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第14話、王立魔道学院の講義科目『魔術史Ⅲ』の時間です
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中庭に面した畳敷きの間に学生たちがあふれている。ある者は雑談に興じ、また別の者は年季の入った教科書片手に友人と議論を交わしている。
「みなさーん」
と瀬良師匠がのんびりした声で呼びかける。「旧校舎爆発の理由を知りたい人~」
「知りたい知りたい!」
「なにが原因だったの!?」
一気に学生たちの興味を引くことに成功した。――いや、夕露ひとりを除いて。文机に突っ伏した夕露はがーごーといびきをかいている。
目の前で惰眠をむさぼる夕露は気にもとめず、師匠は横長の文机に教務棟から持ってきた名簿や書物を並べながら、
「実は旧校舎の地下にはあの伝説級の魔物――土蜘蛛が封印されていました。てへっ」
「うえぇぇぇえええっ!?」
教室じゅうが喧騒に包まれた。
「やっぱ誰も知らねぇよな、そんなこと」
窓際でほおづえをついた俺は、となりの玲萌に話しかける。
「そーね。でも学院長や瀬良師匠は知っていたわけで、学院関係者のあいだだけで秘密裏に伝えられてきたんだわ」
玲萌はおもしろくなさそうに語気を強める。
土蜘蛛封印はむかしむかしにこの地域で起こったことだから、俺たちはみんな知っている。しかしまさか毎日通っている場所に封印されていたとはな……
騒ぎが収まると、師匠は俺たちのほうを見ながら、
「先ほどそこにいる橘くんが土蜘蛛の封印を解いて、同時に倒しました」
一文でまとめやがった。教室じゅうが静まり返り、視線が俺に集中する。さりげなくあさっての方向を向く俺と、どーゆーわけか胸を張る玲萌。
「そうそう、玲萌さんと惠簾さんの協力のもと、でしたね」
玲萌の様子に気付いた師匠が気をつかって付け足した途端、
「玲萌すげー」
「やっぱ惠簾ちゃん、高山神社の巫女さんだもんな」
と、また騒がしくなる。
「土蜘蛛退治にこの榊惠簾は役立ってなどおりません」
惠簾の声は神聖な鈴の音のように、騒がしい部屋でも透き通って響いた。「土蜘蛛を倒せたのはひとえに橘さまのおかげです」
また注目のまとになった俺は内心、うわ~やめてよぉと叫んでいた。かっこわりぃから口には出さねーけど。
「あいつ滅亡した龍族の血を引いてるんだっけ?」
「いや、橘くん自身が水をつかさどる白龍だったはず」
「精霊王じゃなかった?」
「龍神だって惠簾ちゃん言ってたぜ」
「てことは神様かよ!」
また話が大きくなっててまじめんどくせぇ。もぉそこの中庭からひょいっと帰っちまっていいかな?
