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第7話★生きているだけで褒められる【王太子視点】
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目が覚めるとロミルダが満面の笑みで見下ろしている。そうか、余は居眠りしているだけでかわいいのだな。前脚を伸ばしてぐいーっとのびをすると、なぜかロミルダが手をたたいて喜んでくれた。
「うーん、気持ちよさそう! ミケくん、よく眠れましたねぇ。いい子いい子」
耳の間をぽんぽんとなでられる。昼寝して「いい子」とは。これはもはや生きているだけで褒められるのかな?
「ミケくんはいい子だからシャワー浴びられるかな?」
「みゃお」
(当然だ)
「わぁ、本当にお利口さん!」
なでまわされた余は思わず目を細めた。法律や歴史や政治学について家庭教師の問いに答えられなくても、乗馬や剣術が完璧にできなくても、余はお利口さんなのだ。ふむ、何にせよ褒められて悪い気はせんな。
「準備できたわ!」
白絹のシュミーズ姿で現れたロミルダは輝くように美しく、それでいて色気もあり、余は眩暈がした。まさか初夜を迎える前に彼女の下着姿を見ようとは――
「あら、ミケくんたらお口が半開きになっちゃって、ドレスを脱いだら驚かせちゃったかしら?」
「猫は服の違いが分かるほど視力が良くはないのでは?」
失礼な侍女め! 確かに遠くのものはぼやけて見えるが、抱き上げられるほど近くにいるロミルダの服が変わったことくらい分かるわ!
色タイルの敷き詰められた湯浴みの間は、古代の神々が水浴びする様子を描いた壁画に囲まれていた。王宮の湯殿ほど広くはないが、心地よい空間である。
「ぬるま湯かけますよ~」
ロミルダが甕の中にためた湯をちょろちょろと余の身体にかける。余の自慢の毛並みが濡れて気分が悪い。余はそろーりと浴室を抜け出そうとしたが、ロミルダに抱き上げられてしまった。
「怖いわよね。ごめんね」
「にゃにゃんっ」
(怖くなどないわっ)
「なるべく手早く終わらせるからね」
ロミルダは自分がぬれるのも構わず余を抱きしめた。侯爵家に生まれながら、なんと献身的な女性だろう。余は彼女を誤解しておったと認めねばなるまい。いつもヘラヘラ笑っていると思っていたが、それは彼女の心からの笑顔だったのだ。
「あ~気持ちいい、気持ちいい」
べつに余はちっとも気持よくないのだが、ロミルダは勝手なことを言いながら余の身体を泡で洗う。額に汗をにじませながらも楽しそうな彼女を見て、余は悔しいが少しだけ反省することにした。すべての人間に裏表があるわけではないらしい。
「綺麗になったわ! 冷えないうちにすぐ拭いてあげて」
水のしたたる余は布を持って待機していた侍女に手渡された。この侍女、侯爵令嬢であるロミルダがびしょぬれになって余を洗っている間、顔色ひとつ変えずに突っ立っておった。わたくしお手伝いいたします、などと心にもないことを言ったりしないあたり、心臓に二、三本毛が生えているとみえる。
ゴシゴシゴシ……
「にゃ、にゃぁぁぁ、にゃーん!」
(なっ、そんなに強くこするな! 痛いではないか!)
「サラ、もっと優しくしてあげて欲しいの」
うむ、ロミルダに余の心が伝わってきたようだな。
「貸してちょうだい。こうやって――」
ロミルダは侍女から余を受け取ると、自分の胸に余を押し付けながら、ぽんぽんと優しくたたくように水分を取ってくれる。
「みゃわ~ ごろごろ……」
(はうわ~ やわらかいのう……)
「ロミルダ様、オス猫が何やら不謹慎に喜んでおります。下着姿であることをお忘れなく」
何を言い出すのだ、この侍女は! 余は猫! 不謹慎なことなど考えてはおらぬ!!
「嫌ねぇ、サラったら。うふふっ」
まったく嫌な侍女だ。ほとんど余の気持ちが分からんのに、いらぬところだけ察しがよいとは。
ロミルダと侍女二人がかりで何枚も布を使って乾かされたあとで、ブラッシングが始まった。王宮にいるころから使用人に身の回りの世話を焼かれてきた余ではあるが、ここまで大切にされるのは初めてである。
余はありのままでいれば良いのだな。今のままで余は最高にかわいいお猫様なのだ。猫暮らし、控えめに言って最高である。こんなに愛されるなら一生猫でいたい。
やや固めに作られたブラシが余の美しい毛並みを整えてゆく。ロミルダは器用にブラシの端を使って、余のあごの下を優しくマッサージしてくれる。極楽極楽。
「おとなしくしていて本当に賢いのね。ミケくんは」
おお、初めて賢いと言ってもらえたぞ! 余はいつも父上を喜ばせようと、教育係に褒められようと必死で勉強してきたのだが、使用人どもは陰で「殿下の良いところはお顔だけ」なんぞと言っておった。知っているのだぞ!
余はすっかりロミルダに心を許し、ごろんとあお向けになった。
「おなかの毛、ふしゃふしゃ~」
いきなり広げた手のひらで余の腹をさわりまくるロミルダ。
「にゃ、にゃにゃん!」
(こら、やめんか!)
