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番外編
その後の日常①痕をつける*
しおりを挟むカーテンの隙間から差し込まれる陽光。
それによって意識が引き上げられる。
もう少し眠っていたいと思ったが、顔にかかる眩しさの方が強かった。
「…………」
ゆっくりと目を開けた康介は、真っ先に隣を見る。
腕の中にある温もりを……楓の存在を確認して、康介は小さく息をついた。
触れ合う素肌が心地良い。幸福感で満たされる。
抱き寄せて、頬に触れて愛しさを味わう。
多少の触れ合いでは目を覚まさないぐらいに、楓は深い眠りに落ちていた。
ぐったりと疲れ切っている様子だった。
彼を労るように頭を撫でて、それから手を取った。
手の甲にキスをしようとしたのだが、その時、康介は気付いた。
「あ……」
楓の手首周りにある赤い痕。
それは、昨夜の情事の最中に康介が付けたものだった。
荒々しい呼吸、熱い吐息、雄々しい叫び、甘い嬌声……
とどまることを知らない愛情を交わし合った。
絶え間なく与えられる快楽に体が耐えられなかったのか、
楓は無意識に康介の腕から逃げようとした。
しかし、康介はそれを許さなかった。
楓の手首を掴み、無理やり押さえ込んで逃げられないようにした。
そうして、滾る想いを彼の中に注ぎ込んだ。
切ない悲鳴が心地良く耳に響き、康介は更に熱情を昂らせた。
やがて楓は浅い呼吸と小さな痙攣を繰り返すだけになった。
その顔は甘美な苦しみに蕩けていた。
ぼんやりと目を開けてはいたが、意識はどこかに飛んでいるようだった。
熱っぽく潤んだ目と半開きの唇があまりに扇情的で、康介は再びその果実に喰らい付いた。
夢中になって、愛する人の全てを貪った。
その最中、康介は何度となく楓の手首を掴んだ。
支配欲なのか加虐心なのか、とにかく彼を逃すまいとしていた。
熱に浮かされ我を失い、加減の効かない力で握り締めた。
そうして、今も楓の手首周りには赤い痕が残っている。
(やり過ぎたなあ。すまん)
心の中で詫びて、康介は楓の手の甲に口付けをした。
そして、手首にも。
昨夜の情熱的で荒々しいものとは打って変わって、優しく丁寧な仕草だった。
それから指を絡めて手を握り、唇を重ねた。
また愛しさが湧き出てくる。
この想いは無限だ、と康介は思った。
「痕、消えないな」
休日の昼下がり。
ソファーに座った康介が、コーヒーを運んできた楓に声を掛けた。
「え? 痕?」
キョトンとして楓は首を傾げる。
テーブルの上にコーヒーカップを置いた、その手を康介が取る。
手首のあたりに手を添えて、申し訳なさそうに眉を顰めた。
「この……手首に付いてる痕な」
「ああ、これ」
康介の言葉の意味を理解して、楓は小さく頷く。
それから、コーヒーカップを乗せていたトレーを抱えたまま、康介の隣に座った。
「ごめん。昨夜、強く握り過ぎた」
「えっ⁉︎ そ、そんなこと……!」
「いや、本当にごめん。夢中になり過ぎて、つい……」
「ううん。本当に全然、気にしないで良いから」
「痛くないか?」
「大丈夫。何ともないよ」
「そっか。なら良いんだが。次からは気を付ける」
「き、気にしなくて良いから……!」
神妙な顔で謝る康介に対して、楓は顔を赤らめながら何度も首を横に振る。
しまいには俯いてしまった。
その反応が可愛くて、康介は思わず笑みをこぼす。
それからコーヒーカップに口を付けて、愛しさと一緒に飲み込んだ。
「今日と明日は良いが、月曜には消えてるかな」
「うん。消えなくても、今は長袖の季節だから大丈夫だと思う」
「そうか」
「それにね」
「ん?」
俯かせていた顔を上げて、楓は康介に向かって微笑んで見せた。
「痕があると、康介さんを感じられるから嬉しいかなって」
「…………」
思いもよらない楓の言葉に、康介は一瞬呆気にとられる。
