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第10話、巨大な化け蜘蛛が糸を吐く

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 魔力光に照らし出された土蜘蛛つちぐもは、ほとんど黒いに近いこげ茶色の毛に覆われていた。赤い目がいくつも並び、両側にわらわらと足が動く。ひたいと呼べばいいのだろうか――頭の上に三日月の形をした刀傷があった。

「うわぁもう樹葵ジュキ!」

 玲萌レモが珍しく取り乱して後ずさる。

「どうやら、やべーもん復活させちまったみてぇだな」

 さすがの俺もちょっと声がかすれる。「伝説級の魔物じゃねえか」

「『人類と魔物Ⅰ』でこの土地に伝わる魔獣として習ったけど、歴史っていうより伝説みたいな認識だったわ」

 そんな授業あったっけ。さすが玲萌レモ、よく勉強している。

 そのとき――

「ぐぉおおぉぉ――」

 地下空間に怪物のくぐもった咆哮ほうこうが響く。と同時に、天井付近に突然、白い網のようなものが出現した。それは投げ縄のようにこちらに向かい――

 いや、俺の横をすり抜けて玲萌レモをねらってる!?

「危ないっ」

 扇状に広がって降りそそぐ寸前、俺は右手に玲萌レモを抱きかかえてうしろに跳躍した。

 蜘蛛糸はたった今まで彼女の立っていた土の上に、へなっと落ちた。

「あれにからめとられると、どうなっちゃうのかしら」

 玲萌レモが身震いする。

「知る必要なんざねぇよ」

 俺は手身近に答えて、左手を怪物に向かって突き出した。体内の活源力エネルギーを左手の先に集中させる。

 次の攻撃がくるより早く――

「グギャアアァアァァ!」

 目に見えぬ衝撃波に襲われた土蜘蛛から、身も凍るような絶叫が聞こえた。

「すごい……。呪文も唱えず魔力をそのまま打ち込んでるの!?」

 玲萌レモの言う通りだ。俺から言わせれば、こんな常識はずれの攻撃方法を見抜く彼女が優秀なのだ。

 土蜘蛛の頭から体にかけて縦に大きな亀裂が走り、左右に分断されているのが見える。

「やったか?」

 俺は誰にともなく問う。

 当然ながら土蜘蛛に動く気配はない。

「伝説の土蜘蛛も樹葵ジュキにかかればこんなもの!?」

「何百年も封印されてるあいだに力が弱まったんじゃねえか?」

 あまりのあっけなさに肩透かしを食らって、俺たちは一階へ戻ろうとする。石段に足をかけたとき、振り返った玲萌レモこおりついた。

「傷が―― ふさがっていく」

 玲萌レモの視線の先、今しがた俺の攻撃で真っ二つになったはずの土蜘蛛が、ゆっくりと身を起こした。

紅灼溶玉閃こうしゃくようぎょくせん、紅蓮の飛弾ひだんとなりて――」

 玲萌レモが小さく呪文を唱えだす。

 土蜘蛛は封印からめたばかりで寝ぼけているのか、のろのろわらわらと足を動かしてこちらに近付こうとする。

すさまじきさにてぜ給え!」

 再び襲い来る糸のとばりへ向かって、玲萌レモの放った炎弾が飛びゆき蜘蛛糸に着火し土蜘蛛に降りかかる――と思いきや怪物は立ち上がり口を開けた。頭をぐるりと回し――

「炎を食べてる!?」

 あろうことか赤い火の玉が次々と、土蜘蛛の口内へ吸い込まれてゆく。

「傷が治るってんなら、死骸も残らねえほどのケシズミにしてやらあ!」

 俺は一歩前に出て印を結んだ。

紅灼溶玉閃こうしゃくようぎょくせん褐漠巨厳壌かっぱくごげんじょう轟絢囂爛ごうけんごうらん、願わくは、の血と等しき色成す烈火をもって――」

「ちょっと待ったぁぁぁっ!」

 玲萌レモが慌ててうしろから俺を羽交はがめにする。「樹葵ジュキが本気で魔術を使ったら、このへん一帯が消し飛んじゃうでしょ!!」

 そーでした。

「というかここ地下だから、あたしの術でも上の建物がくずれたら二人とも生き埋めだけどね」

 嫌なことを言いやがる。だが玲萌レモはめげずに次の術を唱えはじめた。

褐漠巨厳壌かっぱくごげんじょう深鑿轟陥しんさくごうかん――」

 炎は食いやがるし致命傷もふさがるし、攻撃しても意味なくね? と思っていると――

「我が前なる大地、奈落へと穿孔せんこうし給え!」

 ごがぁっ

 派手な音を立てて、土蜘蛛の下の土が掘り下がる。ここは地下、上に場所がないなら、さらに下へ落としてしまう作戦か!

