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27、衝動*
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「警察だ、動くな!」
銃口を向けて叫ぶ。
「なっ……!」
扉を蹴破った瞬間、康介は悍ましい光景を目の当たりにした。
開けてすぐリビングになっている部屋。
そこで、楓が中岡によって組み敷かれていたのだ。
制服を乱暴に破られて、白い素肌が晒されている。
その首筋に中岡がむしゃぶりついていた。
食らい付いたそこからは血が噴き出ていた。
中岡は楓の首筋に歯を立てて皮膚を食い破っていたのだ。
興奮しきった様子で血の味を愉しむその姿は、まるで吸血鬼そのものだった。
それは、悍ましくも美しい絵のようで……
現に、高倍は魅入られたように中岡と楓の様子を凝視しいた。
「はあっ……はあっ……なんて美味さだ。堪らないっ……」
楓を喰らうことに夢中になっていた中岡は、康介たちの存在に気付いていなかった。
興奮に満ちた荒い息遣いで、楓の首筋に更に歯を立てる──次の瞬間、
中岡の体は強い衝撃に見舞われた。
康介によって殴り飛ばされたのだった。
楓から強引に引き剥がされた中岡は、醜い悲鳴を上げて床に転がる。
そんな彼の襟首を掴み上げて、康介は尚も殴りつけた。
「テメェ、よくも……」
ドスの効いた声で低く唸る。
その目は深い怒りに満ちていた。
怒れる鬼そのものの形相に、「ひいい」と中岡が情けない声を上げる──
──その直後、肉が押し潰される音が響いた。
それによって我に返った高倍が、慌てて楓に駆け寄る。
「か、楓くん、大丈夫か……?」
倒れていた楓を抱き起こし、呼びかけるが反応が無い。
そんな中、高倍の目に楓の首筋が映し出された。
中岡によって噛みつかれ、そこから血を流す首筋が。
「…………」
その時、高倍は奇妙な感覚に襲われた。
赤い血に塗れた白い首筋。
それは魅惑的な果実のようで、思わずむしゃぶりつきたくなる──そんな衝動に駆られたのだ。
「あ……」
1、2秒の躊躇いの後、高倍はかぶりを振った。
そして、取り出したハンカチで楓の傷を押さえようとした。
その時、気配も無く伸びてきた手によって高倍の動きは止められる。
康介だった。
「楓は俺がみる」
康介は、高倍にさえも睨みつけるようにして言った。
自分以外の者が楓に触れることを許さない……そんな迫力があった。
「悪いが、中岡の方を頼む」
「わ、分かりました」
高倍から奪い取るようにして、康介は楓をその腕に抱いた。
途端に、康介の全身から怒りのオーラが消えて、愛情に満ちた雰囲気に変わる。
あまりの変わり様に呆気に取られるが、高倍はすぐに意識を中岡に向けた。
康介に殴り倒された中岡は、鼻血を流しながら床にのびていた。
彼を後ろ手にして手錠を掛けつつ、携帯端末を手にする。
中岡恭志を逮捕した旨を上司に報告する為だった。
状況からして、未成年者への拉致監禁・暴行で逮捕するには十分だ。
本来の目的だった、津木恋月の捜索からは逸れてしまうが。
「楓、楓」
康介は腕の中の楓を軽く揺さぶり、呼びかける。
意識の無い楓の体はずっと震えていた。
彼の顔には涙の跡と打たれた痕、それに口元には血が滲んでいれる。
体の方にも、いくらか殴打された痕が見てとれた。
中岡から受けた酷い仕打ちが容易に想像できる。
康介はぎりりと奥歯を噛み締めた。
「楓……」
もう一度、優しい声で呼びかけて彼の頬に触れた時だった。
突如、楓が弾かれたように目を見開いた。
「──っ!」
「楓!」
「ひっ……やめっ……」
「楓、落ち着いてくれ」
目を開けるなり、楓は康介の腕から逃れようと懸命にもがく。
錯乱状態にあり、彼の意識は中岡に襲われている時のままなのだと思われる。
