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38 真相
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規則的な機械音が鳴り続けている。
治療を終えた楓が病室のベッドにその身を横たえていた。
康介は、その傍に座り楓の目覚めを待っている。
理不尽な復讐者・浦坂実が起こした一連の事件は、浦坂実の死によって幕引きとなった。
事件の後処理は同僚の刑事たちに任せて、康介は病院に搬送された楓に付き添った。
「…………」
あれから数時間が経つ。
いつ目覚めるか分からない楓の手を握り、康介はその時を待っていた。
彼のお陰で殺人者にならないで済んだ……その思いを込めてしっかりと手を握っていた。
そんな中、病室の扉がそっと開かれる。
「藤咲さん」
「ああ、横井か」
扉の向こうから現れたのは同僚の横井祐子だった。
祐子は康介の隣に立ち、楓の様子を覗き込む。
「どうですか? 楓君の容態は」
「まだ意識は戻ってない。でも、多分大丈夫だと思う」
「そうなんですか?」
「ああ。何となくだが、そう思う」
「そう、ですか」
根拠も無いのに確信を得ている様は、この康介と楓の信頼関係を見せつけられているようで……祐子は少し顔を曇らせる。
「そっちの方はどうだ? 浦坂の件、後の処理を任せっぱなしですまないな」
「いえ、それについては問題ありませんので、気にしないで下さい」
「そうか。ああ、そうだ。君にはお礼を言わないとな」
「え? 何のことですか?」
「俺が一人で浦坂の元に向かった後、本部に連絡して応援を寄越してくれただろ」
「ええ。でもあれは、当然の仕事をしたまでですから」
「だが、そのお陰で助かった。俺も楓も。この件に関しては感謝してる。ありがとう」
「いえ、そんな」
康介に面と向かってお礼を言われたことで、祐子は顔を赤らめた。
照れを誤魔化すように、祐子は話題を変える。
「そ、それよりも、藤咲さんも今日はお疲れでしょ?
少し休憩を取ってきたらどうですか?
その間、私が楓君を看ておきますから」
「…………」
「どうかしましたか?」
「いや、前にもこんなやり取りがあったと思ってな」
「そうでしたっけ?」
気安い世間話だと思い、祐子は軽く笑う。
そんな祐子を康介が真っ直ぐな目で見据えた。
「とにかく、今回は横井には色々と世話になったな」
「とんでもないです」
「なあ、横井」
「はい」
「少し、君と話をしたいんだが良いか?」
「ええ、もちろん」
「二人きりで、誰にも邪魔されない場所で」
「えっ⁉︎」
いつになく真剣な面持ちの康介に、祐子は目を見開く。
それと同時に、密かに胸の奥の鼓動を高鳴らせた。
祐子は康介に想いを寄せている。そのことは康介にも伝えている。
返事は、浦坂の件が片付いてからという事だった。
今こそ、その返事をもらえるのかと思い、胸を高鳴らせたのだ。
「良いか?」
「もちろんです」
「じゃあ、行こうか」
椅子から立ち上がり、康介は病室を出るよう祐子に促した。
そして、「すぐに戻る」と楓の耳元に小さく囁いて自らも部屋を出て行った。
診療時間を終えた病院のロビー。
薄暗く人の気配がないため、やや不気味な雰囲気が漂っている。
愛を語るにはロマンに欠ける場所だが、そういうところも康介らしい……と祐子は好意的に思う。
そうして二人きりの静けさの中で、祐子は期待感と共に康介の言葉を待った。
「あのさ、横井」
「はい」
「えーと……」
この場に相応しい言葉を探しているのか、康介は逡巡して何か考えながら口を開いた。
「なぜ、浦坂を撃った?」
「え?」
祐子は思わず目を見開く。
康介から告げられた言葉は愛の告白とは程遠いものだった。
「一発目は米寺さんだった。脚を撃って奴の動きを封じた。それで充分だったはずだ。
だが、二発目を撃って奴にトドメを刺したのは君だろう?」
「それは……浦坂の暴れようが酷くて、
あのままだと藤咲さんたちが危ないと判断したからです。
その……浦坂の口から事件についての証言を引き出せなくなったことは、
私の責任だと思ってます」
「本当にそうか?」
「何が言いたいんですか?」
顔を赤くした祐子の目が徐々に吊り上がってゆく。
康介は、低く冷たい声で更に言葉を続けた。
「浦坂の口を封じたかったんじゃないか?」
「なっ……!」
「君が浦坂の協力者だ。そうだろう?」
「ち、違います! そんなことあるわけないでしょ!