「あらごめんなさい! やさ~しくブラッシングしましょうね」
ロミルダは力加減に細心の注意を払って、余の腹にブラシをかけた。大切にされているのがひしひしと伝わってきて、余は心まで満たされた。
「ふふ、ミケくんまたゴロゴロ言ってる」
ロミルダもさらに笑顔になった。
夜になると、花柄のネグリジェを着たロミルダがいじらしい表情で余に問うた。
「ミケくん、私と一緒に寝てくれる?」
「にゃぁ」
(よかろう)
不安な気持ちで王宮からの沙汰を待つロミルダを一人にするわけにはいかぬ。せめて余が一晩中そばにいて、そなたの心の支えとなってやろう。
「みゃーお、にゃーん」
(良い夢を見るのだぞ、我がロミルダよ)
「やーん、かっわいい! かわいいわぁ、ミケくんったら!」
ロミルダの表情がぱっと華やいだ。余の声を聞くだけで元気になるとはかわいいやつめ。……人間だったころの余にはとてもできぬ芸当だな。
ヘッドボードに並んだクッションの中からお気に入りを一つ選んで、余はうずくまった。寝付くまでずっと、ロミルダは余の尻のあたりをぽんぽんとたたいてくれる。うむ、気持ち良い……ん? もしやこれは余が寝かしつけられているのでは?
まあ良かろう。乳母さえ愛情をもって余を寝かしつけてはくれなかった。こんなふうに誰かと一緒に寝るのは、とても幸せなものだったのだな――
深夜、余はふと目がさめた。猫の身体はしょっちゅう眠くなるが、人間ほど長時間眠らないようだ。
カーテンの間からうっすらと月明りが差し込む中、ロミルダは静かに寝息を立てている。……愛らしい顔立ちをしておったのだな。
婚約者の顔さえきちんと見たことがなかった。一生猫のままでロミルダと一緒にいたい。彼女に愛されていたい。
余は彼女の頬をぺろりとなめた。精一杯の愛情表現だ。君はずっと孤独だった余に、初めて優しさを教えてくれた人間だから――
だがその幸せは長く続かなかった。
・~・~・~・~・~・~・
「私も生きているだけで褒められたいぞ!」
と思ったら、ブクマや投票(2月1日以降)で作品を応援して頂けると、更新のモチベーションが爆上がりします。お願いします<(_ _)>
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耳の間をぽんぽんとなでられる。昼寝して「いい子」とは。これはもはや生きているだけで褒められるのかな?
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「みゃお」
(当然だ)
「わぁ、本当にお利口さん!」
なでまわされた余は思わず目を細めた。法律や歴史や政治学について家庭教師の問いに答えられなくても、乗馬や剣術が完璧にできなくても、余はお利口さんなのだ。ふむ、何にせよ褒められて悪い気はせんな。
「準備できたわ!」
白絹のシュミーズ姿で現れたロミルダは輝くように美しく、それでいて色気もあり、余は眩暈がした。まさか初夜を迎える前に彼女の下着姿を見ようとは――
「あら、ミケくんたらお口が半開きになっちゃって、ドレスを脱いだら驚かせちゃったかしら?」
「猫は服の違いが分かるほど視力が良くはないのでは?」
失礼な侍女め! 確かに遠くのものはぼやけて見えるが、抱き上げられるほど近くにいるロミルダの服が変わったことくらい分かるわ!
色タイルの敷き詰められた湯浴みの間は、古代の神々が水浴びする様子を描いた壁画に囲まれていた。王宮の湯殿ほど広くはないが、心地よい空間である。
「ぬるま湯かけますよ~」
ロミルダが甕の中にためた湯をちょろちょろと余の身体にかける。余の自慢の毛並みが濡れて気分が悪い。余はそろーりと浴室を抜け出そうとしたが、ロミルダに抱き上げられてしまった。
「怖いわよね。ごめんね」
「にゃにゃんっ」
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ロミルダは自分がぬれるのも構わず余を抱きしめた。侯爵家に生まれながら、なんと献身的な女性だろう。余は彼女を誤解しておったと認めねばなるまい。いつもヘラヘラ笑っていると思っていたが、それは彼女の心からの笑顔だったのだ。
「あ~気持ちいい、気持ちいい」
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水のしたたる余は布を持って待機していた侍女に手渡された。この侍女、侯爵令嬢であるロミルダがびしょぬれになって余を洗っている間、顔色ひとつ変えずに突っ立っておった。わたくしお手伝いいたします、などと心にもないことを言ったりしないあたり、心臓に二、三本毛が生えているとみえる。
ゴシゴシゴシ……
「にゃ、にゃぁぁぁ、にゃーん!」
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「サラ、もっと優しくしてあげて欲しいの」
うむ、ロミルダに余の心が伝わってきたようだな。
「貸してちょうだい。こうやって――」
ロミルダは侍女から余を受け取ると、自分の胸に余を押し付けながら、ぽんぽんと優しくたたくように水分を取ってくれる。
「みゃわ~ ごろごろ……」
(はうわ~ やわらかいのう……)
「ロミルダ様、オス猫が何やら不謹慎に喜んでおります。下着姿であることをお忘れなく」
何を言い出すのだ、この侍女は! 余は猫! 不謹慎なことなど考えてはおらぬ!!
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余はありのままでいれば良いのだな。今のままで余は最高にかわいいお猫様なのだ。猫暮らし、控えめに言って最高である。こんなに愛されるなら一生猫でいたい。
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深夜、余はふと目がさめた。猫の身体はしょっちゅう眠くなるが、人間ほど長時間眠らないようだ。
カーテンの間からうっすらと月明りが差し込む中、ロミルダは静かに寝息を立てている。……愛らしい顔立ちをしておったのだな。
婚約者の顔さえきちんと見たことがなかった。一生猫のままでロミルダと一緒にいたい。彼女に愛されていたい。
余は彼女の頬をぺろりとなめた。精一杯の愛情表現だ。君はずっと孤独だった余に、初めて優しさを教えてくれた人間だから――
だがその幸せは長く続かなかった。
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