救い

ken

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吉田君

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目の前で参考書を広げる吉田君を眺めながら、吉田君はあの時の会話を覚えているだろうかとぼんやり考えていた。

今日は何もする気にならない。

保健室の先生は今日も職員室にいて、ここにはいない。気を遣ってくれているのか、ぼく達がここにいる時先生は職員室にいる事が多い。誰かが怪我をしたりして来たら、ぼく達のどちらかが職員室に先生を呼びに行く。

「なに?じっと見られると集中できないんだけど。」
吉田君に言われてぼくは慌てて顔を伏せた。
「ごめん。」
「別に良いけど。なに?なんか用?」
「あ、あのさ。前言ってた話、覚えてる?吉田君がさ、爆弾作る話。ぼくも手伝って。それで、世界を粉々にする話。」
「覚えてるよ。ちゃんと計画してるよ。」
良かった。吉田君が覚えててくれた事が嬉しくて、また吉田君の顔を見る。
「あの、あのさ。最初は吉田君の前の学校を粉々にするんでしょ。」
「うん。」
「そしたらさ、その、その次はさ。
も、もし吉田君が良かったら、次は新宿を粉々にしない?」
吉田君がふっと顔を上げてぼくを見た。
「新宿?なんで?」
「え?いや、べ、別に何でって深い理由はないけどさ。人いっぱいいるし、良いかな~って。」

本当はちゃんと理由がある。新宿にはぼくを辛くする全てがあるから。お母さんの行くホストクラブも、ぼくが仕事をする店も、お客様に連れられて行かされるラブホテルも。
全部全部粉々に砕けてなくなれば良いのに。

「いいよ。」
吉田君はあっさりとぼくのお願いを聞いてくれた。
ほんの少し心が軽くなった。

「今日、特に元気ないね。」
吉田君がぼくの顔を見て言った。
「そう?」
「どうかしたの?」
「うーん、どうもしてないよ。」
「いつもみたいに、本、読まないの?」

今日は本を読む気力もない。

「うん、今日は読まない。」

吉田君はぼくの顔をじっと見る。
ぼくは急に恥ずかしくなって顔を伏せた。ちゃんと洗ったけど、顔に精液が付いていたりしないだろうか。
急に自分の臭いが気になった。

「ねえ、あのさ。ぼく、臭くない?」
「え?全然臭くないよ。」
良かった。
ぼくは泣きそうになる。

「ねえ、お願い、計画少しだけ聞かせて。爆弾ってどうやって作るの?」
「まず黒色火薬を作って、それから時限式着火装置を作って、それをつなぐ。」
「こくしょくかやく…」
「うん、木炭と硫黄と硝酸カリウムを混ぜるんだけど、硝酸カリウムの入手が難しいんだよね。だから肥料から硝酸アンモニウムを抽出して軽油と混ぜて作る方が良いかも。」
「難しそうだね。でも、吉田君は頭が良いからできるよ、絶対。」

保健室で、ぼくは本を読むか寝るかぼーっとするかしかしてないけれど、吉田君はちゃんと勉強してるから、ぼくと違っていつもテストの点数はとても良い。ほとんど満点に近い。
国語以外は10点台のぼくのテストを見て、勉強を教えてあげようか?と言われた事もあるけど、断った。どうせ勉強しても高校には行かせてもらえない。男達に性器を突っ込まれて揺さぶられたり鞭で打たれたりするのに、連立方程式も力の三原則も必要ない。

「まずね、夜中に学校に忍び込んで、すべての教室に爆弾を隠す。教壇あるだろ?あれの中にね。爆弾には釘とか割ったガラスを山ほど詰め込んで、それも飛び散らせる事で殺傷能力が高まるんだ。」
「すごい。ぼくと2人で手分けして隠すんだね。」
「そう。それから新宿まで行って、街の至る所に爆弾を置こう。ゴミみたいに見せかけて。」
「2人で夜中に。」
「時限装置じゃなくて遠隔操作ができる装置が作れたら最高だね。一緒にスカイツリーの頂上に登って、2人で同時に爆弾のスイッチを押す。」
「吉田君が前の学校の、ぼくが新宿のって事だね。」
「うん。同時に押すと、同時に爆発するんだ。それをスカイツリーの頂上で眺めるってわけ。」
「最高だね。」
「本当に粉々にするためには、プルトニウムをどこかから盗んでこないといけないかもな。特に新宿は広いから。」
「歌舞伎町の周りだけで良いよ。」
「歌舞伎町?」
「あ、ほら、1番人がいそうだからさ。」

ぼくはあの事務所が粉々に吹き飛ぶのを想像した。あの、たまにお菓子をくれる高校生の女の人は夕方から来るから、吹き飛ばすのはあの人が来る前のお昼過ぎにしよう。お昼過ぎには店長も森田さん達も出勤してる事が多いから。ぼくがいつも甚振られるラブホテルも木っ端微塵に吹き飛ぶ。
その様子を想像したら、椅子に触れて痛くてしょうがないお尻や背中が少し楽になったような気がした。

それから、スカイツリーに登る吉田君とぼくを想像した。スカイツリーに入った事はないけど、あれだけ高いんだからきっとエレベーターで登るのだろう。エレベーターの中で、ぼくと吉田君はきっと一言も話さない。でも、2人とも隠せない笑顔を交わし合う。

いち、にの、さんっ!

スイッチを同時に押して、遥か下で粉々になる世界を同時に見下ろす。きっと、そこでも笑顔を交わし合うだろう。

早くその日が来たら良いな。
ぼくは身体中の痛みを紛らわすために、何度も何度も繰り返し、2人でスイッチを押すところを想像した。

吉田君はぼくの救世主だ。


ぼくは吉田君が好きなのかな。ぼくを犯すゲイの男達の事は大嫌いなのに、ぼくもゲイなんだろうか。分からない。

吉田君の顔が好きだ。
眼鏡の奥の、ナイフでシュッと切り込んだような細くてスッとした瞳も、鼻筋はスッキリしているのにほんの少し小鼻が広がってるところも、程よく焼けていて、頬にポツポツとちょっとだけニキビがある肌も。伸びかけの髪の毛や整えていないボサボサとつながりそうな眉毛やちょっとカサカサとしてそうな唇も。

全部ぼくとは正反対。

白くて不健康な肌や、定期的に美容室で整えさせられる髪や眉や。手入れを怠ると折檻されるから気をつけているため、いつも変に艶々としている肌や唇。
何より、母に似た大きな瞳。
「女の子みたいで可愛い」
とお客様から言われる度に、嫌悪感で吐きそうになる。ぼくの顔も身体も全部、男たちの欲望の捌け口となるために整えられている。そんな自分の顔を鏡で見る度に、ぼくはナイフでぐちゃぐちゃに切り刻みたくなる。

汚らしいぼくとは違って、吉田君は綺麗で何にも汚されてない。

ぼくはそんな吉田君の顔を眺めるのが大好きだ。これが恋なのかは分からない。吉田君に触れたいなんて全く思わない。ぼくが吉田君に触れたら、ぼくの穢れが憑ってしまうから。

ただ憧れて、眺めていたいだけ。
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