上 下
7 / 41

第7話★生きているだけで褒められる【王太子視点】

しおりを挟む
 目が覚めるとロミルダが満面の笑みで見下ろしている。そうか、余は居眠りしているだけでかわいいのだな。前脚を伸ばしてぐいーっとのびをすると、なぜかロミルダが手をたたいて喜んでくれた。

「うーん、気持ちよさそう! ミケくん、よく眠れましたねぇ。いい子いい子」

 耳の間をぽんぽんとなでられる。昼寝して「いい子」とは。これはもはや生きているだけで褒められるのかな?

「ミケくんはいい子だからシャワー浴びられるかな?」

「みゃお」
(当然だ)

「わぁ、本当にお利口さん!」

 なでまわされた余は思わず目を細めた。法律や歴史や政治学について家庭教師の問いに答えられなくても、乗馬や剣術が完璧にできなくても、余はお利口さんなのだ。ふむ、何にせよ褒められて悪い気はせんな。

「準備できたわ!」

 白絹のシュミーズ姿で現れたロミルダは輝くように美しく、それでいて色気もあり、余は眩暈めまいがした。まさか初夜を迎える前に彼女の下着姿を見ようとは――

「あら、ミケくんたらお口が半開きになっちゃって、ドレスを脱いだら驚かせちゃったかしら?」

「猫は服の違いが分かるほど視力が良くはないのでは?」

 失礼な侍女め! 確かに遠くのものはぼやけて見えるが、抱き上げられるほど近くにいるロミルダの服が変わったことくらい分かるわ!

 色タイルの敷き詰められた湯浴みのは、古代の神々が水浴びする様子を描いた壁画に囲まれていた。王宮の湯殿ほど広くはないが、心地よい空間である。

「ぬるま湯かけますよ~」

 ロミルダがかめの中にためた湯をちょろちょろと余の身体にかける。余の自慢の毛並みが濡れて気分が悪い。余はそろーりと浴室を抜け出そうとしたが、ロミルダに抱き上げられてしまった。

「怖いわよね。ごめんね」

「にゃにゃんっ」
(怖くなどないわっ)

「なるべく手早く終わらせるからね」

 ロミルダは自分がぬれるのも構わず余を抱きしめた。侯爵家に生まれながら、なんと献身的な女性だろう。余は彼女を誤解しておったと認めねばなるまい。いつもヘラヘラ笑っていると思っていたが、それは彼女の心からの笑顔だったのだ。

「あ~気持ちいい、気持ちいい」

 べつに余はちっとも気持よくないのだが、ロミルダは勝手なことを言いながら余の身体を泡で洗う。額に汗をにじませながらも楽しそうな彼女を見て、余は悔しいが少しだけ反省することにした。すべての人間に裏表があるわけではないらしい。

「綺麗になったわ! 冷えないうちにすぐ拭いてあげて」

 水のしたたる余は布を持って待機していた侍女に手渡された。この侍女、侯爵令嬢であるロミルダがびしょぬれになって余を洗っている間、顔色ひとつ変えずに突っ立っておった。わたくしお手伝いいたします、などと心にもないことを言ったりしないあたり、心臓に二、三本毛が生えているとみえる。

 ゴシゴシゴシ……

「にゃ、にゃぁぁぁ、にゃーん!」
(なっ、そんなに強くこするな! 痛いではないか!)

「サラ、もっと優しくしてあげて欲しいの」

 うむ、ロミルダに余の心が伝わってきたようだな。

「貸してちょうだい。こうやって――」

 ロミルダは侍女から余を受け取ると、自分の胸に余を押し付けながら、ぽんぽんと優しくたたくように水分を取ってくれる。

「みゃわ~ ごろごろ……」
(はうわ~ やわらかいのう……)

「ロミルダ様、オス猫が何やら不謹慎に喜んでおります。下着姿であることをお忘れなく」

 何を言い出すのだ、この侍女は! 余は猫! 不謹慎なことなど考えてはおらぬ!!

「嫌ねぇ、サラったら。うふふっ」

 まったく嫌な侍女だ。ほとんど余の気持ちが分からんのに、いらぬところだけ察しがよいとは。

 ロミルダと侍女二人がかりで何枚も布を使って乾かされたあとで、ブラッシングが始まった。王宮にいるころから使用人に身の回りの世話を焼かれてきた余ではあるが、ここまで大切にされるのは初めてである。

 余はありのままでいれば良いのだな。今のままで余は最高にかわいいお猫様なのだ。猫暮らし、控えめに言って最高である。こんなに愛されるなら一生猫でいたい。

 やや固めに作られたブラシが余の美しい毛並みを整えてゆく。ロミルダは器用にブラシの端を使って、余のあごの下を優しくマッサージしてくれる。極楽極楽。

「おとなしくしていて本当に賢いのね。ミケくんは」

 おお、初めて賢いと言ってもらえたぞ! 余はいつも父上を喜ばせようと、教育係に褒められようと必死で勉強してきたのだが、使用人どもは陰で「殿下の良いところはお顔だけ」なんぞと言っておった。知っているのだぞ!

 余はすっかりロミルダに心を許し、ごろんとあお向けになった。

「おなかの毛、ふしゃふしゃ~」

 いきなり広げた手のひらで余の腹をさわりまくるロミルダ。

「にゃ、にゃにゃん!」
(こら、やめんか!)