いきなり何なんですか? 酷いです!」
祐子は顔を真っ赤にして怒りを露わにした。
しかし、康介は冷たい視線を送るのみだった。
「今日のことで言えば、渋谷の方で浦坂の目撃情報があったと言って、
君は休暇中の俺を連れ出した。その間を狙って楓は浦坂に攫われた」
「それは偶然のことじゃないですか」
「だがな、通信司令課に問い合わせてみたんだが、
渋谷方面での浦坂の目撃情報のタレ込みの記録は確認出来なかった」
「そんな⁉︎ 何かの間違いでは……」
「君はありもしない情報を偽って、俺に隙を作らせたんだ」
「ち、違います。本当に……」
「それから、1週間ほど前に君は通販で服を買っているね。
業務用ユニフォームの店で、白衣と宅配業者風の服を。いずれも男性用のサイズで。
浦坂が使用していたものと一致するよな?」
「それは、プライベートで……」
「君の自宅マンションの防犯カメラも確認させてもらった。
多少の変装はしていたが、君が浦坂らしき男と出入りしている様子が映ってた」
「…………」
「君の自宅を捜索すれば、浦坂を匿っていた証拠が続々と出てくるだろうが……
どうする? 認めるか? それともまだ続けるか?」
冷たく厳しい刑事としての顔で、康介は祐子に対峙した。
すると、ずっと困り顔で否認していた祐子から表情が消えた。
そして、ため息をひとつ落とすと、観念したかのように笑い始めた。
「どうやら、もう言い逃れは無理みたいね」
そう言って笑う祐子は、これまで彼女が見せてきた真面目な刑事の顔ではなかった。
妖艶に笑う悪女の顔がそこにあった。
「あの馬鹿が、さっさとガキを連れて飛び降りておけば良かったのに」
「横井、お前……!」
「真面目で純朴そうな女刑事のキャラもここまでね。
周りの男どもを都合よく使うのに結構便利だったんだけど……
貴方には最後まで通じなかったみたいね。残念だわ」
これまでとまるで雰囲気の違う祐子を前に、康介は少し困惑する。
しかし、それ以上に怒りが込み上げていた。
「なぜだ? 君はまともな刑事だったはずだ。なぜ、浦坂なんかに協力した?
俺に気があるフリをして、本当は恨みでも持っていたのか?
それで、浦坂に協力したのか?」
「はあ……違うわ」
呆れたようにため息を吐き出し、祐子は嗤った。
「浦坂とは利害が一致していたの。それで協力したのよ」
「利害が一致していた?」
「楓君に死んでもらうことよ」
「なんだとっ⁉︎」
「浦坂は貴方への復讐の為に楓君を殺そうとしていた。
私は、楓君にはさっさと死んでほしかった。
だから、都合が良かったから浦坂の活動をサポートしたの」
クスクスと笑いながら祐子は事の次第を説明する。
「捜査で『エリカハイツ』に行った時、浦坂を見掛けたの。
それは本当に偶然だったわ。
あいつ、復讐を遂げたと思って最期にマンションから飛び降りようとしていたの。
だから教えてあげたのよ。楓君はまだ生きてるってことをね。
そしたら、目の色を変えて私の話に食いついてきた。
使えると思ったわ。この男なら、今度こそ楓君を殺してくれるってね」
とんでもない言葉を放つ祐子に衝撃を受けつつ、康介は彼女を厳しく睨む。
「なんで、君がそこまでして楓の死を望む?
