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3 大切な宝物③
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「てなわけで、こんなかすり傷なのにめちゃくちゃ心配してくれてさ。
涙目で見上げてくるわけよ」
「上目遣いっすか。それ、絶対可愛いやつじゃないですか」
「そうなんだよ。ああ~、参ったなあ。
でも、やっぱり悲しい顔は見たくないからなあ。
俺、これからも体鍛えて頑丈に過ごさないとな」
「て言うか、楓くんって高校生なんですよね。反抗期とかじゃないんですか?」
「いや、今のところそれっぽい様子は無いな」
「うーん、父子家庭だからですかね」
「さあな」
(多分、実の親子じゃないからだと思うけど)
「でも、楓に嫌いって言われたら……俺、ショックで一週間ぐらい入院するかも」
「またまた、大袈裟っすね!藤咲さんも通ってきた道でしょ」
「俺は最初から大嫌いだったからな。親父もお袋も」
「あ、そうなんですか」
「おう。いつも喧嘩して怒鳴りあってるクソ夫婦だったから」
「ああ、毒親つてやつですか」
「そうかもな」
杉並中央署のオフィスにて。
康介と若手刑事の高倍京二が今日も雑談に興じていた。
この地区は都内でも治安が良く穏やかである。
大きな事件さえ起こらなければ、こうやってダラダラと過ごしている。
(何事も無ければ定時で帰れる。今日も楓と一緒に晩飯が食えるかな)
そんなことを考えながら書類仕事をこなしていた康介だったが、
その希望はあっさりと潰えた。
「皆、聞いてくれ。殺人事件が発生した」
係長の木野井丈司の呼びかけによって、穏やかだったオフィスに緊張が走った。
+++++++++++++++++
今朝、都内に住む河戸正憲宅に大きな荷物が届いた。
箱を開けると、そこには彼の娘の遺体が収められていた。
酷い暴行を受けた末に絞殺されたものだった。
殺害された河戸晴子(20)は、2日前から大学に行ったきり家に帰っておらず、連絡も取れなくなっていた。
真面目な娘だったので、心配した両親はすぐに捜索願いを出した。
そして今日、遺体となって自宅に配送された。
11月初旬の秋の風が、今日はやけに冷たく感じられる。
事件の捜査にあたって、康介は同僚の横井祐子と共に被害者の自宅に赴くことになった。
娘の理不尽な死を知らされて間も無い夫婦から話を聞くのは気が重い。
が、そういう仕事なので仕方ない。
気持ちに割り切りをつけて、康介は河戸宅へ向かった。
「河戸さんとこんな形で再会するとはな」
「藤咲さん、被害者と知り合いなんですか?」
康介の隣に立つ祐子が怪訝な顔をする。
「ああ、知り合いってほどじゃないが……昔、ちょっとな」
「そうなんですか」
「まあ、向こうは俺のことなんて覚えてないだろうが」
10年ほど前、とある殺人事件があった。
河戸正憲は事件の目撃者として警察に協力してくれた。
そのお陰で、犯人はすぐに逮捕され事件は呆気なく解決した。
当時、その事件を担当していた刑事が康介だった。
(気の毒にな。俺も、こんな形で再会したくなかったよ)
残念な気持ちを抱えつつ、康介は河戸宅のインターホンを鳴らした。
立派な体躯とは裏腹に、すっかり憔悴した様子の中年男・河戸正憲が玄関から現れる。
彼は、康介を見るなり何とも言えない顔で大きく目を見開いた。
「ああ、刑事さん。お久しぶりです」
「あ、覚えていてくれたんですか」
「はい。と言うより、思い出さざるを得ませんでした」
「どういうことですか?」
「ご説明します。どうぞ、上がってください」
康介と祐子は訝しい顔で互いに顔を見合わせる。
それから、河戸正憲の後に付いて家の中に入っていった。
「すみません。妻の方はすっかり寝込んでしまいまして」
「無理もないことです」
客間に通されて、河戸、康介、祐子の3人で顔を突き合わせる。
河戸もまた、今にも倒れてしまいそうなほどに心が弱っているのが見て取れた。
「最初に対応した警察官と同じ質問を繰り返すかもしれませんが、当時の状況を……」
