上 下
25 / 45

幕間、華族令嬢と爺やの茶番劇

しおりを挟む
 話し声に気付いて、林立する竹の向こうをのぞけば、天下一の盗み屋槻来夜つきらいやが、怪しさ大爆発な老人とつれだって歩いている。

 ふぁしるは吹き出す前に凍り付いた。

(あの子また女装してる……)

 その上隣の老人が、よぼよぼの左手首を落っことしては、戻って拾って付け直す。どうやら、自分のものではないようだ。髭も曲がっているし、不自然なへっぴり腰で、びっこをひいて歩くもんだから、そのたびに白髪頭が跳ね上がる。下からのぞくは、黒い町人髷。変装しているつもりらしいが、怪しいとか変とかいう次元を越えて、おかしい、の一言に尽きる。

(あいさつくらいはしておくか)

 ふぁしるは困惑気味に足下あしもとの石ころをひとつ拾う。

「えいっ」

 適当に投げた小石はきれいな放物線を描いて、狙いたがわず来夜の後頭部を直撃した。

「やばっ、当たっちゃった!」

 呟いたときにはもう遅い。

 林立する竹の向こうで、来夜がぱたっと倒れた。

「お頭……じゃなくて姫君っ! むむっ、何奴なにやつじゃ、そこに隠れておるのは!」

 老人姿の男にみつかった。ふぁしるは迷わず男の方へ走り出す。

「むうっ? なんじゃ?」

 当然逃げ出すと思っていた曲者が、いきなりこっちへ走ってきたのだから、男は目を白黒させる。

 ふぁしるは倒れた来夜のもとへ駆け寄り、老人姿の男を見上げる。

「すまぬ。ちょっと小石がぶつかってしまったみたいで」

「『みたい』じゃなぁぁっい! 我々を馬鹿にしているのかね、君は」

「まあそりゃ、そんな恰好されたら……」

「ふぁしる、隙ありっ!」

 気絶していたはずの来夜が叫ぶと同時に、ふぁしるの頬の辺りに、飛んできた薬指が引っかかった。ふぁしるは反射的に口許くちもとを覆った黒い布を押さえる。来夜の意思で伸縮自由自在の紐が、薬指を左手までつないでいる。

「元気じゃないか、来夜」

 あきれた口調のふぁしるに、来夜は人差し指をあごに付け、

「あ~ら、来夜ってだぁれ? じいはご存じ?」

 ふぁしるは溜め息混じり、

「来夜、演技下手だぞ。この都に槻来夜つきらいやを知らぬ者がおるはずはないだろう」

「うるせいやいっ、上方かみがたからお忍びで都にくだってきた貴族の令嬢って設定なんでぃ!」

「お頭! ばらしてどうすんですかぃ!」

「あれっ、しまった」

 ふぁしるは、口許くちもとを押さえたまま目を細める。来夜は構わず左手に力を込めて、

「忍び込み用の左手が、こんな役に立つなんてな。いっつも顔隠してるってこたぁ、そこになんか弱点があるんだろう。俺のかわいいかんざしに石ぶつけてくれたお返しに、今日は化けの皮はがしてやらぁ」

「弱点なんかないけれど、来夜にはまだ素顔を知られたくない」

 ふぁしるは立ち上がる。引っかかった薬指は、ぽん、と片手ではじくと簡単にはずれた。

「うきゃあっ!」

 反動で来夜はひっくり返る。おっきな結び帯が重くて起きあがれないのか、足をばたばたさせている。「まだっていつになったらいいんだ?」

「いつだろう……。早くその日が来るといいな」

 ふぁしるはひっくり返った来夜を残して、街の方へ歩いてゆく。

「待てよ! 修理屋! 今日も戦わないのか? 対手ライバルって喧嘩ふっかけたの、あんただろ?」

「戦いたい?」

「俺忙しいんだ」

 大人びたふうにつんと顔を横に向けたもんだから、ふぁしるは思わず吹き出した。

「なんだよ」

 口を尖らす来夜に、

「いや、戦う理由なんて何もないから、いらないね」

「じゃあ、何で最初会ったときあんなこと言った」

 今日こそ化けの皮を剥いでやろうと、来夜は持ち前の好奇心で詰問きつもんする。

「敵として以外、おまえと接触コンタクトとる方法がなかったものだから」

 確かに、来夜は夜の町を飛び交う謎を秘めた天下の盗み屋、普段は変装しているつもりだし、一般人が気軽にお知りあいになれる相手ではないかもしれない。

「なぜ俺と会おうとした?」

「興味があった。おまえの人格に。前の巴宇ぱうのような奴ではと危ぶんでね」

「なんで、町のみんなが俺のことは勇士ヒーローだって言ってるじゃん」

 来夜は眉根を寄せて不安そう。

「前の頭目がひどすぎたからってこともあるだろう?」

「う~ん……」

 腕組している来夜を残して、ふぁしるは遠ざかってゆく。来夜は油断ないまなざしで、その横顔を追う。ふと、またあの淋しそうな目をしている気がした。ふぁしるの姿が遠のいて、来夜は老人姿の男をふり返った。「行こ、円明まるあき

