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ナポリタン
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花見をした翌日、悠は高速バスで帰って行った。
「再来週、また来る。金曜日に学会があって。月曜日までに帰れば良いから、また一緒に過ごさない?」
「うん。陸杜の予定が合ったら、会ってくれる?」
「もちろん。学会だからスーツも持ってくるし。」
「はは、別にスーツじゃなくて良いでしょ。陸杜はたぶん変なカッコだよ?」
「変なカッコなの?」
「うん。なんかね、すごく派手な柄のテロテロのシャツとか、おばあちゃんが着るみたいなカーディガンとか着てるの。僕だったら絶対選ばない服。」
「そうなんだ。楽しみ。」
高速バスの乗り場の隅で、悠は素早く僕にキスをした。そしてそのまま走ってバスに乗り込んだ。バスの窓からニッコリ笑って小さく手を振る悠が、可愛くて、愛しかった。悠を可愛いと思ったのも、初めてだった。
東京駅から地下鉄に乗って、僕は久しぶりに働いていたバーに行った。陸杜に会えるかも知れないと思った。電話をすれば良かったのだけれど、何となく気恥ずかしかった。悠との事をあんなにメソメソと話したから、付き合う事になったと報告するのが恥ずかしかったのだ。
それに、世話になったのに電話で謝罪しただけで実際に顔を合わせていなかったママにも会いたいと思った。
「気にしないで。陸杜からふんわりとは聞いた。私たちってさ、ほら、家族からだって傷付けられる事があるから。だから傷は舐め合って生きてんのよ。元気になったら飲みにきてね。」
そう言ってくれたママに、今なら顔を合わせられる気がした。
「いらっしゃい!あら!
ヤマちゃん!久しぶり~~。元気になった??」
ママは相変わらずハイテンションで、にこやかで、変わりなく安心できる笑顔で迎えてくれた。
「ママ、突然辞めてすみませんでした。ご迷惑をおかけしました。」
頭を下げると、ママは
「え?辞めたの?辞めてないでしょ。お休みしてるだけでしょ。ヤマちゃんがまたここで働きたくなったら、いつでも帰っておいでよ。ここ、一度入ったら運の尽き、もう抜け出せない底なし沼なんだから~~」
そう言うとケタケタと笑った。
「でも良かった。入院したって聞いたから心配したけど、元気そう。
あとはちょっと太らないとね。
ナポリタン、作ってあげようか?」
「あ、食べたいです。あと、ハイボール、お願いします。」
「陸杜もさ、最近ちょっと良い感じの人がいるみたいだし、ヤマちゃんも元気になったみたいだし。良かった良かった。今日はお祝い!一杯奢るわ。」
「え?陸杜、良い感じの人いるんですか?」
「あら、知らなかった?ま、付き合ってる訳じゃないみたいだけどね。でも、尽くされてるって感じ。もう前みたいにやたらめったら男を取っ替え引っ替えして、節操無くやりまくってはないみたいよ。陸杜、ヤマちゃんを弟にしたって嬉しそうに言ってたわ。兄として恥ずかしくない生き方するんだって。良かったわよ、2人とも。」
「ママ、僕、ここで働いて救われました。陸杜にも会えたし、ママとかリョウヘイさんとかに優しくしてもらって。自分の事、大切にしようと思えるようになりました。僕、ずっとずっと好きだった人がいて。大学の頃から。おとつい、初めて好きって言えました。彼も僕の事好きって言ってくれて。僕たち、互いにずっと片想いしあってたみたいで。」
「えーー!何~~
良かったじゃん。良かった!!もう一杯奢っちゃう。ヤマちゃんさ、あんた自分で気付いてないみたいだけど、めちゃくちゃ可愛い顔してんのよ。自信持って!」
