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第14話、魔女の術は解かれた
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侍従に伴われて地下牢へ下りてきた宮廷魔術師が、
「真の姿を!」
ニャゴニャゴ言っているアルチーナ夫人に魔法の杖を向け、呪文を唱えた。
「まぶしっ」
暗い地下に突然閃光が走って、ロミルダは両手で顔を覆った。
「ニャーオ」
愛らしい鳴き声に目を開けると、牢の中に残されたアルチーナ夫人のドレスの上に三毛猫が座っている。
「やはりディライラ!」
誰もが息をのむ中、ミケーレ王太子が牢の前へ片ひざをつく。三毛猫ディライラは柵の間を器用にすり抜けて、ミケーレのひざに両手を置いて後ろ足で踏ん張った。
「ニャーン」
「抱っこだな。よしよし」
赤ん坊でも抱き上げるかのように、猫を抱いて立ち上がる。
目の前の光景が信じられず目をしばたくロミルダに、宮廷魔術師が説明した。
「魔女は自らの魂を三毛猫ディライラ様と入れ替えたのです。つまり猫の姿になって柵をすり抜け、牢番小屋の窓から侵入し、牢番を眠らせて鍵を盗んだのでしょう」
「魔女アルチーナめ、許さんぞ!」
飼い主がふいに怒声を上げたので、ディライラは驚いて飛びあがり、ミケーレの腕をすり抜けた。
「あら~いらっしゃいディライラちゃん。怖いおじちゃんは嫌でちゅね~」
猫なで声を出すロミルダの腕の中に、すとんと下りてきた。
まだ青年なのにおじちゃん呼ばわりされたミケーレ殿下だが、魔女への怒り心頭に発して聞いていない。
「己の代わりに我が宝ディライラを、火あぶりの刑に陥れようとしたとは! 騎士団長、すぐに魔女を指名手配せよ!」
「はっ、今すぐ三毛猫を指名手配だ!」
部下たちに大声で指示を出し、走り出そうとした騎士団長のマントを、うしろから宮廷魔術師がつかんだ。
「完全に同じ肉体が二つ同時に存在することはできないという自然法則に則り、魔女はすでに人の姿に戻っておりましょう」
「なっ、そうであったか!」
魔術師の話がいまいち理解できない騎士団長。
「と、とにかく魔女を指名手配! まだそう遠くへは行っていないはずだ!」
「あの、騎士団長様……?」
三毛猫ディライラを抱いたロミルダが問いかけた。
「魔女なら転移魔法などで、どこへでも逃げられるのでは?」
「ムムム?」
助けを求めるように目玉だけ動かして魔術師を見る。その視線を受けて魔術師が答えた。
「転移魔法は高度な術で、発動には複数の魔術師が必要です。もしくは出発場所と移動先の両方に魔法陣が描かれているか―― とにかく魔女が転移魔法を使って逃げた可能性は、ほぼないでしょうな」
「そうなのですか」
昨夜見失った三毛猫ミケとそっくりなディライラが可愛くて仕方がないロミルダは、猫の小さな額を指先でなでながらうなずいた。
「お義母様は異国の王族だから魔女の力が使える、というわけではないのですね」
「魔女とは催眠術や薬草の知識を身につけ、錬金術や黒魔術、交霊術などで力を手に入れ、それを悪用する者。適正ある者が修行し悪用すれば誰でも魔女となるのです」
宮廷魔術師の解説に、ミケーレ王太子が横から口をはさんだ。
「ロミルダ、そなたはまだ聞いていなかったか。魔女は魅了の術で、そなたの父モンターニャ侯爵や王家を騙しておったのだ。異国の王族とは偽りの身分であろう」
「え……」
子供のころから信じていたことが覆されて、ロミルダは一瞬固まった。だがすぐに気付いた。
「そういえば一度も、お義母様がドラベッラに異国の言葉で話しかけているのを聞いたことありませんわ!」
「だろうな。余がつかんだアルチーナの出自に関する極秘情報を、あとでそなたに教えてやろう」