俺が逃げ出したくてそわそわしているのに気付いたのか、玲萌がぴしゃりと言った。
「あんたたち静かにしなさいよ。樹葵は水龍の遺物の一部を身体に移植されて魔力量が膨大になっただけ。あたしたちと同じこの学院の学生よ」
それから振り返ってにっこりとほほ笑む。「あたしと協力して土蜘蛛と戦ったのよねっ」
「お、おう。まあそうだな」
玲萌の勢いに気圧される俺。「でも正直、あいつ伝説になるほど強かったか?」
俺は小声で玲萌に問いかけたつもりだったのだが、教室のはしから
「え~」
という抗議の声がした。「橘くんったら自分がめっちゃ強いからあんなこと言って」
「いやいや」
俺は慌てて手を振り、
「土蜘蛛自体の攻撃が結界でも防げないほど強力とか、動きが目にもとまらぬほど速いとかじゃないんだ。問題は攻撃で受けた傷が、ものすげぇはやさで治っていくってぇことなんだよ」
と説明する。
まじか、とか、土蜘蛛ってそういう魔物なんだ、という声が聞こえる。
「俺が気になってんのはさ、なんで過去に封印しかされてねえのかってこと。倒せなかったからなの? それとも不死の魔物で、消滅させるのは不可能とか?」
玲萌が使い古した教科書をペラペラとめくる。教科書は先輩からゆずり受けるから、みんなぼろいのを使っているのだ。
「ここでは『八百五十年ほど前、白草国にて土蜘蛛が封印され』の一文で終わってるのよね」
「あ、授業で習ってんだな。教科書に書いてないことも講義で言ってたとか……」
学院時代、ろくに授業を聞いていなかった俺は冷や汗をかく。
「そんなにこまかく取り上げてないわよ。一年間の歴史講義で、国じゅうの事件五百年分くらいを習うんだから」
「そうだよな」
そっと胸をなでおろす俺に、
「もう、樹葵ってば繊細クンなんだから」
うっ。あんたが図太いだけだと思うんだが……
「土蜘蛛って――」
いきなり夕露がむっくりと起き上がった。「なんで封印されてたの?」
そこから!? と誰かがツッコミを入れるいとまもなく、
「ぬか漬けにでもしてたの?」
新説を繰り出してきた。
沈黙する学生たちに、
「では土蜘蛛の被害について説明できる人」
師匠が急に授業態に切り替わった。
「人を食らうんだっけ?」
旧校舎地下で玲萌に聞いたことをそのまま発言する俺。
「そう、さらに当時の都を滅ぼす勢いで、火を吐いたり天変地異を引き起こしたりしたのよね」
すらすらと続ける玲萌。
「その通りです。素晴らしいですね、橘くんも玲萌さんも!」
満面の笑みでほめられてしまった。それから師匠はみんなのほうを向いて、
「伝わる書物によればまず第一に、橘くんが言ったように人を食らったと書かれています。さらに玲萌さんが話したように都には炎を、田畑には鉄砲水を吐いて、国を滅ぼしかねない脅威だったと」
「知ってるわ。でもこの学院の敷地内に封印されていたなんて、初耳だったんだけど?」
ちょっぴり責めるような玲萌の口調に、師匠はたじたじとなりながら、
「ええっと、時系列順に話しましょう。まず封印したあと当時の人々はどのような処置を取ったかご存知ですか?」
玲萌が答える前に、
「食べた!」
自信たっぷり、即答する夕露。
「食べてたらさっきあたしたちが戦ったのはなんだったのよ!」
間髪入れずつっこむ玲萌に、
「まさか」
夕露は大げさに口もとをおさえる。「誰かの食べ残し!?」
瀬良師匠が、コホンとひとつ咳払いして、
