【完結】誓いの指輪〜彼のことは家族として愛する。と、心に決めたはずでした〜

山賊野郎

文字の大きさ
上 下
20 / 41

19 異変①

しおりを挟む
病院内にあるリハビリテーション室。
平行棒に掴まりながら、ゆっくりと足を前に進める。
足を動かすたびに、体のあちこちが痛みを訴える。
ただ歩くということさえ思うようにできなくて、情けない思いを募らせる。
少し歩いてふらついては平行棒に寄り掛かる。
それを何度も繰り返す。

「…………」

どれぐらいそうやっていたのだろうか。
大した距離を歩いたわけではないが、すっかり息が上がっていた。
事件から一週間が経ったらしいが、この一週間で信じられないぐらいに体力が落ちてしまったらしい。

(あ、やばい)

その体力が限界を超えたのか、楓は体に力が入らなくなった。
その場で膝を折る。
床に手をついて体を支えながら、荒い呼吸を整える。
胸元にかかるアメジストのペンダントを強く握り締めて、息苦しい思いに耐えた。
やがて呼吸が落ち着いてきたので、ゆっくりと立ちあがろうとする。
その時、ぐらりと頭が揺れたかと思うと、視界に黒い靄がかかった。

「あ……」

立ち上がろうとした体がその場に崩れ落ちる。
次に来る衝撃に備えて、楓はぎゅっと目を瞑った。

「…………」

崩れ落ちた体が床にぶつかる衝撃は襲ってこなかった。
その代わりに、温かい何かに包まれているようだった。
不思議に思って目を開けた楓の視界には、心配そうに覗き込む康介の顔が映し出された。
楓は、その体が床に叩きつけられる直前、タイミングよく駆けつけた康介によって抱き支えられたのだった。

「楓、大丈夫か?」
「うん」
「何があったんだ?」
「歩く練習をしてたんだけど、途中で体が動かなくなって」
「ああ……根詰めて頑張りすぎたんだな」

状況を理解して、康介はよしよしと楓の頭を軽く撫でた。

「少し休憩しよう。立てるか?」
「うん。あ……」

楓は何とか立ち上がろうと試みたが、やはりまだ体に力が入らないようだった。
すかさず康介が肩を貸す形で楓の体を支えた。

「さあ、椅子のところまでもう少しだけ頑張ろうな」
「うん」

康介に支えられながら、何とか楓は休憩スペースに辿り着いた。
そこにある長椅子に座り、ほっと息をつく。

「ありがとう、康介さん」
「ああ。怪我が悪化したとかじゃなくて良かったよ」

楓の見舞いにきた康介だったが、病室はもぬけの殻だった。
焦って看護師に確認すると、リハビリテーション室に居るとのことだった。
急ぎ足でそこに行くと、平行棒に掴まって必死に立つ楓の姿があった。
が、突如その体がバランスを崩して床に崩れ落ちようとした。
康介は慌てて駆け寄り、手を伸ばした。
その結果、楓の体が床に打ちつけられる直前に抱き支えることが出来た。
偶然だったが、良いタイミングで駆け付けることが出来て良かった。

「まだ頑張るつもりか?」
「うん。早く普通に過ごせるようになりたいから」
「前向きなのは良いことだが、焦るなよ。無理をしたら元も子もないんだから」
「うん。心配してくれてありがとう」

康介に向かって、楓が感謝を込めて微笑んだ。
その笑顔は康介の心を温かくする。

「そうだ。昨夜はどうだった? ちゃんと眠れたか?
 怖い夢を見て夜中に起きたりしなかったか?」
「……うん、大丈夫」
「今、ちょっと間が無かったか?」
「え? そ、そうかな」
「あのな、楓。俺を安心させようと思って嘘をついても、すぐにバレるんだぞ。
 なんせ、俺は刑事なんだからな。嘘を見抜くのは得意中の大得意だ」
「う….…」
「で、どうなんだ?」
「夜中に目が覚めたり、不安になったりすることはある。でも、これがあるから」

そう言って、楓は首にかけたアメジストのペンダントを手に取る。

「これを握り締めたら気分が楽になるから。だから、大丈夫」

大切な宝物を扱うようにアメジストを握り、にっこりと笑った。
その笑顔に嘘はないと判断し、康介は納得した。

「そうか。分かった。けどな、辛かったらちゃんと言うんだぞ。どんな些細なことでも良いから」
「うん。ありがとう」
「さてと、それじゃあリハビリの続きといくか」
「うん」
「と、言いたいところだが、まずは昼飯だ」
「え?」
「まずは食べて体力を回復させる。リハビリの続きはそれからだ。良いな」
「分かった」
「よーし、良い子だな。しっかり食べるんだぞ」

