10 / 84
第10話、巨大な化け蜘蛛が糸を吐く
しおりを挟む
魔力光に照らし出された土蜘蛛は、ほとんど黒いに近いこげ茶色の毛に覆われていた。赤い目がいくつも並び、両側にわらわらと足が動く。額と呼べばいいのだろうか――頭の上に三日月の形をした刀傷があった。
「うわぁもう樹葵!」
玲萌が珍しく取り乱して後ずさる。
「どうやら、やべーもん復活させちまったみてぇだな」
さすがの俺もちょっと声がかすれる。「伝説級の魔物じゃねえか」
「『人類と魔物Ⅰ』でこの土地に伝わる魔獣として習ったけど、歴史っていうより伝説みたいな認識だったわ」
そんな授業あったっけ。さすが玲萌、よく勉強している。
そのとき――
「ぐぉおおぉぉ――」
地下空間に怪物のくぐもった咆哮が響く。と同時に、天井付近に突然、白い網のようなものが出現した。それは投げ縄のようにこちらに向かい――
いや、俺の横をすり抜けて玲萌をねらってる!?
「危ないっ」
扇状に広がって降りそそぐ寸前、俺は右手に玲萌を抱きかかえてうしろに跳躍した。
蜘蛛糸はたった今まで彼女の立っていた土の上に、へなっと落ちた。
「あれに絡めとられると、どうなっちゃうのかしら」
玲萌が身震いする。
「知る必要なんざねぇよ」
俺は手身近に答えて、左手を怪物に向かって突き出した。体内の活源力を左手の先に集中させる。
次の攻撃がくるより早く――
「グギャアアァアァァ!」
目に見えぬ衝撃波に襲われた土蜘蛛から、身も凍るような絶叫が聞こえた。
「すごい……。呪文も唱えず魔力をそのまま打ち込んでるの!?」
玲萌の言う通りだ。俺から言わせれば、こんな常識はずれの攻撃方法を見抜く彼女が優秀なのだ。
土蜘蛛の頭から体にかけて縦に大きな亀裂が走り、左右に分断されているのが見える。
「やったか?」
俺は誰にともなく問う。
当然ながら土蜘蛛に動く気配はない。
「伝説の土蜘蛛も樹葵にかかればこんなもの!?」
「何百年も封印されてるあいだに力が弱まったんじゃねえか?」
あまりのあっけなさに肩透かしを食らって、俺たちは一階へ戻ろうとする。石段に足をかけたとき、振り返った玲萌が凍りついた。
「傷が―― ふさがっていく」
玲萌の視線の先、今しがた俺の攻撃で真っ二つになったはずの土蜘蛛が、ゆっくりと身を起こした。
「紅灼溶玉閃、紅蓮の飛弾となりて――」
玲萌が小さく呪文を唱えだす。
土蜘蛛は封印から醒めたばかりで寝ぼけているのか、のろのろわらわらと足を動かしてこちらに近付こうとする。
「凄まじき速さにて翔け爆ぜ給え!」
再び襲い来る糸の帳へ向かって、玲萌の放った炎弾が飛びゆき蜘蛛糸に着火し土蜘蛛に降りかかる――と思いきや怪物は立ち上がり口を開けた。頭をぐるりと回し――
「炎を食べてる!?」
あろうことか赤い火の玉が次々と、土蜘蛛の口内へ吸い込まれてゆく。
「傷が治るってんなら、死骸も残らねえほどのケシズミにしてやらあ!」
俺は一歩前に出て印を結んだ。
「紅灼溶玉閃、褐漠巨厳壌、轟絢囂爛、願わくは、其の血と等しき色成す烈火を以て――」
「ちょっと待ったぁぁぁっ!」
玲萌が慌ててうしろから俺を羽交い締めにする。「樹葵が本気で魔術を使ったら、このへん一帯が消し飛んじゃうでしょ!!」
そーでした。
「というかここ地下だから、あたしの術でも上の建物がくずれたら二人とも生き埋めだけどね」
嫌なことを言いやがる。だが玲萌はめげずに次の術を唱えはじめた。
「褐漠巨厳壌、深鑿轟陥――」
炎は食いやがるし致命傷もふさがるし、攻撃しても意味なくね? と思っていると――
「我が前なる大地、奈落へと穿孔し給え!」
ごがぁっ
派手な音を立てて、土蜘蛛の下の土が掘り下がる。ここは地下、上に場所がないなら、さらに下へ落としてしまう作戦か!
「ただの時間稼ぎよ」
玲萌が苦笑する。「倒しようがないから封印されてたってことね。あたしは封印だの結界だのって術は得意じゃない。樹葵は?」
「俺は派手な攻撃魔術専門だ」
「なにか案は――」
「ねーよ。考えるのは玲萌の係じゃん」
間髪入れずに答えると、ちょっとあきれた顔で俺の頭に手を伸ばしてきた。
「もう! 樹葵、本当は頭いいでしょ? 学院の試験は暗記第一だから能力発揮できないだけで!」
そっと俺の髪にふれる。そのやさしい感触に、玲萌はやっぱり俺のこと分かってくれてるんだなと思う。
「俺の役目は、そんなあんたを守ることだよ」
と笑いながら答えたとき、穴から土蜘蛛の一部がのぞいた。三度、蜘蛛糸が玲萌に向かって奔る!
