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45、祈りの日
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窓の外には、暗い空から白い雪が、さっきまでより勢いを増して降っていた。
ガラスを隔てた無音の空間の中で、何となくその方を見る。
それから楓はリビングのソファーがある方へ移動した。
飾り棚から1つの写真立てを取り出す。
楓の母親──桜が写っている写真だった。
遺影や位牌はおろか、遺品の全ても祖父母だった人たちに取り上げられてしまった。
彼らは、桜のことは娘として受け入れていたが、楓のことは孫として認めなかった。
実の父親が誰なのか分からなかったからだ。
それについては、康介すら桜から殆ど何も教えてもらえなかった。
だから、祖父母から穢らわしい存在として扱われ、楓は体一つで外に放り出されてしまった。
だから、康介の手元に残っていたこの写真が、桜を偲ぶ唯一のものだった。
取り出した写真立てをソファーテーブルの上に置く。
それから、買ってきたキャンドルを横に添えて火を灯した。
優しい灯りに照らされて、写真がほんのりと明るく色づく。
写真には、桜と康介と幼い頃の楓も一緒に写っていた。
3人で家族のように過ごせたのは、どれぐらいだっただろうか。
本当に幸せな時間だったと思う。
あのまま不幸な事件に見舞われず過ごせていたら、きっと今とは違う未来があったんだろう。
「…………」
写真の前で手を合わせて、静かに祈る。
亡き母の冥福を。
そして、亡き母への懺悔を。
(お母さん、ごめんなさい。僕はあなたの息子なのに、それなのに……)
母親への想いと康介への想いがせめぎ合う。
胸が苦しくなって、首に掛けているネックレスを取り出した。
そこにある“お守りの指輪”を握り締める。
気持ちが落ち着くと同時に、自分の心が康介への愛しさに覆われていることを自覚した。
(僕は康介さんのことが大好きです。心から、心から……)
直接言葉を交わすことは出来ない人へ、ただひたすら思いを伝えた。
不意に電話の音が鳴り、楓は目を開けた。
相手は康介だった。
「もしもし、康介さん?」
『ああ、楓』
「どうしたの?」
『今から帰ろうと思うんだけど、良いか?』
「えっ⁉︎」
『都合悪かったか?』
「ううん、大丈夫。意外だったから、ちょっとびっくりしただけ」
『ははは、そりゃそうだよな。今までこんなこと無かったもんな』
「……うん」
『じゃあ、30分ぐらいで帰る。ケーキを買って帰るから、楽しみにしててくれ』
「え? う、うん。待ってるね」
通話を切って、楓はしばらくぼんやりとしていた。
時刻は夜の8時前。
クリスマスイブの夜に、こんな時間に康介が帰ってくるなんて思ってもみなかった。
世間が浮かれてお祭り気分にあるときは、その陰で何らかのトラブルが起こりがちだ。
それらを取り締まる警察は、普段よりもずっと忙しくなる。
康介もそのはずだった。
(どうしたんだろう、今年は)
訝しく思いつつも、心はどこか浮き足立っていた。
ほどなくして、インターホンが鳴る。
温かい笑顔を乗せて、楓は康介を出迎えた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
玄関を開けると、コートに雪を纏わせた康介が立っていた。
その顔に赤い痣があるのに気付いて、楓の顔が一気に曇る。
「その顔、どうしたの?」
「ああ。クリスマスで浮かれたバカどもを取り締まってたら、
ちょっと貰っちまってな」
「大丈夫?」
「ああ。全然、なんてことは無いよ。
でも、なんてことあるフリして仕事を切り上げてきた」
「え?」
「良い機会だと思ってな。負傷したことにして帰ってきたんだ」
悪戯っ子のように康介は笑った。
そして、持っていたケーキ箱を楓に手渡す。
「はい。予告してたケーキ」
「あ、ありがとう」
「そんなに不思議がるなって。クリスマスにケーキはつきものだろ」
「え? う、うん」
戸惑いながらケーキを受け取る楓の頭を撫でて、康介はにっこりと笑った。
それと同時に、少し胸が痛んだ。
こんな当たり前のことに戸惑っている楓が気の毒に思えたからだった。
本当はもっと早く、この当たり前を与えてあげるべきだった。
仕事を言い訳にして、長い間ずっと楓に寂しい思いをさせていた。
クリスマスを辛い日のままにさせていた。
