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第77話、彼女への気持ちを歌に乗せて
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演劇は順調に進み、いよいよ最後のシーンになった。
俺の役である護衛の騎士ジュキエーレが、玲萌が演じる魔王の娘レモネッラに告白する場面だ。
「レモネッラ姫、俺はずっと貴女に恋をしていた――」
魔道学院の学生たちのみならず街の人も大勢見守る舞台の上で、俺はまっすぐ玲萌だけをみつめる。「子供のころからずっとずっと好きだった――」
二人は幼なじみという設定なのだ。護衛の騎士と魔界の姫君という立場上、お互い愛し合っているにもかかわらず想いを隠してきたそうだ。この切ない物語が玲萌の心に刺さったらしい。
「あたしもよ、ジュキエーレ。小さい頃からとってもやさしくて、いつも私を守ってくれるあなたが大好きだったの!」
俺たちはかたく抱きしめあう。原作では接吻場面があるが、諸事情により省略! いまいち締まらないので、代わりにここで俺が後奏曲を歌うのだ。
旗袍姿の惠簾に背中を押してもらって、舞台袖からトテトテと走ってくるのは夕露。俺の付喪神さん付き三味線を持ってきてくれる。
「わしの夕露ぉ! かわいいぞぉぉぉ!!」
客席で雄叫びをあげてるじいさんが、夕露の祖父――沙屋の大旦那だろう。
俺は三味線を受け取ると、
「レモネッラ姫、この歌を貴女に捧げます」
最後のせりふを言って弾き始めた。
俺の自作曲だから誰も知らないはずなのに、やさしい街の人たちが手拍子してくれるのに合わせて俺は歌い出す。
終わらぬ夜に 昇らぬ陽
絶望だけが 積みあがる
あかり届かぬ 独房に
斯様な日々に 舞い降りし君
その笑い声 初夏の風
輝く瞳は 木漏れ日か
俺の手を引き 連れ出した
青く澄んだ 空のもと
昨日の放課後、惠簾に聴いてもらったおかげであまり緊張しない。だがこれだけ大勢のお客さんが注目していると、みんなの「気」を感じる。その力をもらって、俺はより大きく息を吸いこみ秋の風に声を乗せてゆく。
失っていた この息吹き
望めば徐々に 変わりゆく
夢をみること 遠くても
歩きだすこと 今ここから
君のおかげで 思い出す
過去がどれほど 暗闇に
沈めど君と めぐり合い
いまや全てが 輝かん
暮れゆく秋空の下、自分の声が高く伸びる。たくさんの人が応援してくれる。そして何よりもすぐ横で、玲萌が愛にあふれたまなざしで俺を見つめていてくれる。きみに出会えてよかった――そんな気持ちをこめて、俺は歌い続ける。
今日この場所へ 辿(たど)りつき
なかばに降りず よかったと
きみの笑顔に かみしめる
今度は俺が きみの手を
あの日のように 引いて行く
ともに歩まん どこまでも
歌い終わると割れんばかりの拍手が俺たちを包んだ。
「いいぞーっ!」
立ち上がって拍手してくれる街の人に混ざって、魔道学院の学生もちゃんと手をたたいているではないか。数人の女子が、
「せーのっ」
と合図しあったかと思うと、
「「「橘くん、かっこいーっ!」」」
と声を合わせる。
「都で評判の歌姫より美しい声じゃないか」
俺の声をほめてくれる人の横で、
「夕露! 最高だったぞ……!」
涙をぬぐいながら、ほとんど出番のなかった孫に声をかける大旦那。
「樹葵ちゃーん! 素晴らしかったにゃー!」
そして最前列で大声を出す奈楠さん。
見渡せば俺の姉や両親、店の人たちの姿もある。
リ…… ン――
そのとき俺はかすかに鈴の音を聞いた気がした。
笑顔でみんなに手を振る俺のもとへ、舞台袖から惠簾が瀬良師匠を連れて走ってくる。
リリン、リン――
そうだ、これが惠簾の言っていた神楽鈴の音なのか!?