「私のせいです」
「え?」
祐子の説明を遮って、河戸は意外な言葉を口にした。
「私のせいで、娘は殺されたんです」
「どういうことですか?」
「これを見て下さい。藤咲さん、貴方なら分かるはずだ」
そう言って河戸は一通の封書を差し出した。
「これは……!」
手紙の内容はたった一言、『お前から大切なものを奪い取ってやる』とだけ記されていた。
「脅迫状ですね。送り主は……」
差出人の名を確認した康介が息を飲む。
「おわかりでしょう。これは、私への復讐なんですよ。
私のせいで娘は……晴子は『浦坂実』に殺されたんです!」
血を吐くように嘆いて、河戸は両手で顔を覆った。
その隙間からは涙が止めどなく流れる。
「どういうことなんですか?」
事情を知らない祐子が説明を求めて康介の肩に触れる。
重いため息を一つ落としてから、康介は昔の事件について説明した。
約10年前、間田郁夫という男性が自宅アパートにて殺害された。
犯人が出入りする様を目撃していた河戸の証言のお陰で、犯人はすぐに割り出せた。
浦坂実【当時39】
彼が滅多刺しにして殺した男・間田郁夫は、彼の妻の浮気相手だった。
浦坂は康介によって逮捕され、事件はすぐに解決した。
極々、単純な事件だった。
++++++++++++++++
「じゃあ、目撃証言をした河戸さんに恨みを持って、
その復讐の為に娘さんを殺害したということですか?」
「そういうことになるな」
「でも、どうして娘さんなんですか?恨んでいる相手は河戸さんでしょう」
「脅迫状にも書いてあっただろ。大切なものを奪い取るって」
「ええ、ありましたけど」
「自分が殺されるより娘を殺された方がダメージが大きいと、そう思ってるんだ。
そして、その考えは見事に的中していた」
「なるほど」
「嘆き悲しむ河戸さんを見て、浦坂の奴は高笑いしてるんだろうな」
康介が吐き捨てるように言う。
河戸正憲から話を聞き終えて、署に戻るところだった。
「浦坂はどこに潜んでいるんでしょうね」
「さあな。とにかく、上に報告だ。さっさと本部に戻ろう」
「はい」
康介と祐子は足早に署に戻った。
その後、康介らが持ち帰った情報が重要視されて、
浦坂実を重要参考人として署に連行するよう指示が下った。
捜査員たちは浦坂実を見つける為に方々を捜し回った。
しかし、これといった成果を得られないまま、時間だけが過ぎていった。
この日、康介が自宅に帰り着いたのは日付が変わる頃だった。
大きな物音を立てないように、そっと玄関に入った。
下駄箱の上に飾られたガーベラの花が康介を迎える。
その時、康介は思い出したように己の失態に気付いた。
(しまった。楓に何の連絡も入れてなかった!)
刑事をやっていると、急な事件で予定がキャンセルになることは珍しくない。
それでも、何かあれば基本的に楓に連絡を入れるようにしていた。
が、今日はうっかりその連絡を入れ忘れていたのだ。
「ああ、やっぱりな……」
冷蔵庫を開けると、晩ご飯として楓が用意してくれた肉じゃががラップに包まれた状態で置いてあった。
『お仕事お疲れ様。必要だったらレンジで温めて食べて下さい』
労いのメモまで添えられていた。
それを見た康介の胸中に申し訳ない思いが募る。
連絡も無く、いつ帰るか分からない父親を待ち続け、
最終的に諦めをつけて片付けた楓の様子がありありと脳裏に浮かぶ。
「よし、食べよう」
せめてもの詫びに、康介はこの肉じゃがを食べることにした。
深夜であるにもかかわらず。
電子レンジを使って冷めた肉じゃがを温める。
その動作の中で、ふと康介は昔のことを思い出した。
幼い楓と、若く美しい桜と一緒に過ごしていた頃のことを。
桜子は、料理が大の苦手でいつも冷凍食品やインスタント食品で済ませていた。
当時4歳ぐらいの楓にも同じものを与えていた。
さすがに幼い子供にそればかりは駄目だろうと思い、康介が野菜炒めや卵スープを作って食べさせていた。
(まあ、俺も大したものは作れなかったんだけど)
楓は喜んで食べてくれた。目を輝かせて「美味しい。ありがとう」と言ってくれた。
「…………」
幸せな記憶を思い出して、ほんのりと口元が緩む。
そうして、温まった肉じゃがを口に入れた。
「美味しい。ありがとう」
料理に込められた優しさが体に染み渡るようだった。
++++++++++++++++
「あのさ、楓」
「なに?」
「昨日はごめんな。連絡入れるの忘れちまって」
「ううん、良いよ。お仕事が大変だったんでしょ?気にしないで」
「うーん、すまん」
「大丈夫だって。あ、でも食べてくれてたんだね。肉じゃが」
「ああ。疲れてたからめっちゃ心に沁みた。美味しかった。ありがとう」
「こちらこそ、食べてくれてありがとう」
本当に何でもないような素振りで楓は笑って見せる。
が、その笑みが俄かにくもった。
「あの……でも、やっぱり」
「ん?」
「一言で良いから連絡はほしいかなって。
その……こっちの準備がどうこうじゃなくて、
康介さんに何かあったんじゃないかって心配になるから」
「ああ……」
「大事な仕事を邪魔しちゃいけないから、
こっちからは電話とかしづらくて、その……」
俯きながら申し訳なさそうに“お願い“をする姿が愛おしくて、
康介は楓の頭に優しくポンと手を置いた。
「不安にさせて悪かった。これからは気を付ける」
「うん。ありがとう。お願いね」
「分かった。約束する」
お互いの小指を絡ませて約束のポーズを取る。
楓が顔を上げて微笑んでくれたので、康介はほっと安堵して小指を離した。
「さて、それじゃあ朝飯にするか。
おお、今日もばっちり卵焼きがあるな。ありがたい」
藤咲家の朝食には必ず卵焼きがある。
康介が希望してのことだった。
楓が作る卵焼きが、康介にとって世界で一番好きな食べ物なのだ。
「これで今日も仕事を頑張れる」
美味しそうに卵焼きを頬張る康介を見て、楓は嬉しそうに笑った。
涙目で見上げてくるわけよ」
「上目遣いっすか。それ、絶対可愛いやつじゃないですか」
「そうなんだよ。ああ~、参ったなあ。
でも、やっぱり悲しい顔は見たくないからなあ。
俺、これからも体鍛えて頑丈に過ごさないとな」
「て言うか、楓くんって高校生なんですよね。反抗期とかじゃないんですか?」
「いや、今のところそれっぽい様子は無いな」
「うーん、父子家庭だからですかね」
「さあな」
(多分、実の親子じゃないからだと思うけど)
「でも、楓に嫌いって言われたら……俺、ショックで一週間ぐらい入院するかも」
「またまた、大袈裟っすね!藤咲さんも通ってきた道でしょ」
「俺は最初から大嫌いだったからな。親父もお袋も」
「あ、そうなんですか」
「おう。いつも喧嘩して怒鳴りあってるクソ夫婦だったから」
「ああ、毒親つてやつですか」
「そうかもな」
杉並中央署のオフィスにて。
康介と若手刑事の高倍京二が今日も雑談に興じていた。
この地区は都内でも治安が良く穏やかである。
大きな事件さえ起こらなければ、こうやってダラダラと過ごしている。
(何事も無ければ定時で帰れる。今日も楓と一緒に晩飯が食えるかな)
そんなことを考えながら書類仕事をこなしていた康介だったが、
その希望はあっさりと潰えた。
「皆、聞いてくれ。殺人事件が発生した」
係長の木野井丈司の呼びかけによって、穏やかだったオフィスに緊張が走った。
+++++++++++++++++
今朝、都内に住む河戸正憲宅に大きな荷物が届いた。
箱を開けると、そこには彼の娘の遺体が収められていた。
酷い暴行を受けた末に絞殺されたものだった。
殺害された河戸晴子(20)は、2日前から大学に行ったきり家に帰っておらず、連絡も取れなくなっていた。
真面目な娘だったので、心配した両親はすぐに捜索願いを出した。
そして今日、遺体となって自宅に配送された。
11月初旬の秋の風が、今日はやけに冷たく感じられる。
事件の捜査にあたって、康介は同僚の横井祐子と共に被害者の自宅に赴くことになった。
娘の理不尽な死を知らされて間も無い夫婦から話を聞くのは気が重い。
が、そういう仕事なので仕方ない。
気持ちに割り切りをつけて、康介は河戸宅へ向かった。
「河戸さんとこんな形で再会するとはな」
「藤咲さん、被害者と知り合いなんですか?」
