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1 大切な宝物①
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「はあっ……はあっ……クソ、離せ!離せえええ!!」
繁華街の路地裏──
脂ぎった中年男がうつ伏せにされて、その身を取り押さえられていた。
「若武徹、殺人の容疑並びに公務執行妨害の現行犯で逮捕する」
中年男にのし掛かり、彼の腕を後ろで組ませた上で手錠を嵌める。
その男、藤咲康介は刑事だった。
ジャケットの上からでも見て取れる、よく鍛えられた逞しい体つき。
そんな彼に取り押さえられた若武は、何もできずにその場で呻くのみだった。
少し遅れて応援の警察官たちが駆けつけてくる。
獲物を彼らに預けると、康介はフウと大きく息をついた。
そんな彼の眼前に、白いハンカチが差し出される。
「お見事です。藤咲さん」
スラリとした長身の美女・横井祐子が康介に労いの言葉をかける。
彼女の手にあるハンカチは、康介の頬に伝う血を拭く為にと差し出された物だった。
先ほど逮捕された若武は逃走する際、ナイフを振り回していた。
その刃先が、現場に居合わせた康介の頬を掠めたのだった。
「どうぞ、使って下さい」
「ありがとう。でも、大丈夫だから」
康介は差し出されたハンカチをやんわりと断り、右手の甲で頬に付いた血を拭った。
藤咲康介【38】──警視庁杉並中央署に所属している刑事である。
精悍な顔つきに加え体格も良い彼に熱い視線を向ける女性は少なくない。
しかし、彼の左手薬指には白銀に輝く指輪があった。
その為、殆どの女性は彼に向けた熱い視線をすぐに外してしまうのだった。
そしてもう一つ、康介が女性を寄せ付けない大きな要因がある。
「お疲れ様です、藤咲さん」
「ああ、お疲れ」
杉並中央署捜査第一課のオフィスにて、後輩の若手刑事が康介を労う。
「聞きましたよ!見事な逮捕劇だったそうですね」
「まあな」
「あれ?その頬の傷はどうしたんですか?」
「犯人の野郎がナイフを振り回してきてな。ちょっと掠った」
「へえ。気を付けて下さいよ。今回は軽傷だから良かったものの、
何かあったら息子さんが悲しみますよ」
「あー……そうだよなあ。本当、それは気を付けないとな」
“息子”というワードを出されて、康介の表情が緩む。
「可愛い息子に悲しい顔なんか絶対にさせたくないからな」
「藤咲さん、息子さんの話になるとあからさまに顔付きが変わるっすね」
「そりゃあ、めちゃくちゃ可愛いからな。ほら、見てくれ」
康介は自身の携帯端末を後輩刑事に見せつける。
そこには、紅葉の中で微笑む少年の画像が映っていた。
「あ、これが噂の息子さんですか?」
「そう。どう?可愛いだろ?」
「あらー、マジで本当に可愛いっすね!なんていうか、ぱっと見だと女の子っぽいし」
「そうなんだよ。最近、特に母親に似てきてな」
「中学生ぐらいですか?」
「いや、高校生。今年からだけど」
「へえ。俺、ちょっとマジで仲良くなりたいっす。紹介して貰えませんか?」
「お前なんかには絶対に紹介してやらん」
「えー? 良いじゃないっすか。お頼みますよ、お義父さん!」
「お前に“お義父さん“なんて呼ばれる筋合いはない!」
「まあまあ、そう言わずに~」
康介と後輩刑事が楽しそうに話をしている。
その様子を、同僚の横井祐子は面白くなさそうに眺めていた。
そんな彼女に係長の木野井丈司が声を掛ける。
「藤咲の奴、また息子の話を振りまいてるのか」
「そのようですね」
「全く、あいつの息子への溺愛ぶりは見ていて面白いな」
「……そうですね」
「ちょっと心配にもなるけどな」
「そうですね」
「まあ、仕方ないか。父子家庭だからな」
「え? そうなんですか」
「詳しくは知らんが、随分昔に奥さんを亡くしてるらしい」
「へえ」
「大変だったろうな。父一人子一人で、しかも父親の職業が刑事ともなれば」
「そう、ですね」
康介は、同僚との雑談で事あるごとに息子の話をする。
