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第71話、創作魔術『真空結界』
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「なあ玲萌、ちょっと相談してぇことがあるんだけど――」
寄宿舎への帰り道、夕日を背に並んで歩く玲萌に話しかける。
「なぁに? 樹葵の頼みなら喜んで聞くわ!」
玲萌はいつもやさしい。ほかのヤツにはしょっちゅう怖いけど。
「また土蜘蛛が復活したらって考えてたんだけど――」
「神剣・雲斬で斬りつければ土蜘蛛の傷は治らないって話だから、雲斬で真っ二つにするんでしょ? そこまでの隙はまたあたしたちが作るわ」
さすが玲萌。頼もしい。
「それは助かるわ。でも神剣で真っ二つにするにゃあ至近距離まで近づかなきゃなんねぇだろ?」
つるぎってやつは魔術みてぇな飛び道具とは違うのだ。
「そうね――」
玲萌の声がわずかに真剣みを帯びる。「雲斬の力で結界を張って空を飛べるとしても、樹葵が真上まで行かなきゃいけないのよね……」
夕焼けが彼女の顔の上に作り出す濃い影が、不安な未来を暗示しているようだ。
「そうなんだ。結界張ってても土蜘蛛が放つ大量の炎に蒸し焼きされちまったらかなわねぇ。どうにか熱から身を守れる結界はねえかなって考えてたんだ」
「樹葵は水龍の力でいくらでも水を使えるんだから、冷水を身にまとっておくとか?」
玲萌は即答した。俺はうなずいて、
「そう。俺も冷却水で結界張ったらどうだろって考えてたんだ。それで夕飯後、寮の中庭で一緒に試してもらえねぇかな?」
「もちろんよ! 結界張った樹葵に炎の術を当ててみればいいわけね!」
ちょっと危険な実験だが、玲萌はすぐに了解してくれた。
しかし――
「意外とあっついもんだな」
魔力燈が照らし出す中庭で、月だけが見下ろすなか俺たちは早速さきほどの案を試していたのだが――
「まだ三発しか撃ってないけど」
玲萌が芝生の上を歩いて近づいてくる。周囲の草むらから絶え間なく虫の声がする。
「実際の土蜘蛛は六発も七発も連打してくるからな。三発ごときでちょっと熱くなってちゃ使えねぇわ」
「じゃあ氷の結界にしてみたら?」
「よっしゃそれだ!」
しかし――
「氷なんかすぐ溶けるじゃん!」
「でも五発撃てたわよ!」
持ち前の攻撃的な性格のせいか、俺に向かってばんばん炎弾連打するのが意外と楽しそうな玲萌。
「十発くらい耐えられなきゃ実戦で使えねーよ」
「そうねぇ」
玲萌は腕組みして考えていたが、
「冷却結界はどうかしら?」
氷より冷たい温度を保ち続ける風の結界である。通常、部屋や屋敷などある程度大きな空間にかける術だ。ここだけの話、真夏には欠かせない。
「広い範囲に張らず、自分の周りだけに圧縮するってわけだな?」
「そうよ、呪文をちょっと変えてあげれば――」
玲萌は帯の間から懐紙入れと矢立てを取り出すと、さらさらと呪文を書き始めた。
「できたわ! これで試してみて」
渡された懐紙に目を通している間に、玲萌は炎術を使うためにちょっと距離を取る。
「よし覚えた」
俺はひとつうなずいて、印を組む。
「翠薫颯旋嵐、冷瓏氷凛、嵐舞回旋、あらゆる命を遍く戒める凍れる息吹きよ、尽くることなく我が身、護り給え!」
俺の周りに冷気の渦が起こる。
「寒っ! 待って玲萌これ――」
「だいじょーぶっ すぐあったかくなるわよ! ――紅灼溶玉閃、紅蓮の飛弾となりて、凄まじき速さにて翔け爆ぜ給え!」
魔力で生み出された炎弾が冷却結界に触れるや否や、たちどころに消えてゆく。確かにこれなら熱くはないが――
「こごえ死にそう……」
俺は冷却結界を解除してその場にしゃがみこんだ。
