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第26話★猫殿下、失恋する!?【王太子視点】
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「――あ」
母上が小さく声を上げ、片手で口を押さえた。魔女が使う「その者の一番大切なものに姿を変えてしまう魔法薬」を、母上は知っているのだろうか? 余は父上に報告したが、父上が母上に伝えたかどうかまでは分からない。
母上はそれ以上、何も言わず小さなダイヤモンドを絹のハンカチに戻した。かわりにドラベッラのものらしきイヤリングを手に取り、
「金具の部分に何か彫ってあるわ。名前かしら?」
「失礼します」
ロミルダが近付いてイヤリングを拝見し、
「宝石職人の名前だと思います。お義母様とドラベッラがお屋敷によく呼び寄せていた者の名です」
「ありがとう」
母上は小声でロミルダに礼を言うと、心を決めたようにうなずいた。
「魔女アルチーナとその娘ドラベッラは、まだそう遠くまで逃げてはいないでしょう。近隣の街へ続く道をすべて封鎖し検問しなさい」
「すぐ騎士団に伝えます!」
衛兵が部屋を飛び出して行った。
「王妃殿下、王都周辺に潜伏していると考えられていた魔女たちが、我々を追って離宮まで来ていたということは――」
余の侍従が母上の前にひざまずき、申し上げる。
「――むしろ王都の宮殿にお戻りになった方が安全ではありませんか?」
「ですが今朝、宮廷魔術師を呼び寄せるために王都へ早馬を走らせたばかりですよ? 今、動いては行き違いになってしまいます」
「もちろん数名は離宮に残るのです。王妃殿下とロミルダ様は、騎士団や衛兵たちと共に王都へ出発されてはいかがでしょう?」
侍従の進言は、余が聞いても道理にかなっていると感じたが、母上は首を振った。
「宮廷魔術師が探索魔法を使った結果、王子たちが危険な場所にいると判明する可能性もあります。私たちの旅の護衛に騎士団を連れて行ってしまったら、王子たちを救出できないかも知れません」
「それも一理あるかと存じますが――」
歯切れの悪い返事をする侍従に、ロミルダが声をかけた。
「あの……わたくし思うのですが、ミケーレ殿下とカルロ殿下がこの土地で行方不明になられたのに、お二人を残して出発されるよう王妃殿下に申し上げるのは、やや酷ではありませんでしょうか?」
ん? 何が酷なのだ?
「は……」
案の定、余の侍従も意味をとらえきれずに固まっておる。
するとロミルダの侍女サラが、愚鈍な者でも見るような目でのたまった。
「お后様は王妃殿下であると同時に、お二人の母親なのですよ? 愛するご子息たちをお思いになるお気持ちが分からないのですか?」
そういうことか。母上はカルロを溺愛しておるからな。あいつがいるであろうこの地を離れられぬのは理解できる。
じゅうたんの上で背中の毛づくろいをしていた余は、なんとなく人肌が恋しくなって、ロミルダの足元に歩いて行くと首をすり寄せた。ロミルダはやわらかくほほ笑んで腰をかがめると、余の頭を撫でてくれる。
そのとき遠くから、村の教会の鐘が時を告げる音が聞こえた。
「ディライラ様にお食事をお与えする時刻ゆえ、私は失礼させていただきます」
侍従は頭を下げて部屋から出て行った。
「ロミルダさん、ありがとう」
母上がロミルダに礼を言ったので、余は驚いて母上の顔を見上げてしまった。
「いいえ、とんでもございません」
ロミルダも恐縮している。
「あなたは本当に心優しい女性なのね」
うむ、それはその通りだ。
「もしお時間があるのなら、少しお話ししません?」
「はい、喜んで。もったいないお言葉でございます」
かわいそうにロミルダ、内心面倒くさいと思っているのだろうが、断れないものな。余が同じ馬車に乗っても、部屋を訪れても、「サラと二人の気ままな時間を奪われちゃった」って顔する娘なのだ。素直だから思ったことが全部顔に出るのだが、そんなところも愛おしい。
「そんな固くならなくて良いのよ」
無理な注文をしてから、母上は侍女に茶と菓子の用意を命じた。
母上と共にテーブルについたロミルダの膝の上に、余は飛び乗って丸くなった。
「なついているわね」
と、のぞきこむ母上。
「はいっ、この子、三毛猫のミケちゃんって言うんです!」
うれしそうに余を紹介するロミルダがかわいらしい。
「私も撫でていいかしら?」
げっ。母上が手を伸ばしてきて、余は身体をこわばらせた。人間だったころ母上に触れられた記憶がないのだ。弟のカルロは幼いころよく甘えていたが、王位継承者である余は母親から離されて育ったからな。
「大丈夫よ、ミケちゃん。お后様はお優しい方だから」
おびえてロミルダの腹に顔をうずめる余をそっと撫でてくれる。
「猫ちゃん、すっかりイカ耳になっちゃって。私にはなついてくれないのかしら?」
寂しそうな母上に、ロミルダの斜め後ろに立っていたサラがきっぱりと言った。
「ご安心くださいませ。わたくしにもなつきませんから、その猫」
お前は別問題だ、サラ。なつかないんじゃなくて嫌いな人間だからな。
母上は余を撫でるのをあきらめて、ティーカップに口をつけた。
「ロミルダさんにお礼を言おうと思っていたの」
「えっ?」
「この頃ミケーレの表情が少しやわらかくなったのは、あなたのおかげだと思うのよ」
そういえば母上は、よもやこの三毛猫の姿の余を、息子だと思ってはいないよな? 魔女の魔法薬で余が猫の姿になっていたことは極秘情報だが、国王である父上や宰相、騎士団長や宮廷魔術師など知っている者は何人かいる。弟カルロは知らない。母上は――?
