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翔太
初恋
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翔太の初恋は小学校一年生の時だった。
「ねえ、すごく絵が上手だね。どうやったらそんなに上手に塗れるの?オレ、すぐに色が混ざっちゃう。」
小学校からこの島に来て、まだ友達のいなかった翔太は、初めて話しかけてきてくれた矢幡桜亮と、すぐに仲良くなった。桜亮は、誰にでも優しくて、勉強も運動も良くできる、クラスの人気者だった。小柄で色素が薄く、女の子みたいにキレイな顔をしていたけど、やんちゃで気が強かった。そんな桜亮と、身体が大きく男っぽい顔立ちなのに人見知りで口数の少ない翔太は、見た目と中身が逆だ、なんて大人たちに揶揄われながらも、なぜか気が合った。2人でいるとしっくりと身体と心が馴染んで、穏やかな気持ちでいられた。
2人はいつもずっと一緒にいた。
お互いに、一度島を出て戻ってきたUターン組で母子家庭だった事もあって、それぞれの母親同士も仲が良く、学校から帰ってもどちらかの家で寝る直前まで一緒に過ごした。どちらかの家に泊まって、一緒に寝る事も少なくなかった。
島の人達は閉鎖的で、一度島を出て戻ってきた者をどこか下に見るところがあった。でも桜亮はからかって来る上級生にも一度も負けなかった。小さな桜亮が自分より大きな翔太の手を引いて庇うように睨み上げる姿は、滑稽ではあったがどこか胸を突くいじらしさがあった。
2人は何でも話したし、話さなくてもお互いの事が分かり合えた。
学校が終わると、グラウンドの片隅で翔太は絵を描いて、桜亮はドッチボールやら鬼ごっこをして遊んだ。桜亮はクラスメイトと遊びながらも度々翔太のところに戻ってきて、翔太の絵を眺めて
「すげー!きれいだ!」
と感嘆の声を上げた。
休みの日には1人で海で泳ぐ桜亮を、砂浜で座って描いた。
翔太は桜亮のキレイな横顔を眺めると、胸がドキドキした。赤くなるだけで日焼けしない桜亮は島の子の中では目立つくらい色が白く、全体に色素が薄く、髪や瞳は薄い茶色だった。光が当たるとその瞳はさらに薄く見えて、まるで金色の蜂蜜のように光った。
桜亮はいつも心から翔太の絵を褒めてくれた。
「オレ、翔太の描く海が本物の海より好き!きれい!」
そう言っていつまでも眺めた。
幸福な子供時代だったと思う。
あの日までは。
あの日、翔太と桜亮は同時に、たった1人の愛する家族を亡くした。
一緒の船に乗り合わせたのは、偶然だった。翔太の母親は毎日連絡船で本土に渡って、そこのレストランで働いていた。桜亮の母親は島で働いていたが、その日はたまたま買い出しのために本土に渡っていた。
「帰りの船が偶然同じになったから、一緒に帰るから待っててね。」
そう電話をくれたのが、翔太の母親だったのか桜亮の母親だったのか、2人はもう覚えていない。
帰ってこない母親を待ちくたびれて、2人はそれぞれの家からカップラーメンを持ち寄って2人で食べ、テレビを観ながらウトウトと眠ってしまった。
冬の寒い夜だった。
風が強く吹きすさんでいて、建て付けの悪い木戸をガタガタと揺らした。
2人は心細い気持ちを炬燵の中で寄り添って過ごした。
ふと目を覚ますと、外が騒がしかった。
サイレンが鳴り響き、消防団の男達が何やら叫びながら港に向かっていた。
時計を見ると、12時になろうとしていた。
「母ちゃんは?」
「母ちゃん達も出かけたんかな?」
「オレ、家見てくる。」
「一緒に行く。」
「うん。」
2人で走って桜亮の家に行った。
家は真っ暗で、誰もいない事が玄関の戸を開ける前からわかった。
それでも桜亮は玄関の戸を開けて、
「母ちゃん??いないの?」
と叫んだ。
返事はなかった。
近所のおばちゃん達が三、四人、港を見つめながら深刻そうに何か話していた。
桜亮が近づいて
「なんかあったの?母ちゃんも港行ったの?」
と聞くと、おばちゃん達は厳しい顔で身を乗り出した。