「樹葵!」
玲萌があわてて駆け寄ってくる。
「死んじゃうよ……寒すぎて――」
涙目で見上げると、
「かわいそうに…… 無理させてごめんなさいね」
ぎゅーっと抱きしめてくれた。「紅灼溶玉閃、汝が紅、あえかに宿りこの者が身を包み給え」
暖をとる術で俺をあたためてくれる。俺はとりあえず、玲萌の胸に頬を押し付けていた。玲萌は俺の髪をやさしくなでながら、
「冷却結界の中にあたたかい結界を張ればいいのかしら? でもそれじゃあ風の結界同士、相殺して温度が混ざっちゃうわよね……」
ひとりでぶつぶつ言っている。「風が混ざらないくらい距離を離す―― いや、間に空気がなければ熱は伝導しないから――」
そこまで言って突然、俺のツノが生えた両肩をにぎってさけんだ。
「樹葵、真空よ!」
「真空?」
「そう、風の結界を二重に張って、その間を真空にすればいいんだわ」
自信満々な玲萌の顔をまじまじと見つめながら、
「そんな術あるのか?」
「作るのよ!」
さすが創作魔術専攻の玲萌。しかも彼女、風の術は得意分野だったはずだ。
松の木の足元に置かれた大きな景石に座って、玲萌は懐紙と小筆を手に真剣に考え始める。
「まずは二重に風の結界を張る呪文からね」
俺もとなりに腰を下ろし、玲萌の動かす筆の先を見下ろす。秋の夜風が松の枝をさらさらと鳴らす。
「寒くねぇか?」
俺は自分の水浅葱色の外套でそっと玲萌の肩を包む。
「ありがと。樹葵の体温が伝わってきてあったかいわ」
視線は懐紙に落としたまま、玲萌が俺に身を寄せる。俺は彼女のやせぎみな肩を片手で抱いた。俺のために頭をひねって新しい術を考えてくれる彼女がいとおしい。
「よし、この呪文で二重結界は作れるはず。そのあと結界の間の空間に意識を向けて、そこを真空にする呪文を唱えればいいわけね」
俺は特にすることもなく、魔力燈が入った石灯籠の周りで飛び交う虫たちをみつめていた。
美しい歌声を聴かせる秋の虫たちは、つがいになる雌を呼んでいるんだっけ。藍色の空から見下ろすお月様から見たら、虫たちも俺たちもおんなじようなもんなのかな。
「できたわ!!」
玲萌がうれしそうな声を出して顔を上げた。「あ……」
自信にあふれていた瞳が俺を見るなり、戸惑うようにゆれる。
「どうした?」
「えっと……」
恥じらうように目をそらす。ちょっとうつむく玲萌がかわいくて、俺はさらに強く抱きしめた。
「なんか不安なことでもあんのか?」
なるべくやさしく、ささやくように尋ねる。
「ち、違うの。樹葵って月明かりに照らされてると神秘的で、いつも以上に素敵なのよね」
「えっ……」
思いがけない回答に、言葉につまる俺。玲萌は恥ずかしそうな微笑を浮かべながら俺を見つめる。
「きみの銀色の髪の上で踊る月光が美しくて――。夜の底で冷え冷えとした光を放つ白い肌も、翠玉の瞳もあまりに綺麗で、白蛇の化身だの龍神さまだのって言われるのも無理ないかなって思っちゃう」
いきなり詩的なことを言い出す玲萌にどう答えていいか分からず、俺はまばたきを繰り返すばかり。ふだん玲萌は俺の外見についてほとんど言及しないから。まるで俺が普通の人間のように接してくれるけど、ほんとは見て見ぬふりしてくれてたのかな。
「困らせちゃってごめんね」
玲萌の指がやさしく俺の頬をすべる。
「ううん、べつに大丈夫だから」
そう答えた自分の声が大丈夫でもなさそうで、マジでカッコ悪いと思う。玲萌は手ぐしで俺の不ぞろいな髪をとかすようにしながら、慈愛に満ちたほほ笑みを浮かべた。
「樹葵はとっても魅力的だって言いたかっただけよ。あたしの大切な人――」
愛らしい玲萌の顔が近付いたと思ったら、俺の耳たぶの下にその唇がふれた。
