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6、良い先生②
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約1ヶ月前、事件に巻き込まれた楓はしばらく学校に通えなかった。
今は復帰しているが、休んでいた間の授業の遅れを取り返すのは大変なことだった。
彼が苦手とする数学は特に。
来週には期末テストがある。
出席日数が少ない上にテストの結果も芳しくないとなると、楓は非常に不味い立場に追いやられる。
その為、中岡は放課後に補習授業をすることを提案した。
テストまでの間、毎日補習を受けることで出席日数も補ってくれるのだという。
楓はありがたい思いで中岡の提案を受け入れた。
「ふむ。今日はここまでで良いだろう」
「はい」
90分ほどで補習は終わった。
「思っていたよりよく理解できていたみたいで安心したよ」
「先生のお陰です」
「いや、君が良い生徒だからだよ」
「えぇ……そう、ですかね」
「ああ。君のような従順な子は実に教え甲斐がある」
「はあ」
言葉は満足げだが表情は硬い。
そんな中岡に若干の戸惑いを覚えつつも、楓は曖昧に笑ってやり過ごした。
「とにかく、ありがとうございました」
「藤咲、ちょっと良いか?」
身支度を済ませて視聴覚室を出ようとした時、ふと中岡が楓を呼び止める。
「えっと、何か?」
「その……聞きづらいことなんだが」
「?」
「君が休んでいた時のことについて、聞いても良いか?」
「!」
中岡の言葉を受けて、楓は顔をこわばらせる。
「事件に巻き込まれて酷い暴行を受けた、と君の父親から聞いてはいるが」
「それは……」
「あまり詳しいことは聞かせてもらっていないんだ」
「そ、そうですか」
「事件からまだ1ヶ月ぐらいしか経ってないだろう。本当に大丈夫なのか?」
「はい。今でも病院に通ったりはしてますが、大丈夫です」
なんとか笑顔を取り繕って答えるものの、楓の頬には冷たい汗が流れていた。
その刹那、中岡が片手を振り上げて強く机を叩いた。
「ひっ……」
突然のことに驚き、体を硬直させる。
思わず目を閉じて、次の衝撃に身構えた。
無意識に殴られることを想定していた。
が、次の衝撃はこなかった。
代わりに、優しく頭を撫でられた。
「驚かせてすまない」
「え……」
恐る恐る目を開けると、気まずそうに顔を顰める中岡の姿があった。
「ちょっとした物音ひとつに異常に怯えるあたり、
よほど強いトラウマを植え付けられたようだね」
「…………」
「くれぐれも無理をしないように気を付けなさい。
辛くなったら、いつでも私を頼ってくれて良いから」
「は、はい。ありがとうございます」
「それじゃあ、また明日。気を付けて帰るように」
「はい」
僅かに口角を上げて見せて、中岡は視聴覚室を後にした。
不器用な笑顔だと思った。
中岡恭志という教師は、普段から気難しい顔をしていて殆ど笑うことが無いのだ。
生真面目ではあるが情熱に欠けるタイプで、生徒への関心は薄い──誰もが、彼に対してそんな印象を持っていた。
しかし、事件に巻き込まれて心身にダメージを受けた生徒を気遣い、温かい言葉をかけてくれた現実が目の前にある。
(先生のこと、誤解してたのかも)
中岡恭志という教師は少し不器用なだけで決して冷たい人ではないのだ、と楓は考えを改めることにした。
そうして、大きく息をつくと身支度を整えて部屋を出た。
今は復帰しているが、休んでいた間の授業の遅れを取り返すのは大変なことだった。
彼が苦手とする数学は特に。
来週には期末テストがある。
出席日数が少ない上にテストの結果も芳しくないとなると、楓は非常に不味い立場に追いやられる。
その為、中岡は放課後に補習授業をすることを提案した。
テストまでの間、毎日補習を受けることで出席日数も補ってくれるのだという。
楓はありがたい思いで中岡の提案を受け入れた。
「ふむ。今日はここまでで良いだろう」
「はい」
90分ほどで補習は終わった。
「思っていたよりよく理解できていたみたいで安心したよ」
「先生のお陰です」
「いや、君が良い生徒だからだよ」
「えぇ……そう、ですかね」
「ああ。君のような従順な子は実に教え甲斐がある」
「はあ」
言葉は満足げだが表情は硬い。
そんな中岡に若干の戸惑いを覚えつつも、楓は曖昧に笑ってやり過ごした。
「とにかく、ありがとうございました」
「藤咲、ちょっと良いか?」
身支度を済ませて視聴覚室を出ようとした時、ふと中岡が楓を呼び止める。
「えっと、何か?」
「その……聞きづらいことなんだが」
「?」
「君が休んでいた時のことについて、聞いても良いか?」
「!」
中岡の言葉を受けて、楓は顔をこわばらせる。
「事件に巻き込まれて酷い暴行を受けた、と君の父親から聞いてはいるが」
「それは……」
「あまり詳しいことは聞かせてもらっていないんだ」
「そ、そうですか」
「事件からまだ1ヶ月ぐらいしか経ってないだろう。本当に大丈夫なのか?」
「はい。今でも病院に通ったりはしてますが、大丈夫です」
なんとか笑顔を取り繕って答えるものの、楓の頬には冷たい汗が流れていた。
その刹那、中岡が片手を振り上げて強く机を叩いた。
「ひっ……」
突然のことに驚き、体を硬直させる。
思わず目を閉じて、次の衝撃に身構えた。
無意識に殴られることを想定していた。
が、次の衝撃はこなかった。
代わりに、優しく頭を撫でられた。
「驚かせてすまない」
「え……」
恐る恐る目を開けると、気まずそうに顔を顰める中岡の姿があった。
「ちょっとした物音ひとつに異常に怯えるあたり、
よほど強いトラウマを植え付けられたようだね」
「…………」
「くれぐれも無理をしないように気を付けなさい。
辛くなったら、いつでも私を頼ってくれて良いから」
「は、はい。ありがとうございます」
「それじゃあ、また明日。気を付けて帰るように」
「はい」
僅かに口角を上げて見せて、中岡は視聴覚室を後にした。
不器用な笑顔だと思った。
中岡恭志という教師は、普段から気難しい顔をしていて殆ど笑うことが無いのだ。
生真面目ではあるが情熱に欠けるタイプで、生徒への関心は薄い──誰もが、彼に対してそんな印象を持っていた。
しかし、事件に巻き込まれて心身にダメージを受けた生徒を気遣い、温かい言葉をかけてくれた現実が目の前にある。
(先生のこと、誤解してたのかも)
中岡恭志という教師は少し不器用なだけで決して冷たい人ではないのだ、と楓は考えを改めることにした。
そうして、大きく息をつくと身支度を整えて部屋を出た。
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