「お、桜亮!母ちゃん帰ってないんか?」
「んー、分からん。翔太んちで寝ちゃってたから。帰ってどっかに行ったんかも。」
「オレの母ちゃんもいない。」
「翔太んとこ、本土でパートしとっちゃんやないの?」
「うん、でも夕方の船で帰るって言っとったもん。桜亮の母ちゃんと船で一緒になったからって、一緒に帰るって言っとった。」
数人のおばちゃんが息を呑んだ。
夜でも分かるくらい顔色が変わった。
「何時のね?」
「え?」
「船!船の時間!!何時のって言っとったか?」
「今からって電話あったの、何時やっけ?」
「忍たま終わる頃や」
おばちゃん達は今度はもう、悲鳴をあげた。隣のばあちゃんが2人の手を引いて、家に入らせた。
おばちゃん達もぞろぞろとばあちゃんの家に入って、2人を炬燵の中に押し込んだ。
「ジュース飲み。お腹は?夜ご飯食べたか?」
「うん、カップラーメン食べた。」
「ねえ、母ちゃんは?どこにおるの?」
誰も何も答えなかった。
徐に1人のおばちゃんがどこかに電話をした。
「どうや?まだ誰も見つからんの?船は?船も見つからんの?え?引き上げるって、そんなら乗客は?助かった人はどこにおるの?うん、うん、ほーね。」
「安田さんどこの翔太と、矢幡さんどこの桜亮、今佐田のばあさんのとこにいるんよ。2人ともお母さん帰って来てないらしい。6時の船、乗っとったみたい…
うん、うん、うん、ほーね、分からんね?」
顰めた声が聞こえてきた。
何が起こっているのかよく分からなかったが、何か、とてつもなく悪い事が起こっている事だけは、分かった。
荒波に身体を持っていかれるような恐怖に、2人は炬燵の中でずっと手を握りしめあった。
翌々日、まず翔太の母親の遺体が上がった。
連絡船は、出港して10分ほどした時、貨物船と衝突した。雨の為に視界不良だった。貨物船は荷積みが遅れて出港が大幅に遅れていて、その時間にそこを通過する予定ではなかった。風が強く、波が高かった。様々な不運と人的ミスが重なった。
乗員乗客のうち、およそ半数の19人が亡くなった。
桜亮の母親の遺体はついに上がらず、捜索は打ち切りとなった。
「ねえ、すごく絵が上手だね。どうやったらそんなに上手に塗れるの?オレ、すぐに色が混ざっちゃう。」
小学校からこの島に来て、まだ友達のいなかった翔太は、初めて話しかけてきてくれた矢幡桜亮と、すぐに仲良くなった。桜亮は、誰にでも優しくて、勉強も運動も良くできる、クラスの人気者だった。小柄で色素が薄く、女の子みたいにキレイな顔をしていたけど、やんちゃで気が強かった。そんな桜亮と、身体が大きく男っぽい顔立ちなのに人見知りで口数の少ない翔太は、見た目と中身が逆だ、なんて大人たちに揶揄われながらも、なぜか気が合った。2人でいるとしっくりと身体と心が馴染んで、穏やかな気持ちでいられた。
2人はいつもずっと一緒にいた。
お互いに、一度島を出て戻ってきたUターン組で母子家庭だった事もあって、それぞれの母親同士も仲が良く、学校から帰ってもどちらかの家で寝る直前まで一緒に過ごした。どちらかの家に泊まって、一緒に寝る事も少なくなかった。
島の人達は閉鎖的で、一度島を出て戻ってきた者をどこか下に見るところがあった。でも桜亮はからかって来る上級生にも一度も負けなかった。小さな桜亮が自分より大きな翔太の手を引いて庇うように睨み上げる姿は、滑稽ではあったがどこか胸を突くいじらしさがあった。
2人は何でも話したし、話さなくてもお互いの事が分かり合えた。
学校が終わると、グラウンドの片隅で翔太は絵を描いて、桜亮はドッチボールやら鬼ごっこをして遊んだ。桜亮はクラスメイトと遊びながらも度々翔太のところに戻ってきて、翔太の絵を眺めて
「すげー!きれいだ!」
と感嘆の声を上げた。
休みの日には1人で海で泳ぐ桜亮を、砂浜で座って描いた。
翔太は桜亮のキレイな横顔を眺めると、胸がドキドキした。赤くなるだけで日焼けしない桜亮は島の子の中では目立つくらい色が白く、全体に色素が薄く、髪や瞳は薄い茶色だった。光が当たるとその瞳はさらに薄く見えて、まるで金色の蜂蜜のように光った。
