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十五之巻、ついに明かされた真実(まこと)(前篇)
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町屋の並ぶ大通りは、明るい喧噪に満ちているけれど、脇道を少し入れば、そこはもう湿った路地裏。すすけた木戸が並び、横にはごみ袋や荷物がごちゃごちゃと置かれている。季節は真夏、どこの家も少しでも涼を入れようと扉を開け放っている。薄暗い室内には、せっせとかんながけをする職人もいれば、手習い師匠の家は子供たちであふれ、その隣には畳じゅうに散らばる下絵の中で、一心に筆を動かす売れない絵師の後ろ姿も見える。
がりがりごりごり、と妙な音が聞こえるのは、盗み屋マルニンの隠れ家だ。来夜がかき氷づくりに専念している。氷を整置して、上の取っ手をぐるぐると回す簡単な道具だ。しかし冷蔵庫が滅びてしまった遠い未来のことだから、氷は氷屋さんから買わねばならない。すいかなどは、井戸に沈めて冷やしたりもするが、なんせ都会では共同井戸だから、隣近所の住人にみつかって自分の取り分は半分以下になってしまったりする。
「おいしそうなかき氷ができましたな、来夜殿。何をかけます? 砂糖水?」
「俺、宇治金時ー!」
「ガキのくせに金のかかる……」
「おーい、今帰ったぞー」
巻き上げたすだれの下から、のそりと姿を現したのは陶円明だ。目の前にいる同居人に、言わないでも分かるようなことを言う。いつも以上にぼやっとしているのは、炎天下を長々歩いて帰って来たせいだろう。
「御苦労だったな」
「おかえりなさい」
「おいおい、すごい汗だな。一風呂浴びてきたらどうだ?」
皆口々に声をかける。やたら偉そうなのは来夜くん、今帰ってきた者にまた出かけるよう促した奴が金兵衛だ。
「どうでした? 与太郎さんはもういなかったでしょう?」
「当然でぃ。分かりつつ、行く野の道の遠ければ、ただの無駄足、なにしに行った」
円明は、与太郎と花小町が最後に住んだおんぼろ長屋へ、彼らの足跡を探しに行ったのだ。宴小町の線が消え残る手がかりは、けや木屋与太郎だけになった。
来夜はふわふわの氷の上に、抹茶をかけてもらいながら、
「生野なんて行ってないじゃん」
と、大人びた風に溜め息つく。「それよりとっととかき氷作りねえ。氷がみんなとけちまうよ」
円明は水瓶の前で、手を洗い顔を洗い親父くさいうがいをして、
「全く裾之本町ってぇなあ、こんなに遠いたぁ知らなかったぜ。都の一番端と言うが、あそこも都なのか」
と失礼なことを言う。だが無理もない、円明は昨日の夜明け前、七つ半の鐘と共に粛さんにたたき起こされ、隠れ家を後にしたのだ。
「それでどうでした? 長屋の住人に、与太郎さんを知っている者はおりましたか?」
「そりゃいたにゃぁいたよ」
土間に脱ぎ捨てた草鞋を転がして、どっかりと板の間にあぐらをかく。奥の畳の部屋にも窓はあるが、おもてに近い板の間の方が風が入って涼しい。木の床はひんやりして気持ちいいのだ。
「足が疲れた。替えはねえか」
土埃に汚れた両足をはずし、水を張った盥に突っ込んだ所へ、よく動く粛さんが、畳の部屋の隅から手頃なのを持ってきた。
「この前盗んできたものですがどうです、合いますか?」
円明は足をはめながら、
「裾之本町のぼろ長屋に、与太郎たちが住んでいたことは、間違いねえ。その頃与太郎にゃあ、十くらいの娘とこんな小せぇ男の子があったそうな」
と、かき氷器より低い位置を手で示す。
「でもな、今その家族がどこにいるかってことになると、全くだ。壁が所々はがれ落ちて畳もなくてな、板敷きにむしろを敷いただけの四畳半に泊めてくれたじじいに言われたよ。借金取りに追われて逃げ出した家族だ、隣のもんにだって行き先を告げるはざぁねえってな」