「だからお頭! 本名呼ぶなって――」

「俺をお頭って呼ぶなって何度も――」

「『俺』じゃなくて『あたくし』と――」

 ふたりはわいわい騒ぎながら、原警部のいおりへ向かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

最強のコミュ障探索者、Sランクモンスターから美少女配信者を助けてバズりたおす~でも人前で喋るとか無理なのでコラボ配信は断固お断りします!~

尾藤みそぎ
ファンタジー
陰キャのコミュ障女子高生、灰戸亜紀は人見知りが過ぎるあまりソロでのダンジョン探索をライフワークにしている変わり者。そんな彼女は、ダンジョンの出現に呼応して「プライムアビリティ」に覚醒した希少な特級探索者の1人でもあった。 ある日、亜紀はダンジョンの中層に突如現れたSランクモンスターのサラマンドラに襲われている探索者と遭遇する。 亜紀は人助けと思って、サラマンドラを一撃で撃破し探索者を救出。 ところが、襲われていたのは探索者兼インフルエンサーとして知られる水無瀬しずくで。しかも、救出の様子はすべて生配信されてしまっていた!? そして配信された動画がバズりまくる中、偶然にも同じ学校の生徒だった水無瀬しずくがお礼に現れたことで、亜紀は瞬く間に身バレしてしまう。 さらには、ダンジョン管理局に目をつけられて依頼が舞い込んだり、水無瀬しずくからコラボ配信を持ちかけられたり。 コミュ障を極めてひっそりと生活していた亜紀の日常はガラリと様相を変えて行く! はたして表舞台に立たされてしまった亜紀は安らぎのぼっちライフを守り抜くことができるのか!?

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

高校生とUFO

廣瀬純一
SF
UFOと遭遇した高校生の男女の体が入れ替わる話

【淀屋橋心中】公儀御用瓦師・おとき事件帖  豪商 VS おとき VS 幕府隠密!三つ巴の闘いを制するのは誰?

海善紙葉
歴史・時代
●青春真っ盛り・話題てんこ盛り時代小説 現在、アルファポリスのみで公開中。 *️⃣表紙イラスト︰武藤 径 さん。ありがとうございます、感謝です🤗 武藤径さん https://estar.jp/users/157026694 タイトル等は紙葉が挿入しました😊 ●おとき。17歳。「世直しおとき」の異名を持つ。 ●おときの幼馴染のお民が殺された。役人は、心中事件として処理しようとするが、おときはどうしても納得できない。 お民は、大坂の豪商・淀屋辰五郎の妾になっていたという。おときは、この淀辰が怪しいとにらんで、捜査を開始。 ●一方、幕閣の柳沢吉保も、淀屋失脚を画策。実在(史実)の淀屋辰五郎没落の謎をも巻き込みながら、おときは、モン様こと「近松門左衛門」と二人で、事の真相に迫っていく。 ✳おおさか 江戸時代は「大坂」の表記。明治以降「大阪」表記に。物語では、「大坂」で統一しています。 □主な登場人物□ おとき︰主人公 お民︰おときの幼馴染 伊左次(いさじ)︰寺島家の職人頭。おときの用心棒、元武士 寺島惣右衛門︰公儀御用瓦師・寺島家の当主。おときの父。 モン様︰近松門左衛門。おときは「モン様」と呼んでいる。 久富大志郎︰23歳。大坂西町奉行所同心 分部宗一郎︰大坂城代土岐家の家臣。城代直属の市中探索目附 淀屋辰五郎︰なにわ長者と呼ばれた淀屋の五代目。淀辰と呼ばれる。 大曽根兵庫︰分部とは因縁のある武士。 福島源蔵︰江戸からやってきた侍。伊左次を仇と付け狙う。 西海屋徳右衛門︰ 清兵衛︰墨屋の職人 ゴロさん︰近松門左衛門がよく口にする謎の人物 お駒︰淀辰の妾

処理中です...