17 / 45
八之巻、梅乃屋二階宴小町部屋、柱に見えたり、夜来化石(後篇)
しおりを挟む
金兵衛は、ふらふらしながら仲之町を歩いて、大門を出た。駕籠から下りる客があり、帰る客を待つ駕籠屋の姿もある。
曲者扱いされて妓楼から放り出されのだから、茶屋の者の見送りもない。ただひとつの救いは、愛する萩だけは、来夜の姿を見ているということだ。彼女はひとりで金兵衛の肩を持ってくれたが、梅乃屋の玄関口までさえ、見送りを許してはもらえなかった。遣り手に首根っこをつかまれて、奥に連れてゆかれてしまった。
大門を後にして、とぼとぼ歩いていた金兵衛は、はっとして足を止め、ゆっくりと振り返った。その視線の先には、かつぎのところてん売り。その横で、つるつるうまそうに一本箸を口に運んでいるのは、小さな女の子だ。普通の町娘風の着物、小さな背には大きすぎる風呂敷包みを結わえ付けている。
だがこんなところに子供など、滅多にいるものではない。
もしや、と金兵衛は少女に近付く。
「旦那ぁ、ひとつどうです?」
売り子の声も耳に入らず、少女の目の前に立つ金兵衛、不思議そうに見上げた少女と、ばっちり目があった。
「あ……」
少女の箸を持つ手が止まる。きつめの目尻を、おろした前髪で隠してはいるが――
「旦那?」
「…………てへっ、みつかっちゃった♥」
金兵衛は無言で少女――否、来夜の首に両手を回し、通りの隅へ連れ去ろうとする。
「ああ~ん待ってぇ、全部食べてから~」
どこから出てくるのか、来夜の作り声に普段を知っている金兵衛は、ぞぉ~っとするが、ところてん売りの親父さんは、
「待ってくんなせえよ、番頭さん。この子は淋しいんですよ」
と、訳の分からぬ事を言いだした。
「淋しい? いやその前にあっしは番頭なんかやってっていて~」
来夜がぐりぐりと足を踏みつけたのだ。
状況の飲み込めない親父さんに、
「おじさん、ありがとう。話を聞いてくだすっただけでもあたし、嬉しかったわ」
と、首をちょっと傾けて、来夜は悩殺ものの微笑みを浮かべた。
折良くところてんもたいらげて、来夜はそれじゃ、と片手を挙げると、金兵衛の袖を取りその場を離れた。通りは三曲がりに曲がっている。ひとつめを曲がったところで、ところてん売りは見えなくなった。
「金兵衛、自分が盗み屋ってこと自覚してるか?」
さっきまでとはうってかわって低い声。
「いやなんつーか、こう人気が上がっちまうと……」
今や盗み屋マルニンは都の勇士だ。
「だからこそ危険なんだよ。捕り方たちとの攻防戦を見たいなんていう、厄介な追っかけも多いことだしな」
だから来夜は、昼間っから出歩くときはなるべく変装を解かないのだ。だが遊里に小さな女の子が出没するのは不自然だから、まことしやかな作り話をすることになる。今回は豪商のひとり娘。母に先立たれ、父よりほかに家族はないというのに、父は仕事を番頭に任せ色里通い、娘は淋しさに堪えられず追っかけてきた。だがもうすぐ口うるさい番頭さんが気が付いて自分を追ってくるだろう、という設定だった。
多分中身は変装道具であろう大きな風呂敷包みに、金兵衛は目をやって、
「何も女に化けるこたぁねえじゃねえですかい」
「ついさっきまで禿に化けてたんだ。女に化ける方が、手間が少なかったんだよ。それに俺って綺麗だから、女の恰好してるほうが自然だし」
金兵衛は急にむせた挙げ句、足下の石に蹴躓いて転倒しかけた。
「なに?」
と怖い目で振り返る来夜に、
「そ、そうだ、旦那。お萩ちゃんに花魁のこと訊きましたぜ」
来夜に会う前だろう。萩は花魁・宴小町の世話をする振袖新造だ。
