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(29)助手、厄介な話を聞かされる
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「これを貴方に託します」
「これは?」
「兼河さんが持っていた手帳です。久須野さんと揉み合った時に落ちたんです」
「内容は……お金の貸し借りを記録したものですね」
手帳をパラパラとめくると、誰に幾らの金を貸した・返してもらったといったメモが細かく書かれていた。
兼河は友人知人によく金を貸していたらしいので、その内容を記したものだろうと藤本は納得する。
「はい。捜査を撹乱できるかも知れないから持ち去ってしまおうって話になって、
俺が持っておくように言われたんです」
「なるほど。この手帳がどうかしましたか?」
「一番最初のページを見て下さい」
「これは……」
藤本が目を見開く。
そこには『糸田悟郎』とだけ書かれていた。
金銭のやり取りは一切無く、名前だけが書かれていたのだ。
「これって糸田さんのお父さんの名前ですよね?」
「はい」
「どうしてここに書かれてるんですか?」
「分かりません。父が兼河さんとどういう関係だったのか、も」
「でも確か、糸田悟郎さんが亡くなったマンションは、
兼河さんが住んでいたマンションと同じだった……」
「そうなんです。だから、父の死に兼河さんが何か関わっているんじゃないかと思って、今更ながら彼のことを調べようとしたんです」
「なるほど」
話が意外な方向に進んでいるような気がしたが、
糸田があまりに真剣な様子だったので藤本はそのまま彼の話を聞くことにした。
「そんな矢先のことでした。大金を手に入れた祝いにって久須野さんが、
俺を飲みに連れて行ってくれたんです。
『サフラン』ってキャバクラで『エリカ』というキャバ嬢を紹介されました。
何でも、兼河さんの自宅に多額の現金があるってことを
久須野さんに教えたのは彼女だったそうなんです」
「え? ……ああ、なるほど」
思わぬ名前が出てきたが、すぐに藤本は納得する。
『エリカ』こと白井百合花は、兼河とも久須野とも関係が深い。
そのベクトルは全く異なるものだが。
自分の立場を利用して『エリカ』が兼河の情報を久須野に渡すことは、十分にあり得る話だ。
「『エリカ』は兼河さんのことをよく知ってるんだと思いました。
それで、彼女から兼河さんについての情報を聞き出そうと思って
何度か店に通ったんです。
でも、『エリカ』は話をはぐらかすばかりで、何も教えてくれませんでした。
でも……」
不意に糸田の顔つきが険しくなる。
「兼河と関係のある人間として父の名前を出した時、彼女は血相を変えたんです」
「え?」
「青褪めて、それから酷く怒りました。
訳のわからないことを喚いて、その場から逃げてしまったんです」
「それはなぜでしょうか」
「さあ」
薄く笑って糸田は視線を遠くへやる。
その様子に、藤本は何かを察した。
「糸田さん、本当は分かってるんじゃないですか?」
「はは、さすがですね」
ため息まじりに糸田は小さく笑った。
「実は俺、『エリカ』には見覚えがあったんですよ。
向こうは俺のことなんか知る由もないでしょうけど」
「どういうことですか?」
「昔、俺が大学受験を控えてた頃の事です。
俺、街中で偶然見てしまったんですよ」
「何をですか?」
「父と彼女が一緒に歩いてるところを」
「え……」
「仲良く腕なんか絡ませて。
親子ほどの年の差があるはずなのに、まるで恋人みたいに見えました」
「それって……」
「ええ。俺は父の不倫を疑いました。
でも、母に心労をかけたくなかったから見なかったフリをしました」
「……」
「そのすぐ後だったんです。父があのマンションから転落して死んだのは」
「……そうだったんですか」
思わぬ情報を知らされて、さすがの藤本も困惑する。
糸田悟郎と白井百合花の関係。糸田悟郎の転落死。
兼河保志と白井百合花の関係。兼河保志の殺害。
そして、兼河保志のメモに残されていた『糸田悟郎』の名前。
切れ切れの糸がぐちゃぐちゃに混ざり合っているような感覚に、頭が痛くなる。
「糸田さんが、お父さんの死を自殺ではないと思ったのは、
兼河さんの手帳を見たからですか?」
「いえ、元々疑ってました。父の死にはあの女が関わってるんじゃないかって。
でも、証拠が無かったからどうにもならなかった。
それに、真実を明らかにしたところで母と妹を苦しめるだけだと思って、
俺は自分の心にフタをしてたんです」
「この2年間、ずっと1人で抱えてたんですね」
「はい。そんな折、偶然にも兼河さんのメモを見つけて、
『エリカ』と会って話して、確信しました。父の死には彼女が関わっていると」
「うーん……」
難しそうな顔をする藤本に、糸田は更に続けた。
「実は、『エリカ』に父の話をした翌日のことだったんですよ。
俺が久須野さんに突き飛ばされて殺されかけたのは」
「え? そうだったんですか」
「はい。大方、『エリカ』に何か言われたんじゃないですかね。
久須野さん、あの女に惚れ込んでたから」
「僕としては、てっきり糸田さんと久須野さんの間に
何かトラブルでもあったのかと思ってました」
「ああ、まあ確かに。『エリカに付き纏うな』と何度か言われたりはしましたね」
皮肉っぽい笑みを浮かべる。
それから糸田は改まった様子で藤本に向き直った。
「藤本さん」
「はい」
「自首してしまったらもう、俺はこの事を自分で調べることが出来ません。