「それでその、ねえちゃんらしき人は、父ちゃんたちと離れ離れになっちゃったの?」
「そうらしいな。上の女の子が弟負ぶって一足先に行ったらしい。関所のない山ん中通ってな」
都から出る街道は、険しい山道を避け谷間を縫って作られている。関所を通れない者は、街道を避け、山道をゆく。
「そうか、借金取りから逃れるために、やっぱり一旦は都から逃れたんだ」
思わず膝をたたく金兵衛の横で、
「都落ち、かきつばたにも涙かな」
円明は涼しい顔で歌を詠む。全く相手にせずに粛さんが、
「そうしてもう一度、学問のために戻ってきたのですね」
「そっかぁ」
と来夜は腕組みして、「ねえ、その円明を泊めてくれた人は、父ちゃんたちがどこに行ったか、予想でもいいから言ってなかった?」
「あいや、そりゃあ聞き忘れましたな。それで粛さんの方は収穫あったんですかい?」
どこか不自然な円明の言葉を何食わぬ顔で受け流して、
「私の方も全くですよ」
粛さんは与太郎の弟の店へ行き、昨日の夕方帰ってきたのだ。「大きな店ではありませんから弟さんには会えたのですが、与太郎さんの名を出した途端、不機嫌な顔をなされて、何も知らぬの一点張りですよ。もう十年以上文のやりとりもないと。早々に追っ帰されました」
「おいおい」不満そうな声を出したのは金兵衛だ。「陶さん、ほんとのこと言っちまいねえ。旦那を子供扱いしてんのかい?」
その言葉に反応して、来夜はかき氷から顔を上げる。
「その一晩世話になったっていう男、なんか言ってたんだろ。旦那はすぐに大きくなるんだぜ。色んなことが分かるようになってから、あの時嘘つかれてたんだって気付く方が酷だろ。好意だっていい気しないぜ、そんなの。裏切られたみたいで」
粛さんは小さな溜め息をつく。
来夜と金兵衛に、先を促す視線を向けられて円明は、
「いや別にそんな大したことじゃないんだけどもよ、その男が言うにゃあ――」
と前置きしてさらりと言った。
「あの一家、今頃七回忌だって」
「なぁにぃ~? 失礼な! 俺は生きてるぞ、天下一の盗み屋来夜様でぃ!」
「まあまあそう怒らずとも…… 来夜殿が、与太郎さんの子と決まったわけではないのですから」
粛さんになだめられて、ぶつくさ言いながら来夜は腰を落ち着けた。
がりがりごりごり、と妙な音が聞こえるのは、盗み屋マルニンの隠れ家だ。来夜がかき氷づくりに専念している。氷を整置して、上の取っ手をぐるぐると回す簡単な道具だ。しかし冷蔵庫が滅びてしまった遠い未来のことだから、氷は氷屋さんから買わねばならない。すいかなどは、井戸に沈めて冷やしたりもするが、なんせ都会では共同井戸だから、隣近所の住人にみつかって自分の取り分は半分以下になってしまったりする。
「おいしそうなかき氷ができましたな、来夜殿。何をかけます? 砂糖水?」
「俺、宇治金時ー!」
「ガキのくせに金のかかる……」
「おーい、今帰ったぞー」
巻き上げたすだれの下から、のそりと姿を現したのは陶円明だ。目の前にいる同居人に、言わないでも分かるようなことを言う。いつも以上にぼやっとしているのは、炎天下を長々歩いて帰って来たせいだろう。
「御苦労だったな」
「おかえりなさい」
「おいおい、すごい汗だな。一風呂浴びてきたらどうだ?」
皆口々に声をかける。やたら偉そうなのは来夜くん、今帰ってきた者にまた出かけるよう促した奴が金兵衛だ。
「どうでした? 与太郎さんはもういなかったでしょう?」
「当然でぃ。分かりつつ、行く野の道の遠ければ、ただの無駄足、なにしに行った」
円明は、与太郎と花小町が最後に住んだおんぼろ長屋へ、彼らの足跡を探しに行ったのだ。宴小町の線が消え残る手がかりは、けや木屋与太郎だけになった。
来夜はふわふわの氷の上に、抹茶をかけてもらいながら、
「生野なんて行ってないじゃん」
と、大人びた風に溜め息つく。「それよりとっととかき氷作りねえ。氷がみんなとけちまうよ」