しかし、その動きは弱々しく緩慢で、碌に力が入っていなかった。
「楓、大丈夫。もう大丈夫だから」
抵抗などものともせずに、康介は楓を抱き締めた。
頭を撫でて、安心を促す。
やがて落ち着きを取り戻した楓が、その目に康介の姿を映し出した。
「あ……」
「楓、俺だ。……分かるな?」
「……うん」
「よしよし、もう大丈夫だ。安心しろ」
「なんで、ここに?」
「色々あってな」
楓の意識が戻ったことで安堵した康介が、優しく微笑んだ。
それから、取り出したハンカチで楓の首筋の傷をそっと押さえる。
その時、楓が震えたままの手で康介のシャツの裾を掴んだ。
「どうした?」
「康介さん……」
楓は酷く怯えた顔をしていた。
その色は青褪めていて、呼吸が不安定になる。
「奥の部屋のクローゼット……中に、中に……」
苦しそうな呼吸の中で、途切れ途切れに絞り出される言葉。
それを受けて、ただならぬ何かを察する。
「そこに何かあるんだな」
「…………」
「分かった」
康介が頷くと、楓は力尽きたように目を閉じた。
体から力が抜けて、康介の服を掴んでいた手がパタリと床に落ちる。
一瞬、ギクリと心臓が震えた。
が、気を失っただけであることをすぐに理解して、康介は小さく息をついた。
丁寧な手つきで楓の体を床に横わらせる。
それから康介は上着を脱いで、楓の上に掛けてやった。
「すぐに戻るから、待っててくれ」
そうして立ち上がり、中岡を制圧していた高倍に向かって声を掛ける。
「高倍、俺は奥の部屋を確認してくる。すぐに戻るから、ここを頼む」
「分かりました」
すると、取り押さえられていた中岡が急に焦った様子で暴れ出した。
「や、やめろ! やめろおお!」
「大人しくしろ!」
押さえつけていた中岡に高部が体重をかける。
尚も中岡は暴れようとしたが、その場でじたばたするのがやっとだった。
楓の言った通り奥の部屋のクローゼットに何かがあることを確信して、康介はリビングを後にした。
銃口を向けて叫ぶ。
「なっ……!」
扉を蹴破った瞬間、康介は悍ましい光景を目の当たりにした。
開けてすぐリビングになっている部屋。
そこで、楓が中岡によって組み敷かれていたのだ。
制服を乱暴に破られて、白い素肌が晒されている。
その首筋に中岡がむしゃぶりついていた。
食らい付いたそこからは血が噴き出ていた。
中岡は楓の首筋に歯を立てて皮膚を食い破っていたのだ。
興奮しきった様子で血の味を愉しむその姿は、まるで吸血鬼そのものだった。
それは、悍ましくも美しい絵のようで……
現に、高倍は魅入られたように中岡と楓の様子を凝視しいた。
「はあっ……はあっ……なんて美味さだ。堪らないっ……」
楓を喰らうことに夢中になっていた中岡は、康介たちの存在に気付いていなかった。
興奮に満ちた荒い息遣いで、楓の首筋に更に歯を立てる──次の瞬間、
中岡の体は強い衝撃に見舞われた。
康介によって殴り飛ばされたのだった。
楓から強引に引き剥がされた中岡は、醜い悲鳴を上げて床に転がる。
そんな彼の襟首を掴み上げて、康介は尚も殴りつけた。
「テメェ、よくも……」
ドスの効いた声で低く唸る。
その目は深い怒りに満ちていた。
怒れる鬼そのものの形相に、「ひいい」と中岡が情けない声を上げる──
──その直後、肉が押し潰される音が響いた。
それによって我に返った高倍が、慌てて楓に駆け寄る。
「か、楓くん、大丈夫か……?」
倒れていた楓を抱き起こし、呼びかけるが反応が無い。
そんな中、高倍の目に楓の首筋が映し出された。
中岡によって噛みつかれ、そこから血を流す首筋が。
「…………」
その時、高倍は奇妙な感覚に襲われた。
赤い血に塗れた白い首筋。
それは魅惑的な果実のようで、思わずむしゃぶりつきたくなる──そんな衝動に駆られたのだ。
「あ……」