だからどうか、藤本さんが俺の代わりに父の死の真相を……」
──その時、突如として病室の扉が開かれた。
「これは?」
「兼河さんが持っていた手帳です。久須野さんと揉み合った時に落ちたんです」
「内容は……お金の貸し借りを記録したものですね」
手帳をパラパラとめくると、誰に幾らの金を貸した・返してもらったといったメモが細かく書かれていた。
兼河は友人知人によく金を貸していたらしいので、その内容を記したものだろうと藤本は納得する。
「はい。捜査を撹乱できるかも知れないから持ち去ってしまおうって話になって、
俺が持っておくように言われたんです」
「なるほど。この手帳がどうかしましたか?」
「一番最初のページを見て下さい」
「これは……」
藤本が目を見開く。
そこには『糸田悟郎』とだけ書かれていた。
金銭のやり取りは一切無く、名前だけが書かれていたのだ。
「これって糸田さんのお父さんの名前ですよね?」
「はい」
「どうしてここに書かれてるんですか?」
「分かりません。父が兼河さんとどういう関係だったのか、も」
「でも確か、糸田悟郎さんが亡くなったマンションは、
兼河さんが住んでいたマンションと同じだった……」
「そうなんです。だから、父の死に兼河さんが何か関わっているんじゃないかと思って、今更ながら彼のことを調べようとしたんです」
「なるほど」
話が意外な方向に進んでいるような気がしたが、
糸田があまりに真剣な様子だったので藤本はそのまま彼の話を聞くことにした。
「そんな矢先のことでした。大金を手に入れた祝いにって久須野さんが、
俺を飲みに連れて行ってくれたんです。
『サフラン』ってキャバクラで『エリカ』というキャバ嬢を紹介されました。
何でも、兼河さんの自宅に多額の現金があるってことを
久須野さんに教えたのは彼女だったそうなんです」
「え? ……ああ、なるほど」
思わぬ名前が出てきたが、すぐに藤本は納得する。
『エリカ』こと白井百合花は、兼河とも久須野とも関係が深い。
そのベクトルは全く異なるものだが。
自分の立場を利用して『エリカ』が兼河の情報を久須野に渡すことは、十分にあり得る話だ。
「『エリカ』は兼河さんのことをよく知ってるんだと思いました。
それで、彼女から兼河さんについての情報を聞き出そうと思って
何度か店に通ったんです。
でも、『エリカ』は話をはぐらかすばかりで、何も教えてくれませんでした。
でも……」
不意に糸田の顔つきが険しくなる。
「兼河と関係のある人間として父の名前を出した時、彼女は血相を変えたんです」
「え?」
「青褪めて、それから酷く怒りました。
訳のわからないことを喚いて、その場から逃げてしまったんです」
「それはなぜでしょうか」
「さあ」
薄く笑って糸田は視線を遠くへやる。
その様子に、藤本は何かを察した。
「糸田さん、本当は分かってるんじゃないですか?」
「はは、さすがですね」
ため息まじりに糸田は小さく笑った。
「実は俺、『エリカ』には見覚えがあったんですよ。
向こうは俺のことなんか知る由もないでしょうけど」
「どういうことですか?」
「昔、俺が大学受験を控えてた頃の事です。
俺、街中で偶然見てしまったんですよ」
「何をですか?」
「父と彼女が一緒に歩いてるところを」
「え……」
「仲良く腕なんか絡ませて。
親子ほどの年の差があるはずなのに、まるで恋人みたいに見えました」
「それって……」
「ええ。俺は父の不倫を疑いました。
でも、母に心労をかけたくなかったから見なかったフリをしました」
「……」
「そのすぐ後だったんです。父があのマンションから転落して死んだのは」
「……そうだったんですか」
思わぬ情報を知らされて、さすがの藤本も困惑する。
糸田悟郎と白井百合花の関係。糸田悟郎の転落死。
兼河保志と白井百合花の関係。兼河保志の殺害。
そして、兼河保志のメモに残されていた『糸田悟郎』の名前。
切れ切れの糸がぐちゃぐちゃに混ざり合っているような感覚に、頭が痛くなる。
「糸田さんが、お父さんの死を自殺ではないと思ったのは、
兼河さんの手帳を見たからですか?」
「いえ、元々疑ってました。父の死にはあの女が関わってるんじゃないかって。
でも、証拠が無かったからどうにもならなかった。
それに、真実を明らかにしたところで母と妹を苦しめるだけだと思って、
俺は自分の心にフタをしてたんです」
「この2年間、ずっと1人で抱えてたんですね」
「はい。そんな折、偶然にも兼河さんのメモを見つけて、
『エリカ』と会って話して、確信しました。父の死には彼女が関わっていると」
「うーん……」
難しそうな顔をする藤本に、糸田は更に続けた。
「実は、『エリカ』に父の話をした翌日のことだったんですよ。
俺が久須野さんに突き飛ばされて殺されかけたのは」
「え? そうだったんですか」
「はい。大方、『エリカ』に何か言われたんじゃないですかね。
久須野さん、あの女に惚れ込んでたから」
「僕としては、てっきり糸田さんと久須野さんの間に
何かトラブルでもあったのかと思ってました」
「ああ、まあ確かに。『エリカに付き纏うな』と何度か言われたりはしましたね」
皮肉っぽい笑みを浮かべる。
それから糸田は改まった様子で藤本に向き直った。
「藤本さん」
「はい」
「自首してしまったらもう、俺はこの事を自分で調べることが出来ません。
だからどうか、藤本さんが俺の代わりに父の死の真相を……」
──その時、突如として病室の扉が開かれた。
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