【完結】誓いの指輪〜彼のことは家族として愛する。と、心に決めたはずでした〜

山賊野郎

文字の大きさ
上 下
8 / 41

7 壊された宝物③

しおりを挟む
『夕顔荘』の周辺を捜索したが、浦坂実とその共犯者は見つけられなかった。
警察の到着を察して逃亡したのだろうと思われる。
アパートの部屋には大量の血痕があった。
その殆どは藤咲楓の血だったが、一部からは河戸晴子の血が確認された。
犯行現場はあの部屋で間違いない。
浦坂実は、共犯者とともにターゲットを拉致して『夕顔荘』の部屋に運び、
数時間に及ぶ暴行の末に殺害。
そして、遺体を段ボール箱に梱包して被害者の自宅へ発送。
このような手筈で、楓も殺害後に自宅に配送される予定だった。
その証拠に、アパートの部屋には未使用の段ボール箱がそのまま残されていた。

「捜査本部としては、引き続き浦坂の行方を最優先で追っています」
「そうか」
「係長から、藤咲さんはしばらくは無理に出勤しなくて良いと」
「しばらく、か」

午後5時30分。
『夕顔荘』での一件から一夜が明けて……明けたその日も暮れようとしていた。
病院の個室にて、何本もの管に繋がれながら楓は眠り続けている。
そんな彼をじっと見つめながら、康介は報告を聞いていた。
捜査に参加していない康介の為に、祐子が現状の報告に来てくれていたのだ。
が、康介の興味は捜査状況よりも、楓の方に向けられていた。

「…………」

ギリギリのところで命を繋げたはずの楓だったが、
病院に搬送されて以来まだ意識を取り戻していない。
いつ目覚めるのかは、医師にも分からないことだった。
それどころか、医師からはこのまま目覚めない可能性についても示唆された。
なにしろ、楓は何分かの間その生命活動を停止していたのだから。
今、心臓が動いているだけでも奇跡なのだ。

「いつまで、なんだろうな」
「それは、何とも……」

独り言のような康介の呟きに、祐子が顔を曇らせる。

「楓が目を覚さない限り、俺はここから動けない」
「でも、いつまでもというわけには……」
「それが許されないのなら、刑事なんて辞めるまでだ」
「…………」

康介の言葉に迷いは感じられなかった。
祐子は困ったように小さくため息を吐く。

「藤咲さん。楓君が心配なのは分かりますが、貴方も相当疲れてるでしょう?」
「俺は別に……」
「ウソ! 目の下にクマができてますよ」
「これは……」
「昨夜からずっと楓君に付き添って、睡眠も食事も碌に取ってないんでしょう?」
「欲しくないんだよ、何も」
「そんなことだと貴方まで倒れてしまいますよ?」
「俺は大丈夫だよ」
「嘘ばっかり言って。そうやって一人で無理しないで下さい」
「いや、俺は……」
「少しだけでも良いから、ちゃんと休憩してきて下さい。
 楓君なら私が看ておきますから」
「でも……」
「楓君が目を覚ました時に藤咲さんが倒れていても良いんですか?」
「うっ、それは……」
「ね? だから、お願いします。休憩してきて下さい」
「…………」

祐子の説得を受けて、康介はようやく重い腰を上げた。

「少しの間、楓を頼む」
「はい。任せて下さい」

祐子の笑顔に見送られながら、康介は病室を後にした。

+++++++++++++++

一旦自宅に戻り、シャワーを浴びて一息つく。
鏡に映るその顔は、なるほど酷く情けないツラをしていた。
疲労でくたびれているのは勿論だが、今にも泣き出しそうな顔だと思った。

(目を覚ました楓に、こんな顔を見られるわけにはいかないな)

気合を入れ直すように両手で軽く顔を叩く。
それから、冷蔵庫を開けてみた。
食欲自体は全く無かったが、空腹感はあった。悲しいことに。
昨夜の一件から、ほとんど何も食べていないので当然と言えば当然なのだが。

(体力の維持の為だ。とにかく何か腹に詰めてしまえばそれで良い)

そう思って冷蔵庫の中を見ると、一つの小皿が目に付いた。

(あ……)