「猫にしか心を開かなかったあの子が、あなたのことは信用しているみたいだから、私が伝えられなかった分の愛をあの子に伝えてあげて欲しいの」
「もちろんですっ! これからも殿下に召し上がっていただくお菓子には、愛情の魔法をかけますわ!」
元気に答えたロミルダの肩に、サラがいさめるように手を置いた。
「あ。愛情の呪文を唱えるっていうのは冗談です」
母上はクスクスと笑い出した。いつも威厳を保っているこの人が、どのように笑うのか余は知らなかったから驚いた。
「そうやって明るいあなただから、あの子も安心してなついているのね」
なつくってなんだ、母上。失礼ではないか?
「あの子、いつも無関心な態度を装っているけれど、本当はとても繊細で傷付きやすい子なの」
母上にそんなふうに思われていたとは。余は冷たい人間だ。繊細なはずはない。
「私はあの子の性格を知っていながら――いいえ、だからこそ王位を継承するにふさわしい強い人間に育ってもらわなければいけないと思って、幼いころから距離を取って来た。そのせいでたくさん寂しい思いをさせて、反省しているわ――」
うつむく母上を、余はロミルダの服にしがみついたまま盗み見た。
「そんな、王妃様――」
誰に対しても優しいロミルダが、気遣うように声をかける。
「ミケーレ殿下はお一人目のお子様ですもの。王妃様が高いお志をお持ちになっていらっしゃったこと、想像に難くありませんわ!」
「そう、我が子に対しても王妃らしくあらねばと気負い過ぎた結果、あの子は愛を知らずに育ってしまったのよ……」
つまり余は失敗作だったわけか。なんだかこの場から逃げ出したい衝動に駆られて、余はロミルダの胸をよじ登ろうとした。
「ミケちゃん、爪立てないで。痛いわ」
ロミルダは笑いながら余を抱きあげると、頬をすり寄せてくれた。
「グルグルグル……」
(余を愛してくれるのはそなただけだ……)
「ミケちゃんたら喉鳴らしちゃって、かわいいんだから!」
感激したロミルダは、余の額や耳にひとしきりキスの雨を降り注いだあとで、
「でも王妃様、お言葉を返すようで申し訳ございませんが、ミケーレ殿下は愛にあふれた方ですのよ! 猫のディライラちゃんをとっても大切にしていらっしゃいますもの!」
満面の笑みで力説した。
「ロミルダさんは本当に前向きねぇ。わたくし、あの子の侍従から聞きましたのよ? お茶会の折り、あなたに『愛することはない』なんて言ったのでしょう?」
ちっ、言いつけたのは誰だ? 余の侍従はたくさんいるから分からぬが、確かなのは余にプライベートなどないということだ。
「殿下は確かにそうおっしゃいました。それって政略結婚の相手より、何も利害関係のない猫ちゃんを愛しているからでしょう?」
確かについ最近まではそうだった。だが今は違う。余はそなたを愛しているのだ、ロミルダ……。人間の言葉で伝えることはできないが―― 余は彼女の首筋をなめた。
「キャッ、くすぐったい! とにかくミケーレ様は、この上なく純粋なお心の持ち主なんです!」
「ロミルダさんがそうおっしゃってくれて少しホッとしたわ。婚約者であるあなたにも、宰相として王家に貢献してくれているモンターニャ侯爵にも申し訳なくて……」
「私も父も国のために尽力したいのです。私、ミケーレ殿下は一緒に国を運営してゆくパートナーだと思っております!」
もしや余は今、失恋したのではあるまいか?
