【完結】誓いの指輪〜彼のことは家族として愛する。と、心に決めたはずでした〜

山賊野郎

文字の大きさ
上 下
7 / 41

6 壊された宝物②

しおりを挟む
冷たい雨が降りしきる夜。
西新宿にあるアパート『夕顔荘』を目指して康介は車を走らせた。
居ても立っても居られない気持ちをどうにか抑えつけながら、車を走らせた。

高層ビルの立ち並ぶビジネス街。
そこからあまり遠くない裏手に、古い作りのボロアパート群がある。
そんなボロアパート群の一角に、『夕顔荘』はひっそりと佇んでいた。

午後10時20分
車をとばしてきた康介は、目的のアパートの前で意外な光景を見る。
『夕顔荘』の周囲を、パトカーが囲んでいたのだ。
見れば、105号室に向かう木野井係長たちの姿が確認できた。

(やはりここか!)

確信を得て、康介も急いでそこに向かった。

「係長!」
「藤咲!お前、自宅で待機してるはずじゃ……」
「すみません。横井に無理を言って聞き出しました」
「全く、仕方のない奴だ」

ため息を落としつつ、木野井は右腰から拳銃を取り出し、康介に手渡した。

「これから、場合によっては突入する。そのつもりで俺の後ろで構えておけ」
「はい。ありがとうございます」

深々と頭を下げて、康介は木野井の後ろに付いた。
そうして木野井が105号室の扉を軽くノックする。

「浦坂さん、警察のものです。ちょっとお伺いしたいことがあるのですが、
 開けてもらえませんか?」

反応は無い。
もう一度、扉を叩いて呼びかけるが、やはり何の反応も返ってこなかった。

「…………」

木野井が周辺の捜査員に向けて目で合図を送る。突入のサインだ。
小さく頷くと、康介は銃を構えたまま105号室の扉を勢いよく蹴破った。

「警察だ!全員その場から動くな!」

押し入った部屋の中に銃口を向けて叫ぶ。
しかし、そこに浦坂実の姿は無かった。
そこにあったのは……

「楓!」

橙色の電球が灯るその部屋にあったのは、冷たい床に横たわる楓の姿だった。
構えていた銃を放り投げて、康介は楓のもとに駆け寄る。
引き裂かれ乱された制服、血と痣にまみれた体。
心が抉られる感触を振り切って、康介は楓に手を伸ばした。

「楓、楓、目を開けてくれ。なあ、楓」

悲惨な姿の息子を抱き起こし、懸命に呼びかける。
しかし、楓は何の反応も返さない。
軽く頬を叩き、体を揺さぶってもピクリとも動かない。
その目は固く閉じられていて、まるで生気が感じられなかった。

「まさか……」

恐る恐る、康介は楓の首筋に手を当てる。

「そんな……」

脈が、無かった。
それを示すように、楓の首周りには赤い圧迫痕が色濃く刻み付けられていた。

「嘘だろ……」

全身から力が抜ける。
目の前が真っ暗になる。
呼吸ができなくなる。
心臓が凍りついて、粉々に砕かれるような感覚に襲われる。

「…………」

絶望感の中で呆然とする康介に、状況を察した木野井が近寄ってきた。
掛ける言葉が見つからず、手を伸ばすことに躊躇する。
しかし次の瞬間、木野井は見た。
なけなしの希望をかき集めて、その目に強い力を宿した康介の横顔を。

「楓、ちょっとだけ我慢してくれ」

そう言って楓を床に寝かせると、康介は両腕で彼の胸部を押さえつけた。
一度、二度、三度……何度も何度も力いっぱいに圧迫する。心肺蘇生だ。
胸部への圧迫を繰り返し、鼓動の再開を促す。
更に、口伝いに息を吹き込み呼吸の再開を促す。
楓の体はまだ温かい。そこに、康介は全てを賭けた。

「楓、戻ってこい。戻ってきてくれ。楓、楓……!」

心臓マッサージを繰り返しながら懸命に呼びかける。

「頼む。お願いだから、戻ってきてくれ、楓」

声を震わせながら、懇願するように呼びかける。

「戻ってこい。俺の元に……!」

やがて康介の頬から一筋の汗が伝い落ちた時、楓の体がビクンと弾かれるように動いた。
そして咳き込む。

「楓っ⁉︎」

息を吹き返したのだ。

「かはっ……」

血と息を吐き出しながら、楓はうっすらと目を開ける。

「楓!俺だ、分かるか?」
「…………」

康介と目が合ったかと思うと、楓は再びその目を閉じた。

「楓⁉︎」

血の気が引く思いに駆られて、康介は今一度、楓の胸部に両手を置く。
その時、康介はハッと目を見開いた。
置いたその手から、心臓の音が伝わってきたのだ。
思わず楓の胸に耳を当てる。
トクン、トクンと一定のリズムを刻む心音が、確かにそこにあった。
楓は、戻ってきたのだ。
それを理解して、康介は思わず楓を抱きしめた。

「楓……良かった。本当に良かった」

鼓動を再開させた楓を掻き抱いて、康介は泣いた。
溜め込んでいた苦しみを吐き出すように、止めどなく涙を流した。
救急車が到着するまでずっと、康介は楓を抱きしめたまま離そうとしなかった。
彼の胸の上に手を置いて、鼓動の存在を確かめ続けた。
辺りにはただ、強い雨音が響き続けていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

サンタからの贈り物

未瑠
BL
ずっと片思いをしていた冴木光流(さえきひかる)に想いを告げた橘唯人(たちばなゆいと)。でも、彼は出来るビジネスエリートで仕事第一。なかなか会うこともできない日々に、唯人は不安が募る。付き合って初めてのクリスマスも冴木は出張でいない。一人寂しくイブを過ごしていると、玄関チャイムが鳴る。 ※別小説のセルフリメイクです。

【本編完結】小石の恋

キザキ ケイ
BL
やや無口な平凡な男子高校生の律紀は、ひょんなことから学校一の有名人、天道 至先輩と知り合う。 助けてもらったお礼を言って、それで終わりのはずだったのに。 なぜか先輩は律紀にしつこく絡んできて、連れ回されて、平凡な日常がどんどん侵食されていく。 果たして律紀は逃げ切ることができるのか。

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

処理中です...