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第16話、飯テロするから深夜閲覧注意な?
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時の鐘が九つ鳴るのが聞こえた。太陽は俺たちの真上から照らしている。
「樹葵っ、古文書院!」
外に出るなりノリノリの玲萌に、俺はため息をついた。
「悪ぃ玲萌。俺、腹へっちまったよ」
朝から剣技、土蜘蛛退治、玲萌の看病に歴史の授業と、学院復学初日から大忙しである。
「橘さま、少し遠いですが中央市場まで行きませんか? あそこの二階にはたくさん屋台が並んでいて、お昼にぴったりですのよ」
「行く行く。超行く」
俺はそっこー惠簾の誘いに乗った。
「もーお、樹葵!」
玲萌がこぶしをにぎったとき彼女のおなかから、ぐぅ~というかわいらしい音が――
「玲萌せんぱいもおなかすいてるんじゃん! みんなでお昼行こうよ!」
夕露に袖を引っ張られ、玲萌は頬を赤らめてついてきた。
新校舎の門をくぐる。街は寄宿舎とは反対側だ。田んぼを突っ切る一本道を女の子三人と歩いていると、向こうから早めの昼食を終えた男子学生二人組が近付いてくる。
「お、魔道学院の三美女が一緒に――と思いきや一匹、白いのが混じってるじゃないか」
コソコソと話しているが、俺の大きな耳には思いっきり届いている。
「やめとけよ、あいつ白蛇の化身で蜘蛛を丸飲みするってうわさだぜ。お前も丸飲みされてぇのかよ」
夕露なみにすっとぼけたうわさが立ってるんだな。
「くそーっ、あんなチビに丸飲みされるとは思えねえが、おとなしくしといてやるか」
身長のこと言いやがったな。
すれ違いざま、
「俺はチビじゃねえし、お前みてぇな汗臭ぇ男、頼まれても食わねーよ」
「んだと!?」
汗臭いのがいきなり振り返ったので、ぼーっと空を見上げて歩いていた夕露が激突した。
「うわっとっとっと」
などと言いながら男と一緒に田んぼわきの肥溜めへ――
「夕露、前見て歩いて!」
玲萌がうしろから夕露の帯をわしづかみにした。
ばちゃんっ
「おお……」
連れの男が声をあげたときには、俺をチビとのたまった野郎は背中から肥溜めにドブンしていた。
「危なかったぁ」
胸をなでおろす夕露。
「きっと汗臭いにおいもとれますわね」
やさしい笑顔で辛辣な一言を放ったのは惠簾。
「惠簾ちゃん―― そっか。龍神さまをバカにするヤツは許せないのね」
玲萌が納得している。
「肥溜めに落ちたクソは放っておいて行こうよっ」
夕露は辛辣なつもりではなく天然である。俺もときどき悪気なくザクッとやられている。
四半刻(三十分)も歩けば、のどかな田園風景は活気あふれる街並みに変わる。風に乗って磯のにおいが漂ってきたら、そこが中央市場だ。
いまは昼どき。すでに魚介の市はたたまれて水魔術で洗浄中なのだが、においは残っている。おこぼれにあずかろうと、すぐ横を流れる運河からカモメが飛んできた。
「わぁ、栗が山積み!」
夕露がテンション上がっている。青物市場はまだ開いていて、季節の野菜や果物が色とりどりに積みあがっている。
「上にあがるわよ」
玲萌がうしろから夕露の襟をつかんで外階段へ向かわせる。
柱だけが並んだ一階とは違って、二階は壁にかこまれていてあたたかい。あらわし天井の高い木組みの下、そば・天ぷら・寿司など様々な屋台が並んでいる。
「わたくしと夕露さんが席をとっておきますから、橘さまと玲萌さんお先に行ってらっしゃい」
と、惠簾が中央に並んだ竹の長床几に腰かける。卓なんて洒落たものはない。
かつてぼっちだった俺はいつも屋台で立ち食いしていたから、真ん中の長床几空間などなんのためにあるのかと思っていた。が、友達と違う料理を選びながら一緒に食えるから便利だったのか。現実充の生態にひとつ詳しくなったぞ!