如何に息子が可愛いか、如何に息子が大切かを周囲の人間にアピールするように話す。
そうすることで、無駄に女性が言い寄ってこないようにしているのだった。
繁華街の路地裏──
脂ぎった中年男がうつ伏せにされて、その身を取り押さえられていた。
「若武徹、殺人の容疑並びに公務執行妨害の現行犯で逮捕する」
中年男にのし掛かり、彼の腕を後ろで組ませた上で手錠を嵌める。
その男、藤咲康介は刑事だった。
ジャケットの上からでも見て取れる、よく鍛えられた逞しい体つき。
そんな彼に取り押さえられた若武は、何もできずにその場で呻くのみだった。
少し遅れて応援の警察官たちが駆けつけてくる。
獲物を彼らに預けると、康介はフウと大きく息をついた。
そんな彼の眼前に、白いハンカチが差し出される。
「お見事です。藤咲さん」
スラリとした長身の美女・横井祐子が康介に労いの言葉をかける。
彼女の手にあるハンカチは、康介の頬に伝う血を拭く為にと差し出された物だった。
先ほど逮捕された若武は逃走する際、ナイフを振り回していた。
その刃先が、現場に居合わせた康介の頬を掠めたのだった。
「どうぞ、使って下さい」
「ありがとう。でも、大丈夫だから」
康介は差し出されたハンカチをやんわりと断り、右手の甲で頬に付いた血を拭った。
藤咲康介【38】──警視庁杉並中央署に所属している刑事である。
精悍な顔つきに加え体格も良い彼に熱い視線を向ける女性は少なくない。
しかし、彼の左手薬指には白銀に輝く指輪があった。
その為、殆どの女性は彼に向けた熱い視線をすぐに外してしまうのだった。
そしてもう一つ、康介が女性を寄せ付けない大きな要因がある。
「お疲れ様です、藤咲さん」
「ああ、お疲れ」
杉並中央署捜査第一課のオフィスにて、後輩の若手刑事が康介を労う。
「聞きましたよ!見事な逮捕劇だったそうですね」
「まあな」
「あれ?その頬の傷はどうしたんですか?」
「犯人の野郎がナイフを振り回してきてな。ちょっと掠った」
「へえ。気を付けて下さいよ。今回は軽傷だから良かったものの、
何かあったら息子さんが悲しみますよ」
「あー……そうだよなあ。本当、それは気を付けないとな」
“息子”というワードを出されて、康介の表情が緩む。
「可愛い息子に悲しい顔なんか絶対にさせたくないからな」
「藤咲さん、息子さんの話になるとあからさまに顔付きが変わるっすね」
「そりゃあ、めちゃくちゃ可愛いからな。ほら、見てくれ」
康介は自身の携帯端末を後輩刑事に見せつける。
そこには、紅葉の中で微笑む少年の画像が映っていた。
「あ、これが噂の息子さんですか?」
「そう。どう?可愛いだろ?」
「あらー、マジで本当に可愛いっすね!なんていうか、ぱっと見だと女の子っぽいし」
「そうなんだよ。最近、特に母親に似てきてな」
「中学生ぐらいですか?」
「いや、高校生。今年からだけど」
「へえ。俺、ちょっとマジで仲良くなりたいっす。紹介して貰えませんか?」
「お前なんかには絶対に紹介してやらん」
「えー? 良いじゃないっすか。お頼みますよ、お義父さん!」
「お前に“お義父さん“なんて呼ばれる筋合いはない!」
「まあまあ、そう言わずに~」
康介と後輩刑事が楽しそうに話をしている。
その様子を、同僚の横井祐子は面白くなさそうに眺めていた。
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「全く、あいつの息子への溺愛ぶりは見ていて面白いな」
「……そうですね」
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「そうですね」
「まあ、仕方ないか。父子家庭だからな」
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「そう、ですね」
康介は、同僚との雑談で事あるごとに息子の話をする。
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