その表情から、自分が何かおかしなことを言ってしまったのかと思い、
楓は恥ずかしそうに顔を赤らめて再び俯いてしまった。
一気に愛しさが湧き上がり、康介は俯いたままの楓を優しく抱きしめた。
「可愛いことを言ってくれるなあ」
耳元で囁きながら髪を撫でる。
康介の声は明るく嬉しさが滲み出ていた。
変なことを言って嫌われたわけではない、と理解して楓はほっと息をつく。
そして、康介から与えられる温もりに身を任せた。
「あ、でも」
「ん?」
「体育の時は半袖に着替えるから、人に見られるとまずいかも」
「ああ、そうか。それはあるな」
「寂しいけど、消えた方が良いんだろうね」
「そうだな」
頷きながら、康介の脳裏に楓の学生生活の様子が思い起こされる。
(着替える……クラスメートがいる教室で。他の男がいる空間で。
……楓のこの肌が他の男の目に触れる)
そう思った時、康介は強い力で楓を抱きしめた。
楓の同級生たちへの理不尽な怒りからだった。
親子ほどの年の差がある高校生どもを相手に、何とも大人げない話だが。
「康介さん、苦し……」
息苦しさから楓が身を捩る。
その時、康介が唇を重ねてきた。
突然のことに驚き目を見開きつつも、楓はそれを受け入れる。
コーヒーの味がするキスだった。
「どうしたの? いきなり」
「気が変わった」
「え?」
「もっとしっかり痕を付ける」
「え? え?」
「他の奴に、楓は俺のものだって分かるように、しっかり刻み付けてやる」
「…………」
冗談かと思ったが、康介の目は真剣だった。
今度は楓が呆気にとられたような顔になる。
「いいな?」
痛いぐらいの力で両肩を掴み、康介が問う。
「いいか?」ではないことから拒否権が無いことを楓は理解する。
否、元より彼は康介の為すこと全てに対して楓は何一つ拒否しない。
最初からその選択肢は存在していないのだ。
「はい」
康介の目を見て、楓は頷いた。
すると康介は再び楓に唇を押し付けた。
舌を捻じ込んで中を味わう。
じっくりと吸い上げて、それから楓の服に手を掛けた。
「えっ? 今から?」
「ああ」
「でも、まだお昼だよ」
「時間なんて関係無い」
「でも、ここは……」
「場所も関係無い。俺は今すぐに、ここでお前に俺を刻み付けたいんだ」
「…………」
「いいな?」
困惑する楓の耳に唇を這わせて、再び康介は問うた。
「……はい」
楓は顔を真っ赤にして頷く。その目は既に熱を帯びて潤んでいた。
改めて康介は楓と唇を重ねる。
荒々しく、深く貪るように。
既に呼吸を乱していた楓は、されるがままになりながら甘く喘いだ。
そして、康介の首に腕を回して全てを受け入れる意志を示した。
ゆっくりと折り重なる二人の体。
明るい日差しの中で繰り広げられる甘美な宴。
その最中、康介は何度も楓の手首を握り締めた。
怖いぐらいの快楽に溺れながら、お互いの愛情を交わし合った。
やがて日が翳る頃、宴は終焉を迎えた。
荒ぶった呼吸を整えながら、康介は楓の右手を取る。
その手首に、朝よりも強い痕があることを確認する。
とうに意識を手放していた楓は、本当に人形のようだった。
手首に残る痕を愛おしげに見つめ、口付けをする。
それから康介は眠る楓をぎゅっと抱き締めた。
「ああ、愛しいなあ」
満足げに呟き、腕の中の温もりをただただ堪能した。
カーテンの隙間から夕陽の光が差し込まれる。
二人の左手にある白銀の指輪が、それを反射する。
琥珀色の光を与えられて、指輪はキラキラと輝いた。
日が沈むまでの間、ずっと。
それは美しく煌めき続けた。
(終)
───────────
エロな話を書こうとしたんです。
頑張ろうと思ったんです。
……
……
どうか、努力の跡は認めてください_(:3 」∠)_
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