偉そうなミケーレ殿下だが、猫の姿でロミルダの屋敷をうろついて仕入れた情報とは打ち明けられなかった。
ロミルダとミケーレ殿下は中庭の見えるテラスで、午後のお茶とケーキを楽しんでいた。ミケーレの足元では三毛猫ディライラが、猫用特注銀食器でお食事中。
「どうして猫ちゃんって咀嚼音まで可愛らしいのかしら」
デレっとした表情でディライラを見下ろすロミルダ。
「そなたも猫が好きなのだな」
「ええ――。実は昨日まで私の部屋にも、それはそれはかわいい猫ちゃんがいらっしゃったの」
「ほほーう。それはどのような猫だ?」
しらじらしい殿下にロミルダは切ない思いで、いつ屋敷に迷い込んだとも知れぬ三毛猫の話をした。冤罪をかけられ不安な夜を一緒に過ごしてくれたのに、翌日、窓もドアも閉めた部屋から消えてしまったと。
「姿かたちはディライラちゃんにそっくりなのですが、一つだけ違うところがありまして――」
「ほう、どう違うのだ?」
「侍女のサラが教えてくれたのですが、お尻からのぞくとかわいいにゃん玉が――」
「や、やめい!」
ミケーレ殿下が急に赤くなった。
「その話は聞きとうないっ」
「ご、ごめんなさい! 猫ちゃんのだから良いと思ったのですが――」
「猫の、なら良いのだが」
「猫ちゃんの、ですが?」
「コホン。とにかくだな。余が訊きたかったのは、その三毛猫とディライラ、どちらがかわいいかという話だ」
今度はロミルダが慌てた。
「そんな――、猫ちゃんはみんなかわいいですわ!」
「そりゃそうだろうが、うんとかわいいとか、そこそこかわいいとかあるだろう」
面倒くさい殿下にロミルダは困ってしまった。
(きっと殿下は、ディライラちゃんをかわいいって言って欲しいのだわ)
多大な勘違いをしているとも知らず。
嘘をつけないロミルダは不安そうな上目遣いでミケーレをうかがいつつ、
「あの、殿下? ディライラちゃんはやっぱり殿下が大好きですもの。でも昨日お屋敷に迷い込んだ三毛猫ちゃんは、私を一番に見てくれましたわ」
「ふむ。良いだろう」
実に満足そうなミケーレの笑みにロミルダが内心、首をかしげたところへ、国王の侍従がやって来た。
「陛下がお二人をお呼びです。執務室へいらっしゃってください」
「わたくしまで?」
尋ねながら立ち上がるロミルダにミケーレが、毛づくろいするディライラを抱き上げながら答えた。
「魔女アルチーナの出自についての話かも知れん。父上が王太后殿下に尋ねてくださったのだろう」
国王の執務室にはすでにロミルダの父モンターニャ侯爵と、政治学の教師ブラーニ老侯爵が待っていた。
「えっ、ブラーニ先生!?」
「ロミルダ嬢、今日はよく会いますな。カハハ!」
「先生、お屋敷にお戻りになられたのかと思っていましたわ」
「お戻りになったのじゃよ」
ブラーニ老侯爵は片眼鏡の奥で光る小さな目にいたずらっぽい光を浮かべ、
「いや正確にはな、モンターニャ侯爵邸を出て帰路につく途中で、陛下の侍従長殿に見つかってしもうた」
「突然王宮にお呼びして申し訳ございません、ブラーニ卿。侯爵邸に向かう途中で、ブラーニ侯爵家の家紋が入った馬車をお見かけしましたので」
年配の侍従が頭を下げた。
一通り皆のあいさつが済んだところで、国王陛下が話し始めた。
「とある情報筋より、魔女アルチーナが王家の血筋を自称しているとの情報を得た。恥ずかしながら我が父は奔放であったから、あり得ない話ではない」
大きな執務机を囲むように半円状に並べられた四つの椅子に腰かけて、四人は口を閉ざしたまま国王の話に耳を傾けていた。
「そこで王太后に尋ねたところ、可能性のある話ながら自分は知らない、先王の尻ぬぐいに奔走していたのは、当時の宰相ブラーニ侯爵だとの答えだった」
ミケーレ王太子とモンターニャ侯爵が、ブラーニ老侯爵のほうを振り返った。ロミルダは先生がどんな顔をしているのか見たかったが、失礼なことをしてはいけないと耐えていた。
