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終之巻 風の音にぞおどろかれぬる(後篇)

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「お前も金貸したちと一緒にだましちまったか。種明かしすりゃあなあ一芝居打つつもりで、前の晩に替えの手足を川底に仕掛けた網に入れておいたんでぃ」

「なんで、そんなもん買うお金なかったでしょ?」

「ははは。俺がなんのために金借りてたと思ってやがる」

「笑い事じゃないよ!」

 ふぁしるは目に涙を溜めて叫んだ。

雪花せっかは相変わらず生真面目きまじめだなあ。変わってねえな、そゆとこは」

 怪しい修理屋をやっていたくらいだから正義感が強いわけではないのだろうが、一本気なところがある。

「真面目っつーか暗ぇんだよ、このねーちゃんは」

 ぼそっと呟いた金兵衛、ふぁしるに頭からお茶をひっかけられる。

精到デリカシーないこと抜かすんじゃないよ。この七年間、私がどんな思いで過ごしたと思ってるんだ」

 また萩に泣きつく金兵衛には目もくれず、

「父ちゃんも母ちゃんも、なんで迎えに来てくれなかったの? 生きてたのに。あの日おっつけ行くからって、母ちゃん言ったじゃん」

「すまないのう、許しておくれ雪花せっか。借金取りに追われたわしらが、お前たちのもとへ駆けつければ、またお前たちに迷惑がかかるじゃろ。母とて、どんなにお前たちに会いたかったことか。それを七年間も忍んできたんだよ」

  ふぁしるは何も言わずうつむいた。代わって粛さんが、

「それではなぜ、その漁村を抜け出し今日ここへ来られたのですか?」

「それがのう、道でばったり昔の借金取りに出くわしてしまってのう。都に逃げてきたんじゃ」

「それじゃあまだ借金返し終わってないんですか?」

「勿論じゃわいの」

「あああああ」

 粛さんは頭を抱えた。「何しにいらしたんです!」

 与太郎は遠慮も何もなく、

「訊かねでも分かるだろ。都に出てきたらなんと、息子が天下一の盗み屋と言うじゃないか。こいつぁ助かったっていうわけだ」

雪花せっかも一緒だったしね」

 にっこりする花小町とは裏腹に、

「父ちゃんたち、息子の俺にたかりに来たの?」

 来夜は嬉しいやら哀しいやら。

「はっはっは。世の中持ちつ持たれつだ! でもまあ安心しろ。何もねえ漁村で過ごすうちに俺の遊び癖も治ったから」

 粛さんががっくり肩を落としたところで、再び来訪者。

「ごめんくだせ~い、寿司八人前お持ちしやした」

「寿司? そんなもん頼んでいたのか。気が利くなあ」

 いそいそと土間に下りてゆく与太郎に、

「ちょっと待って下さい、寿司なんて頼んでませんよ! ほかのお宅じゃありませんか?」

 粛さんも慌ててあとを追う。

 寿司屋の若い者は、積み上げた寿司を重たそうに板の間に下ろして、

「いやこの家で間違いありやせんよ。風流なごじんが届けてくれって。祝いの品だそうで」

「風流な?」

 思い当たる人物は一人しかいない。

「へい。大層立派なお方で。お召し物もなかなか粋なもんで。そうそう、そのお方がこれをお渡しするようにと」

 とうやうやしく取りいだしたるは、表に「祝再会」と朱で記された書状である。

 お代を払った訳じゃないのに、

「へい、毎度」

 と言い残して寿司屋の若い者が去ると、家中の者が寿司に殺到した。さすがの円明まるあきも長持の前を離れる。

 「祝再会」の紙を開くと、畳んだ紙ふたつ、薄い方は「皆々様」、厚い方は「雪花せっか様」と宛名書きされている。

「何々~、亮からぁ?」

 早速イクラをほおばりつつ、覗き込んだ来夜が、

「あれ、なんでねえちゃんにだけ特別に一通あるの?」

 ほんとだ、と呟いてふぁしるが粛さんの手から、さっと手紙を受け取ると、

「見せてよ見せてよ」

「人の手紙など見るものじゃないぞ。して知るべし、だ」

 とふところに差し入れた。

「恋文かいの」

 と鋭い花小町に、ふぁしるはわざと無反応。

 薄い方を開いてすぐに、

「原さんってこのお人だよ、俺たちに道を教えてくれた役人さん」

 と与太郎が声をあげた。手紙の左隅に小さく、「奉行所警察部屋警視原亮」の文字。

「あれ、亮さん出世してるよ」

 と金兵衛。銀南を捕らえ、金巴宇こがねぱうに至っては二回もつかまえた。その功績が認められたのだろう。

 文面の方は至って簡潔、「まづもって来夜殿に付きましては、御姉上並びに御両親との再会を果たされました事心からお慶び申し上げそうろう。わたくし方に於きましても現行犯逮捕のねがい、頭目殿のみならず修理屋殿に迄及びし儀、夢は尽きぬものに御座い候」と、いや~な挑戦に始まり、「比翼ひよくの鳥連理の枝の如き」金兵衛とお萩ちゃんを祝福し、「皆々様の御健康と更なる御仕合わせを奉希ねがいたてまつり候」としめくくられていた。

 ふぁしるは、皆々様宛の文面にざっと目を通すと、板の間に群がる人々から離れて畳の部屋の隅で、自分宛の手紙をぱたぱたと開きだした。

  来夜は珍しく粛から離れて、今日は花小町の膝の上だ。甘える来夜をからかう暇もなく、皆寿司を黙々と口に運んでいる。

 母の胸から顔を上げた来夜は、ふと振り向いて、大変なことに気付いた。

「ウニは!? イクラは!? 全然残ってないじゃん!」

 めぼしいネタはあらかた片付いている。

「しばらくこんなもの食べられないかもしれないですから。与太郎さんたちの借金がどれ程のものなのかは知りませんが」

 粛さんまで両手に寿司を確保している。

「ウニがちゃんと八人分入ってたの俺見たよ。誰? 俺の分まで食べたの!」

  手紙片手にひらひらさせて、ふぁしるも慌ててやってくる。

 家の裏の大木は葉の色もぐっと深くなって、秋の準備を始めている。

 ふぁしるにとっては七年ぶりににぎやかな季節がやってきた。来夜にとっては今まで以上に騒がしい日々だろう。

 今年の冬は、誰にとってもあたたかい冬になりそうだ。
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