「ありがと惠簾ちゃん。気がきくわね」
玲萌は教科書の入った布袋を長床几に置いて、俺を振り返る。「行こっか樹葵」
「おう」
俺たちはぐるりと並ぶ屋台を物色する。
「そういえば樹葵。今日の放課後、生徒会の集まりがあるから来てほしいんだけど」
人波をよけて歩きながら、玲萌が話しかけてくる。
「めんどくせぇなあ」
ぼやく俺。生徒会の集まりなんぞに参加して、知らねぇやつらに囲まれるとこを想像しただけで緊張性頭痛になりそう。
「俺が行ってなんか役に立つことある?」
「ありまくりよっ! 多数決のときあたしに賛同してほしいの!」
「ほぉ――」
ジト目で玲萌を見やる。「そのために俺を誘ったのか」
「……いやねぇまさか! 樹葵と生徒会活動したら楽しそーだなと思ったのよ♪」
一瞬沈黙したろ、お前…… 多数決要員かよ、俺。
俺は疲れた声で、
「それで生徒会ってぇのは、あんたと俺以外に誰がいるんだ?」
「夕露と惠簾ちゃんと――」
あいつらか。なら平気かも。
「あとは生徒会長の凪留。あいつが歩く規則みたいなやつで問題なのよ」
「夕露と惠簾なら、玲萌に賛成してくれそうだけどな?」
「夕露はね。でも惠簾ちゃんは神様のお告げで動くからなにを働きかけても無駄なのよね」
なるほどそれは納得。
「するってぇと、いままでなら二対二で決着つかなかった案件も俺が賛成すりゃあ、あんたの案が通るってぇわけかい」
「そゆこと~」
ちっとも悪びれずに答える玲萌。
「ったく……」
ぶちぶち不平をつぶやく俺には構わず、
「んん~っ いいにおい!」
と、うなぎ屋の前で幸せそうに目を閉じる。男がさばいたうなぎをすぐ横で、彼の女房がうちわでパタパタあおぎながら焼いている。肉厚なうなぎから炭火へ落ちる脂が音を立て、のぞく俺たちを包む煙がなんとも香ばしいにおいだ。
「俺ほかの店見てくんね」
かば焼きに魅入られている玲萌に声をかけて、並びの屋台を見て歩く。
「あ、マグロうまそう」
数軒先の屋台をのぞいて思わずつぶやいた俺に、店のおやじさんがすかさず声をかける。
「へい、らっしゃい。マグロの漬け丼にするかい、坊や」
坊やて。俺の年齢、四捨五入したら二十歳だがな?
「うーん、どーしよっかな…… ハマチもカツオも捨てがたいけど――」
優柔不断な俺に、
「マグロの漬け丼ならすぐそこの海で採っためかぶを乗せるとうまいぞぉ。ワサビともよくあって、さわやかだ」
「あ、俺ワサビだめなんです」
「そうか坊や、ワサビはまだちぃと早えよな」
あんなツンとするもん、いくつになったって食わねえよ。歳じゃなくて好みの問題だっつーの。俺はちょっとムッとしつつ、
「栄養価的にどれ食ったら一番背が伸びるかな?」
「背!?」
すっとんきょうな声を出すオヤジ。「いや、背ねえ。じゃあ育ち盛りの坊やに特別、たまご贈与してやろう」
「わーい、ありがとう!」
俺は精一杯の笑顔を作ってやる。大人ってなぁかわいげのある若者が好きなんだ。
どんぶりに盛ったほかほかの白飯に、甘からいタレに通したマグロを並べ、わきに新鮮なめかぶを添える。いろどりにあさつきと胡麻を散らし、贈与の玉子焼きをふたつ乗っけてくれた。お勘定を払い、惠簾たちの待つ長床几へ戻る。どんぶりと湯のみを乗せたお盆はずっしりと重い。丼から立ちのぼる醤油の香りが鼻先をくすぐる。
「樹葵っ、古文書院!」
外に出るなりノリノリの玲萌に、俺はため息をついた。