康介の隣に立つ祐子が怪訝な顔をする。
「ああ、知り合いってほどじゃないが……昔、ちょっとな」
「そうなんですか」
「まあ、向こうは俺のことなんて覚えてないだろうが」
10年ほど前、とある殺人事件があった。
河戸正憲は事件の目撃者として警察に協力してくれた。
そのお陰で、犯人はすぐに逮捕され事件は呆気なく解決した。
当時、その事件を担当していた刑事が康介だった。
(気の毒にな。俺も、こんな形で再会したくなかったよ)
残念な気持ちを抱えつつ、康介は河戸宅のインターホンを鳴らした。
立派な体躯とは裏腹に、すっかり憔悴した様子の中年男・河戸正憲が玄関から現れる。
彼は、康介を見るなり何とも言えない顔で大きく目を見開いた。
「ああ、刑事さん。お久しぶりです」
「あ、覚えていてくれたんですか」
「はい。と言うより、思い出さざるを得ませんでした」
「どういうことですか?」
「ご説明します。どうぞ、上がってください」
康介と祐子は訝しい顔で互いに顔を見合わせる。
それから、河戸正憲の後に付いて家の中に入っていった。
「すみません。妻の方はすっかり寝込んでしまいまして」
「無理もないことです」
客間に通されて、河戸、康介、祐子の3人で顔を突き合わせる。
河戸もまた、今にも倒れてしまいそうなほどに心が弱っているのが見て取れた。
「最初に対応した警察官と同じ質問を繰り返すかもしれませんが、当時の状況を……」
「私のせいです」
「え?」
祐子の説明を遮って、河戸は意外な言葉を口にした。
「私のせいで、娘は殺されたんです」
「どういうことですか?」
「これを見て下さい。藤咲さん、貴方なら分かるはずだ」
そう言って河戸は一通の封書を差し出した。
「これは……!」
手紙の内容はたった一言、『お前から大切なものを奪い取ってやる』とだけ記されていた。
「脅迫状ですね。送り主は……」
差出人の名を確認した康介が息を飲む。
「おわかりでしょう。これは、私への復讐なんですよ。
私のせいで娘は……晴子は『浦坂実』に殺されたんです!」
血を吐くように嘆いて、河戸は両手で顔を覆った。
その隙間からは涙が止めどなく流れる。
「どういうことなんですか?」
事情を知らない祐子が説明を求めて康介の肩に触れる。
重いため息を一つ落としてから、康介は昔の事件について説明した。
約10年前、間田郁夫という男性が自宅アパートにて殺害された。
犯人が出入りする様を目撃していた河戸の証言のお陰で、犯人はすぐに割り出せた。
浦坂実【当時39】
彼が滅多刺しにして殺した男・間田郁夫は、彼の妻の浮気相手だった。
浦坂は康介によって逮捕され、事件はすぐに解決した。
極々、単純な事件だった。
++++++++++++++++
「じゃあ、目撃証言をした河戸さんに恨みを持って、
その復讐の為に娘さんを殺害したということですか?」
「そういうことになるな」
「でも、どうして娘さんなんですか?恨んでいる相手は河戸さんでしょう」
「脅迫状にも書いてあっただろ。大切なものを奪い取るって」
「ええ、ありましたけど」
「自分が殺されるより娘を殺された方がダメージが大きいと、そう思ってるんだ。
そして、その考えは見事に的中していた」
「なるほど」
「嘆き悲しむ河戸さんを見て、浦坂の奴は高笑いしてるんだろうな」
康介が吐き捨てるように言う。
河戸正憲から話を聞き終えて、署に戻るところだった。
「浦坂はどこに潜んでいるんでしょうね」
「さあな。とにかく、上に報告だ。さっさと本部に戻ろう」
「はい」
康介と祐子は足早に署に戻った。
その後、康介らが持ち帰った情報が重要視されて、
浦坂実を重要参考人として署に連行するよう指示が下った。
捜査員たちは浦坂実を見つける為に方々を捜し回った。
しかし、これといった成果を得られないまま、時間だけが過ぎていった。
この日、康介が自宅に帰り着いたのは日付が変わる頃だった。
大きな物音を立てないように、そっと玄関に入った。
下駄箱の上に飾られたガーベラの花が康介を迎える。
その時、康介は思い出したように己の失態に気付いた。
(しまった。楓に何の連絡も入れてなかった!)