「ただの時間稼ぎよ」

 玲萌レモが苦笑する。「倒しようがないから封印されてたってことね。あたしは封印だの結界だのって術は得意じゃない。樹葵ジュキは?」

「俺は派手な攻撃魔術専門だ」

「なにか案は――」

「ねーよ。考えるのは玲萌レモの係じゃん」

 間髪入れずに答えると、ちょっとあきれた顔で俺の頭に手を伸ばしてきた。

「もう! 樹葵ジュキ、本当は頭いいでしょ? 学院の試験は暗記第一だから能力発揮できないだけで!」

 そっと俺の髪にふれる。そのやさしい感触に、玲萌レモはやっぱり俺のこと分かってくれてるんだなと思う。

「俺の役目は、そんなあんたを守ることだよ」

 と笑いながら答えたとき、穴から土蜘蛛の一部がのぞいた。三度みたび、蜘蛛糸が玲萌レモに向かってはしる!

 俺は無言で結界を展開した。

「さすが樹葵ジュキ! 普通の人間が呪文を唱えていたら間に合わなかったわ!」

「なんかあいつ、玲萌レモばかり攻撃してねぇか?」

 三回とも明らかに彼女をねらっていたと思うのだが。

「エサ認定されてるのかも」

「どーゆーこった?」

「八百五十年前には都の半数以上の人間を食らったと言われるのよ!」

「そいつぁ穏やかじゃねえな。俺に糸を仕掛けないのは、うろこの生えた生き物は口に合わねえってわけかい」

 俺は唇の端を笑みの形につり上げた。「好き嫌いはよくねえな、土蜘蛛さんよ」

 ついに前足を穴から出した土蜘蛛が、俺たちに向かって火を吐いた。

 結界はすでに展開している――と思いきや、

「熱い!」

 叫んだ玲萌レモを慌てて、水浅葱色の外套マントのなかに抱き寄せる。

「我が力よ!」

 俺の声に応じて、周囲に大量の水が出現し一瞬で消化した。

「くそっ、結界ごと蒸し焼きになるとこだったぜ」

「手加減できる相手じゃないみたいね」

 俺の腕の中で玲萌レモが、決意を固めた目をしている。何か策があるのか。 

「あたしがこの空間全体に風の結界を張って被害を食い止めるから、樹葵ジュキ、最強魔術を使ってちょうだい」

「いいのか? 結界とか防御系はあまり得意じゃないって――」

「迷ってる暇はないわ。風属性は得意だから」

 玲萌レモは俺を見上げて片瞬ウインクした。「なんとか持ちこたえて見せるっ!」

「分かった。あんたがそう言うなら」

 俺はうなずいた。玲萌レモを信頼する。

 玲萌レモが目を伏せ印を組む。「翠薫颯旋嵐すいくんそうせんらん嵐舞回旋らんぶかいせん――」

 彼女の詠唱に、俺の声が重なる。「紅灼溶玉閃こうしゃくようぎょくせん褐漠巨厳壌かっぱくごげんじょう轟絢囂爛ごうけんごうらん――」

 玲萌レモの術が一瞬早く完成したようだ。部屋全体を風がめぐり、土間の土を巻き上げていく。

 土蜘蛛は俺たちに向かって前足を振り上げたまま静止している。魔術構築中の俺を中心に渦巻く強烈な「気」に、動けずにいるのだ。

「願わくは、の血と等しき色成す烈火をもって、荘重そうちょうなる土塊をもって――」

 俺の術が完成した!

「我を包みし宇内うだい、全てを呑噬どんぜいせんことを!!」
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