「悪ぃ玲萌。俺、腹へっちまったよ」
朝から剣技、土蜘蛛退治、玲萌の看病に歴史の授業と、学院復学初日から大忙しである。
「橘さま、少し遠いですが中央市場まで行きませんか? あそこの二階にはたくさん屋台が並んでいて、お昼にぴったりですのよ」
「行く行く。超行く」
俺はそっこー惠簾の誘いに乗った。
「もーお、樹葵!」
玲萌がこぶしをにぎったとき彼女のおなかから、ぐぅ~というかわいらしい音が――
「玲萌せんぱいもおなかすいてるんじゃん! みんなでお昼行こうよ!」
夕露に袖を引っ張られ、玲萌は頬を赤らめてついてきた。
新校舎の門をくぐる。街は寄宿舎とは反対側だ。田んぼを突っ切る一本道を女の子三人と歩いていると、向こうから早めの昼食を終えた男子学生二人組が近付いてくる。
「お、魔道学院の三美女が一緒に――と思いきや一匹、白いのが混じってるじゃないか」
コソコソと話しているが、俺の大きな耳には思いっきり届いている。
「やめとけよ、あいつ白蛇の化身で蜘蛛を丸飲みするってうわさだぜ。お前も丸飲みされてぇのかよ」
夕露なみにすっとぼけたうわさが立ってるんだな。
「くそーっ、あんなチビに丸飲みされるとは思えねえが、おとなしくしといてやるか」
身長のこと言いやがったな。
すれ違いざま、
「俺はチビじゃねえし、お前みてぇな汗臭ぇ男、頼まれても食わねーよ」
「んだと!?」
汗臭いのがいきなり振り返ったので、ぼーっと空を見上げて歩いていた夕露が激突した。
「うわっとっとっと」
などと言いながら男と一緒に田んぼわきの肥溜めへ――
「夕露、前見て歩いて!」
玲萌がうしろから夕露の帯をわしづかみにした。
ばちゃんっ
「おお……」
連れの男が声をあげたときには、俺をチビとのたまった野郎は背中から肥溜めにドブンしていた。
「危なかったぁ」
胸をなでおろす夕露。
「きっと汗臭いにおいもとれますわね」
やさしい笑顔で辛辣な一言を放ったのは惠簾。
「惠簾ちゃん―― そっか。龍神さまをバカにするヤツは許せないのね」
玲萌が納得している。
「肥溜めに落ちたクソは放っておいて行こうよっ」
夕露は辛辣なつもりではなく天然である。俺もときどき悪気なくザクッとやられている。
四半刻(三十分)も歩けば、のどかな田園風景は活気あふれる街並みに変わる。風に乗って磯のにおいが漂ってきたら、そこが中央市場だ。
いまは昼どき。すでに魚介の市はたたまれて水魔術で洗浄中なのだが、においは残っている。おこぼれにあずかろうと、すぐ横を流れる運河からカモメが飛んできた。
「わぁ、栗が山積み!」
夕露がテンション上がっている。青物市場はまだ開いていて、季節の野菜や果物が色とりどりに積みあがっている。
「上にあがるわよ」
玲萌がうしろから夕露の襟をつかんで外階段へ向かわせる。
柱だけが並んだ一階とは違って、二階は壁にかこまれていてあたたかい。あらわし天井の高い木組みの下、そば・天ぷら・寿司など様々な屋台が並んでいる。
「わたくしと夕露さんが席をとっておきますから、橘さまと玲萌さんお先に行ってらっしゃい」
と、惠簾が中央に並んだ竹の長床几に腰かける。卓なんて洒落たものはない。
かつてぼっちだった俺はいつも屋台で立ち食いしていたから、真ん中の長床几空間などなんのためにあるのかと思っていた。が、友達と違う料理を選びながら一緒に食えるから便利だったのか。現実充の生態にひとつ詳しくなったぞ!