君と楓は何の関係も無いだろう?」
「…………」
「答えろ、横井!」
「貴方を手に入れる為よ」
「は?」
「私、藤咲さんのこと好きだったのよ。本気で手に入れたかったのよ。
でも、藤咲さんっていつも楓君のことで頭がいっぱいで
私のことなんて眼中にもなかったでしょ。
楓君の存在が邪魔だったし憎かった。
死ねば良いのにって……ずっと思ってたわ」
「…………!」
「だから、浦坂を匿って機会を窺っていたの。どう? 納得できたかしら?」
既に開き直ってしまったのか、祐子は悪びれる様子もなくあっけらかんと笑った。
「君が何を考えていたのかはよく分かった。
だが、もし楓が死んだとしても俺は君のものにはならなかっただろうよ」
「どうかしら? 愛する息子を失って心に穴が開いた状態の貴方なんて隙だらけよ。
健気に慰める女がそばに居たら簡単に靡くんじゃないかしら」
「いや、それはない。断言できる」
「口ではそう言うのよね、皆んな。でも口だけだったわ、皆んな」
「俺の場合は絶対に無いと言い切れる」
「どうして?」
「楓が死んだら、俺もすぐに後を追うから」
「…………」
「だから、どう足掻いても俺は君の思い通りにはならない」
康介の言葉には何の迷いも無かった。
真っ直ぐに言い切る目には、楓への愛情がいっぱいに込められていた。
それを受けて、祐子は忌々しそうに顔を歪めてため息を落とした。
その時、物陰に隠れていた同僚の刑事たちが続々と姿を現した。
元々、康介が木野井係長に連絡を入れて、事前に構えていたのだ。
「何よ。貴方たち、居たの?」
「横井、残念だよ。君を逮捕しなきゃならないなんてな」
「…………」
同僚の手によって、祐子に手錠が掛けられる。
そうやって署に連行される様を、康介は複雑な気持ちで見つめた。
「ねえ、藤咲さん」
「?」
去り際に、祐子が大きな声で呼びかける。
その目には、狂気じみた笑みが浮かんでいた。
「さっきの言葉、証明できるかしら」
「何のことだ?」
「楓君が死んだら、貴方も後を追うって」
「ああ、そのつもりだ」
「あの子、いずれ死ぬわよ」
「何だと?」
「潜在意識に『死ね』って刷り込んでやったから。
無意識にでも死のうとするようになってるでしょうね」
「──!」
「前に意識不明で入院してた時、貴方に代わって私が彼を看てたことがあったでしょ?
あの時に、2時間以上ずっとあの子の耳元で『死ね』って囁いてやったのよ」
「まさか、じゃあ楓をずっと苦しめていた『悪魔の声』は……!」
「あはは、既に効果が出てたのかしら。何か心当たりがありそうな顔をしてるわね」
「テメェ、何てことを……!」
思わず拳を握り、祐子に掴みかかりそうになる。
が、すんでのところで木野井係長に止められた。
康介が憎悪に満ちた目で睨みつけると、祐子は嬉しそうに高笑いした。
「ああ、やっとだわ。藤咲さん、貴方、やっと私を見てくれた!」
「な……」
「貴方、これから私に夢中になるのよ」
「何だと⁉︎」
「楓君が死んだ時、私を恨んで憎しみをぶつけたくなるはずよ。
息子を殺したも同然の人間を目の前にして、正気でいられるはずがないもの!