円明は水瓶の前で、手を洗い顔を洗い親父くさいうがいをして、
「全く裾之本町ってぇなあ、こんなに遠いたぁ知らなかったぜ。都の一番端と言うが、あそこも都なのか」
と失礼なことを言う。だが無理もない、円明は昨日の夜明け前、七つ半の鐘と共に粛さんにたたき起こされ、隠れ家を後にしたのだ。
「それでどうでした? 長屋の住人に、与太郎さんを知っている者はおりましたか?」
「そりゃいたにゃぁいたよ」
土間に脱ぎ捨てた草鞋を転がして、どっかりと板の間にあぐらをかく。奥の畳の部屋にも窓はあるが、おもてに近い板の間の方が風が入って涼しい。木の床はひんやりして気持ちいいのだ。
「足が疲れた。替えはねえか」
土埃に汚れた両足をはずし、水を張った盥に突っ込んだ所へ、よく動く粛さんが、畳の部屋の隅から手頃なのを持ってきた。
「この前盗んできたものですがどうです、合いますか?」
円明は足をはめながら、
「裾之本町のぼろ長屋に、与太郎たちが住んでいたことは、間違いねえ。その頃与太郎にゃあ、十くらいの娘とこんな小せぇ男の子があったそうな」
と、かき氷器より低い位置を手で示す。
「でもな、今その家族がどこにいるかってことになると、全くだ。壁が所々はがれ落ちて畳もなくてな、板敷きにむしろを敷いただけの四畳半に泊めてくれたじじいに言われたよ。借金取りに追われて逃げ出した家族だ、隣のもんにだって行き先を告げるはざぁねえってな」
「それでその、ねえちゃんらしき人は、父ちゃんたちと離れ離れになっちゃったの?」
「そうらしいな。上の女の子が弟負ぶって一足先に行ったらしい。関所のない山ん中通ってな」
都から出る街道は、険しい山道を避け谷間を縫って作られている。関所を通れない者は、街道を避け、山道をゆく。
「そうか、借金取りから逃れるために、やっぱり一旦は都から逃れたんだ」
思わず膝をたたく金兵衛の横で、
「都落ち、かきつばたにも涙かな」
円明は涼しい顔で歌を詠む。全く相手にせずに粛さんが、
「そうしてもう一度、学問のために戻ってきたのですね」
「そっかぁ」
と来夜は腕組みして、「ねえ、その円明を泊めてくれた人は、父ちゃんたちがどこに行ったか、予想でもいいから言ってなかった?」
「あいや、そりゃあ聞き忘れましたな。それで粛さんの方は収穫あったんですかい?」
どこか不自然な円明の言葉を何食わぬ顔で受け流して、
「私の方も全くですよ」
粛さんは与太郎の弟の店へ行き、昨日の夕方帰ってきたのだ。「大きな店ではありませんから弟さんには会えたのですが、与太郎さんの名を出した途端、不機嫌な顔をなされて、何も知らぬの一点張りですよ。もう十年以上文のやりとりもないと。早々に追っ帰されました」
「おいおい」不満そうな声を出したのは金兵衛だ。「陶さん、ほんとのこと言っちまいねえ。旦那を子供扱いしてんのかい?」
その言葉に反応して、来夜はかき氷から顔を上げる。
「その一晩世話になったっていう男、なんか言ってたんだろ。旦那はすぐに大きくなるんだぜ。色んなことが分かるようになってから、あの時嘘つかれてたんだって気付く方が酷だろ。好意だっていい気しないぜ、そんなの。裏切られたみたいで」
粛さんは小さな溜め息をつく。
来夜と金兵衛に、先を促す視線を向けられて円明は、
「いや別にそんな大したことじゃないんだけどもよ、その男が言うにゃあ――」
と前置きしてさらりと言った。
「あの一家、今頃七回忌だって」
「なぁにぃ~? 失礼な! 俺は生きてるぞ、天下一の盗み屋来夜様でぃ!」
「まあまあそう怒らずとも…… 来夜殿が、与太郎さんの子と決まったわけではないのですから」
粛さんになだめられて、ぶつくさ言いながら来夜は腰を落ち着けた。
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