刑事をやっていると、急な事件で予定がキャンセルになることは珍しくない。
それでも、何かあれば基本的に楓に連絡を入れるようにしていた。
が、今日はうっかりその連絡を入れ忘れていたのだ。
「ああ、やっぱりな……」
冷蔵庫を開けると、晩ご飯として楓が用意してくれた肉じゃががラップに包まれた状態で置いてあった。
『お仕事お疲れ様。必要だったらレンジで温めて食べて下さい』
労いのメモまで添えられていた。
それを見た康介の胸中に申し訳ない思いが募る。
連絡も無く、いつ帰るか分からない父親を待ち続け、
最終的に諦めをつけて片付けた楓の様子がありありと脳裏に浮かぶ。
「よし、食べよう」
せめてもの詫びに、康介はこの肉じゃがを食べることにした。
深夜であるにもかかわらず。
電子レンジを使って冷めた肉じゃがを温める。
その動作の中で、ふと康介は昔のことを思い出した。
幼い楓と、若く美しい桜と一緒に過ごしていた頃のことを。
桜子は、料理が大の苦手でいつも冷凍食品やインスタント食品で済ませていた。
当時4歳ぐらいの楓にも同じものを与えていた。
さすがに幼い子供にそればかりは駄目だろうと思い、康介が野菜炒めや卵スープを作って食べさせていた。
(まあ、俺も大したものは作れなかったんだけど)
楓は喜んで食べてくれた。目を輝かせて「美味しい。ありがとう」と言ってくれた。
「…………」
幸せな記憶を思い出して、ほんのりと口元が緩む。
そうして、温まった肉じゃがを口に入れた。
「美味しい。ありがとう」
料理に込められた優しさが体に染み渡るようだった。
++++++++++++++++
「あのさ、楓」
「なに?」
「昨日はごめんな。連絡入れるの忘れちまって」
「ううん、良いよ。お仕事が大変だったんでしょ?気にしないで」
「うーん、すまん」
「大丈夫だって。あ、でも食べてくれてたんだね。肉じゃが」
「ああ。疲れてたからめっちゃ心に沁みた。美味しかった。ありがとう」
「こちらこそ、食べてくれてありがとう」
本当に何でもないような素振りで楓は笑って見せる。
が、その笑みが俄かにくもった。
「あの……でも、やっぱり」
「ん?」
「一言で良いから連絡はほしいかなって。
その……こっちの準備がどうこうじゃなくて、
康介さんに何かあったんじゃないかって心配になるから」
「ああ……」
「大事な仕事を邪魔しちゃいけないから、
こっちからは電話とかしづらくて、その……」
俯きながら申し訳なさそうに“お願い“をする姿が愛おしくて、
康介は楓の頭に優しくポンと手を置いた。
「不安にさせて悪かった。これからは気を付ける」
「うん。ありがとう。お願いね」
「分かった。約束する」
お互いの小指を絡ませて約束のポーズを取る。
楓が顔を上げて微笑んでくれたので、康介はほっと安堵して小指を離した。
「さて、それじゃあ朝飯にするか。
おお、今日もばっちり卵焼きがあるな。ありがたい」
藤咲家の朝食には必ず卵焼きがある。
康介が希望してのことだった。
楓が作る卵焼きが、康介にとって世界で一番好きな食べ物なのだ。
「これで今日も仕事を頑張れる」
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