後を追って死ぬ前に、私に復讐してやろうって気になるの。
そして私のことで頭がいっぱいになるのよ。楽しみだわ!」
これまで抑圧していた狂気が一気に爆発したかのように、祐子は声を上げて笑った。
その声は、しばらくの間、不愉快な音として康介の耳にこびり付いた。
「…………」
静かになったロビーにて、康介は大きくため息をつく。
そんな中、木野井係長が康介の肩にポンと手を置いた。
「ご苦労さん。もう戻って良いぞ」
「はい」
「楓くんによろしくな」
「……はい」
木野井係長に頭を下げる。
その時、康介の胸ポケットから何かが落ちた。
カツンと音を立てて床に落ちたのは、アメジストの飾りが付いたヘアピンだった。
「これは……」
祐子のものだ。
自宅で見つけて、次に彼女に会った時に返そうと思って持っていたのだ。
「返しそびれちまったな、これ。まあいいか」
そう呟いて、康介はヘアピンを近くのゴミ箱に捨てた。
治療を終えた楓が病室のベッドにその身を横たえていた。
康介は、その傍に座り楓の目覚めを待っている。
理不尽な復讐者・浦坂実が起こした一連の事件は、浦坂実の死によって幕引きとなった。
事件の後処理は同僚の刑事たちに任せて、康介は病院に搬送された楓に付き添った。
「…………」
あれから数時間が経つ。
いつ目覚めるか分からない楓の手を握り、康介はその時を待っていた。
彼のお陰で殺人者にならないで済んだ……その思いを込めてしっかりと手を握っていた。
そんな中、病室の扉がそっと開かれる。
「藤咲さん」
「ああ、横井か」
扉の向こうから現れたのは同僚の横井祐子だった。
祐子は康介の隣に立ち、楓の様子を覗き込む。
「どうですか? 楓君の容態は」
「まだ意識は戻ってない。でも、多分大丈夫だと思う」
「そうなんですか?」
「ああ。何となくだが、そう思う」
「そう、ですか」
根拠も無いのに確信を得ている様は、この康介と楓の信頼関係を見せつけられているようで……祐子は少し顔を曇らせる。
「そっちの方はどうだ? 浦坂の件、後の処理を任せっぱなしですまないな」
「いえ、それについては問題ありませんので、気にしないで下さい」
「そうか。ああ、そうだ。君にはお礼を言わないとな」
「え? 何のことですか?」
「俺が一人で浦坂の元に向かった後、本部に連絡して応援を寄越してくれただろ」
「ええ。でもあれは、当然の仕事をしたまでですから」
「だが、そのお陰で助かった。俺も楓も。この件に関しては感謝してる。ありがとう」
「いえ、そんな」
康介に面と向かってお礼を言われたことで、祐子は顔を赤らめた。
照れを誤魔化すように、祐子は話題を変える。
「そ、それよりも、藤咲さんも今日はお疲れでしょ?
少し休憩を取ってきたらどうですか?
その間、私が楓君を看ておきますから」
「…………」
「どうかしましたか?」
「いや、前にもこんなやり取りがあったと思ってな」
「そうでしたっけ?」
気安い世間話だと思い、祐子は軽く笑う。
そんな祐子を康介が真っ直ぐな目で見据えた。
「とにかく、今回は横井には色々と世話になったな」
「とんでもないです」
「なあ、横井」
「はい」
「少し、君と話をしたいんだが良いか?」
「ええ、もちろん」
「二人きりで、誰にも邪魔されない場所で」
「えっ⁉︎」
いつになく真剣な面持ちの康介に、祐子は目を見開く。
それと同時に、密かに胸の奥の鼓動を高鳴らせた。
祐子は康介に想いを寄せている。そのことは康介にも伝えている。
返事は、浦坂の件が片付いてからという事だった。
今こそ、その返事をもらえるのかと思い、胸を高鳴らせたのだ。
「良いか?」
「もちろんです」
「じゃあ、行こうか」
椅子から立ち上がり、康介は病室を出るよう祐子に促した。
そして、「すぐに戻る」と楓の耳元に小さく囁いて自らも部屋を出て行った。
診療時間を終えた病院のロビー。
薄暗く人の気配がないため、やや不気味な雰囲気が漂っている。
愛を語るにはロマンに欠ける場所だが、そういうところも康介らしい……と祐子は好意的に思う。
そうして二人きりの静けさの中で、祐子は期待感と共に康介の言葉を待った。
「あのさ、横井」
「はい」
「えーと……」
この場に相応しい言葉を探しているのか、康介は逡巡して何か考えながら口を開いた。
「なぜ、浦坂を撃った?」
「え?」
祐子は思わず目を見開く。
康介から告げられた言葉は愛の告白とは程遠いものだった。
「一発目は米寺さんだった。脚を撃って奴の動きを封じた。それで充分だったはずだ。
だが、二発目を撃って奴にトドメを刺したのは君だろう?」
「それは……浦坂の暴れようが酷くて、
あのままだと藤咲さんたちが危ないと判断したからです。
その……浦坂の口から事件についての証言を引き出せなくなったことは、
私の責任だと思ってます」
「本当にそうか?」
「何が言いたいんですか?」
顔を赤くした祐子の目が徐々に吊り上がってゆく。
康介は、低く冷たい声で更に言葉を続けた。
「浦坂の口を封じたかったんじゃないか?」
「なっ……!」
「君が浦坂の協力者だ。そうだろう?」
「ち、違います! そんなことあるわけないでしょ!