「あらごめんなさい! やさ~しくブラッシングしましょうね」

 ロミルダは力加減に細心の注意を払って、余の腹にブラシをかけた。大切にされているのがひしひしと伝わってきて、余は心まで満たされた。

「ふふ、ミケくんまたゴロゴロ言ってる」

 ロミルダもさらに笑顔になった。



 夜になると、花柄のネグリジェを着たロミルダがいじらしい表情で余に問うた。

「ミケくん、私と一緒に寝てくれる?」

「にゃぁ」
(よかろう)

 不安な気持ちで王宮からの沙汰を待つロミルダを一人にするわけにはいかぬ。せめて余が一晩中そばにいて、そなたの心の支えとなってやろう。

「みゃーお、にゃーん」
(良い夢を見るのだぞ、我がロミルダよ)

「やーん、かっわいい! かわいいわぁ、ミケくんったら!」

 ロミルダの表情がぱっと華やいだ。余の声を聞くだけで元気になるとはかわいいやつめ。……人間だったころの余にはとてもできぬ芸当だな。

 ヘッドボードに並んだクッションの中からお気に入りを一つ選んで、余はうずくまった。寝付くまでずっと、ロミルダは余の尻のあたりをぽんぽんとたたいてくれる。うむ、気持ち良い……ん? もしやこれは余が寝かしつけられているのでは?

 まあ良かろう。乳母さえ愛情をもって余を寝かしつけてはくれなかった。こんなふうに誰かと一緒に寝るのは、とても幸せなものだったのだな――



 深夜、余はふと目がさめた。猫の身体はしょっちゅう眠くなるが、人間ほど長時間眠らないようだ。

 カーテンの間からうっすらと月明りが差し込む中、ロミルダは静かに寝息を立てている。……愛らしい顔立ちをしておったのだな。

 婚約者の顔さえきちんと見たことがなかった。一生猫のままでロミルダと一緒にいたい。彼女に愛されていたい。

 余は彼女の頬をぺろりとなめた。精一杯の愛情表現だ。君はずっと孤独だった余に、初めて優しさを教えてくれた人間だから――



 だがその幸せは長く続かなかった。


・~・~・~・~・~・~・



「私も生きているだけで褒められたいぞ!」

と思ったら、ブクマや投票(2月1日以降)で作品を応援して頂けると、更新のモチベーションが爆上がりします。お願いします<(_ _)>
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸
恋愛
 成人前の令嬢であるリディアは、婚約者であるオーウェンの部屋から聞こえてくる自分の悪口にただ耳を澄ませていた。  何度もやめてほしいと言っていて、両親にも訴えているのに彼らは総じて酒の席での戯言だから流せばいいと口にする。  そんな彼らに、リディアは成人を迎えた日の晩餐会で、仕返しをするのだった。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

【完結】私のことを愛さないと仰ったはずなのに 〜家族に虐げれ、妹のワガママで婚約破棄をされた令嬢は、新しい婚約者に溺愛される〜

ゆうき@初書籍化作品発売中
恋愛
とある子爵家の長女であるエルミーユは、家長の父と使用人の母から生まれたことと、常人離れした記憶力を持っているせいで、幼い頃から家族に嫌われ、酷い暴言を言われたり、酷い扱いをされる生活を送っていた。 エルミーユには、十歳の時に決められた婚約者がおり、十八歳になったら家を出て嫁ぐことが決められていた。 地獄のような家を出るために、なにをされても気丈に振舞う生活を送り続け、無事に十八歳を迎える。 しかし、まだ婚約者がおらず、エルミーユだけ結婚するのが面白くないと思った、ワガママな異母妹の策略で騙されてしまった婚約者に、婚約破棄を突き付けられてしまう。 突然結婚の話が無くなり、落胆するエルミーユは、とあるパーティーで伯爵家の若き家長、ブラハルトと出会う。 社交界では彼の恐ろしい噂が流れており、彼は孤立してしまっていたが、少し話をしたエルミーユは、彼が噂のような恐ろしい人ではないと気づき、一緒にいてとても居心地が良いと感じる。 そんなブラハルトと、互いの結婚事情について話した後、互いに利益があるから、婚約しようと持ち出される。 喜んで婚約を受けるエルミーユに、ブラハルトは思わぬことを口にした。それは、エルミーユのことは愛さないというものだった。 それでも全然構わないと思い、ブラハルトとの生活が始まったが、愛さないという話だったのに、なぜか溺愛されてしまい……? ⭐︎全56話、最終話まで予約投稿済みです。小説家になろう様にも投稿しております。2/16女性HOTランキング1位ありがとうございます!⭐︎

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。 カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。 落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。 そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。 器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。 失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。 過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。 これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。 彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。 毎日15:10に1話ずつ更新です。 この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

華都のローズマリー

みるくてぃー
ファンタジー
ひょんな事から前世の記憶が蘇った私、アリス・デュランタン。意地悪な義兄に『超』貧乏騎士爵家を追い出され、無一文の状態で妹と一緒に王都へ向かうが、そこは若い女性には厳しすぎる世界。一時は妹の為に身売りの覚悟をするも、気づけば何故か王都で人気のスィーツショップを経営することに。えっ、私この世界のお金の単位って全然わからないんですけど!?これは初めて見たお金が金貨の山だったという金銭感覚ゼロ、ハチャメチャ少女のラブ?コメディな物語。 新たなお仕事シリーズ第一弾、不定期掲載にて始めます!

処理中です...