「よく覚えております、陛下」
ブラーニ老侯爵の声は決して明るいものではなかった。
「告白する時が来たようですな。昔の罪を――」
「真の姿を!」
ニャゴニャゴ言っているアルチーナ夫人に魔法の杖を向け、呪文を唱えた。
「まぶしっ」
暗い地下に突然閃光が走って、ロミルダは両手で顔を覆った。
「ニャーオ」
愛らしい鳴き声に目を開けると、牢の中に残されたアルチーナ夫人のドレスの上に三毛猫が座っている。
「やはりディライラ!」
誰もが息をのむ中、ミケーレ王太子が牢の前へ片ひざをつく。三毛猫ディライラは柵の間を器用にすり抜けて、ミケーレのひざに両手を置いて後ろ足で踏ん張った。
「ニャーン」
「抱っこだな。よしよし」
赤ん坊でも抱き上げるかのように、猫を抱いて立ち上がる。
目の前の光景が信じられず目をしばたくロミルダに、宮廷魔術師が説明した。
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「魔女アルチーナめ、許さんぞ!」
飼い主がふいに怒声を上げたので、ディライラは驚いて飛びあがり、ミケーレの腕をすり抜けた。
「あら~いらっしゃいディライラちゃん。怖いおじちゃんは嫌でちゅね~」
猫なで声を出すロミルダの腕の中に、すとんと下りてきた。
まだ青年なのにおじちゃん呼ばわりされたミケーレ殿下だが、魔女への怒り心頭に発して聞いていない。
「己の代わりに我が宝ディライラを、火あぶりの刑に陥れようとしたとは! 騎士団長、すぐに魔女を指名手配せよ!」
「はっ、今すぐ三毛猫を指名手配だ!」
部下たちに大声で指示を出し、走り出そうとした騎士団長のマントを、うしろから宮廷魔術師がつかんだ。
「完全に同じ肉体が二つ同時に存在することはできないという自然法則に則り、魔女はすでに人の姿に戻っておりましょう」
「なっ、そうであったか!」
魔術師の話がいまいち理解できない騎士団長。
「と、とにかく魔女を指名手配! まだそう遠くへは行っていないはずだ!」
「あの、騎士団長様……?」
三毛猫ディライラを抱いたロミルダが問いかけた。
「魔女なら転移魔法などで、どこへでも逃げられるのでは?」
「ムムム?」
助けを求めるように目玉だけ動かして魔術師を見る。その視線を受けて魔術師が答えた。
「転移魔法は高度な術で、発動には複数の魔術師が必要です。もしくは出発場所と移動先の両方に魔法陣が描かれているか―― とにかく魔女が転移魔法を使って逃げた可能性は、ほぼないでしょうな」
「そうなのですか」
昨夜見失った三毛猫ミケとそっくりなディライラが可愛くて仕方がないロミルダは、猫の小さな額を指先でなでながらうなずいた。
「お義母様は異国の王族だから魔女の力が使える、というわけではないのですね」
「魔女とは催眠術や薬草の知識を身につけ、錬金術や黒魔術、交霊術などで力を手に入れ、それを悪用する者。適正ある者が修行し悪用すれば誰でも魔女となるのです」
宮廷魔術師の解説に、ミケーレ王太子が横から口をはさんだ。
「ロミルダ、そなたはまだ聞いていなかったか。魔女は魅了の術で、そなたの父モンターニャ侯爵や王家を騙しておったのだ。異国の王族とは偽りの身分であろう」
「え……」
子供のころから信じていたことが覆されて、ロミルダは一瞬固まった。だがすぐに気付いた。
「そういえば一度も、お義母様がドラベッラに異国の言葉で話しかけているのを聞いたことありませんわ!」
「だろうな。余がつかんだアルチーナの出自に関する極秘情報を、あとでそなたに教えてやろう」
偉そうなミケーレ殿下だが、猫の姿でロミルダの屋敷をうろついて仕入れた情報とは打ち明けられなかった。
ロミルダとミケーレ殿下は中庭の見えるテラスで、午後のお茶とケーキを楽しんでいた。ミケーレの足元では三毛猫ディライラが、猫用特注銀食器でお食事中。
「どうして猫ちゃんって咀嚼音まで可愛らしいのかしら」
デレっとした表情でディライラを見下ろすロミルダ。
「そなたも猫が好きなのだな」
「ええ――。実は昨日まで私の部屋にも、それはそれはかわいい猫ちゃんがいらっしゃったの」
「ほほーう。それはどのような猫だ?」
しらじらしい殿下にロミルダは切ない思いで、いつ屋敷に迷い込んだとも知れぬ三毛猫の話をした。冤罪をかけられ不安な夜を一緒に過ごしてくれたのに、翌日、窓もドアも閉めた部屋から消えてしまったと。
「姿かたちはディライラちゃんにそっくりなのですが、一つだけ違うところがありまして――」
「ほう、どう違うのだ?」
「侍女のサラが教えてくれたのですが、お尻からのぞくとかわいいにゃん玉が――」
「や、やめい!」
ミケーレ殿下が急に赤くなった。
「その話は聞きとうないっ」
「ご、ごめんなさい! 猫ちゃんのだから良いと思ったのですが――」
「猫の、なら良いのだが」
「猫ちゃんの、ですが?」
「コホン。とにかくだな。余が訊きたかったのは、その三毛猫とディライラ、どちらがかわいいかという話だ」
今度はロミルダが慌てた。
「そんな――、猫ちゃんはみんなかわいいですわ!」
「そりゃそうだろうが、うんとかわいいとか、そこそこかわいいとかあるだろう」
面倒くさい殿下にロミルダは困ってしまった。
(きっと殿下は、ディライラちゃんをかわいいって言って欲しいのだわ)
多大な勘違いをしているとも知らず。
嘘をつけないロミルダは不安そうな上目遣いでミケーレをうかがいつつ、
「あの、殿下? ディライラちゃんはやっぱり殿下が大好きですもの。でも昨日お屋敷に迷い込んだ三毛猫ちゃんは、私を一番に見てくれましたわ」
「ふむ。良いだろう」
実に満足そうなミケーレの笑みにロミルダが内心、首をかしげたところへ、国王の侍従がやって来た。
「陛下がお二人をお呼びです。執務室へいらっしゃってください」
「わたくしまで?」
尋ねながら立ち上がるロミルダにミケーレが、毛づくろいするディライラを抱き上げながら答えた。
「魔女アルチーナの出自についての話かも知れん。父上が王太后殿下に尋ねてくださったのだろう」
国王の執務室にはすでにロミルダの父モンターニャ侯爵と、政治学の教師ブラーニ老侯爵が待っていた。
「えっ、ブラーニ先生!?」
「ロミルダ嬢、今日はよく会いますな。カハハ!」
「先生、お屋敷にお戻りになられたのかと思っていましたわ」
「お戻りになったのじゃよ」
ブラーニ老侯爵は片眼鏡の奥で光る小さな目にいたずらっぽい光を浮かべ、
「いや正確にはな、モンターニャ侯爵邸を出て帰路につく途中で、陛下の侍従長殿に見つかってしもうた」
「突然王宮にお呼びして申し訳ございません、ブラーニ卿。侯爵邸に向かう途中で、ブラーニ侯爵家の家紋が入った馬車をお見かけしましたので」
年配の侍従が頭を下げた。
一通り皆のあいさつが済んだところで、国王陛下が話し始めた。
「とある情報筋より、魔女アルチーナが王家の血筋を自称しているとの情報を得た。恥ずかしながら我が父は奔放であったから、あり得ない話ではない」
大きな執務机を囲むように半円状に並べられた四つの椅子に腰かけて、四人は口を閉ざしたまま国王の話に耳を傾けていた。
「そこで王太后に尋ねたところ、可能性のある話ながら自分は知らない、先王の尻ぬぐいに奔走していたのは、当時の宰相ブラーニ侯爵だとの答えだった」
ミケーレ王太子とモンターニャ侯爵が、ブラーニ老侯爵のほうを振り返った。ロミルダは先生がどんな顔をしているのか見たかったが、失礼なことをしてはいけないと耐えていた。
「よく覚えております、陛下」
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