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第3章

第56話 魔王

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 俺が闘技場に足を踏み入れると、割れんばかりの歓声があがった。

「おい、あれが人族の英雄か。あまり強そうに見えないけど大丈夫か」
「あのミノタウロスって、この前のモンスターバトルの大会で優勝したやつじゃない?」
「まさか……1人で戦うのか? 人族だと普通のミノタウロスでも手練れ10人ぐらいで戦うと聞くぞ」
「これは最高の戦いが期待できるな!」

 闘技場に結界が張られると、歓声が聞こえなくなった。
 どうやら音も通さないようだ。

 さて、どうするか。
 これだけの観衆だ、あまり手の内を見せたくない。
 というか開始の合図とかあるのか?
 そんなことを考えていると、突然ミノタウロスが砂塵を巻き上げながら突っ込んでくる。

 カウンターで斬りつけようとしたとき、ミノタウロスはお互いが斬り結べる範囲のギリギリで止まる。
 あの速度で走ってきて、急に止まってもバランスが全く崩れない。
 それだけでかなりの強敵だとわかる。

 そして息を大きく吸い、俺めがけて咆哮をあげる。
 炎みたいな目に見えるものが来ると予想していたので、『心の壁』バリアが発動しなかった。
 俺の心が拒絶できなかったのだ。
 全身にビリビリと強烈な振動が駆け抜ける……

 ——観覧席がザワつきだした。
 
「咆哮をまともに受けたぞ」
「大会で見せてた得意なパターンだ。にさせて斧で一刀両断。まずくないか……」
「おい、誰か止めろよ」

 ミノタウロスはゆっくりと巨大な斧を担ぎ、タクミへと近寄る。
 牛面の口からは舌が垂れ下がり、よだれがしたたり落ちる。
 勝ちを確信した眼には、魔物の本能ともいえる殺戮さつりく衝動でギラギラしていた。
 
 結界の外では絶叫がこだまする。
 
 ミノタウロスは巨大な斧を頭上高く振りかぶり、タクミを真っ二つにするため振り下ろす。
 縦に裂けた身体は左右にズレ落ち、肉片の重さで地面が揺れる。
 
 ——そして、黒い煙となって掻き消えた。
 
 観覧席では、事態を飲み込めない者が大半だった。

「え? 何が起きた……」
「なんか一瞬赤く光らなかったか?」
「人族は……おおっ無事だぞ!」

 ◇

「まあ、こんなもんだろう」

 俺は勝てたことに安堵した。
 咆哮を受けたときは一瞬焦ったが、デバフのようなステータス異常は発生しなかった。
 『イエロールーンの強化指輪 異常耐性+95』が防いでくれたんだろう。

 その後は呆気なかった。
 隙だらけだったので、ライトセーバーにSP30を込めて斬り上げてやった。
 光刃の長さが7メートルぐらいになったので、手首を動かすだけで縦一文字に斬れる。
 ノーモーションだったから、やられた方は何されたか気づけなかったかもな。

 斬った後はすぐに光刃を消したので、見てる奴らにもある程度は手の内を隠せたと思う。
 反省することは多々あったが、まあ結果オーライとしよう。

 俺はカルラに『携帯念話機』をつなぐ。

『終わったぞ。これからどうすればいいんだ?』

『え、あ、ちょっと待ってて』

 少しすると結界がスッと消えた。
 観覧席からの拍手や歓声がドワァァァッと聞こえる。
 なんだ、こんなに盛り上がっていたのか。

「素晴らしい戦いだった」

 拍手をしながら来賓席から降りてくる男。
 長身のイタリア系のちょい悪風なイケメン。
 魅力というかカリスマというか、フェロモンもたっぷり混じったオーラが出てるな。
 ゲイルとカルラといい、魔族は美形顔だ。

「礼が遅くなった。娘を助けてくれてありがとう。オレは『エンツォ ブラッドハート』だ。他の種族からは『魔王』って呼ばれてるらしい」

「はじめまして。俺はタクミです。人族ですが、ドワーフ族の大使をやっています」

「ああ。娘からも聞いてる。オレのことは遠慮無くエンツォと呼んでくれ。タクミ、さっそくで悪いんだがひとつお願いがあるんだ」

「なんでしょうか?」

「オレと戦ってくれ」

 そう言うと、魔王の姿は消えた。

 ——トン。
 誰かが俺の肩を叩く。
 振り向くとそこには魔王がいた。
 
 なっ! 俺は慌てて魔王と距離をとる。
 魔王は両手を軽く広げ、どうした言わんばかりに首をかしげる。

「タクミ。違うだろ。ゲイルに認められた男が、この程度なわけがない」

 さっきまでとは違い、笑みに影がある。
 魔王はミアの方を向く。
 マズい。俺はとっさにミアの前に移動しようとしたとき——また背後から肩を叩かれた。
 
「さらに弱点もあると……おまえ、今までよく死ななかったな」

 なんだ、こいつは。
 魔王の立ち位置がわからない。
 味方なのか敵なのか……いや違うだろ。味方以外は敵なのだ。
 魔王が味方なんて誰が決めた。
 不抜けてる場合じゃない。

「おっ、やっとやる気になったか。判断が遅い。実戦だと死んでるぞ」

 言葉と動きに騙されるな。
 とにかく全方位にバリアだ。
 俺はアイツから触られることを、何が何でも拒絶する。

 その瞬間、俺の背後からキーンと音がした。
 魔王の腕を弾いた音だ。
 
「くっくくく、おもしろい。タクミ、おもしろいじゃないか。今度はコレだ。『剣聖』の攻撃を防いだ実力をみせてみろ!」

 いつの間にか、魔王の右手には真っ黒な刀が握られている。
 刀身には禍々まがまがしい炎が生き物のようにうごめいていた。
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