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第58話、ここは天国か? 美女四人と露天風呂

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 白い湯の上で、ひのきのたらいが揺れている。こいつを投げた主は、胸にも腰にも厳重に手ぬぐいを巻いた完全防備姿であらわれた。こりゃしたくに時間かかるわけだ。

「くぉら奈楠ナナンさんっ!! 仮にも魔道学院の職員でありながら未成年の学生にどーゆー誘いかけてんのよ!?」

 大変な剣幕で温泉を見下ろす玲萌レモに、

奈楠ナナンさん、いま沈んでるよ」

 冷静に状況を説明する俺。女湯のほうからバシャバシャと、

「あら~溺水者できすいしゃが出ましたか。回復術が得意な巫女の出番ですわね」

「猫は泳げないもんね!」

 透けると噂の長襦袢ながじゅばん姿の惠簾エレンと、手ぬぐいで雑に隠しただけの横乳あらわな夕露ユーロがやってくる。俺はなんとなく気を使って岩のうしろに移動した。

 怪力の持ち主である夕露ユーロが、湯の中から奈楠ナナンさんを持ち上げ、

 ごすっ

 と音を立てて、惠簾エレンがその後頭部をひじでどつくと、

「ぶはぁっ! ハァハァ露天風呂で溺死できしなんて最期さいごは嫌なのにゃ」

 奈楠ナナンさんが水を吐いて息を吹き返した。

「ちょっと奈楠ナナンさん!」

 玲萌レモも湯の中に入ってくる。「樹葵ジュキ心的外傷トラウマにでもなったらどーしてくれるのよ!」

 俺はそんなやわじゃねーよ。

「げほげほ。ちょ、ちょっとからかってただけニャ! 玲萌レモしゃん、本気にしないでほしいのにゃ……」

 からかわれてたのか俺は!?

「まっいーわ。一応この件は学院長に報告しとくけど」

「ひええぇ、それだけはだめにゃ! 玲萌レモしゃん、なんでも言うこときくから!」

「あらそう!」

 打って変わって明るい声を出す玲萌レモ。もしや最初からこれがねらいだった……?

奈楠ナナンさん『文献複写魔術』使えたわよね? 三十枚くらいの手書きの紙を五部複写してほしいんだけど」

「わ……分かったにゃ。ケチな玲萌レモしゃんが授業の筆録ノートを友達のために複写するとは思えないし、何を書いたのニャ?」

「学園祭のトリにあたしたち生徒会で舞台をやるの。その台本よ」

 あーなるほど。

「へぇ舞台。生徒会ってことは、ここにいるみんなが出演するのかにゃ?」

「おう」

 と答えたのは俺。「地獄に奉公してる辰年たつどしのさむらいだったかな、俺がんのは」

「ちっがーう!」

 玲萌レモが叫んだ。奈楠ナナンさんは意に介さず、

「時代考証担当してあげようかにゃ? 奈楠ナナンさん博識だから」

「時代劇じゃないからいらないわよっ」

 玲萌レモはプンプンしながら、今度は俺を指さす。「樹葵ジュキの役は魔界の姫を護衛する竜族の騎士!! 辰年たつどしのさむらいなんか出てこないからっ!」

 玲萌レモの話を聞いていたのかいないのか、惠簾エレンが肩まで湯に漬かったまま、

「地獄に奉公といいますと、毘沙びしゃ門天と戦って勝ったら閻魔えんま様から御恩ごおんに針の山でももらうのかしら?」

 と想像力をはたらかせる。

「地獄から離れてってば! 惠簾エレンちゃんだって人間界の帝国の姫か、魔王城ではたらくメイドさんってもらうんだからね!」

 冥土めいどさんとは? やっぱ地獄の話じゃねーか。

 のぼせてきたので俺は湯から上がると、ちょっと離れたふちに腰かけた。足でバシャバシャやっていると、しぶきが虹色に輝く。これが「なないろ湯」という名前の由来かもしれない。

「ああ、思い出したニャ! さっき夕露ユーロちゃんが大旦那様に見せてた貸し本に、帝国の姫とか魔王城のメイドさんとか出てたにゃあ。挿絵さしえがかわいかったにゃ~」

「そ、台本執筆終わったから夕露ユーロに貸したのよ。夕露ユーロのおじいちゃん、どんな物語か知りたいって言ってたんだって」

 玲萌レモがうなずくと、

「おじいちゃん、わたしにメイド服着せたいって言ってた!」

「それでは、わたくしが帝国の姫の役ですね」

 と言いながら、惠簾エレンものぼせたのか湯の中を横切って、俺のとなりにちょこんと座った。べつに警戒してるわけじゃぁあるめぇが、俺は両手でしっかりと腰にかけた手ぬぐいをおさえる。

「おじいちゃんのお友達の呉服屋さんが、わたしにかわいいメイド服、作ってくれるって! おじいちゃんが頼んでくれたの」

「えぇっ!?」

 夕露ユーロの楽しそうな報告に驚く玲萌レモ。冥土服ってなんだろうな?

 海からかすかに磯のにおいの風が届く。ほてった体に気持ちよい。

「あっ、寒いですわ」

 惠簾エレンれた襦袢の肩を隠すように身を寄せてきた。

「湯ん中に戻ったほうがいいんじゃねぇか?」

「でも―― こうしていたいんですもの」

 と消え入りそうな声。細いうなじをれたおくれ毛がつたう。ふだんは垂髪すいはつにしているから、見慣れぬきめ細やかな肌がまぶしい。

「しかたねぇな、風邪でも引いちゃぁいけねぇからな」

 俺はまだほてったままの腕で、濡れた惠簾エレンの体をあたためるように抱きしめた。
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