楓が作り置きしていた卵焼きがそこにあった。
迷わずその皿に手を伸ばす。
電子レンジで温めることもせず、冷たいまま食べた。
味は間違いなく美味しい。しかし、噛み締めるたびに胸の奥が痛む。
『辛い』と、心が訴えているのだ。

「美味い。美味いなあ……」

食べる行為に情けなさを感じて、康介は静かに涙を流した。

++++++++++++++++

午後8時頃、康介は楓の病室に戻ってきた。

「横井、楓の様子はどうだ?」
「特に変わりはないです」
「そうか」
「藤咲さんは、少しは休めましたか?」
「ああ」
「それなら良かったです。じゃあ、私はこれで」
「色々とありがとう」
「どういたしまして」
「今回は借りができたな」
「気にしないで下さい。私、藤咲さんを支えたいだけですから」
「え?」
「じゃあ、失礼します」

にっこりと笑って、横井祐子は病室を出て行った。
去り際に彼女が言ったことの意図が理解できず、康介は首を傾げる。

「どういうつもりだ?」

訝しく思ったが、すぐに意識から外した。
今は、とにかく楓のことを最優先にして考えなければならない。
ベッド横の椅子に腰を掛けて、楓の様子を確認する。

「…………」

昨夜からずっと変わらない。
固く目を閉ざしたまま眠り続けている。
体のあちこちに宛てがわれているガーゼ、病衣の隙間から覗く包帯が痛々しい。
『夕顔荘』の部屋で楓を発見した時、彼の全身は血と痣にまみれていた。
酷い……否、惨い暴行を受けたことが一目で見て取れた。
だが、彼の体を穢していたのはそれだけではなかった。
凌辱の痕があった。
楓は、浦坂たちによって殴る蹴るの暴行を受けた上、その体を蹂躙されていたのだ。
康介らによって発見されるまで、何時間にもわたって。

「楓……」

繊細なガラス細工に触れるような手つきで、楓の頬に手を当てる。
それから、その手を彼の胸の上に置いて、心臓の音を確かめた。
あの時は必死だった。とにかく楓に死んで欲しくない一心だった。
他のことは何も考えられなかった。
だが、今なら分かる。
生き延びたことによって、これから楓には辛すぎる試練が待ち受けているのだ。
いっそのこと、このまま目を覚まさない方が、本人にとっては幸いなのでなないか?
……そんな思いが脳裏によぎる。

「ごめんな。俺のせいで、こんな目に遭わせてしまって」

そっと頬に手を当てる。

「それでも俺は、お前に生きていて欲しかったんだ」

震える声で詫びの言葉を述べる。

「許してくれ」

楓の手をしっかりと握りしめて、康介は懇願するように懺悔した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

サンタからの贈り物

未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。 ※別小説のセルフリメイクです。

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

離したくない、離して欲しくない

mahiro
BL
自宅と家の往復を繰り返していた所に飲み会の誘いが入った。 久しぶりに友達や学生の頃の先輩方とも会いたかったが、その日も仕事が夜中まで入っていたため断った。 そんなある日、社内で女性社員が芸能人が来ると話しているのを耳にした。 テレビなんて観ていないからどうせ名前を聞いたところで誰か分からないだろ、と思いあまり気にしなかった。 翌日の夜、外での仕事を終えて社内に戻って来るといつものように誰もいなかった。 そんな所に『すみません』と言う声が聞こえた。

ふつつかものですが鬼上司に溺愛されてます

松本尚生
BL
「お早うございます!」 「何だ、その斬新な髪型は!」 翔太の席の向こうから鋭い声が飛んできた。係長の西川行人だ。 慌てん坊でうっかりミスの多い「俺」は、今日も時間ギリギリに職場に滑り込むと、寝グセが跳ねているのを鬼上司に厳しく叱責されてーー。新人営業をビシビシしごき倒す係長は、ひと足先に事務所を出ると、俺の部屋で飯を作って俺の帰りを待っている。鬼上司に甘々に溺愛される日々。「俺」は幸せになれるのか!? 俺―翔太と、鬼上司―ユキさんと、彼らを取り巻くクセの強い面々。斜陽企業の生き残りを賭けて駆け回る、「俺」たちの働きぶりにも注目してください。

処理中です...