俺は無言で結界を展開した。
「さすが樹葵! 普通の人間が呪文を唱えていたら間に合わなかったわ!」
「なんかあいつ、玲萌ばかり攻撃してねぇか?」
三回とも明らかに彼女をねらっていたと思うのだが。
「エサ認定されてるのかも」
「どーゆーこった?」
「八百五十年前には都の半数以上の人間を食らったと言われるのよ!」
「そいつぁ穏やかじゃねえな。俺に糸を仕掛けないのは、うろこの生えた生き物は口に合わねえってわけかい」
俺は唇の端を笑みの形につり上げた。「好き嫌いはよくねえな、土蜘蛛さんよ」
ついに前足を穴から出した土蜘蛛が、俺たちに向かって火を吐いた。
結界はすでに展開している――と思いきや、
「熱い!」
叫んだ玲萌を慌てて、水浅葱色の外套のなかに抱き寄せる。
「我が力よ!」
俺の声に応じて、周囲に大量の水が出現し一瞬で消化した。
「くそっ、結界ごと蒸し焼きになるとこだったぜ」
「手加減できる相手じゃないみたいね」
俺の腕の中で玲萌が、決意を固めた目をしている。何か策があるのか。
「あたしがこの空間全体に風の結界を張って被害を食い止めるから、樹葵、最強魔術を使ってちょうだい」
「いいのか? 結界とか防御系はあまり得意じゃないって――」
「迷ってる暇はないわ。風属性は得意だから」
玲萌は俺を見上げて片瞬した。「なんとか持ちこたえて見せるっ!」
「分かった。あんたがそう言うなら」
俺はうなずいた。玲萌を信頼する。
玲萌が目を伏せ印を組む。「翠薫颯旋嵐、嵐舞回旋――」
彼女の詠唱に、俺の声が重なる。「紅灼溶玉閃、褐漠巨厳壌、轟絢囂爛――」
玲萌の術が一瞬早く完成したようだ。部屋全体を風がめぐり、土間の土を巻き上げていく。
土蜘蛛は俺たちに向かって前足を振り上げたまま静止している。魔術構築中の俺を中心に渦巻く強烈な「気」に、動けずにいるのだ。
「願わくは、其の血と等しき色成す烈火を以て、其の荘重なる土塊を以て――」
俺の術が完成した!
「我を包みし宇内、全てを呑噬せんことを!!」
「うわぁもう樹葵!」
玲萌が珍しく取り乱して後ずさる。
「どうやら、やべーもん復活させちまったみてぇだな」
さすがの俺もちょっと声がかすれる。「伝説級の魔物じゃねえか」
「『人類と魔物Ⅰ』でこの土地に伝わる魔獣として習ったけど、歴史っていうより伝説みたいな認識だったわ」
そんな授業あったっけ。さすが玲萌、よく勉強している。
そのとき――
「ぐぉおおぉぉ――」
地下空間に怪物のくぐもった咆哮が響く。と同時に、天井付近に突然、白い網のようなものが出現した。それは投げ縄のようにこちらに向かい――
いや、俺の横をすり抜けて玲萌をねらってる!?
「危ないっ」
扇状に広がって降りそそぐ寸前、俺は右手に玲萌を抱きかかえてうしろに跳躍した。
蜘蛛糸はたった今まで彼女の立っていた土の上に、へなっと落ちた。
「あれに絡めとられると、どうなっちゃうのかしら」
玲萌が身震いする。
「知る必要なんざねぇよ」
俺は手身近に答えて、左手を怪物に向かって突き出した。体内の活源力を左手の先に集中させる。
次の攻撃がくるより早く――
「グギャアアァアァァ!」
目に見えぬ衝撃波に襲われた土蜘蛛から、身も凍るような絶叫が聞こえた。
「すごい……。呪文も唱えず魔力をそのまま打ち込んでるの!?」
玲萌の言う通りだ。俺から言わせれば、こんな常識はずれの攻撃方法を見抜く彼女が優秀なのだ。
土蜘蛛の頭から体にかけて縦に大きな亀裂が走り、左右に分断されているのが見える。
「やったか?」
俺は誰にともなく問う。
当然ながら土蜘蛛に動く気配はない。
「伝説の土蜘蛛も樹葵にかかればこんなもの!?」
「何百年も封印されてるあいだに力が弱まったんじゃねえか?」
あまりのあっけなさに肩透かしを食らって、俺たちは一階へ戻ろうとする。石段に足をかけたとき、振り返った玲萌が凍りついた。
「傷が―― ふさがっていく」
玲萌の視線の先、今しがた俺の攻撃で真っ二つになったはずの土蜘蛛が、ゆっくりと身を起こした。
「紅灼溶玉閃、紅蓮の飛弾となりて――」
玲萌が小さく呪文を唱えだす。
土蜘蛛は封印から醒めたばかりで寝ぼけているのか、のろのろわらわらと足を動かしてこちらに近付こうとする。
「凄まじき速さにて翔け爆ぜ給え!」
