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37、本心③*
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(違う。違う違う違う違う違う! 俺は、俺は……!)
かぶりを振って康介は自分の中にある衝動を抑えつけた。
そして、丁寧な手つきで楓の体を起こす。
「頼む、ちゃんと息をしてくれ」
申し訳なさそうに顔を歪めて、ひたすら優しく背中をさすった。
康介が元の“優しい父親“に戻ったのを理解して、楓の呼吸も徐々に落ち着きを取り戻す。
安心して力が抜けたのか、楓の体がふらりと倒れかかった。
それを康介が包み込むように抱き留めた。
「大丈夫か? ちゃんと息をできてるか?」
「……うん。もう大丈夫」
「そうか。良かった」
ほっと安堵の息をついて、康介はそっと手を離す。
それから、楓に背を向けて項垂れた。
「ごめん。ごめんな。こんなつもりじゃなかったんだ。
お前を傷付けるつもりは無かったんだ。
けど、実際にはお前を怖がらせて傷付けてしまった」
「…………」
大きいのに、今はやけに頼りない康介の背中を、楓は困惑の眼差しで見つめる。
康介の声は震えていた。
今にも泣き出しそうで、酷く苦しんでいることが伝わってきて……楓も胸が苦しくなった。
「なあ、楓」
「何? 康介さん」
「お前は良い子だよな?」
「…………」
「良い子だから、俺の言うことは何でも聞いてくれるよな?」
確かめるような問いに、楓は素直に頷くことが出来なかった。
康介の言うことなら何でも聞く……それは確かに楓が自身に課している戒めだ。
康介に「死ね」と言われたら迷わず命を捨てる。
それぐらいの覚悟は常に持ち合わせているつもりだった。
しかし、なぜかこの時の楓は首を縦に下ろすことが出来なかった。
「…………」
困惑する楓に背を向けたまま、康介は“お願い”を告げた。
「楓、頼む。俺を拒絶してくれ」
「え?」
突然の申し出に楓は思わず目を見開く。
言葉の意味がまるで理解できなかった。
「俺を突き放して拒絶してくれ」
「どう……して?」
「じゃないと、俺は駄目になる」
「え? え?」
康介が何を言っているのか分からない。
しかし、康介が自分から離れようとしていると察することは出来た。
捨てられる……と思った。
「…………」
心臓を打ち砕かれるほどのショックが楓を襲う。
泣くことも叶わず、ただただ呆然する。
そんな彼に背を向けたまま、康介は更に言葉を続けた。
「俺はずっと“良い父親”であろうとしてきたんだ」
「…………」
「そりゃあ、至らない点は幾らでもあったとは思う。それは百も承知だ」
「そんなこと……」
「けど、親として楓のことを愛して生きてきたつもりなんだ」
「……うん。知ってるよ。だから僕も、“良い息子”であろうとしてきたつもり」
「ああ、その通りだ。お前は良い子だ。俺には勿体ないぐらいに良い子だ」
「そんな……」
「いずれ楓が愛する人を見つけて、自分の幸せを掴んで、俺の元から離れて……
それを親として祝福するべきだと自分に言い聞かせてきた」
「…………」
苦しみを絞り出すような康介の言葉に、楓の心の奥が疼きを覚える。
「なのに……それなのに、欲が出た」
「え?」
「楓が中岡に襲われてるのを目の当たりにした時、はっきりと分かった」
「…………」
「耐えられない怒りでいっぱいだった。許せなかった。
……だが、それ以上に悔しかった」
項垂れたまま、康介は両手で頭を抱える。
「俺は“良い父親”である為に堪えていたのに。ずっと我慢していたのに……!」
「え?」
「このままじゃ、長い間封じ込めてきた想いが暴走してしまう。
親としてあるまじきことだ」
康介の言葉は楓にとって思いもよらないものだった。
悲愴な思いに満ちていた彼の目に、仄かな光が宿る。
「なあ、楓。どうか頼む」
それまでずっと背を向けていた康介が、突如として身を翻した。
そして楓の手を取り、強く握り締める。
「俺を拒絶してくれ」
「…………」
「俺は、あいつらとは違う。
お前を傷付けるような真似だけは絶対にしたくない。
お前が拒絶してくれたら、俺は“良い父親”のままで居られる」
「…………」
「だからお願いだ。楓、俺を拒絶してくれ」
康介が更に強く楓の手を握る。
苦しみに歪んだ形相で、必死に懇願した。
「…………」
「楓……!」
「ごめんなさい」