「ロミルダさんは王妃になるための勉強にしっかり励んでいらっしゃるのね。若い娘が婚約者から『愛することはない』なんて言葉を突き付けられるのは、最大の悲劇だと思っていたけれど、聡明で責任感の強いロミルダさんには失礼だったわね」
「失礼だなんて! でも確かに私は、殿下との婚姻に甘い恋のロマンスなんて求めておりませんでした」
そなたが求めていなくても、余が甘い愛の世界に導いてやるのにゃ! ぺろぺろぺろ。
「もーうミケちゃんったら、なんでさっきからそんなに私をなめるのよ? きゃははっ」
母上の前にもかかわらず口を開けて華やかに笑うロミルダのうしろに、渋い顔で立っているサラが見えた。
「いいわねぇ、ミケちゃんになつかれて。私も抱っこしてみたいわ」
「あ、抱っこされます? どうぞ!」
ロミルダぁぁぁっ! なぜ余を母上に渡すのだ!
「まあうれしい!」
母上、猫なんかお好きじゃなかったでしょう!? 何を考えているのか全く分からん。まさか余だと気付いておるのか!?
「あら私が抱っこした途端、瞳孔が真ん丸になって尻尾がぼわって太くなっちゃったわ」
だって怖いんだもん……
「ミケちゃん、固まっちゃいましたね」
ロミルダが横で笑っておる。余の動揺に気付いているなら、そなたの腕の中に戻してくれ……!
「やっぱりロミルダさんじゃないとダメね。猫になったらさわり放題だと思ったのに」
母上は余をロミルダの膝の上にそっと下ろした。心臓がバクバク言っておるぞ。
いつもよりせわしなく上下する余の丸い背中を、ロミルダはなだめるように何度も撫でてくれた。
この日の午後、離宮に突然ドラベッラが現れて屋敷中が騒然となった。
・~・~・~・~・~・~
王妃の真意は・・・?
お気に入り追加や投票で作品を応援していただけると大変ありがたいです!
母上が小さく声を上げ、片手で口を押さえた。魔女が使う「その者の一番大切なものに姿を変えてしまう魔法薬」を、母上は知っているのだろうか? 余は父上に報告したが、父上が母上に伝えたかどうかまでは分からない。
母上はそれ以上、何も言わず小さなダイヤモンドを絹のハンカチに戻した。かわりにドラベッラのものらしきイヤリングを手に取り、
「金具の部分に何か彫ってあるわ。名前かしら?」
「失礼します」
ロミルダが近付いてイヤリングを拝見し、
「宝石職人の名前だと思います。お義母様とドラベッラがお屋敷によく呼び寄せていた者の名です」
「ありがとう」
母上は小声でロミルダに礼を言うと、心を決めたようにうなずいた。
「魔女アルチーナとその娘ドラベッラは、まだそう遠くまで逃げてはいないでしょう。近隣の街へ続く道をすべて封鎖し検問しなさい」
「すぐ騎士団に伝えます!」
衛兵が部屋を飛び出して行った。
「王妃殿下、王都周辺に潜伏していると考えられていた魔女たちが、我々を追って離宮まで来ていたということは――」
余の侍従が母上の前にひざまずき、申し上げる。
「――むしろ王都の宮殿にお戻りになった方が安全ではありませんか?」
「ですが今朝、宮廷魔術師を呼び寄せるために王都へ早馬を走らせたばかりですよ? 今、動いては行き違いになってしまいます」
「もちろん数名は離宮に残るのです。王妃殿下とロミルダ様は、騎士団や衛兵たちと共に王都へ出発されてはいかがでしょう?」
侍従の進言は、余が聞いても道理にかなっていると感じたが、母上は首を振った。
「宮廷魔術師が探索魔法を使った結果、王子たちが危険な場所にいると判明する可能性もあります。私たちの旅の護衛に騎士団を連れて行ってしまったら、王子たちを救出できないかも知れません」
「それも一理あるかと存じますが――」
歯切れの悪い返事をする侍従に、ロミルダが声をかけた。
「あの……わたくし思うのですが、ミケーレ殿下とカルロ殿下がこの土地で行方不明になられたのに、お二人を残して出発されるよう王妃殿下に申し上げるのは、やや酷ではありませんでしょうか?」
ん? 何が酷なのだ?
