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番外編
その後の日常④誤解です
しおりを挟む「ワインって値段がピンキリで、何を買えばいいのか迷っちゃうね」
「そうだな。俺は自分で飲む分には3000円ぐらいのやつが丁度いいんだが」
「康介さんって、ワインも飲むの? ウイスキーはよく飲んでるけど」
「ああ。嫌いじゃないんだが……どうもワインは悪酔いしやすくてな。
自分からはあんまり飲まないんだ」
「そうなの?」
「ああ。甘くて飲みやすいからだろうな。
昔、酷い酔っ払いぶりを発揮したことがある」
「へえ……意外。ちょっと見てみたいかも」
「勘弁してくれ。楓にはあんな姿は絶対に見せられない」
「あはは……。えーと、ウイスキーだと悪酔いしないの?」
「そうだな。一気に飲めるものじゃないから、量を調節しやすいんだ」
「なるほど」
「あと、単純に味が好みだってのもある」
「そっか。やっぱり好きなんだね」
「ああ。食後にチビチビやるのは専らウイスキーだな」
日曜日の昼下がり。
白い息を吐きながら、康介と楓は楽しそうにお酒談義を繰り広げる。
冬空の下、二人は並んで歩いていた。
彼らの手には、それぞれ買い物袋が握られている。
楓の手には軽めの食料品が、康介の手には重そうな酒瓶があった。
そんな二人の顔には温かな笑顔があった。
休日を利用して、康介と楓はショッピングセンターに赴いた。
目的は食料品の買い出しだった。
なんてことはない日常生活の一部に過ぎないが、
二人で一緒に出掛けられるというのが
康介にとっても楓にとっても嬉しいことだった。
肉や野菜などの食材を買い込みんだ後、
康介がリカーショップに立ち寄ることを求めた。
自分で飲むウイスキーと、楓が料理に使うワインを買う為だった。
全ての買い物を終えて、今は帰路についている。
「ところで、ワインはあんな安物で良かったのか?」
「うん。料理本にはそう書いてあった」
「そうか」
「もっと研究して料理の腕が上がったら、ちょっと高めのワインを使ってみようかな」
「料理の腕が上がったら……て、
この間作ってくれたビーフシチューが既に最高だったんだがな」
「ふふ、ありがとう。次は何を作ろうかな」
楽しそうに笑う楓を、康介は微笑ましく見つめる。
この笑顔をずっと守りたい、と心から思った。
その時、前方から猛スピードで走る自転車が現れた。
突然のことに楓は驚いて固まる。
楓を守るように康介は咄嗟に前に出た。
その直後、彼らの横スレスレのところを自転車は猛スピードのまま走り抜けていった。
後に巻き起こった風が、雑に髪を揺らす。
「楓、大丈夫か?」
「うん。康介さんは?」
「ああ、大丈夫」
「……良かった」
うっかりぶつかっていたら大怪我をしていただろう。
しかし、今この時はお互いに無事だったらしい。
康介はほっと安堵する。
それから、さっきの暴走自転車への怒りが湧いてきた。
「全く、困った奴がいたもんだ。次に見つけたらスピード違反で捕まえてやる」
呆れと怒りの混じった顔で康介はため息をつく。
そんな彼だが、目の前の楓が未だに怯えた顔のまま固まっていたので、その表情を心配の色に変えた。
「楓、本当に大丈夫か?」
「う、うん。僕は大丈夫」
「でも、顔色が悪いぞ」
「その、康介さんが……」
「ん?」
「ほんの少しでも外側にいたら、
さっきの自転車と接触して怪我をしてたのかもしれないと思って」
楓が顔を青くして怯えていた理由を知り、
康介は納得すると同時に彼への愛おしさを湧き上がらせる。
「そうか、心配してくれたんだな。ありがとう」
微笑みを浮かべた康介が、楓の頭を優しく撫でてやる。
「でもほら、見ての通りなんとも無いから」
「うん。良かった」
楓を安心させるように彼の肩をポンと軽く叩く。
「よし、じゃあ行こう。
寒いし、さっさと家に帰って楓が淹れたコーヒーを飲みたい」
「うん」
頷くが、まだ不安そうにしていた楓の肩を抱いて康介は歩き始める。
「さあ、行こう」
「うん」
肩に触れる康介の手の温度を感じながら、楓もまた歩き出した。
不安は徐々に薄らいで、やがて二人の間には再びの笑顔が戻る。
冬空の下で、康介と楓は温かい笑顔を交わしながら家路についた。
「ねえねえ、刑事課の藤咲さんって結構カッコいいと思わない?」
「うん、そうかもね」
「何とかして付き合えないかなあ」