でも、それも今日で終わらせる。
「さあ、行こう」
楓の肩を抱いて、康介は彼と共に部屋の中へ向かった。
ガラスを隔てた無音の空間の中で、何となくその方を見る。
それから楓はリビングのソファーがある方へ移動した。
飾り棚から1つの写真立てを取り出す。
楓の母親──桜が写っている写真だった。
遺影や位牌はおろか、遺品の全ても祖父母だった人たちに取り上げられてしまった。
彼らは、桜のことは娘として受け入れていたが、楓のことは孫として認めなかった。
実の父親が誰なのか分からなかったからだ。
それについては、康介すら桜から殆ど何も教えてもらえなかった。
だから、祖父母から穢らわしい存在として扱われ、楓は体一つで外に放り出されてしまった。
だから、康介の手元に残っていたこの写真が、桜を偲ぶ唯一のものだった。
取り出した写真立てをソファーテーブルの上に置く。
それから、買ってきたキャンドルを横に添えて火を灯した。
優しい灯りに照らされて、写真がほんのりと明るく色づく。
写真には、桜と康介と幼い頃の楓も一緒に写っていた。
3人で家族のように過ごせたのは、どれぐらいだっただろうか。
本当に幸せな時間だったと思う。
あのまま不幸な事件に見舞われず過ごせていたら、きっと今とは違う未来があったんだろう。
「…………」
写真の前で手を合わせて、静かに祈る。
亡き母の冥福を。
そして、亡き母への懺悔を。
(お母さん、ごめんなさい。僕はあなたの息子なのに、それなのに……)
母親への想いと康介への想いがせめぎ合う。
胸が苦しくなって、首に掛けているネックレスを取り出した。
そこにある“お守りの指輪”を握り締める。
気持ちが落ち着くと同時に、自分の心が康介への愛しさに覆われていることを自覚した。
(僕は康介さんのことが大好きです。心から、心から……)
直接言葉を交わすことは出来ない人へ、ただひたすら思いを伝えた。
不意に電話の音が鳴り、楓は目を開けた。
相手は康介だった。
「もしもし、康介さん?」
『ああ、楓』
「どうしたの?」
『今から帰ろうと思うんだけど、良いか?』
「えっ⁉︎」
『都合悪かったか?』
「ううん、大丈夫。意外だったから、ちょっとびっくりしただけ」
『ははは、そりゃそうだよな。今までこんなこと無かったもんな』
「……うん」
『じゃあ、30分ぐらいで帰る。ケーキを買って帰るから、楽しみにしててくれ』
「え? う、うん。待ってるね」
通話を切って、楓はしばらくぼんやりとしていた。
時刻は夜の8時前。
クリスマスイブの夜に、こんな時間に康介が帰ってくるなんて思ってもみなかった。
世間が浮かれてお祭り気分にあるときは、その陰で何らかのトラブルが起こりがちだ。
それらを取り締まる警察は、普段よりもずっと忙しくなる。
康介もそのはずだった。
(どうしたんだろう、今年は)
訝しく思いつつも、心はどこか浮き足立っていた。
ほどなくして、インターホンが鳴る。
温かい笑顔を乗せて、楓は康介を出迎えた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
玄関を開けると、コートに雪を纏わせた康介が立っていた。
その顔に赤い痣があるのに気付いて、楓の顔が一気に曇る。
「その顔、どうしたの?」
「ああ。クリスマスで浮かれたバカどもを取り締まってたら、
ちょっと貰っちまってな」
「大丈夫?」
「ああ。全然、なんてことは無いよ。
でも、なんてことあるフリして仕事を切り上げてきた」
「え?」
「良い機会だと思ってな。負傷したことにして帰ってきたんだ」
悪戯っ子のように康介は笑った。
そして、持っていたケーキ箱を楓に手渡す。
「はい。予告してたケーキ」
「あ、ありがとう」
「そんなに不思議がるなって。クリスマスにケーキはつきものだろ」
「え? う、うん」
戸惑いながらケーキを受け取る楓の頭を撫でて、康介はにっこりと笑った。
それと同時に、少し胸が痛んだ。
こんな当たり前のことに戸惑っている楓が気の毒に思えたからだった。
本当はもっと早く、この当たり前を与えてあげるべきだった。
仕事を言い訳にして、長い間ずっと楓に寂しい思いをさせていた。
クリスマスを辛い日のままにさせていた。
でも、それも今日で終わらせる。
「さあ、行こう」
楓の肩を抱いて、康介は彼と共に部屋の中へ向かった。
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