再び襲い来る糸の帳へ向かって、玲萌の放った炎弾が飛びゆき蜘蛛糸に着火し土蜘蛛に降りかかる――と思いきや怪物は立ち上がり口を開けた。頭をぐるりと回し――
「炎を食べてる!?」
あろうことか赤い火の玉が次々と、土蜘蛛の口内へ吸い込まれてゆく。
「傷が治るってんなら、死骸も残らねえほどのケシズミにしてやらあ!」
俺は一歩前に出て印を結んだ。
「紅灼溶玉閃、褐漠巨厳壌、轟絢囂爛、願わくは、其の血と等しき色成す烈火を以て――」
「ちょっと待ったぁぁぁっ!」
玲萌が慌ててうしろから俺を羽交い締めにする。「樹葵が本気で魔術を使ったら、このへん一帯が消し飛んじゃうでしょ!!」
そーでした。
「というかここ地下だから、あたしの術でも上の建物がくずれたら二人とも生き埋めだけどね」
嫌なことを言いやがる。だが玲萌はめげずに次の術を唱えはじめた。
「褐漠巨厳壌、深鑿轟陥――」
炎は食いやがるし致命傷もふさがるし、攻撃しても意味なくね? と思っていると――
「我が前なる大地、奈落へと穿孔し給え!」
ごがぁっ
派手な音を立てて、土蜘蛛の下の土が掘り下がる。ここは地下、上に場所がないなら、さらに下へ落としてしまう作戦か!
「ただの時間稼ぎよ」
玲萌が苦笑する。「倒しようがないから封印されてたってことね。あたしは封印だの結界だのって術は得意じゃない。樹葵は?」
「俺は派手な攻撃魔術専門だ」
「なにか案は――」
「ねーよ。考えるのは玲萌の係じゃん」
間髪入れずに答えると、ちょっとあきれた顔で俺の頭に手を伸ばしてきた。
「もう! 樹葵、本当は頭いいでしょ? 学院の試験は暗記第一だから能力発揮できないだけで!」
そっと俺の髪にふれる。そのやさしい感触に、玲萌はやっぱり俺のこと分かってくれてるんだなと思う。
「俺の役目は、そんなあんたを守ることだよ」
と笑いながら答えたとき、穴から土蜘蛛の一部がのぞいた。三度、蜘蛛糸が玲萌に向かって奔る!
俺は無言で結界を展開した。
「さすが樹葵! 普通の人間が呪文を唱えていたら間に合わなかったわ!」
「なんかあいつ、玲萌ばかり攻撃してねぇか?」
三回とも明らかに彼女をねらっていたと思うのだが。
「エサ認定されてるのかも」
「どーゆーこった?」
「八百五十年前には都の半数以上の人間を食らったと言われるのよ!」
「そいつぁ穏やかじゃねえな。俺に糸を仕掛けないのは、うろこの生えた生き物は口に合わねえってわけかい」
俺は唇の端を笑みの形につり上げた。「好き嫌いはよくねえな、土蜘蛛さんよ」
ついに前足を穴から出した土蜘蛛が、俺たちに向かって火を吐いた。
結界はすでに展開している――と思いきや、
「熱い!」
叫んだ玲萌を慌てて、水浅葱色の外套のなかに抱き寄せる。
「我が力よ!」
俺の声に応じて、周囲に大量の水が出現し一瞬で消化した。
「くそっ、結界ごと蒸し焼きになるとこだったぜ」
「手加減できる相手じゃないみたいね」
俺の腕の中で玲萌が、決意を固めた目をしている。何か策があるのか。
「あたしがこの空間全体に風の結界を張って被害を食い止めるから、樹葵、最強魔術を使ってちょうだい」
「いいのか? 結界とか防御系はあまり得意じゃないって――」
「迷ってる暇はないわ。風属性は得意だから」
玲萌は俺を見上げて片瞬した。「なんとか持ちこたえて見せるっ!」
「分かった。あんたがそう言うなら」
俺はうなずいた。玲萌を信頼する。
玲萌が目を伏せ印を組む。「翠薫颯旋嵐、嵐舞回旋――」
彼女の詠唱に、俺の声が重なる。「紅灼溶玉閃、褐漠巨厳壌、轟絢囂爛――」
玲萌の術が一瞬早く完成したようだ。部屋全体を風がめぐり、土間の土を巻き上げていく。
土蜘蛛は俺たちに向かって前足を振り上げたまま静止している。魔術構築中の俺を中心に渦巻く強烈な「気」に、動けずにいるのだ。
「願わくは、其の血と等しき色成す烈火を以て、其の荘重なる土塊を以て――」
俺の術が完成した!
「我を包みし宇内、全てを呑噬せんことを!!」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
130
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる