に、どれ程悲しく絶望的な気持ちになったか。その後どんな生活を送ったか。恨みはもう無かったが、それを母は知るべきだと思った。そして、それを伝えた上で母と決別することを、葉平は真摯に、誠実に、母親に伝えた。
自分はゲイで、生涯を共にすると決めたパートナーと巡り合った。彼の事を、誰よりも深く愛している。自分は彼と共に今後は生きていく。
『だから、お母さん、申し訳ないけどお金はもう送れません。僕は彼を守りたいし、僕達が老後助け合って生きていくためには蓄えが必要です。男性同士のパートナーとして生涯を共にする事には、異性のカップルよりも多くの困難があると予想されます。だから、僕は僕達を守るために、少しでも多くのお金を残しておきたいのです。申し訳ないとは思いますが、どうかご容赦ください。
お母さん、さようなら。』
その長い手紙を、葉平は母の住む町の市役所に直接出向き、生活支援課の担当の職員に手渡した。自分に家族ができたから、もう送金はできない事を伝え、この手紙を母に渡して欲しいと頭を下げて頼んだ。職員は葉平を真っ直ぐ見て、
「分かりました。必ずお渡しします。今までのご援助、ありがとうございました。お疲れ様でした。」
そう言ってくれた。本当は彼女が礼を言う義理などなかったのに。
その言葉は葉平の胸にじんわりと沁みた。互いに深く頭を下げて、葉平は市役所を後にした。
この町に来る事はもうないだろう。
帰りの電車の車窓から初めて来る町を眺めながら、彼は思った。
あの喫茶店から20年以上、僕はもう十分苦しんだ。そしてようやく、今度は僕が母を捨てたのだ。
哀しさと清々しさが等しく彼の胸を覆った。
さよなら、母さん。さよなら、姉さん。僕は、僕を捨てた家族じゃなくて、僕が選んだ家族と生きていく。僕が選んだ人達に囲まれて生きていく。
彼の頭には、悠はもちろん、陸杜も、彼の恋人も、ゲイバーのママも、立科教授や、ひどい鬱病だった時彼を見捨てずにいてくれた会社の上司の顔もよぎった。
封筒に住所を記したけれど返信も無かったので、母親が手紙を読んだのかどうかは葉平には分からなかったが、葉平は気にならなかった。送金を止めても何も言ってこない事が、全てだった。そもそも、当初は額面もタイミングもバラバラだった送金に、母は何も言わなかった。関心が無いのかもしれない。
それで良かった。
2人の生活は楽しかった。
規則正しいサラリーマンの葉平と、授業のある日と無い日では出勤時間も違い、研究の進み具合では大学に泊まり込む事もあれば、時に長く休みができる事もある悠とは、生活のリズムが若干違ったが、それも2人には良い刺激だった。悠は1人で気ままに暮らしていた時よりも規則正しい生活になり、授業のない日もダラダラしなくなった事に充実感を感じたし、葉平は悠の長い休みに一緒に過ごしたくて積極的に有給を取得するようになった。結果、葉平は仕事の効率が上がり会社での評価が上がって、仕事に集中する事で精神状態も安定した。
2人は、仲良くなった悠の同僚の影響で山登りを始めて、いつしか陸杜の恋人も筋トレと称して山登りに参加するようになった。陸杜は来たり来なかったり、一緒に来ても登らず麓で温泉と酒を楽しんでいる時もあったが、そうやって年に数回でもまた皆で会えるのは楽しかった。
同居して13年が経ち、当初の情熱的なSEXよりも互いに労わりあうような穏やかなSEXが多くなったが、それでも葉平は悠に、悠は葉平に、いつも情欲を抱いた。好き。その気持ちが身体から溢れる出て迸るように、身体を求めあった。
2人は幸せだったし、その幸せは続くのだと思っていた。
葉平が東京支社に出張する朝、2人は共に朝食をとった。フルーツとヨーグルト、おにぎり、お味噌汁、ベーコンエッグ。いつもと変わらないメニューだ。食後に紅茶を飲んだ。悠が見つけてきた新しいブランドの紅茶で、香りが良かった。悠は仕事が遅くからだったので、最寄りの駅ではなく新幹線の止まる駅まで葉平を車で送った。車の中で、2人は次の休暇の計画を話し合った。久しぶりにまとまった休みが取れそうだった。
「海外に行くのも良いね。」
葉平が海外旅行をした事が無いのを知っていた悠は言った。
「フランスかイタリアの小さな村を、ドライブしながら回るのは?素敵じゃない?」