「俺も玲萌のこと、すごく大切だよ――」
それだけ言うのが精いっぱいで、俺は玲萌の量が多い桃色の髪に頬を寄せた。
寄宿舎への帰り道、夕日を背に並んで歩く玲萌に話しかける。
「なぁに? 樹葵の頼みなら喜んで聞くわ!」
玲萌はいつもやさしい。ほかのヤツにはしょっちゅう怖いけど。
「また土蜘蛛が復活したらって考えてたんだけど――」
「神剣・雲斬で斬りつければ土蜘蛛の傷は治らないって話だから、雲斬で真っ二つにするんでしょ? そこまでの隙はまたあたしたちが作るわ」
さすが玲萌。頼もしい。
「それは助かるわ。でも神剣で真っ二つにするにゃあ至近距離まで近づかなきゃなんねぇだろ?」
つるぎってやつは魔術みてぇな飛び道具とは違うのだ。
「そうね――」
玲萌の声がわずかに真剣みを帯びる。「雲斬の力で結界を張って空を飛べるとしても、樹葵が真上まで行かなきゃいけないのよね……」
夕焼けが彼女の顔の上に作り出す濃い影が、不安な未来を暗示しているようだ。
「そうなんだ。結界張ってても土蜘蛛が放つ大量の炎に蒸し焼きされちまったらかなわねぇ。どうにか熱から身を守れる結界はねえかなって考えてたんだ」
「樹葵は水龍の力でいくらでも水を使えるんだから、冷水を身にまとっておくとか?」
玲萌は即答した。俺はうなずいて、
「そう。俺も冷却水で結界張ったらどうだろって考えてたんだ。それで夕飯後、寮の中庭で一緒に試してもらえねぇかな?」
「もちろんよ! 結界張った樹葵に炎の術を当ててみればいいわけね!」
ちょっと危険な実験だが、玲萌はすぐに了解してくれた。
しかし――
「意外とあっついもんだな」
魔力燈が照らし出す中庭で、月だけが見下ろすなか俺たちは早速さきほどの案を試していたのだが――
「まだ三発しか撃ってないけど」
玲萌が芝生の上を歩いて近づいてくる。周囲の草むらから絶え間なく虫の声がする。
「実際の土蜘蛛は六発も七発も連打してくるからな。三発ごときでちょっと熱くなってちゃ使えねぇわ」
「じゃあ氷の結界にしてみたら?」
「よっしゃそれだ!」
しかし――
「氷なんかすぐ溶けるじゃん!」
「でも五発撃てたわよ!」
持ち前の攻撃的な性格のせいか、俺に向かってばんばん炎弾連打するのが意外と楽しそうな玲萌。
「十発くらい耐えられなきゃ実戦で使えねーよ」
「そうねぇ」
玲萌は腕組みして考えていたが、
「冷却結界はどうかしら?」
氷より冷たい温度を保ち続ける風の結界である。通常、部屋や屋敷などある程度大きな空間にかける術だ。ここだけの話、真夏には欠かせない。
「広い範囲に張らず、自分の周りだけに圧縮するってわけだな?」
「そうよ、呪文をちょっと変えてあげれば――」
玲萌は帯の間から懐紙入れと矢立てを取り出すと、さらさらと呪文を書き始めた。
「できたわ! これで試してみて」
渡された懐紙に目を通している間に、玲萌は炎術を使うためにちょっと距離を取る。
「よし覚えた」
俺はひとつうなずいて、印を組む。
「翠薫颯旋嵐、冷瓏氷凛、嵐舞回旋、あらゆる命を遍く戒める凍れる息吹きよ、尽くることなく我が身、護り給え!」
俺の周りに冷気の渦が起こる。
「寒っ! 待って玲萌これ――」
「だいじょーぶっ すぐあったかくなるわよ! ――紅灼溶玉閃、紅蓮の飛弾となりて、凄まじき速さにて翔け爆ぜ給え!」
魔力で生み出された炎弾が冷却結界に触れるや否や、たちどころに消えてゆく。確かにこれなら熱くはないが――
「こごえ死にそう……」
俺は冷却結界を解除してその場にしゃがみこんだ。
「樹葵!」
玲萌があわてて駆け寄ってくる。
「死んじゃうよ……寒すぎて――」
涙目で見上げると、
「かわいそうに…… 無理させてごめんなさいね」