「封印された岩の上にお堂が建てられました。約八百五十年前に建てられた最初の雲滅堂は火災で焼失し、その後再建されたお堂も三百年近く前、我が国が戦で荒れた時代に焼かれてしまいました。天下統一後、再度建立された雲滅堂は補修しながら長い間保全され、約百五十年前、魔道を伝授する塾が開かれたときに使われたんです」
「それが――」
と口をはさむ俺。「この魔道学院?」
「――の、前身ですね。当時はまだ私塾でした。各地に出現した魔道私塾を国が管理するようになって、いまの王立魔道学院になります」
「雲滅堂が私塾に使われたってぇのは、建立当時の意味が失われたのか?」
首をかしげる俺に、
「完全に失われたわけではないからこそ、魔道に長けた者の集まる場となったのでしょう。ただ封印されてから約七百年が経過していたわけで、人々の記憶は風化していたでしょうね」
「ま、今のあたしたちだって土蜘蛛なんて伝説だと思ってたもん。百五十年前の人たちだってそんな感じよね」
玲萌の言葉に、
「かも知れませんが、よく分かんねえ強力な封印があるからなんの魔物がいるか見てみよーぜ、なんて思う若者はこの百五十年間いなかったんでしょうねえ」
師匠が笑顔でちくりとやる。玲萌は顔色ひとつ変えず、
「師匠、質問なんだけど八百五十年前、封印するだけで倒さなかったのは、倒せなかったんですか?」
「はい」
と師匠は大きくうなずいた。
「みなさーん」
と瀬良師匠がのんびりした声で呼びかける。「旧校舎爆発の理由を知りたい人~」
「知りたい知りたい!」
「なにが原因だったの!?」
一気に学生たちの興味を引くことに成功した。――いや、夕露ひとりを除いて。文机に突っ伏した夕露はがーごーといびきをかいている。
目の前で惰眠をむさぼる夕露は気にもとめず、師匠は横長の文机に教務棟から持ってきた名簿や書物を並べながら、
「実は旧校舎の地下にはあの伝説級の魔物――土蜘蛛が封印されていました。てへっ」
「うえぇぇぇえええっ!?」
教室じゅうが喧騒に包まれた。
「やっぱ誰も知らねぇよな、そんなこと」
窓際でほおづえをついた俺は、となりの玲萌に話しかける。
「そーね。でも学院長や瀬良師匠は知っていたわけで、学院関係者のあいだだけで秘密裏に伝えられてきたんだわ」
玲萌はおもしろくなさそうに語気を強める。
土蜘蛛封印はむかしむかしにこの地域で起こったことだから、俺たちはみんな知っている。しかしまさか毎日通っている場所に封印されていたとはな……
騒ぎが収まると、師匠は俺たちのほうを見ながら、
「先ほどそこにいる橘くんが土蜘蛛の封印を解いて、同時に倒しました」
一文でまとめやがった。教室じゅうが静まり返り、視線が俺に集中する。さりげなくあさっての方向を向く俺と、どーゆーわけか胸を張る玲萌。
「そうそう、玲萌さんと惠簾さんの協力のもと、でしたね」
玲萌の様子に気付いた師匠が気をつかって付け足した途端、
「玲萌すげー」
「やっぱ惠簾ちゃん、高山神社の巫女さんだもんな」
と、また騒がしくなる。
「土蜘蛛退治にこの榊惠簾は役立ってなどおりません」
惠簾の声は神聖な鈴の音のように、騒がしい部屋でも透き通って響いた。「土蜘蛛を倒せたのはひとえに橘さまのおかげです」
また注目のまとになった俺は内心、うわ~やめてよぉと叫んでいた。かっこわりぃから口には出さねーけど。
「あいつ滅亡した龍族の血を引いてるんだっけ?」
「いや、橘くん自身が水をつかさどる白龍だったはず」
「精霊王じゃなかった?」
「龍神だって惠簾ちゃん言ってたぜ」
「てことは神様かよ!」
また話が大きくなっててまじめんどくせぇ。もぉそこの中庭からひょいっと帰っちまっていいかな?