「付き合うって……あの人、私らよりひと回りぐらい年上でしょ。恋愛対象になるの?」
「10歳差ぐらいなら全然いける」
「へえ。私は付き合うなら同世代の方が良いけど」
「ちょっと渋い感じの年上の男性って良いじゃん。頼り甲斐もありそうだし」
「まあ、分からなくはないけど」
「でしょ? 今度、食事にでも誘ってみようかな」
「でも、藤咲刑事って既婚者じゃないの? 確か左手に指輪してたと思うんだけど」
「随分前に奥さんを亡くしてるんだって。
それでも指輪をつけ続けるってのが、また良いじゃん。
ロマンチストって感じで素敵。
それでもって、私の愛で悲しい記憶を塗り替えてあげるの」
「はあ……」
杉並中央警察署の休憩室。
制服姿の女性警察官が二人、楽しそうに世間話に興じている。
その内の一人は、恋に心躍らせ若く美しい笑顔を弾ませていた。
もう一人は、微妙に冷めた目で同僚を眺めていた。
「でも、あの人実はやばい奴かもしれないよ」
「藤咲さんが? 何で?」
「大きな声では言えないけど……私、昨日見ちゃったんだよね」
「何を?」
「高校生ぐらいの女の子と一緒に歩いてたのよ」
「え? まさか」
「なんか、やたらイチャイチャしてたよ。肩に手なんか回してたし」
「えぇ……」
「しかも、相手はかなり可愛い子だった」
「うそぉ……私の中の藤咲さんのイメージがぁ……」
さっきまで恋心に浮かれていた女性警察官ががっくりと肩を落とす。
その時、彼女たちの会話をうっかり聞いてしまった男が、思わずその場から立ち上がった。
「あのさ、ちょっと良いかな?」
「あら、高倍刑事」
突然話に割り入ってきた刑事・高倍京二に、女性警察官の二人は目を見開く。
「今の話、うっかり聞いちゃったんだけど」
「あ、大丈夫です。絶対に誰にも言わないですから」
「いや、そうじゃなくて」
康介のことを女子高生に手を出した人だと決めつけている彼女らに困りつつ、
高倍は自身の携帯端末の画面を見せる。
そこには、楓の画像が映し出されていた。康介から貰ったものだった。
「もしかして、藤咲さんと一緒に居たのってこの子じゃない?」
「そう、この子です」
「ああ、やっぱり」
「何で高倍さんがこの子の画像を持ってるんですか?」
不思議そうに目を丸くする女性たちに対して、高倍がやれやれとため息をつく。
「あー……あのね、この子は藤咲さんの息子さんなんだよ。藤咲楓くん」
「えっ⁉︎ 息子? 娘じゃなくて?」
あからさまに驚く女性たち。
まあ、何も知らないとそういう反応になるよなあ……と高倍は苦笑する。
「うん。まあ、私服だと女の子に間違われることがよくあるって言ってたけど」
「へえ……そうだったんですか。て言うか、高校生の息子が居たんですね。藤咲さん」
「ああ。俺、同じ部署にいるからよく知ってるんだけど、
藤咲さんって楓くんのことを凄く大事にしてるから。
それで、他人の目にはやけに親しげに見えたんじゃないかな」
「なるほど。そういうことなら納得です」
「でしょ? 誤解しないであげてね」
「はーい。すみませんでした」
女性警察官たちが頷くのを認めて、高倍はほっと息をつく。
そして、飲みかけだったココアを一気に飲み干した。
「じゃあ、俺は持ち場に戻るわ」
「お疲れ様でーす」
休憩室を出る高倍の後ろ姿を見送る。
それから女性警察官の一人が笑顔を浮かべた。
「なあんだ、息子さんだったのね。
女子高生だなんて、あんたの勘違いで良かったわ」
「そうね」
「やっぱり私、藤咲さんにアタックしちゃおうかなぁ」
「どうだろ。息子さんのことを相当大事にしてるみたいだし、難しいんじゃない?」
「藤咲さんと息子さんで私を取り合う展開なんて、どう?」
「ねえわ。妄想も大概にしろ」
「ひどーい!」
「まあ何にせよ、
藤咲さんが女子高生に手を出すような人じゃないってのが分かって良かった」
下手すれば警察が世間から叩かれるネタになりかねなかった。
が、真実はただの親子だと知り安心する。
(でも、高校生の息子と父親って、あんなに近い距離でベタベタするものかしら)
ほんのりと疑問を抱きつつ、女性警察官は手元のコーヒーを飲み込むのだった。
(終)
───────────────────
ま、男子高校生には手を出しちゃったけどね⭐︎
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