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2 大切な宝物②

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「ただいま」
「お帰りなさい」

夜の7時過ぎ。
自宅マンションに帰宅した藤咲康介は、少年の温かい笑顔によって出迎えられた。
藤咲楓ふじさきかえで【15】
康介とはまるで似ていない中性的な顔立ちのこの少年が、彼の“息子“だった。
今年から高校に上がったのだが、背が低い上に童顔である為、年齢より幼く見える。

「今日は早かったんだね」
「ああ、まあな」
「ご飯もお風呂もできてるけど、どうす……」

“どうする?”と言いかけて、止める。
不安そうに顔を歪めて、楓はそっと康介の頬に手を当てた。

「どうしたの? これ」
「ああ、仕事中にちょっとな」
「…………」
「全然大したことないから、心配するな」
「本当?」
「ああ。明日にはもう治ってるぐらいのかすり傷」
「なら良いけど……気を付けてね」
「分かってるよ。お前を悲しませるようなことは絶対にしないから」
「……うん」

小さく頷いた楓の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
優しく微笑んで、康介は楓の頭をよしよしと撫でる。

「じゃあ、俺は先に風呂入ってくるから。晩飯の用意、頼んで良いか?」
「分かった。ゆっくりしてきてね。“康介さん”」
「ああ。そうさせてもらおう」

不安の色を拭い切れないまま、楓は懸命に笑顔を作る。
そんな彼に見守られながら、康介は浴室へ向かっていった。



++++++++++++++++



(やっぱり、不安させてしまったか)

シャワーを浴びながら康介は小さくため息をつく。
刑事をやっている以上、時に負傷することはある。
幸い、康介はこれまで大した怪我をすることなくやり過ごしてきているが。
楓は、康介の身に何かあると少し大袈裟なぐらい心配する。
さっきも、頬に刃が掠った程度の傷で泣きそうになっていた。

(11年前に母親を……全てを突然失ったからな。今でも怖いんだろう)

康介は楓の事情をよく知っている。
だから、頬の傷が彼を不安にさせてしまったこともよく理解していた。
目に涙を浮かべていた楓の顔が脳裏をよぎり、チクリと胸が痛む。

(とにかく、俺が最強で超元気だってことを見せつけてやらないとな)

気持ちを整えて、康介はシャワーを終えた。



++++++++++++++++



「美味い!どれもこれも絶品だなあ!」

ガツガツと康介は勢いよく食べる。
ハンバーグをメインに少し豪華なおかずが食卓に並んでいる。
いずれも、康介の為に楓が用意したものだ。

「早く帰ってきて良かった。やっぱり楓の手料理は最強だ」
「大袈裟だよ。普通のハンバーグだよ」
「いやいや、俺にとっては特別。その辺の高級な店よりよっぽど特別!
 ああ~、楓の手料理を食べると元気が出るなあ」
「そう言ってもらえると嬉しい」
「お前も食え。ほら、遠慮なんてするな」
「いや、遠慮もなにも作ったのは僕だけど」
「ははは、それもそうだ」
「ふふ」

他愛無い会話の中で楓が笑ってくれたのを見て、康介は少し安堵する。

「なあ、楓」
「なに?康介さん」
「高校生になって半年以上になると思うけど、学校はどうだ?」
「うん。なんとかやっていけてると思う」
「友達とかはいるのか?」
「うん」
「それなら良かった。あ、俺を安心させる為の嘘とかだったりしないだろうな」
「違うよ。本当に」
「そうか。なら良いんだが」
「大丈夫だから。安心して」
「そういえば、お前部活はやってないんだよな」
「うん。家のことが疎かにはるといけないから」
「おいおい。お前の本分は学生なんだぞ。ちゃんと青春を楽しめ。
 家のことはそこそこで良いから」
「普通に高校に通わせてもらってるだけで充分だから」
「うーん」
「康介さんこそ」
「ん?」
「その……女の人とお付き合いしたり、結婚とかそういうの、
 僕や母さんに遠慮しなくて良いから。もし、そいうい人が居るのなら……」
「バーカ、何度も言ってるだろ。俺はそんな気は一切無いって。興味すらねえよ」
「…………」
「そんなことより、手が止まってるぞ」
「え?」
「お前は体が小さいんだから、ちゃんと食べて大きくならないと」
「うん」

小さく微笑んで頷く。
そんな楓の顔は、彼の母親によく似ていた。
楓の母親・花宮桜(はなみや さくら)は、康介がかつて愛した女性だった。
大らかな人で、細かいことは気にせず、いつも笑顔を絶やさない人だった。
一緒にいると心が楽になるような人だった。
結婚に興味が無いないどころか忌避さえしていた康介が、人生で初めて結婚を意識した相手だった。
11年前のクリスマスイブの夜、一方的に思いを寄せられていた男によって彼女は殺害された。
楓は桜の息子だった。
桜はシングルマザーだった。
桜が亡くなってから一年後、紆余曲折あって康介が養子として楓を引き取る形になった。
こうして、康介と楓は親子になった。
血縁が無いことはお互いに最初から分かっている。
だから、楓は今でもずっと康介のことを「父さん」ではなく「康介さん」と呼んでいるのだ。

「…………」
「康介さん?」
「…………」

最近、桜の面影が如実に現れるようになった楓を見ては、心の奥が妙に騒つく。
その度に、左手薬指に嵌めた指輪が輝き、康介を正気に戻す。
これは、楓の親になることを決めた時、康介が自分に誓いを立てて買った指輪だった。
職場の人間には、死別した妻との結婚指輪だと思われている。
それで良い。むしろ、その方が何かと好都合だった。
実際には、康介には婚姻歴は無いのだが。

「康介さん、どうしたの?ぼーっとして」
「いや、何でもない。さあ、冷めない内に食べてしまおう」
「う、うん」

心の内を悟られまいと、康介は再びガツガツと食事の手を動かし始めた。
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