桜亮はいつも心から翔太の絵を褒めてくれた。
「オレ、翔太の描く海が本物の海より好き!きれい!」
そう言っていつまでも眺めた。
幸福な子供時代だったと思う。
あの日までは。
あの日、翔太と桜亮は同時に、たった1人の愛する家族を亡くした。
一緒の船に乗り合わせたのは、偶然だった。翔太の母親は毎日連絡船で本土に渡って、そこのレストランで働いていた。桜亮の母親は島で働いていたが、その日はたまたま買い出しのために本土に渡っていた。
「帰りの船が偶然同じになったから、一緒に帰るから待っててね。」
そう電話をくれたのが、翔太の母親だったのか桜亮の母親だったのか、2人はもう覚えていない。
帰ってこない母親を待ちくたびれて、2人はそれぞれの家からカップラーメンを持ち寄って2人で食べ、テレビを観ながらウトウトと眠ってしまった。
冬の寒い夜だった。
風が強く吹きすさんでいて、建て付けの悪い木戸をガタガタと揺らした。
2人は心細い気持ちを炬燵の中で寄り添って過ごした。
ふと目を覚ますと、外が騒がしかった。
サイレンが鳴り響き、消防団の男達が何やら叫びながら港に向かっていた。
時計を見ると、12時になろうとしていた。
「母ちゃんは?」
「母ちゃん達も出かけたんかな?」
「オレ、家見てくる。」
「一緒に行く。」
「うん。」
2人で走って桜亮の家に行った。
家は真っ暗で、誰もいない事が玄関の戸を開ける前からわかった。
それでも桜亮は玄関の戸を開けて、
「母ちゃん??いないの?」
と叫んだ。
返事はなかった。
近所のおばちゃん達が三、四人、港を見つめながら深刻そうに何か話していた。
桜亮が近づいて
「なんかあったの?母ちゃんも港行ったの?」
と聞くと、おばちゃん達は厳しい顔で身を乗り出した。
「お、桜亮!母ちゃん帰ってないんか?」
「んー、分からん。翔太んちで寝ちゃってたから。帰ってどっかに行ったんかも。」
「オレの母ちゃんもいない。」
「翔太んとこ、本土でパートしとっちゃんやないの?」
「うん、でも夕方の船で帰るって言っとったもん。桜亮の母ちゃんと船で一緒になったからって、一緒に帰るって言っとった。」
数人のおばちゃんが息を呑んだ。
夜でも分かるくらい顔色が変わった。
「何時のね?」
「え?」
「船!船の時間!!何時のって言っとったか?」
「今からって電話あったの、何時やっけ?」
「忍たま終わる頃や」
おばちゃん達は今度はもう、悲鳴をあげた。隣のばあちゃんが2人の手を引いて、家に入らせた。
おばちゃん達もぞろぞろとばあちゃんの家に入って、2人を炬燵の中に押し込んだ。
「ジュース飲み。お腹は?夜ご飯食べたか?」
「うん、カップラーメン食べた。」
「ねえ、母ちゃんは?どこにおるの?」
誰も何も答えなかった。
徐に1人のおばちゃんがどこかに電話をした。
「どうや?まだ誰も見つからんの?船は?船も見つからんの?え?引き上げるって、そんなら乗客は?助かった人はどこにおるの?うん、うん、ほーね。」
「安田さんどこの翔太と、矢幡さんどこの桜亮、今佐田のばあさんのとこにいるんよ。2人ともお母さん帰って来てないらしい。6時の船、乗っとったみたい…
うん、うん、うん、ほーね、分からんね?」
顰めた声が聞こえてきた。
何が起こっているのかよく分からなかったが、何か、とてつもなく悪い事が起こっている事だけは、分かった。
荒波に身体を持っていかれるような恐怖に、2人は炬燵の中でずっと手を握りしめあった。
翌々日、まず翔太の母親の遺体が上がった。
連絡船は、出港して10分ほどした時、貨物船と衝突した。雨の為に視界不良だった。貨物船は荷積みが遅れて出港が大幅に遅れていて、その時間にそこを通過する予定ではなかった。風が強く、波が高かった。様々な不運と人的ミスが重なった。
乗員乗客のうち、およそ半数の19人が亡くなった。
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