上 下
10 / 53

10、良い先生?②

しおりを挟む
放課後。
今日も楓は担任の中岡の下で補習授業を受けていた。

「うんうん、そうだ。それで良い」
「は、はい」

着実に課題をこなす楓に、中岡が満足げに笑う。
そして彼の努力を労うようにポンポンと軽く肩を叩いた。
こうやって体に触れられるのは何度目だろうか。
頭を撫でられたり、肩に手を置かれたり、腕に触られたり……
彼なりの親しみ表現なんだろうと思ってはいるが、
楓は少しばかり居心地の悪さを覚えていた。

(気を遣ってくれてるんだろうから、悪く思っちゃ駄目だ)

そうやって自分を戒める。
しかし、他人に安易に触られると、どうしても事件のことが頭によぎってしまう。
浦坂実によって拉致されて暴行を受けていた時の記憶が。

(蒼真くんが言っていたことを気にしてるのかも)

今朝、友人の蒼真から聞かされた中岡の過去。
反抗的な生徒に対して手を上げたことがあるらしいとの噂話。
暴力に対して重いトラウマを抱えている楓は、神経質にならざるを得なかった。

「藤咲?」
「えっ……」

ぼんやりとしていたところ、頬に冷たい感触が当てられる。
中岡に手を当てられていたのだ。
そのことに気付き、楓は思わず目を見開く。

「どうした? 顔色が悪いな」
「そ、そうですか?」

中岡は険しい顔の中に心配の色を帯びていた。

「体調が悪いようなら、今日はここまでにしておこうか」
「はい。すみません」
「謝ることじゃない」
「でも、僕の為にわざわざ時間を作ってもらってるのに」
「気にするな。教師として当然のことだ」
「ありがとうございます」

体に触れられることへの違和感が拭えないが、それでも中岡への感謝の気持ちが湧き上がる。
それと同時に申し訳ない気持ちも。

(やっぱり、あれはただの噂だよね。
 こんなに良くしてくれてるのに、穿った目で見て悪かったなぁ)

罪悪感からか、目を伏せてしまう。

「じゃあ、気を付けて帰るように……と言いたいところだが」
「?」
「まともに帰れるか? 体が辛いようなら私の車で家まで送るが」
「いいえ、大丈夫です。そこまで先生に迷惑はかけられませんから」
「そうか。まあ良い。助けが必要ならいつでも言いなさい」
「はい。ありがとうございます」

少し残念そうに顔を曇らせて、中岡は教室を出て行った。
一人になった途端、楓は大きく息をつく。
体から力が抜ける思いを自覚して、それまで自分が緊張していたことを知る。
心拍数も上がっていた。
こうなると、何もないのに全身が不安感でいっぱいになってしまう。
精神を安定させる薬を飲みたいところだが、副作用として酩酊状態になってしまう。
だから、ここで飲むことはできない。

「はあ……はあ……」

鼓動と不安感を落ち着かせようと呼吸を整える。
そんな中、楓は服の中に隠していたネックレスを取り出した。
鎖にかけられている指輪を握り締める。
“お守り”として康介から貰い受けた指輪だった。

(大丈夫。大丈夫。これがあるから大丈夫)

指輪を握り締めると康介に守られているような気分になるのだ。
やがて心拍数も呼吸も落ち着きを取り戻してゆく。

「よし、もう帰ろう」

まだ完全に落ち着いたわけではなかったが、楓は立ち上がって教室を出ることにした。
今日こそは康介よりも先に帰って、ちゃんと「お帰りなさい」を言いたい。
その思いが、彼に少しばかり無理をさせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

彼の理想に

いちみやりょう
BL
あの人が見つめる先はいつも、優しそうに、幸せそうに笑う人だった。 人は違ってもそれだけは変わらなかった。 だから俺は、幸せそうに笑う努力をした。 優しくする努力をした。 本当はそんな人間なんかじゃないのに。 俺はあの人の恋人になりたい。 だけど、そんなことノンケのあの人に頼めないから。 心は冗談の中に隠して、少しでもあの人に近づけるようにって笑った。ずっとずっと。そうしてきた。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

一度くらい、君に愛されてみたかった

和泉奏
BL
昔ある出来事があって捨てられた自分を拾ってくれた家族で、ずっと優しくしてくれた男に追いつくために頑張った結果、結局愛を感じられなかった男の話

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

処理中です...