目に涙を浮かべて、楓は俯いた。
「楓?」
「“良い子”のままでいられなくて、ごめんなさい」
「何を言ってるんだ?」
「僕にとって康介さんは神様みたいな存在だから、
康介さんの言うことなら何でも聞くつもりだった。
……でも、このお願いは聞きたくない」
俯いたままの楓の目からポロポロと涙が落ちる。
「僕は康介さんを拒絶したくない」
「楓、だがそれは……」
「康介さんには父親としていっぱい良くしてもらったのに、
“良い息子”になれなくて、ごめんなさい」
「……….」
「大切な家族だし、同性なんだし、
こんなことを思ったらいけないって頭では分かっていたのに……」
楓がゆっくりと顔を上げる。
涙あふれるその目は、極上の宝石のように煌めいていた。
「好きになって、ごめんなさい」
美しい涙と共に吐露された想い。
暫しの間、康介は魅入られたように、ただただ楓を見つめた。
「良いのか?」
「……うん」
「今なら、まだ引き返せるんだぞ」
「……ううん」
「俺は……お前を自分のものにしたいと、そう思ってるんだぞ」
「とっくの昔から、僕の心は康介さんのものだから」
「…………」
康介は強い力で楓を抱き締めた。
いつものように力を加減せずに、思うがままに抱き締めた。
心地良い息苦しさの中、楓も康介の背に手を回す。
「愛してる」
「僕も」
「愛してた。ずっとずっと前から」
「うん。僕も」
長い間、愛情ゆえに踏み込むことが出来なかった隙間を埋めるように、強く強く抱きしめ合った。
それから腕を緩めて、互いの視線を絡ませて──そして、唇を重ねた。
長い間、ずっと守り続けてきた親子としての一線を、越えた瞬間だった。
どれぐらいそうしていたのだろうか。
唇を離した時、楓は少しばかり苦しそうに呼吸を乱していた。
「すごい、ドキドキしてる」
「俺もだよ」
触れた場所からお互いの鼓動が伝わってくる。
そうして、頬を赤らめて目を涙で潤ませて見上げてくる楓の顔は、康介の劣情を強烈に煽った。
「んん……」
もう一度、康介は楓と唇を重ねた。
先ほどよりも深く、貪るような口付け。
舌を捻じ込んで互いの唾液を交わらせる。
甘い味わいを堪能して、康介はそのままゆっくりと楓を押し倒した。
細く白い腕を伸ばして、楓は康介の全てを受け入れる。
後には、荒々しい息遣いと艶かしい嬌声が何度も何度も響き合った。
床に落ちたままの指輪は、もう光を反射しなかった。
かぶりを振って康介は自分の中にある衝動を抑えつけた。
そして、丁寧な手つきで楓の体を起こす。
「頼む、ちゃんと息をしてくれ」
申し訳なさそうに顔を歪めて、ひたすら優しく背中をさすった。
康介が元の“優しい父親“に戻ったのを理解して、楓の呼吸も徐々に落ち着きを取り戻す。
安心して力が抜けたのか、楓の体がふらりと倒れかかった。
それを康介が包み込むように抱き留めた。
「大丈夫か? ちゃんと息をできてるか?」
「……うん。もう大丈夫」
「そうか。良かった」
ほっと安堵の息をついて、康介はそっと手を離す。
それから、楓に背を向けて項垂れた。
「ごめん。ごめんな。こんなつもりじゃなかったんだ。
お前を傷付けるつもりは無かったんだ。
けど、実際にはお前を怖がらせて傷付けてしまった」
「…………」
大きいのに、今はやけに頼りない康介の背中を、楓は困惑の眼差しで見つめる。
康介の声は震えていた。
今にも泣き出しそうで、酷く苦しんでいることが伝わってきて……楓も胸が苦しくなった。
「なあ、楓」
「何? 康介さん」
「お前は良い子だよな?」
「…………」
「良い子だから、俺の言うことは何でも聞いてくれるよな?」
確かめるような問いに、楓は素直に頷くことが出来なかった。
康介の言うことなら何でも聞く……それは確かに楓が自身に課している戒めだ。
康介に「死ね」と言われたら迷わず命を捨てる。
それぐらいの覚悟は常に持ち合わせているつもりだった。
しかし、なぜかこの時の楓は首を縦に下ろすことが出来なかった。
「…………」
困惑する楓に背を向けたまま、康介は“お願い”を告げた。
「楓、頼む。俺を拒絶してくれ」
「え?」
突然の申し出に楓は思わず目を見開く。
言葉の意味がまるで理解できなかった。
「俺を突き放して拒絶してくれ」
「どう……して?」
「じゃないと、俺は駄目になる」
「え? え?」
康介が何を言っているのか分からない。
しかし、康介が自分から離れようとしていると察することは出来た。
捨てられる……と思った。
「…………」