楓が素直に首を縦に振ったので、康介は満足そうに笑う。
そして、楓の背中をポンと優しく叩いた。

「…………」

その時、楓の顔から表情が消えた。
見開かれた目は焦点が合っておらず、虚空を見つめているようだった。

「楓、どうした?」
「え? あ、ごめん。ぼうっとしてた」

軽く肩を揺さぶると、楓はすぐに元に戻った。

「本当に大丈夫か? どこか具合が悪いならちゃんと言えよ。ここは病院なんだから」
「大丈夫。ちょっと疲れただけだから。さ、ご飯食べに行こ」

何でもないように笑い、楓は勢いよく立ち上がる。
が、すぐに足元から力が抜けて、その場に崩れ落ちそうになった。
咄嗟に康介が手を伸ばし楓の体を支える。
そしてそのまま、さっきと同じように肩を貸すポーズを取った。

「じゃあ、行くか」
「うん。ごめん」
「謝らなくて良いって」

こうして、二人は食堂へ向かった。
病室を出て食堂で食事ができるようになった楓の回復ぶりを、康介は心から喜んだ。

しかし、気掛かりなこともあった。

先ほどのように、楓は時折、表情を無くしてぼんやりしていることがある。
気になって声を掛けるとすぐに元の顔に戻り、「何でもない」と言うのだ。
昨日あたりから、その様子が顕著に見られるような気がする。

(明日も同じようなことがあったら……そろそろ問い詰めてみるか)

何となく、この件は慎重に扱わなければならないような気がした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「誕生日前日に世界が始まる」

悠里
BL
真也×凌 大学生(中学からの親友です) 凌の誕生日前日23時過ぎからのお話です(^^ ほっこり読んでいただけたら♡ 幸せな誕生日を想像して頂けたらいいなと思います♡ →書きたくなって番外編に少し続けました。

思い出して欲しい二人

春色悠
BL
 喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。  そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。  一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。  そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。

サンタからの贈り物

未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。 ※別小説のセルフリメイクです。

年下上司の愛が重すぎる!

BL
幽霊が確認されるようになった現在。幽霊による死者が急増したことにより、国は重たい腰を上げ、警察に"幽霊課"を新しく発足させた。 そこに所属する人は霊が視えることはもちろん、式神を使役できる力を持つ者もいる。姫崎誠(ひめざきまこと)もその一人だ。 まだまだ視える者に対しての偏見が多い中、新しく発足したということもあり、人手不足だった課にようやく念願が叶って配属されて来たのはまさかの上司。それも年下で...? 一途なわんこに愛される強気なトラウマ持ち美人の現代ファンタジー。 ※独自設定有り ※幽霊は出てきますが、ホラー要素は一切ありません

夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト

春音優月
BL
真面目でおとなしい性格の藤村歩夢は、武士と呼ばれているクラスメイトの大谷虎太郎に密かに片想いしている。 クラスではほとんど会話も交わさないのに、なぜか毎晩歩夢の夢に出てくる虎太郎。しかも夢の中での虎太郎は、歩夢を守る騎士で恋人だった。 夢では溺愛騎士、現実ではただのクラスメイト。夢と現実が交錯する片想いの行方は――。 2024.02.23〜02.27 イラスト:かもねさま

鈴木さんちの家政夫

ユキヤナギ
BL
「もし家事全般を請け負ってくれるなら、家賃はいらないよ」そう言われて住み込み家政夫になった智樹は、雇い主の彩葉に心惹かれていく。だが彼には、一途に想い続けている相手がいた。彩葉の恋を見守るうちに、智樹は心に芽生えた大切な気持ちに気付いていく。

オレに触らないでくれ

mahiro
BL
見た目は可愛くて綺麗なのに動作が男っぽい、宮永煌成(みやなが こうせい)という男に一目惚れした。 見た目に反して声は低いし、細い手足なのかと思いきや筋肉がしっかりとついていた。 宮永の側には幼なじみだという宗方大雅(むなかた たいが)という男が常におり、第三者が近寄りがたい雰囲気が漂っていた。 高校に入学して環境が変わってもそれは変わらなくて。 『漫画みたいな恋がしたい!』という執筆中の作品の登場人物目線のお話です。所々リンクするところが出てくると思います。

旦那様と僕・番外編

三冬月マヨ
BL
『旦那様と僕』の番外編。 基本的にぽかぽか。

処理中です...