上 下
4 / 53

4、ある未解決事件

しおりを挟む
杉並中央警察署にて。
今のところ差し当たって大きな事件もなく、捜査第一課の面々は書類仕事をこなしている。
そんな中、康介は一人で薄暗い資料室にこもっていた。
大市美海への暴行事件について、独自に調べていたのだ。

今年の4月下旬、高校3年生だった大市美海は予備校の帰り道で暴漢に襲われた。
夜の9時過ぎ、人気の無い夜道を一人で歩いていた時のことだった。
背後から突然襲われて、すぐ側に停めてあった車に押し込まれた。
それから車内で暴行を受けた後、街外れの雑木林の中に捨てられた。
翌朝、彼女は通りすがりの近隣住民によって発見、保護された。

大市美海を襲った犯人は未だ捕まっていない。特定もできていない。
仮に捕まったとしても、10年もしない程度の懲役で娑婆に出てくるだろう。
それで罪を償ったことになる。
間違いなく彼女を死に追いやったのに、この犯人に殺人罪は適用されないのだ。

(酷い話だよな)

資料に目を通しながら、康介は精悍な顔を忌々しげに歪めた。
担当部署が、現在どの程度の優先度でこの事件の捜査を進めているのかは分からない。
しかし、目の前にあるのは、未だに犯人が捕まっていないという事実だ。

(せめて俺が犯人を見つけて捕まえてやる)

亡くなった大市美海の為か。
彼女の家族の為か。
自分の為か。
とにかく、康介は独自に捜査して犯人逮捕に努めることにした。

(犯人のDNAは検出されていたが、
 過去の逮捕者データベースに引っ掛かる奴は居なかった。
 つまり、この犯人には前科が無いわけか)

保管されているファイルを捲りながら、犯人像を組み立てる。

(被害者は背後から襲われて車に連れ込まれてすぐに目隠しをされた。
 だから犯人の顔は一切見ていない。
 これも、犯人の特定を難しくしてる要因の一つなんだよな)

犯人の顔はおろか、体格や年齢も分からない。
防犯カメラを設置していない地域だった為、外見的要素から犯人を見つけるのは絶望的だった。

(犯人はなかなか用心深い奴のようだな。
 自分が捕まらないようによく考えて行動している。
 しかも前科も無いとなると……普段は真面目に過ごしているんだろう)

用心深くて用意周到、それでいて己の欲望は抑えられない。
狂気を隠しながら、表向きには真面目に過ごしている。
だから、どこかで歪みが出る。

(仕事も真面目にきっちりとこなすタイプなんだろうな。
 だから、犯人の周囲に居る人間はそいつの異常性に気付かない)

捕まってから「まさかこの人が?」「そんな人には見えなかった」「信じられない」
そんな風にコメントされる奴なんだろう。

(職業は、体より頭を使う仕事と思われる。
 何だろうな。事務職全般、弁護士、教師、コンサル、IT関係、WEB関係……
 うーん、現時点で絞り込みは無理だな)

犯人を特定する材料の乏しさにため息をつく。
その時、誰かが資料室に現れた。

「こんなところに居たんですか。藤咲さん」
「ああ、高倍か」

現れたのは、同僚の高倍京二(たかべ きょうじ)だった。
体育会系上がりの良いガタイに人懐っこい笑顔を乗せている、若手刑事だ。

「係長が呼んでますよ。昨日の件の報告書に不備があるって」
「あー、すまん。すぐ行く」

持っていたファイルを元の場所に戻して、康介は出口へ向かった。

「何を調べてたんですか?」

事務所に向かう途中の廊下にて、高倍が康介に問いかけた。

「8ヶ月前に起こった、大市美海への暴行事件についてちょっとな」
「大市美海って、昨日の自殺した女子高生ですよね」
「ああ。彼女は今年の4月に何者かに性的暴行を受けた。自殺した原因もそこにある。
 にもかかわらず、犯人はまだ野放しにされてるみたいなんでな」
「それで、独自に調べてたんですか」
「まあな。なにもかも、被害者にしてみれば今更なんだろうが」
「はあ……でも、何でまたこの事件を?」
「さあ、何でだろうな。未解決の事件なんて他にもいっぱいあるのに」
「もしかして、大市美海と楓くんを重ねてるとか?」

図星を突かれて康介の足が止まる。

「あ、やっぱりそうでしたか」
「う……」
「まあ、分かりますよ。置かれてる状況が似てますし。年齢も近いし」

言いながら、ふと高倍は思った。

(そう言えば、大市美海と楓くんって見た目の雰囲気も似てたな。
 藤咲さんが必要以上に感情移入するわけだ)

再び二人で横並びに歩きはじめる。

「浦坂実の事件から1ヶ月ぐらいになりますかね。楓くん、どうしてますか?」
「なんとかやってるよ。薬の力を借りながらだけど、少しずつ回復してると思う」
「そうですか。良かったですね」

高倍も……否、同僚の刑事たち全員が知っている。
浦坂実によって楓が拉致されて、惨い暴行を受けたことを。
それまでの康介は、息子の楓がいかに可愛いかをうざいぐらいに同僚に話していた。
だが、例の事件以降は一切何も話さなくなった。
その為、高倍は楓の様子が気になっていたのだ。

「最近は写真とか見せてくれなくなりましたね」
「ああ……そうだったか」
「いい感じの写真が撮れたら、また見せて下さいよ」
「ああ、そうだな。考えておくよ」
「ついでに、楓くんに俺のこと紹介して下さいよ。俺、仲良くなりたいっすから」
「うーん。なんか嫌だな」
「えー? 何でですか」
「楓がお前と仲良くしてるところを想像したら、なんかムカついた」
「なんですか、それ」

身勝手すぎる康介の言葉に、高倍は思わず苦笑した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
⚠️Dom/Subユニバース 一部オリジナル表現があります。 ハイランクDom×ハイランクSub

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

処理中です...