心臓を打ち砕かれるほどのショックが楓を襲う。
泣くことも叶わず、ただただ呆然する。
そんな彼に背を向けたまま、康介は更に言葉を続けた。
「俺はずっと“良い父親”であろうとしてきたんだ」
「…………」
「そりゃあ、至らない点は幾らでもあったとは思う。それは百も承知だ」
「そんなこと……」
「けど、親として楓のことを愛して生きてきたつもりなんだ」
「……うん。知ってるよ。だから僕も、“良い息子”であろうとしてきたつもり」
「ああ、その通りだ。お前は良い子だ。俺には勿体ないぐらいに良い子だ」
「そんな……」
「いずれ楓が愛する人を見つけて、自分の幸せを掴んで、俺の元から離れて……
それを親として祝福するべきだと自分に言い聞かせてきた」
「…………」
苦しみを絞り出すような康介の言葉に、楓の心の奥が疼きを覚える。
「なのに……それなのに、欲が出た」
「え?」
「楓が中岡に襲われてるのを目の当たりにした時、はっきりと分かった」
「…………」
「耐えられない怒りでいっぱいだった。許せなかった。
……だが、それ以上に悔しかった」
項垂れたまま、康介は両手で頭を抱える。
「俺は“良い父親”である為に堪えていたのに。ずっと我慢していたのに……!」
「え?」
「このままじゃ、長い間封じ込めてきた想いが暴走してしまう。
親としてあるまじきことだ」
康介の言葉は楓にとって思いもよらないものだった。
悲愴な思いに満ちていた彼の目に、仄かな光が宿る。
「なあ、楓。どうか頼む」
それまでずっと背を向けていた康介が、突如として身を翻した。
そして楓の手を取り、強く握り締める。
「俺を拒絶してくれ」
「…………」
「俺は、あいつらとは違う。
お前を傷付けるような真似だけは絶対にしたくない。
お前が拒絶してくれたら、俺は“良い父親”のままで居られる」
「…………」
「だからお願いだ。楓、俺を拒絶してくれ」
康介が更に強く楓の手を握る。
苦しみに歪んだ形相で、必死に懇願した。
「…………」
「楓……!」
「ごめんなさい」
目に涙を浮かべて、楓は俯いた。
「楓?」
「“良い子”のままでいられなくて、ごめんなさい」
「何を言ってるんだ?」
「僕にとって康介さんは神様みたいな存在だから、
康介さんの言うことなら何でも聞くつもりだった。
……でも、このお願いは聞きたくない」
俯いたままの楓の目からポロポロと涙が落ちる。
「僕は康介さんを拒絶したくない」
「楓、だがそれは……」
「康介さんには父親としていっぱい良くしてもらったのに、
“良い息子”になれなくて、ごめんなさい」
「……….」
「大切な家族だし、同性なんだし、
こんなことを思ったらいけないって頭では分かっていたのに……」
楓がゆっくりと顔を上げる。
涙あふれるその目は、極上の宝石のように煌めいていた。
「好きになって、ごめんなさい」
美しい涙と共に吐露された想い。
暫しの間、康介は魅入られたように、ただただ楓を見つめた。
「良いのか?」
「……うん」
「今なら、まだ引き返せるんだぞ」
「……ううん」
「俺は……お前を自分のものにしたいと、そう思ってるんだぞ」
「とっくの昔から、僕の心は康介さんのものだから」
「…………」
康介は強い力で楓を抱き締めた。
いつものように力を加減せずに、思うがままに抱き締めた。
心地良い息苦しさの中、楓も康介の背に手を回す。
「愛してる」
「僕も」
「愛してた。ずっとずっと前から」
「うん。僕も」
長い間、愛情ゆえに踏み込むことが出来なかった隙間を埋めるように、強く強く抱きしめ合った。
それから腕を緩めて、互いの視線を絡ませて──そして、唇を重ねた。
長い間、ずっと守り続けてきた親子としての一線を、越えた瞬間だった。
どれぐらいそうしていたのだろうか。
唇を離した時、楓は少しばかり苦しそうに呼吸を乱していた。
「すごい、ドキドキしてる」
「俺もだよ」
触れた場所からお互いの鼓動が伝わってくる。
そうして、頬を赤らめて目を涙で潤ませて見上げてくる楓の顔は、康介の劣情を強烈に煽った。
「んん……」
もう一度、康介は楓と唇を重ねた。
先ほどよりも深く、貪るような口付け。
舌を捻じ込んで互いの唾液を交わらせる。
甘い味わいを堪能して、康介はそのままゆっくりと楓を押し倒した。
細く白い腕を伸ばして、楓は康介の全てを受け入れる。
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