「えー、可愛くはないですよ。
もうすぐ30のおっさんですよ?」
「あんたさぁ、もうすぐ30がおっさんならアタシはどうなんのよ。もう妖怪じゃない。」
「ママはキレイです。マリア像みたい。似てますよね。」
「ブアハハハ
マリアもびっくりよ。」
ママのナポリタンは働いていた頃と変わらず、ちょっと甘めで、でもハラペーニョピクルスの辛味と酸味が良いアクセントで、美味しかった。ママやスタッフ、お客さんとこういう他愛もない話をしながら、僕はそれにどれだけ癒されていたのか、改めて思い至って涙が出そうになった。
「ヤマちゃん。幸せになりな。
ヤマちゃん、頑張ってきたんだから。ずっと頑張ってきたよ。ボロボロになっても諦めずにさ。幸せになりなよ、ヤマちゃん。ちゃんと幸せにね。」
ママが呟くように言った。
翌日、僕は仕事帰りに陸杜の部屋に行った。陸杜は休みで、僕が買ってきた焼き鳥をつまみながら2人で話した。
悠との事。ずっと片想いだと思い込んで、互いに傷つき苦しんでいた事。
陸杜は黙って話を聞いてくれた。
僕と悠がようやく自分達の事を包み隠さず話し合い、付き合う事にしたと聞くと、陸杜は泣いて喜んでくれた。
「葉ちゃん、本当に良かった。葉ちゃん、頑張ったね。オレ、マジで嬉しいよ。葉ちゃんが幸せになるって、オレマジで嬉しいよ。」
「悠に会ってくれる?」
「もちろん!なんかユウの話を葉ちゃんから聞きすぎて、会ってないって信じられないよ。」
「再来週、また来てくれるんだ、悠。
悠は今大学で教えてて、金曜日に学会があるんだって。金曜日の夜から日曜日の夜まで、一緒に過ごす。そこのどこかで、会えない?」
「金曜日は日勤だから、夜、飯食おう。焼肉食べない?」
「焼肉?」
「うん、葉ちゃんと焼肉食べた事、無かったな~と思って。知り合いの店、予約しとくよ。」
「分かった。悠に行っとく。」
「ユウは焼肉大丈夫?」
「うん、たぶん。焼肉は行った事ないけど、肉は好きだったと思うから。」
「よし、決まりね!」
陸杜は何度も嬉しいなぁ、楽しみだなぁと呟いて、そう言われる度に僕は心がフワフワと浮き立った。
「再来週、また来る。金曜日に学会があって。月曜日までに帰れば良いから、また一緒に過ごさない?」
「うん。陸杜の予定が合ったら、会ってくれる?」
「もちろん。学会だからスーツも持ってくるし。」
「はは、別にスーツじゃなくて良いでしょ。陸杜はたぶん変なカッコだよ?」
「変なカッコなの?」
「うん。なんかね、すごく派手な柄のテロテロのシャツとか、おばあちゃんが着るみたいなカーディガンとか着てるの。僕だったら絶対選ばない服。」
「そうなんだ。楽しみ。」
高速バスの乗り場の隅で、悠は素早く僕にキスをした。そしてそのまま走ってバスに乗り込んだ。バスの窓からニッコリ笑って小さく手を振る悠が、可愛くて、愛しかった。悠を可愛いと思ったのも、初めてだった。
東京駅から地下鉄に乗って、僕は久しぶりに働いていたバーに行った。陸杜に会えるかも知れないと思った。電話をすれば良かったのだけれど、何となく気恥ずかしかった。悠との事をあんなにメソメソと話したから、付き合う事になったと報告するのが恥ずかしかったのだ。
それに、世話になったのに電話で謝罪しただけで実際に顔を合わせていなかったママにも会いたいと思った。
「気にしないで。陸杜からふんわりとは聞いた。私たちってさ、ほら、家族からだって傷付けられる事があるから。だから傷は舐め合って生きてんのよ。元気になったら飲みにきてね。」
そう言ってくれたママに、今なら顔を合わせられる気がした。
「いらっしゃい!あら!
