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20 異変②

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病院の駐車スペースに隣接して、広い院内庭園がある。
敷き詰められた芝生、立ち並ぶ木々の緑が目と心に優しい。
今日は日差しが暖かい。
だからだろうか。憩いを求めて庭園を訪れる人の姿が、今日はやけに目に付く。

その中を、ゆっくりと歩く人影が二つあった。
覚束ない足取りの少年と、それを隣で支えながら歩く少年。
楓と、その友人の蒼真だった。

リハビリの一環として、楓は庭園を散歩していた。蒼真はその付き添いだった。
相変わらず足元は不安定だったが、昨日よりはずっとスムーズに歩けているようだ。

「土曜日なのにごめんね」
「土曜日だから良いんじゃねえか」
「え?」
「学校終わりまで待たなくても、真っ昼間から楓に会えるからさ」
「ああ……」
「あ、そうだ。聞いてくれよ。この間、文化祭の出し物についての話し合いがあってさ」
「うんうん」

二人で歩きながら、学校のこと、テレビ番組のこと、漫画のこと、ゲームのこと……他愛ない話をして笑い合う。
昼下がりの、実に穏やかな時間だった。
そうして庭園の端にある大きな樫の木の近くで、ふと楓が立ち止まった。

「どうしたんだ?」
「ごめん、ちょっと疲れちゃった。入院中にかなり体力が落ちたみたいで」
「あー……まあ、楓ってもともと体力無かったもんな」
「う……」
「でも、確かにちょっと顔色が悪いな。ここらでちょっと休憩するか。
 ちょうど、そこにベンチもあることだし」

蒼真が楓の手を引いて、樫の木の下にあるベンチへ導く。
ベンチに腰を掛けて、楓は一息ついた。
生い茂る葉の隙間から、木漏れ日が差し込む。
それは、優しい煌めきとなって、楓を照らした。

「…………」

柔らかい光に照らされる楓の姿は儚くも美しい花のようで、蒼真は思わず見惚れてしまう。

「どうしたの?」

急に押し黙ってしまった蒼真に、楓が怪訝な顔で呼びかける。
返事の代わりに、蒼真は肩に掛けていたバッグからノートと鉛筆を取り出した。

「ねえ、蒼真くん。一体どうし……」
「あ、動くな」
「え?」
「お前の絵を描きたい」

取り出した鉛筆を握り、蒼真は真剣な面持ちでそう言った。

「今の楓、すごく良い絵になってる。描きたい。描かせてくれ!」
「え……」
「そのまま、じっとして。ちょっと上の方に顔を上げてくれ」
「こ、こう?」
「ああ、良い感じ」

楓から少し離れた位置に立ち、蒼真はノートにスケッチを描く。

(ちょっと恥ずかしいけど……蒼真くんが絵を描きたくなってくれたんなら良いか)

思いがけないことだったが、楓は蒼真の突然のやる気を嬉しく思った。



北條蒼真は幼い頃から絵の才能を見出され、高名な画家に師事していた。
あらゆる絵画コンクールではいつも当たり前のように入賞していた。

そんな彼だが、中学生のある時に落選したことがある。
それは「春の花」をテーマにしたコンクールだった。

誰もが色鮮やかな花畑や満開の桜などを描く中、蒼真は白銀の雪景色を描いた。
それは、彼が思いを寄せる幼馴染の少女の為だった。
病に倒れた少女の為に、彼女が好きな雪景色を描いた。

作品そのものは蒼真にとって会心の出来だった。
しかし、コンクールには落選した。
雪の下に隠れていた、これから芽吹くタンポポの存在には誰も気付かなかった。

親も先生も蒼真に激怒した。
次のコンクールでは何としてでも入賞しなければならないと圧をかけてきた。
コンクールに入賞する為の絵を描くことに、蒼真は心底うんざりした。

程なくして、幼馴染の少女は亡くなった。
それ以来、蒼真は絵を描くことを辞めた。
全ての画材も、これまで取ってきた賞状やトロフィーも、全部捨てた。
これまで絵に費やしていた時間を遊びで消費するようになった。

そうして高校に上がり、藤咲楓に出会う。
たまたま出席番号が前後していたので、軽く挨拶をしたのがきっかけだった。
楓は、蒼真の名前を見るなり嬉しそうに笑った。
「君が『あの』北條蒼真くん? 会えて嬉しい」と言って笑った。

何事かと思えば、楓はコンクールの応募作品として展示されていた蒼真の絵を見たことがあるのだと言った。
雪景色の絵が大好きだと言った。
雪の下で芽吹く準備をしているタンポポに感動したと言った。

その瞬間から、蒼真は楓を親友だと思うようになった。
純粋な気持ちで自分の絵を好きだと言ってくれる人が居たことが嬉しかった。
それでもまだ、再び絵筆を握る気にはなれなかったのだが……

木漏れ日に照らされる楓を見た時、はっきりと自分の中に衝動が走るのが分かった。
『描きたい』
心の底から意欲が湧いてきた。

「…………」

絵のモデルを務めていた楓がチラリと蒼真の方を伺い見る。
すると真剣に絵を描いていた彼と、バッチリ目が合ってしまった。
恥ずかしそうに目を逸らした楓に対して、蒼真は楽しそうに笑った。
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