「良いね!この間テレビで見たんだ、南フランスの小さな村の事。すごくきれいだった。アグリツーリズムだったっけな。農家の家族が小さな宿をやってて、そこに泊まれるんだって。」
「絶対に楽しいね、それ。」
「山も登れるかな?軽めの山。」
旅って計画する時が楽しいね。
葉平が嬉しそうにそう言うのを、悠は幸せな気持ちで聞いた。
「行ってくるね。」
「うん、陸杜さんによろしく。」
明後日の夕方戻るよ。
葉平は確かにそう言った。
悠にそっとキスをしながら、葉平は確かにそう言ったのだ。
それを、その声やその時の葉平の顔を、悠はその後何回も何回も涙の中に思い出すことになる。
葉平は、東京駅で軽く昼食をとると、昼からの会議のための準備ができるよう少し早めに東京支社に向かった。
最寄りの地下鉄の駅から、オフィスのビルまでは徒歩5分だった。
その途中、白昼の人の行き交う路上で、葉平は刺された。周りの人間が何が起こったのか把握し騒然となった時には、葉平は既に5ヶ所刺されていた。倒れ込む葉平に更に襲いかかる女を、通行人は恐怖でただ見つめた。葉平は動かぬ身体を引きずって必死で後退りながら、女の顔を見て驚愕の表情を浮かべた。
それは、葉平の、実の姉だった。
「あ゛…」
呻き声を上げながら、葉平は這って逃げた。立ち上がろうともがくも足は力が入らず、這って10メートル逃げた。
最後の一撃は、背中から、葉平の肝臓を貫いた。
それが、致命傷だった。
支社から、出張に来るはずの山中葉平が来ないとの連絡が本社に入ったのは、事件から1時間後の事だった。本社の総務部長で、唯一葉平が悠と養子縁組していることを知っている所澤幸子が悠の大学に連絡した。
皆が何度も葉平の電話に連絡したが、繋がらなかった。
事件を最初に知ったのは、陸杜だった。
悠から連絡を受けた陸杜は、東京駅から葉平の東京支社までの間の病院にくまなく連絡して、救急搬送された40代前半の男性がいないか確認した。
知り合いの医師が、陸杜に連絡してきた。自分が勤めている病院が、重篤な切創患者の救急搬送を受けられず断った、と。40代男性。救急要請現場の場所は、葉平の会社の東京支社のすぐ近くだった。ツテを頼って調べまくり、ようやく葉平の搬送先が分かったのと、東京支社のオフィスに警視庁から連絡が入ったのは同じ頃だった。
すぐさま搬送先の病院に向かった陸杜と、少し遅れて到着した東京支社の社員は、ともに待合スペースで何も詳細の知らされないまま待たされた。
現場に残された鞄から身分証明書が見つかり、その患者が確かに山中葉平だと分かった、そう聞いた陸杜は、泣きながら悠に連絡した。
所澤から葉平が東京支社に出社していない事を聞かされていた悠は、既に東京に向かう準備をしていた。
悠が病院に着いた時には、葉平は既に死亡が確認されていた。東京支社の、葉平の元上司が、遺体が山中葉平である事を確認した。陸杜は、病院の霊安室に運ばれた葉平を見なかった。一番最初に葉平に会うのは悠でなければいけないと思ったからだ。
病院に到着した悠は、入り口で待っていた陸杜の顔を見て、泣き崩れた。その顔で、全てが分かってしまったのだ。陸杜に支えられながら、悠は霊安室で葉平と対面した。
驚くほど穏やかな顔だった。
薄っすらと微笑んでさえいるように思った。まるで、幸せな夢を見ているように。
悠は、葉平の亡骸に縋り付いていつまでも泣きじゃくった。陸杜も、彼の恋人も。
検死解剖の後、葉平の元上司の手配で、葉平の亡骸は2人の住む街に運ばれ、そこに埋葬された。
葉平の姉は、現場ですぐに逮捕された。
葉平からの入金がない事を常に不満に思っていた彼女は、母親が隠し持っていた葉平からの手紙を見つけてその理由を知り、激怒した。自分の人生を壊した弟が、彼だけ幸せになろうとしている。到底許せる事ではなかった。
今こそ父親の仇を討つ時だ。彼が果たせなかった復讐を、私が代わりにやってやる。彼女は病んだ心に復讐の炎を燃え上がらせていた。弟が勤める会社を調べて、毎朝そこで待っていた。しかし彼は来なかった。その頃には葉平は東京を出て何年も経っていた。
来ない葉平を待ち続ける日々が、彼女の心を更に病ませて、復讐の炎に油がくべられた。その朝、ついに弟を見つけた時、彼女は躊躇いなく、残虐に襲いかかった。
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