いきなり何なんですか? 酷いです!」
祐子は顔を真っ赤にして怒りを露わにした。
しかし、康介は冷たい視線を送るのみだった。
「今日のことで言えば、渋谷の方で浦坂の目撃情報があったと言って、
君は休暇中の俺を連れ出した。その間を狙って楓は浦坂に攫われた」
「それは偶然のことじゃないですか」
「だがな、通信司令課に問い合わせてみたんだが、
渋谷方面での浦坂の目撃情報のタレ込みの記録は確認出来なかった」
「そんな⁉︎ 何かの間違いでは……」
「君はありもしない情報を偽って、俺に隙を作らせたんだ」
「ち、違います。本当に……」
「それから、1週間ほど前に君は通販で服を買っているね。
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「…………」
「君の自宅を捜索すれば、浦坂を匿っていた証拠が続々と出てくるだろうが……
どうする? 認めるか? それともまだ続けるか?」
冷たく厳しい刑事としての顔で、康介は祐子に対峙した。
すると、ずっと困り顔で否認していた祐子から表情が消えた。
そして、ため息をひとつ落とすと、観念したかのように笑い始めた。
「どうやら、もう言い逃れは無理みたいね」
そう言って笑う祐子は、これまで彼女が見せてきた真面目な刑事の顔ではなかった。
妖艶に笑う悪女の顔がそこにあった。
「あの馬鹿が、さっさとガキを連れて飛び降りておけば良かったのに」
「横井、お前……!」
「真面目で純朴そうな女刑事のキャラもここまでね。
周りの男どもを都合よく使うのに結構便利だったんだけど……
貴方には最後まで通じなかったみたいね。残念だわ」
これまでとまるで雰囲気の違う祐子を前に、康介は少し困惑する。
しかし、それ以上に怒りが込み上げていた。
「なぜだ? 君はまともな刑事だったはずだ。なぜ、浦坂なんかに協力した?
俺に気があるフリをして、本当は恨みでも持っていたのか?
それで、浦坂に協力したのか?」
「はあ……違うわ」
呆れたようにため息を吐き出し、祐子は嗤った。
「浦坂とは利害が一致していたの。それで協力したのよ」
「利害が一致していた?」
「楓君に死んでもらうことよ」
「なんだとっ⁉︎」
「浦坂は貴方への復讐の為に楓君を殺そうとしていた。
私は、楓君にはさっさと死んでほしかった。
だから、都合が良かったから浦坂の活動をサポートしたの」
クスクスと笑いながら祐子は事の次第を説明する。
「捜査で『エリカハイツ』に行った時、浦坂を見掛けたの。
それは本当に偶然だったわ。
あいつ、復讐を遂げたと思って最期にマンションから飛び降りようとしていたの。
だから教えてあげたのよ。楓君はまだ生きてるってことをね。
そしたら、目の色を変えて私の話に食いついてきた。
使えると思ったわ。この男なら、今度こそ楓君を殺してくれるってね」
とんでもない言葉を放つ祐子に衝撃を受けつつ、康介は彼女を厳しく睨む。
「なんで、君がそこまでして楓の死を望む?