ぎゅーっと抱きしめてくれた。「紅灼溶玉閃、汝が紅、あえかに宿りこの者が身を包み給え」
暖をとる術で俺をあたためてくれる。俺はとりあえず、玲萌の胸に頬を押し付けていた。玲萌は俺の髪をやさしくなでながら、
「冷却結界の中にあたたかい結界を張ればいいのかしら? でもそれじゃあ風の結界同士、相殺して温度が混ざっちゃうわよね……」
ひとりでぶつぶつ言っている。「風が混ざらないくらい距離を離す―― いや、間に空気がなければ熱は伝導しないから――」
そこまで言って突然、俺のツノが生えた両肩をにぎってさけんだ。
「樹葵、真空よ!」
「真空?」
「そう、風の結界を二重に張って、その間を真空にすればいいんだわ」
自信満々な玲萌の顔をまじまじと見つめながら、
「そんな術あるのか?」
「作るのよ!」
さすが創作魔術専攻の玲萌。しかも彼女、風の術は得意分野だったはずだ。
松の木の足元に置かれた大きな景石に座って、玲萌は懐紙と小筆を手に真剣に考え始める。
「まずは二重に風の結界を張る呪文からね」
俺もとなりに腰を下ろし、玲萌の動かす筆の先を見下ろす。秋の夜風が松の枝をさらさらと鳴らす。
「寒くねぇか?」
俺は自分の水浅葱色の外套でそっと玲萌の肩を包む。
「ありがと。樹葵の体温が伝わってきてあったかいわ」
視線は懐紙に落としたまま、玲萌が俺に身を寄せる。俺は彼女のやせぎみな肩を片手で抱いた。俺のために頭をひねって新しい術を考えてくれる彼女がいとおしい。
「よし、この呪文で二重結界は作れるはず。そのあと結界の間の空間に意識を向けて、そこを真空にする呪文を唱えればいいわけね」
俺は特にすることもなく、魔力燈が入った石灯籠の周りで飛び交う虫たちをみつめていた。
美しい歌声を聴かせる秋の虫たちは、つがいになる雌を呼んでいるんだっけ。藍色の空から見下ろすお月様から見たら、虫たちも俺たちもおんなじようなもんなのかな。
「できたわ!!」
玲萌がうれしそうな声を出して顔を上げた。「あ……」
自信にあふれていた瞳が俺を見るなり、戸惑うようにゆれる。
「どうした?」
「えっと……」
恥じらうように目をそらす。ちょっとうつむく玲萌がかわいくて、俺はさらに強く抱きしめた。
「なんか不安なことでもあんのか?」
なるべくやさしく、ささやくように尋ねる。
「ち、違うの。樹葵って月明かりに照らされてると神秘的で、いつも以上に素敵なのよね」
「えっ……」
思いがけない回答に、言葉につまる俺。玲萌は恥ずかしそうな微笑を浮かべながら俺を見つめる。
「きみの銀色の髪の上で踊る月光が美しくて――。夜の底で冷え冷えとした光を放つ白い肌も、翠玉の瞳もあまりに綺麗で、白蛇の化身だの龍神さまだのって言われるのも無理ないかなって思っちゃう」
いきなり詩的なことを言い出す玲萌にどう答えていいか分からず、俺はまばたきを繰り返すばかり。ふだん玲萌は俺の外見についてほとんど言及しないから。まるで俺が普通の人間のように接してくれるけど、ほんとは見て見ぬふりしてくれてたのかな。
「困らせちゃってごめんね」
玲萌の指がやさしく俺の頬をすべる。
「ううん、べつに大丈夫だから」
そう答えた自分の声が大丈夫でもなさそうで、マジでカッコ悪いと思う。玲萌は手ぐしで俺の不ぞろいな髪をとかすようにしながら、慈愛に満ちたほほ笑みを浮かべた。
「樹葵はとっても魅力的だって言いたかっただけよ。あたしの大切な人――」
愛らしい玲萌の顔が近付いたと思ったら、俺の耳たぶの下にその唇がふれた。
「俺も玲萌のこと、すごく大切だよ――」
それだけ言うのが精いっぱいで、俺は玲萌の量が多い桃色の髪に頬を寄せた。
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