観客たちの心にも響いているのか、みんなとなり同士で顔を見合わせたり耳を押さえたりしている。
立ち上がって、横でぼーっと立っている夕露に三味線を手渡したとき、
「橘さま――」
切迫した表情の惠簾が俺に駆け寄ってきた。
「土蜘蛛が復活したんだな。あんたの見た夢の通り――」
腰に下げた神剣を抜く。
「えっ、どういうこと!? 土蜘蛛が復活したってどうして分かるのよ!?」
声を高くする玲萌に、
「大丈夫です、玲萌さん」
瀬良師匠が落ち着いた声をかけた。「私と惠簾さんが結界を張って皆さんを守ります」
「おっ、まだ劇の続きがあるのか!」
「たかが学園祭の出し物と思いきや、なかなか凝ってるじゃねぇか」
期待にあふれた声が観客席から聞こえる。
「皆さん、土蜘蛛の復活なんて信じてくれそうにありませんわ……」
「いえ、むしろ好都合でしょう。おびえて四方八方に散って逃げられたら守りきれません」
言うなり師匠は印を結んで呪文を唱えだした。そこに惠簾の祝詞が静かに重なる。
「みんな、聞いてくれ!」
まるでせりふのように、俺は客席に向かって大きな声で話す。「伝説の土蜘蛛が復活した! だがフェイリェン皇女と魔侯爵が魔術でみんなを守ってくれるから、安心して俺たちの戦いを見ていてくれ!」
フェイリェンは惠簾の役名。瀬良師匠のほうは魔侯爵である。笑っちゃいけねぇ。
「うおーっ やれやれー!」
「白草伝説の魔獣が出てくるなんておもしろいじゃないか!」
盛り上がる観客の後ろに、土蜘蛛の土色をした巨体がのぞいた。
俺は金色の神剣に気をこめる。
「我が魂の詩と響きあえ、神剣・雲斬!」
光をまとうかのように神剣は虹色に輝きだす。
「いくぜ、くもぎりさん!」
『はい、ぬしさま!』
俺の役である護衛の騎士ジュキエーレが、玲萌が演じる魔王の娘レモネッラに告白する場面だ。
「レモネッラ姫、俺はずっと貴女に恋をしていた――」
魔道学院の学生たちのみならず街の人も大勢見守る舞台の上で、俺はまっすぐ玲萌だけをみつめる。「子供のころからずっとずっと好きだった――」
二人は幼なじみという設定なのだ。護衛の騎士と魔界の姫君という立場上、お互い愛し合っているにもかかわらず想いを隠してきたそうだ。この切ない物語が玲萌の心に刺さったらしい。
「あたしもよ、ジュキエーレ。小さい頃からとってもやさしくて、いつも私を守ってくれるあなたが大好きだったの!」
俺たちはかたく抱きしめあう。原作では接吻場面があるが、諸事情により省略! いまいち締まらないので、代わりにここで俺が後奏曲を歌うのだ。
旗袍姿の惠簾に背中を押してもらって、舞台袖からトテトテと走ってくるのは夕露。俺の付喪神さん付き三味線を持ってきてくれる。
「わしの夕露ぉ! かわいいぞぉぉぉ!!」
客席で雄叫びをあげてるじいさんが、夕露の祖父――沙屋の大旦那だろう。
俺は三味線を受け取ると、
「レモネッラ姫、この歌を貴女に捧げます」
最後のせりふを言って弾き始めた。
俺の自作曲だから誰も知らないはずなのに、やさしい街の人たちが手拍子してくれるのに合わせて俺は歌い出す。
終わらぬ夜に 昇らぬ陽
絶望だけが 積みあがる
あかり届かぬ 独房に
斯様な日々に 舞い降りし君
その笑い声 初夏の風
輝く瞳は 木漏れ日か
俺の手を引き 連れ出した
青く澄んだ 空のもと
昨日の放課後、惠簾に聴いてもらったおかげであまり緊張しない。だがこれだけ大勢のお客さんが注目していると、みんなの「気」を感じる。その力をもらって、俺はより大きく息を吸いこみ秋の風に声を乗せてゆく。