君と楓は何の関係も無いだろう?」
「…………」
「答えろ、横井!」
「貴方を手に入れる為よ」
「は?」
「私、藤咲さんのこと好きだったのよ。本気で手に入れたかったのよ。
でも、藤咲さんっていつも楓君のことで頭がいっぱいで
私のことなんて眼中にもなかったでしょ。
楓君の存在が邪魔だったし憎かった。
死ねば良いのにって……ずっと思ってたわ」
「…………!」
「だから、浦坂を匿って機会を窺っていたの。どう? 納得できたかしら?」
既に開き直ってしまったのか、祐子は悪びれる様子もなくあっけらかんと笑った。
「君が何を考えていたのかはよく分かった。
だが、もし楓が死んだとしても俺は君のものにはならなかっただろうよ」
「どうかしら? 愛する息子を失って心に穴が開いた状態の貴方なんて隙だらけよ。
健気に慰める女がそばに居たら簡単に靡くんじゃないかしら」
「いや、それはない。断言できる」
「口ではそう言うのよね、皆んな。でも口だけだったわ、皆んな」
「俺の場合は絶対に無いと言い切れる」
「どうして?」
「楓が死んだら、俺もすぐに後を追うから」
「…………」
「だから、どう足掻いても俺は君の思い通りにはならない」
康介の言葉には何の迷いも無かった。
真っ直ぐに言い切る目には、楓への愛情がいっぱいに込められていた。
それを受けて、祐子は忌々しそうに顔を歪めてため息を落とした。
その時、物陰に隠れていた同僚の刑事たちが続々と姿を現した。
元々、康介が木野井係長に連絡を入れて、事前に構えていたのだ。
「何よ。貴方たち、居たの?」
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「…………」
同僚の手によって、祐子に手錠が掛けられる。
そうやって署に連行される様を、康介は複雑な気持ちで見つめた。
「ねえ、藤咲さん」
「?」
去り際に、祐子が大きな声で呼びかける。
その目には、狂気じみた笑みが浮かんでいた。
「さっきの言葉、証明できるかしら」
「何のことだ?」
「楓君が死んだら、貴方も後を追うって」
「ああ、そのつもりだ」
「あの子、いずれ死ぬわよ」
「何だと?」
「潜在意識に『死ね』って刷り込んでやったから。
無意識にでも死のうとするようになってるでしょうね」
「──!」
「前に意識不明で入院してた時、貴方に代わって私が彼を看てたことがあったでしょ?
あの時に、2時間以上ずっとあの子の耳元で『死ね』って囁いてやったのよ」
「まさか、じゃあ楓をずっと苦しめていた『悪魔の声』は……!」
「あはは、既に効果が出てたのかしら。何か心当たりがありそうな顔をしてるわね」
「テメェ、何てことを……!」
思わず拳を握り、祐子に掴みかかりそうになる。
が、すんでのところで木野井係長に止められた。
康介が憎悪に満ちた目で睨みつけると、祐子は嬉しそうに高笑いした。
「ああ、やっとだわ。藤咲さん、貴方、やっと私を見てくれた!」
「な……」
「貴方、これから私に夢中になるのよ」
「何だと⁉︎」
「楓君が死んだ時、私を恨んで憎しみをぶつけたくなるはずよ。
息子を殺したも同然の人間を目の前にして、正気でいられるはずがないもの!
後を追って死ぬ前に、私に復讐してやろうって気になるの。
そして私のことで頭がいっぱいになるのよ。楽しみだわ!」
これまで抑圧していた狂気が一気に爆発したかのように、祐子は声を上げて笑った。
その声は、しばらくの間、不愉快な音として康介の耳にこびり付いた。
「…………」
静かになったロビーにて、康介は大きくため息をつく。
そんな中、木野井係長が康介の肩にポンと手を置いた。
「ご苦労さん。もう戻って良いぞ」
「はい」
「楓くんによろしくな」
「……はい」
木野井係長に頭を下げる。
その時、康介の胸ポケットから何かが落ちた。
カツンと音を立てて床に落ちたのは、アメジストの飾りが付いたヘアピンだった。
「これは……」
祐子のものだ。
自宅で見つけて、次に彼女に会った時に返そうと思って持っていたのだ。
「返しそびれちまったな、これ。まあいいか」
そう呟いて、康介はヘアピンを近くのゴミ箱に捨てた。
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離したくない、離して欲しくない
mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。
久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。
そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。
テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。
翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。
そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。
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