「は……」
案の定、余の侍従も意味をとらえきれずに固まっておる。
するとロミルダの侍女サラが、愚鈍な者でも見るような目でのたまった。
「お后様は王妃殿下であると同時に、お二人の母親なのですよ? 愛するご子息たちをお思いになるお気持ちが分からないのですか?」
そういうことか。母上はカルロを溺愛しておるからな。あいつがいるであろうこの地を離れられぬのは理解できる。
じゅうたんの上で背中の毛づくろいをしていた余は、なんとなく人肌が恋しくなって、ロミルダの足元に歩いて行くと首をすり寄せた。ロミルダはやわらかくほほ笑んで腰をかがめると、余の頭を撫でてくれる。
そのとき遠くから、村の教会の鐘が時を告げる音が聞こえた。
「ディライラ様にお食事をお与えする時刻ゆえ、私は失礼させていただきます」
侍従は頭を下げて部屋から出て行った。
「ロミルダさん、ありがとう」
母上がロミルダに礼を言ったので、余は驚いて母上の顔を見上げてしまった。
「いいえ、とんでもございません」
ロミルダも恐縮している。
「あなたは本当に心優しい女性なのね」
うむ、それはその通りだ。
「もしお時間があるのなら、少しお話ししません?」
「はい、喜んで。もったいないお言葉でございます」
かわいそうにロミルダ、内心面倒くさいと思っているのだろうが、断れないものな。余が同じ馬車に乗っても、部屋を訪れても、「サラと二人の気ままな時間を奪われちゃった」って顔する娘なのだ。素直だから思ったことが全部顔に出るのだが、そんなところも愛おしい。
「そんな固くならなくて良いのよ」
無理な注文をしてから、母上は侍女に茶と菓子の用意を命じた。
母上と共にテーブルについたロミルダの膝の上に、余は飛び乗って丸くなった。
「なついているわね」
と、のぞきこむ母上。
「はいっ、この子、三毛猫のミケちゃんって言うんです!」
うれしそうに余を紹介するロミルダがかわいらしい。
「私も撫でていいかしら?」
げっ。母上が手を伸ばしてきて、余は身体をこわばらせた。人間だったころ母上に触れられた記憶がないのだ。弟のカルロは幼いころよく甘えていたが、王位継承者である余は母親から離されて育ったからな。
「大丈夫よ、ミケちゃん。お后様はお優しい方だから」
おびえてロミルダの腹に顔をうずめる余をそっと撫でてくれる。
「猫ちゃん、すっかりイカ耳になっちゃって。私にはなついてくれないのかしら?」
寂しそうな母上に、ロミルダの斜め後ろに立っていたサラがきっぱりと言った。
「ご安心くださいませ。わたくしにもなつきませんから、その猫」
お前は別問題だ、サラ。なつかないんじゃなくて嫌いな人間だからな。
母上は余を撫でるのをあきらめて、ティーカップに口をつけた。
「ロミルダさんにお礼を言おうと思っていたの」
「えっ?」
「この頃ミケーレの表情が少しやわらかくなったのは、あなたのおかげだと思うのよ」
そういえば母上は、よもやこの三毛猫の姿の余を、息子だと思ってはいないよな? 魔女の魔法薬で余が猫の姿になっていたことは極秘情報だが、国王である父上や宰相、騎士団長や宮廷魔術師など知っている者は何人かいる。弟カルロは知らない。母上は――?
「猫にしか心を開かなかったあの子が、あなたのことは信用しているみたいだから、私が伝えられなかった分の愛をあの子に伝えてあげて欲しいの」
「もちろんですっ! これからも殿下に召し上がっていただくお菓子には、愛情の魔法をかけますわ!」
元気に答えたロミルダの肩に、サラがいさめるように手を置いた。
「あ。愛情の呪文を唱えるっていうのは冗談です」
母上はクスクスと笑い出した。いつも威厳を保っているこの人が、どのように笑うのか余は知らなかったから驚いた。
「そうやって明るいあなただから、あの子も安心してなついているのね」
なつくってなんだ、母上。失礼ではないか?