1、2秒の躊躇いの後、高倍はかぶりを振った。
そして、取り出したハンカチで楓の傷を押さえようとした。
その時、気配も無く伸びてきた手によって高倍の動きは止められる。
康介だった。
「楓は俺がみる」
康介は、高倍にさえも睨みつけるようにして言った。
自分以外の者が楓に触れることを許さない……そんな迫力があった。
「悪いが、中岡の方を頼む」
「わ、分かりました」
高倍から奪い取るようにして、康介は楓をその腕に抱いた。
途端に、康介の全身から怒りのオーラが消えて、愛情に満ちた雰囲気に変わる。
あまりの変わり様に呆気に取られるが、高倍はすぐに意識を中岡に向けた。
康介に殴り倒された中岡は、鼻血を流しながら床にのびていた。
彼を後ろ手にして手錠を掛けつつ、携帯端末を手にする。
中岡恭志を逮捕した旨を上司に報告する為だった。
状況からして、未成年者への拉致監禁・暴行で逮捕するには十分だ。
本来の目的だった、津木恋月の捜索からは逸れてしまうが。
「楓、楓」
康介は腕の中の楓を軽く揺さぶり、呼びかける。
意識の無い楓の体はずっと震えていた。
彼の顔には涙の跡と打たれた痕、それに口元には血が滲んでいれる。
体の方にも、いくらか殴打された痕が見てとれた。
中岡から受けた酷い仕打ちが容易に想像できる。
康介はぎりりと奥歯を噛み締めた。
「楓……」
もう一度、優しい声で呼びかけて彼の頬に触れた時だった。
突如、楓が弾かれたように目を見開いた。
「──っ!」
「楓!」
「ひっ……やめっ……」
「楓、落ち着いてくれ」
目を開けるなり、楓は康介の腕から逃れようと懸命にもがく。
錯乱状態にあり、彼の意識は中岡に襲われている時のままなのだと思われる。
しかし、その動きは弱々しく緩慢で、碌に力が入っていなかった。
「楓、大丈夫。もう大丈夫だから」
抵抗などものともせずに、康介は楓を抱き締めた。
頭を撫でて、安心を促す。
やがて落ち着きを取り戻した楓が、その目に康介の姿を映し出した。
「あ……」
「楓、俺だ。……分かるな?」
「……うん」
「よしよし、もう大丈夫だ。安心しろ」
「なんで、ここに?」
「色々あってな」
楓の意識が戻ったことで安堵した康介が、優しく微笑んだ。
それから、取り出したハンカチで楓の首筋の傷をそっと押さえる。
その時、楓が震えたままの手で康介のシャツの裾を掴んだ。
「どうした?」
「康介さん……」
楓は酷く怯えた顔をしていた。
その色は青褪めていて、呼吸が不安定になる。
「奥の部屋のクローゼット……中に、中に……」
苦しそうな呼吸の中で、途切れ途切れに絞り出される言葉。
それを受けて、ただならぬ何かを察する。
「そこに何かあるんだな」
「…………」
「分かった」
康介が頷くと、楓は力尽きたように目を閉じた。
体から力が抜けて、康介の服を掴んでいた手がパタリと床に落ちる。
一瞬、ギクリと心臓が震えた。
が、気を失っただけであることをすぐに理解して、康介は小さく息をついた。
丁寧な手つきで楓の体を床に横わらせる。
それから康介は上着を脱いで、楓の上に掛けてやった。
「すぐに戻るから、待っててくれ」
そうして立ち上がり、中岡を制圧していた高倍に向かって声を掛ける。
「高倍、俺は奥の部屋を確認してくる。すぐに戻るから、ここを頼む」
「分かりました」
すると、取り押さえられていた中岡が急に焦った様子で暴れ出した。
「や、やめろ! やめろおお!」
「大人しくしろ!」
押さえつけていた中岡に高部が体重をかける。
尚も中岡は暴れようとしたが、その場でじたばたするのがやっとだった。
楓の言った通り奥の部屋のクローゼットに何かがあることを確信して、康介はリビングを後にした。
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