失っていた この息吹き
望めば徐々に 変わりゆく
夢をみること 遠くても
歩きだすこと 今ここから
君のおかげで 思い出す
過去がどれほど 暗闇に
沈めど君と めぐり合い
いまや全てが 輝かん
暮れゆく秋空の下、自分の声が高く伸びる。たくさんの人が応援してくれる。そして何よりもすぐ横で、玲萌が愛にあふれたまなざしで俺を見つめていてくれる。きみに出会えてよかった――そんな気持ちをこめて、俺は歌い続ける。
今日この場所へ 辿(たど)りつき
なかばに降りず よかったと
きみの笑顔に かみしめる
今度は俺が きみの手を
あの日のように 引いて行く
ともに歩まん どこまでも
歌い終わると割れんばかりの拍手が俺たちを包んだ。
「いいぞーっ!」
立ち上がって拍手してくれる街の人に混ざって、魔道学院の学生もちゃんと手をたたいているではないか。数人の女子が、
「せーのっ」
と合図しあったかと思うと、
「「「橘くん、かっこいーっ!」」」
と声を合わせる。
「都で評判の歌姫より美しい声じゃないか」
俺の声をほめてくれる人の横で、
「夕露! 最高だったぞ……!」
涙をぬぐいながら、ほとんど出番のなかった孫に声をかける大旦那。
「樹葵ちゃーん! 素晴らしかったにゃー!」
そして最前列で大声を出す奈楠さん。
見渡せば俺の姉や両親、店の人たちの姿もある。
リ…… ン――
そのとき俺はかすかに鈴の音を聞いた気がした。
笑顔でみんなに手を振る俺のもとへ、舞台袖から惠簾が瀬良師匠を連れて走ってくる。
リリン、リン――
そうだ、これが惠簾の言っていた神楽鈴の音なのか!?
観客たちの心にも響いているのか、みんなとなり同士で顔を見合わせたり耳を押さえたりしている。
立ち上がって、横でぼーっと立っている夕露に三味線を手渡したとき、
「橘さま――」
切迫した表情の惠簾が俺に駆け寄ってきた。
「土蜘蛛が復活したんだな。あんたの見た夢の通り――」
腰に下げた神剣を抜く。
「えっ、どういうこと!? 土蜘蛛が復活したってどうして分かるのよ!?」
声を高くする玲萌に、
「大丈夫です、玲萌さん」
瀬良師匠が落ち着いた声をかけた。「私と惠簾さんが結界を張って皆さんを守ります」
「おっ、まだ劇の続きがあるのか!」
「たかが学園祭の出し物と思いきや、なかなか凝ってるじゃねぇか」
期待にあふれた声が観客席から聞こえる。
「皆さん、土蜘蛛の復活なんて信じてくれそうにありませんわ……」
「いえ、むしろ好都合でしょう。おびえて四方八方に散って逃げられたら守りきれません」
言うなり師匠は印を結んで呪文を唱えだした。そこに惠簾の祝詞が静かに重なる。
「みんな、聞いてくれ!」
まるでせりふのように、俺は客席に向かって大きな声で話す。「伝説の土蜘蛛が復活した! だがフェイリェン皇女と魔侯爵が魔術でみんなを守ってくれるから、安心して俺たちの戦いを見ていてくれ!」
フェイリェンは惠簾の役名。瀬良師匠のほうは魔侯爵である。笑っちゃいけねぇ。
「うおーっ やれやれー!」
「白草伝説の魔獣が出てくるなんておもしろいじゃないか!」
盛り上がる観客の後ろに、土蜘蛛の土色をした巨体がのぞいた。
俺は金色の神剣に気をこめる。
「我が魂の詩と響きあえ、神剣・雲斬!」
光をまとうかのように神剣は虹色に輝きだす。
「いくぜ、くもぎりさん!」
『はい、ぬしさま!』
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