【完結】君を愛することはないと言われた侯爵令嬢が猫ちゃんを拾ったら~義母と義妹の策略でいわれなき冤罪に苦しむ私が幸せな王太子妃になるまで~

綾森れん

文字の大きさ
上 下
4 / 41

第4話★王太子ミケーレと三毛猫ディライラの出会い【王太子視点】

しおりを挟む
(王太子ミケーレ視点)

 余は物心ついたときから、この国の王となるべく育てられた。

「明日は母上に会える?」

 幼いころ余はよく侍従に訊いていた。侍従は無表情のまま、

「お会いになれません」

 と答える。

「明日の明日は?」

 侍従が無言で首を振る。

「その次の明日は?」

「いつお会いになれるか決まっておりません」

 昨日今日明日しか理解していなかったころ、毎日明日は母に会えるのではないかと期待していた記憶がうっすらと残っている。そのうち分別がついてきて、余はあきらめたのだ。

 身の回りの世話は乳母や侍従がしてくれたから、何不自由なく暮らしているはずだった。自分でも何が不足しているのか、不満なのか分からなかった。寂しいという言葉さえ浮かばなかったが、弟カルロが生まれ、余と比べると幾分か自由に過ごしているのを見て、うらやましいとは感じた。

 家臣たちはいつもうやうやしく頭を下げ、何を考えているか分からない。教育係は厳しく、法律の勉強に剣術、乗馬と休む間もなくしつけられた。心を許せる者は一人もいなかった。

 王宮内の人間模様を観察するうちに、宰相や大臣たちが水面下で権力闘争を繰り広げていることに気が付いた。人間には表の顔と裏の顔があり、誰も信用できないことを学んだ。余の前で家来がこびへつらうのは魂胆があってのこと。友人役を演じる貴族令息たちも、道化でさえ本当のことは口にしない。

 そんな殺伐とした生活の中で、余は三毛猫のディライラに出会った。余に愛情が育っていないと考えた教育係が、父に進言したらしい。

「ミケーレ殿下に動物を与えてはどうか」

 と。小鳥や犬ではなく、なぜディライラが選ばれたのかは知らない。だが生まれて数ヶ月しか経たない彼女は母猫から引き離され、余のもとへ連れてこられたのだ。

 初めて会った日、金色のおりの中にうずくまったディライラは、おびえた瞳で余を見上げた。彼女の美しい緑色の目は、シャンデリアの光を反射して時折金色に見えた。

 どこかで見覚えがあるな――

 それは何年も前、幼い日々に毎日鏡をはさんで相対していた子供の目だと気付いた。

「分かるよ。僕も両親の顔なんてめったに見られないから」

 余が話しかけると、寂し気な目をした寄る辺ない彼女は、

「ニャ」

 と返事をしてくれた。

 ディライラと過ごすようになって初めて、今までの自分が孤独だったと知った。ディライラだけは本物の愛情を示してくれた。それは余がこの国の第一王子だからではない。ディライラはそんなこと気にしないのだ。

 余が本を読んでいると決まって寄ってきて、足元にすりすりと首元をなすりつけてくる。

「ミャーオ」

 かわいい声で余を呼びながら、ひらりとテーブルに飛び乗り、あろうことか余が読んでいる本の上にでんと座るのだ。

「遊んでほしいのか? 仕方ないな」

 毎朝使用人が完璧に飾り付けてゆく花瓶から一本草を抜いてディライラの前で振ってやると、くるくる回ってジャンプして夢中になるくせに、しばらくするとふいっとどこかへ行ってしまう。

「え、もういいのか?」

 余は拍子抜けして読書に戻るのだ。嫌なときは嫌、飽きたら寝るのがディライラだ。裏表のまったく無い気ままな彼女がいとおしかった。

 いつの間にか余の知らないところで婚約が決まったが、人間の女を愛するつもりなどなかった。どうせ偽物の笑顔を向けるだけだ。余はディライラだけを愛して生きて行くのだ。彼女は決して嘘をつかないから――



 ある日、婚約者が手作りだとかいうクッキーを持ってきた。誰にでもへらへらとよく笑う女だ。何を考えているのかまったく分からないが、人間の頭の中になど興味はない。どうせどろどろとした欲望がつまっているだけだ。

 ちっとも甘くないまずいクッキーを二、三枚食べたとき、余の視界が変わった。周囲の家具がぐんぐんと伸び、巨大になってゆく。ディライラと視線の高さが同じになって、自分の身体が小さくなったのだと気が付いた。急に小さくなった余に驚いて、ディライラは身をひるがえして逃げてしまった。

 あの女め、余に何を食べさせたのだ!? やはりあの笑顔には裏があったか―― しかしあの毒見役には何も起こらなかったぞ?