俺が逃げ出したくてそわそわしているのに気付いたのか、玲萌がぴしゃりと言った。
「あんたたち静かにしなさいよ。樹葵は水龍の遺物の一部を身体に移植されて魔力量が膨大になっただけ。あたしたちと同じこの学院の学生よ」
それから振り返ってにっこりとほほ笑む。「あたしと協力して土蜘蛛と戦ったのよねっ」
「お、おう。まあそうだな」
玲萌の勢いに気圧される俺。「でも正直、あいつ伝説になるほど強かったか?」
俺は小声で玲萌に問いかけたつもりだったのだが、教室のはしから
「え~」
という抗議の声がした。「橘くんったら自分がめっちゃ強いからあんなこと言って」
「いやいや」
俺は慌てて手を振り、
「土蜘蛛自体の攻撃が結界でも防げないほど強力とか、動きが目にもとまらぬほど速いとかじゃないんだ。問題は攻撃で受けた傷が、ものすげぇはやさで治っていくってぇことなんだよ」
と説明する。
まじか、とか、土蜘蛛ってそういう魔物なんだ、という声が聞こえる。
「俺が気になってんのはさ、なんで過去に封印しかされてねえのかってこと。倒せなかったからなの? それとも不死の魔物で、消滅させるのは不可能とか?」
玲萌が使い古した教科書をペラペラとめくる。教科書は先輩からゆずり受けるから、みんなぼろいのを使っているのだ。
「ここでは『八百五十年ほど前、白草国にて土蜘蛛が封印され』の一文で終わってるのよね」
「あ、授業で習ってんだな。教科書に書いてないことも講義で言ってたとか……」
学院時代、ろくに授業を聞いていなかった俺は冷や汗をかく。
「そんなにこまかく取り上げてないわよ。一年間の歴史講義で、国じゅうの事件五百年分くらいを習うんだから」
「そうだよな」
そっと胸をなでおろす俺に、
「もう、樹葵ってば繊細クンなんだから」
うっ。あんたが図太いだけだと思うんだが……
「土蜘蛛って――」
いきなり夕露がむっくりと起き上がった。「なんで封印されてたの?」
そこから!? と誰かがツッコミを入れるいとまもなく、
「ぬか漬けにでもしてたの?」
新説を繰り出してきた。
沈黙する学生たちに、
「では土蜘蛛の被害について説明できる人」
師匠が急に授業態に切り替わった。
「人を食らうんだっけ?」
旧校舎地下で玲萌に聞いたことをそのまま発言する俺。
「そう、さらに当時の都を滅ぼす勢いで、火を吐いたり天変地異を引き起こしたりしたのよね」
すらすらと続ける玲萌。
「その通りです。素晴らしいですね、橘くんも玲萌さんも!」
満面の笑みでほめられてしまった。それから師匠はみんなのほうを向いて、
「伝わる書物によればまず第一に、橘くんが言ったように人を食らったと書かれています。さらに玲萌さんが話したように都には炎を、田畑には鉄砲水を吐いて、国を滅ぼしかねない脅威だったと」
「知ってるわ。でもこの学院の敷地内に封印されていたなんて、初耳だったんだけど?」
ちょっぴり責めるような玲萌の口調に、師匠はたじたじとなりながら、
「ええっと、時系列順に話しましょう。まず封印したあと当時の人々はどのような処置を取ったかご存知ですか?」
玲萌が答える前に、
「食べた!」
自信たっぷり、即答する夕露。
「食べてたらさっきあたしたちが戦ったのはなんだったのよ!」
間髪入れずつっこむ玲萌に、
「まさか」
夕露は大げさに口もとをおさえる。「誰かの食べ残し!?」
瀬良師匠が、コホンとひとつ咳払いして、
「封印された岩の上にお堂が建てられました。約八百五十年前に建てられた最初の雲滅堂は火災で焼失し、その後再建されたお堂も三百年近く前、我が国が戦で荒れた時代に焼かれてしまいました。天下統一後、再度建立された雲滅堂は補修しながら長い間保全され、約百五十年前、魔道を伝授する塾が開かれたときに使われたんです」
「それが――」
と口をはさむ俺。「この魔道学院?」
「――の、前身ですね。当時はまだ私塾でした。各地に出現した魔道私塾を国が管理するようになって、いまの王立魔道学院になります」
「雲滅堂が私塾に使われたってぇのは、建立当時の意味が失われたのか?」
首をかしげる俺に、
「完全に失われたわけではないからこそ、魔道に長けた者の集まる場となったのでしょう。ただ封印されてから約七百年が経過していたわけで、人々の記憶は風化していたでしょうね」
「ま、今のあたしたちだって土蜘蛛なんて伝説だと思ってたもん。百五十年前の人たちだってそんな感じよね」
玲萌の言葉に、
「かも知れませんが、よく分かんねえ強力な封印があるからなんの魔物がいるか見てみよーぜ、なんて思う若者はこの百五十年間いなかったんでしょうねえ」
師匠が笑顔でちくりとやる。玲萌は顔色ひとつ変えず、
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「はい」
と師匠は大きくうなずいた。
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