「あの子、いつも無関心な態度を装っているけれど、本当はとても繊細で傷付きやすい子なの」
母上にそんなふうに思われていたとは。余は冷たい人間だ。繊細なはずはない。
「私はあの子の性格を知っていながら――いいえ、だからこそ王位を継承するにふさわしい強い人間に育ってもらわなければいけないと思って、幼いころから距離を取って来た。そのせいでたくさん寂しい思いをさせて、反省しているわ――」
うつむく母上を、余はロミルダの服にしがみついたまま盗み見た。
「そんな、王妃様――」
誰に対しても優しいロミルダが、気遣うように声をかける。
「ミケーレ殿下はお一人目のお子様ですもの。王妃様が高いお志をお持ちになっていらっしゃったこと、想像に難くありませんわ!」
「そう、我が子に対しても王妃らしくあらねばと気負い過ぎた結果、あの子は愛を知らずに育ってしまったのよ……」
つまり余は失敗作だったわけか。なんだかこの場から逃げ出したい衝動に駆られて、余はロミルダの胸をよじ登ろうとした。
「ミケちゃん、爪立てないで。痛いわ」
ロミルダは笑いながら余を抱きあげると、頬をすり寄せてくれた。
「グルグルグル……」
(余を愛してくれるのはそなただけだ……)
「ミケちゃんたら喉鳴らしちゃって、かわいいんだから!」
感激したロミルダは、余の額や耳にひとしきりキスの雨を降り注いだあとで、
「でも王妃様、お言葉を返すようで申し訳ございませんが、ミケーレ殿下は愛にあふれた方ですのよ! 猫のディライラちゃんをとっても大切にしていらっしゃいますもの!」
満面の笑みで力説した。
「ロミルダさんは本当に前向きねぇ。わたくし、あの子の侍従から聞きましたのよ? お茶会の折り、あなたに『愛することはない』なんて言ったのでしょう?」
ちっ、言いつけたのは誰だ? 余の侍従はたくさんいるから分からぬが、確かなのは余にプライベートなどないということだ。
「殿下は確かにそうおっしゃいました。それって政略結婚の相手より、何も利害関係のない猫ちゃんを愛しているからでしょう?」
確かについ最近まではそうだった。だが今は違う。余はそなたを愛しているのだ、ロミルダ……。人間の言葉で伝えることはできないが―― 余は彼女の首筋をなめた。
「キャッ、くすぐったい! とにかくミケーレ様は、この上なく純粋なお心の持ち主なんです!」
「ロミルダさんがそうおっしゃってくれて少しホッとしたわ。婚約者であるあなたにも、宰相として王家に貢献してくれているモンターニャ侯爵にも申し訳なくて……」
「私も父も国のために尽力したいのです。私、ミケーレ殿下は一緒に国を運営してゆくパートナーだと思っております!」
もしや余は今、失恋したのではあるまいか?
「ロミルダさんは王妃になるための勉強にしっかり励んでいらっしゃるのね。若い娘が婚約者から『愛することはない』なんて言葉を突き付けられるのは、最大の悲劇だと思っていたけれど、聡明で責任感の強いロミルダさんには失礼だったわね」
「失礼だなんて! でも確かに私は、殿下との婚姻に甘い恋のロマンスなんて求めておりませんでした」
そなたが求めていなくても、余が甘い愛の世界に導いてやるのにゃ! ぺろぺろぺろ。
「もーうミケちゃんったら、なんでさっきからそんなに私をなめるのよ? きゃははっ」
母上の前にもかかわらず口を開けて華やかに笑うロミルダのうしろに、渋い顔で立っているサラが見えた。
「いいわねぇ、ミケちゃんになつかれて。私も抱っこしてみたいわ」
「あ、抱っこされます? どうぞ!」
ロミルダぁぁぁっ! なぜ余を母上に渡すのだ!
「まあうれしい!」
母上、猫なんかお好きじゃなかったでしょう!? 何を考えているのか全く分からん。まさか余だと気付いておるのか!?
「あら私が抱っこした途端、瞳孔が真ん丸になって尻尾がぼわって太くなっちゃったわ」
だって怖いんだもん……
「ミケちゃん、固まっちゃいましたね」
ロミルダが横で笑っておる。余の動揺に気付いているなら、そなたの腕の中に戻してくれ……!
「やっぱりロミルダさんじゃないとダメね。猫になったらさわり放題だと思ったのに」
母上は余をロミルダの膝の上にそっと下ろした。心臓がバクバク言っておるぞ。
いつもよりせわしなく上下する余の丸い背中を、ロミルダはなだめるように何度も撫でてくれた。
この日の午後、離宮に突然ドラベッラが現れて屋敷中が騒然となった。
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