 我が身に何が起こったのか確かめるため、自分の着ていた服の中からするりと抜け出すと、姿見の前へ歩いた。

 ――ディライラ……!?

 鏡に映った三毛猫の姿に余は息をのんだ。余の姿は、彼女そっくりの美しいお猫様になっていたのだ!! これは素晴らしい! 人間には飽き飽きしていたところだ。猫なら気ままに生きられる。

 しかも愛するディライラと結婚できるかも知れない。余は心を躍らせて、お気に入りのキャットタワーで寝ているディライラのもとへ走った。

「にゃにゃ、にゃにゃにゃ」
(ディライラ。余が分かるかい?)

 人間の言葉を話しているのに、すべてニャになってしまう。でも猫同士、ディライラには通じるはず。しかし――

「シャーッ」

 ディライラはキャットタワーの上から余を威嚇した。耳はイカ耳になり、全身の毛が逆立っている。

 そんな―― ディライラと心が通じないなんて……!

 そのとき部屋の扉がノックされた。

「にゃ」
(入れ)

 いかん。人間の言葉がしゃべれない。

「ミケーレ殿下、いらっしゃらないのですか?」

 侍従がゆっくりと扉を開け、すき間から室内をのぞいている。

「あれ? 殿下、あんなところにお召し物を脱ぎ捨てられて――」

 ぶつぶつ言いながら余の服をたたみ始める侍従の足元へ、余はすり寄ってみる。

「みゃあ、にゃーお?」
(余だ。分からぬか?)

 侍従が見上げる余に視線を落とした。

「ディライラ様?」

 しかしキャットタワーの上で毛づくろいする本物と見比べて、

「ああ、金箔の首輪をしていらっしゃるから、あっちがディライラ様だな。まったくディライラ様、野良猫を連れ込んではだめですよ」

 使用人は腰をかがめると、余の首根っこをつかんだ。

「にゃーっ!」
(何をする、無礼者め!)

 驚くことに使用人は窓から余を放り投げた! 余の小さな身体は風に乗り、庭園の大きな木の上に乗っかった。と思ったら枝をすべって通りのほうへ――

 ――落ちる!

 王宮の正門から出た馬車がこちらへ向かってくるのが見えて、余は思わず恐怖に目をつぶった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

【完結】獅子の威を借る子猫は爪を研ぐ

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
 魔族の住むゲヘナ国の幼女エウリュアレは、魔力もほぼゼロの無能な皇帝だった。だが彼女が持つ価値は、唯一無二のもの。故に強者が集まり、彼女を守り支える。揺らぐことのない玉座の上で、幼女は最弱でありながら一番愛される存在だった。 「私ね、皆を守りたいの」  幼い彼女の望みは優しく柔らかく、他国を含む世界を包んでいく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/20……完結 2022/02/14……小説家になろう ハイファンタジー日間 81位 2022/02/14……アルファポリスHOT 62位 2022/02/14……連載開始

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

婚姻契約には愛情は含まれていません。 旦那様には愛人がいるのですから十分でしょう?

すもも
恋愛
伯爵令嬢エーファの最も嫌いなものは善人……そう思っていた。 人を救う事に生き甲斐を感じていた両親が、陥った罠によって借金まみれとなった我が家。 これでは領民が冬を越せない!! 善良で善人で、人に尽くすのが好きな両親は何の迷いもなくこう言った。 『エーファ、君の結婚が決まったんだよ!! 君が嫁ぐなら、お金をくれるそうだ!! 領民のために尽くすのは領主として当然の事。 多くの命が救えるなんて最高の幸福だろう。 それに公爵家に嫁げばお前も幸福になるに違いない。 これは全員が幸福になれる機会なんだ、当然嫁いでくれるよな?』 と……。 そして、夫となる男の屋敷にいたのは……三人の愛人だった。

処理中です...