「ありがと惠簾ちゃん。気がきくわね」
玲萌は教科書の入った布袋を長床几に置いて、俺を振り返る。「行こっか樹葵」
「おう」
俺たちはぐるりと並ぶ屋台を物色する。
「そういえば樹葵。今日の放課後、生徒会の集まりがあるから来てほしいんだけど」
人波をよけて歩きながら、玲萌が話しかけてくる。
「めんどくせぇなあ」
ぼやく俺。生徒会の集まりなんぞに参加して、知らねぇやつらに囲まれるとこを想像しただけで緊張性頭痛になりそう。
「俺が行ってなんか役に立つことある?」
「ありまくりよっ! 多数決のときあたしに賛同してほしいの!」
「ほぉ――」
ジト目で玲萌を見やる。「そのために俺を誘ったのか」
「……いやねぇまさか! 樹葵と生徒会活動したら楽しそーだなと思ったのよ♪」
一瞬沈黙したろ、お前…… 多数決要員かよ、俺。
俺は疲れた声で、
「それで生徒会ってぇのは、あんたと俺以外に誰がいるんだ?」
「夕露と惠簾ちゃんと――」
あいつらか。なら平気かも。
「あとは生徒会長の凪留。あいつが歩く規則みたいなやつで問題なのよ」
「夕露と惠簾なら、玲萌に賛成してくれそうだけどな?」
「夕露はね。でも惠簾ちゃんは神様のお告げで動くからなにを働きかけても無駄なのよね」
なるほどそれは納得。
「するってぇと、いままでなら二対二で決着つかなかった案件も俺が賛成すりゃあ、あんたの案が通るってぇわけかい」
「そゆこと~」
ちっとも悪びれずに答える玲萌。
「ったく……」
ぶちぶち不平をつぶやく俺には構わず、
「んん~っ いいにおい!」
と、うなぎ屋の前で幸せそうに目を閉じる。男がさばいたうなぎをすぐ横で、彼の女房がうちわでパタパタあおぎながら焼いている。肉厚なうなぎから炭火へ落ちる脂が音を立て、のぞく俺たちを包む煙がなんとも香ばしいにおいだ。
「俺ほかの店見てくんね」
かば焼きに魅入られている玲萌に声をかけて、並びの屋台を見て歩く。
「あ、マグロうまそう」
数軒先の屋台をのぞいて思わずつぶやいた俺に、店のおやじさんがすかさず声をかける。
「へい、らっしゃい。マグロの漬け丼にするかい、坊や」
坊やて。俺の年齢、四捨五入したら二十歳だがな?
「うーん、どーしよっかな…… ハマチもカツオも捨てがたいけど――」
優柔不断な俺に、
「マグロの漬け丼ならすぐそこの海で採っためかぶを乗せるとうまいぞぉ。ワサビともよくあって、さわやかだ」
「あ、俺ワサビだめなんです」
「そうか坊や、ワサビはまだちぃと早えよな」
あんなツンとするもん、いくつになったって食わねえよ。歳じゃなくて好みの問題だっつーの。俺はちょっとムッとしつつ、
「栄養価的にどれ食ったら一番背が伸びるかな?」
「背!?」
すっとんきょうな声を出すオヤジ。「いや、背ねえ。じゃあ育ち盛りの坊やに特別、たまご贈与してやろう」
「わーい、ありがとう!」
俺は精一杯の笑顔を作ってやる。大人ってなぁかわいげのある若者が好きなんだ。
どんぶりに盛ったほかほかの白飯に、甘からいタレに通したマグロを並べ、わきに新鮮なめかぶを添える。いろどりにあさつきと胡麻を散らし、贈与の玉子焼きをふたつ乗っけてくれた。お勘定を払い、惠簾たちの待つ長床几へ戻る。どんぶりと湯のみを乗せたお盆はずっしりと重い。丼から立ちのぼる醤油の香りが鼻先をくすぐる。
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