ヤマちゃん!久しぶり~~。元気になった??」
ママは相変わらずハイテンションで、にこやかで、変わりなく安心できる笑顔で迎えてくれた。
「ママ、突然辞めてすみませんでした。ご迷惑をおかけしました。」
頭を下げると、ママは
「え?辞めたの?辞めてないでしょ。お休みしてるだけでしょ。ヤマちゃんがまたここで働きたくなったら、いつでも帰っておいでよ。ここ、一度入ったら運の尽き、もう抜け出せない底なし沼なんだから~~」
そう言うとケタケタと笑った。
「でも良かった。入院したって聞いたから心配したけど、元気そう。
あとはちょっと太らないとね。
ナポリタン、作ってあげようか?」
「あ、食べたいです。あと、ハイボール、お願いします。」
「陸杜もさ、最近ちょっと良い感じの人がいるみたいだし、ヤマちゃんも元気になったみたいだし。良かった良かった。今日はお祝い!一杯奢るわ。」
「え?陸杜、良い感じの人いるんですか?」
「あら、知らなかった?ま、付き合ってる訳じゃないみたいだけどね。でも、尽くされてるって感じ。もう前みたいにやたらめったら男を取っ替え引っ替えして、節操無くやりまくってはないみたいよ。陸杜、ヤマちゃんを弟にしたって嬉しそうに言ってたわ。兄として恥ずかしくない生き方するんだって。良かったわよ、2人とも。」
「ママ、僕、ここで働いて救われました。陸杜にも会えたし、ママとかリョウヘイさんとかに優しくしてもらって。自分の事、大切にしようと思えるようになりました。僕、ずっとずっと好きだった人がいて。大学の頃から。おとつい、初めて好きって言えました。彼も僕の事好きって言ってくれて。僕たち、互いにずっと片想いしあってたみたいで。」
「えーー!何~~
良かったじゃん。良かった!!もう一杯奢っちゃう。ヤマちゃんさ、あんた自分で気付いてないみたいだけど、めちゃくちゃ可愛い顔してんのよ。自信持って!」
「えー、可愛くはないですよ。
もうすぐ30のおっさんですよ?」
「あんたさぁ、もうすぐ30がおっさんならアタシはどうなんのよ。もう妖怪じゃない。」
「ママはキレイです。マリア像みたい。似てますよね。」
「ブアハハハ
マリアもびっくりよ。」
ママのナポリタンは働いていた頃と変わらず、ちょっと甘めで、でもハラペーニョピクルスの辛味と酸味が良いアクセントで、美味しかった。ママやスタッフ、お客さんとこういう他愛もない話をしながら、僕はそれにどれだけ癒されていたのか、改めて思い至って涙が出そうになった。
「ヤマちゃん。幸せになりな。
ヤマちゃん、頑張ってきたんだから。ずっと頑張ってきたよ。ボロボロになっても諦めずにさ。幸せになりなよ、ヤマちゃん。ちゃんと幸せにね。」
ママが呟くように言った。
翌日、僕は仕事帰りに陸杜の部屋に行った。陸杜は休みで、僕が買ってきた焼き鳥をつまみながら2人で話した。
悠との事。ずっと片想いだと思い込んで、互いに傷つき苦しんでいた事。
陸杜は黙って話を聞いてくれた。
僕と悠がようやく自分達の事を包み隠さず話し合い、付き合う事にしたと聞くと、陸杜は泣いて喜んでくれた。
「葉ちゃん、本当に良かった。葉ちゃん、頑張ったね。オレ、マジで嬉しいよ。葉ちゃんが幸せになるって、オレマジで嬉しいよ。」
「悠に会ってくれる?」
「もちろん!なんかユウの話を葉ちゃんから聞きすぎて、会ってないって信じられないよ。」
「再来週、また来てくれるんだ、悠。
悠は今大学で教えてて、金曜日に学会があるんだって。金曜日の夜から日曜日の夜まで、一緒に過ごす。そこのどこかで、会えない?」
「金曜日は日勤だから、夜、飯食おう。焼肉食べない?」
「焼肉?」
「うん、葉ちゃんと焼肉食べた事、無かったな~と思って。知り合いの店、予約しとくよ。」
「分かった。悠に行っとく。」
「ユウは焼肉大丈夫?」
「うん、たぶん。焼肉は行った事ないけど、肉は好きだったと思うから。」
「よし、決まりね!」
陸杜は何度も嬉しいなぁ、楽しみだなぁと呟いて、そう言われる度に僕は心がフワフワと浮き立った。
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