来夜は、え、と振り返る。
「まず刀傷は、ねえそうです」
宴小町の妹女郎である萩は、彼女の化粧を手伝い知っているのだろう。首や胸にもよそおうから、肩から傷があれば気が付くはずだ。
「だがまあこりゃあ、新造になるときにでも付け替えたんでしょう。で、旦那、弟がいるってこたぁ間違えねえようです。花魁、嫌な客の相手で疲れたときなんか、会いたいとこぼすそうで」
来夜は真剣なまなざしで見上げている。
「で、明日の昼見世の頃に、いつもの茶屋で花魁と旦那を会わせようって話になったんです。まだ花魁の返事は聞いちゃいねえが弟のことなら何をおいても行ってくれるって、お萩ちゃんのお墨付きでさ。話はお萩ちゃんがしておいてくれるそうだ」
「うん」
来夜は緊張した面持ちでうなずく。
(ねえちゃんに会える)
胸が高鳴り言葉も出ない。
「よかったっすな、旦那」
金兵衛がぽん、と背中をたたいた。
「うん!」
と、来夜は笑って、
「そうだ、夜来化石の文字について、情報が得られたんだ」
と、ふぁしるに聞いた話を披露する。
「ちょいと待って下せぇ」
金兵衛はちょっと難しい顔をして、「あっしも萩ちゃんに、あの文字について訊いたんでさあ。でも旦那が修理屋から聞いてきたようなこたぁ、言ってなかったですぜ」
「どういうことだ? もっと詳しく話せ」
「お萩ちゃんも、そのお大尽と花魁の話はしてやした。でもその花魁が、身請けされてから正妻として迎えられたなんてぇ話は、お萩ちゃんなんかじゃあ知らねえ話ですぜ」
来夜は首をひねって、
「ふぁしるは、修理屋筋の情報と言ってたんだけど――」
「確かに修理屋たちは、互いに知識やら客の情報やらを交換しあっているってぇが―― 修理屋ふぁしるは、修理屋仲間とも交わらねえ一匹狼で有名な奴だろ。そのふぁしるが仕入れた情報ってえなあ、いささか不自然じゃねえか?」
「じゃあふぁしるが嘘ついてるってこと?」
「嘘つく理由があるか?」
金兵衛も首をひねって、
「旦那、ふぁしるは二十年くらい前と言ったんだよな。そんなら遣り手でも梅乃屋の主人でも、もしかしたら茶屋の女将さんあたりでも、知っているかもしれねえなあ」
梅乃屋のような大見世は、茶屋を通さずには行けない。馴染みの茶屋は店ごとに決まっており、そこで花魁は新造たちと客を待つから、茶屋の主人は情報に通じている。
「ほんと? じゃあふぁしるの話がほんとかどうか確かめられるんだね!」
大きな柳の下で来夜は立ち止まって、
「それじゃもう一度行ってきてよ」
「旦那~~ あんなことがあったあとで、行けるわけないでしょう~」
金兵衛は祟りの幽霊みたいなうらめしい目で来夜を見下ろした。「あっしはなあ、あんなとんでもねえところに落とされたせいで、お萩ちゃんに何しただの天井で何やってただの、さんざん女たちになじられた挙げ句、庄次郎とかいう怖ぇ男にどつかれて、もう散々だったんだぞ!」
「もとはと言えば、お前が手水場へやって来なかったのがいけないのだろ?」
来夜の言い分にも一理ある。だが金兵衛は、真剣な顔で怒っている。
「旦那、もしもう二度とお萩ちゃんに逢わせてもらえねえなんてことになったら、どうしてくれるんですかい」
「ほかの店にまた新しい馴染みでも作ればよかろう」
「旦那!」
金兵衛は憤慨して、
「そんな言い方はよしてくんなせえ。あっしはお萩ちゃんがいるからこそ、足繁く廓通いなんぞしてるんですぜ」
「金兵衛……、本気だったの?」
来夜は目を大きくする。丸い瞳でじっと見上げられ、決まり悪そうに、金兵衛はあさっての方へ視線をそらした。
(与太郎って人もこういう奴だったのかな)
大商人と一介の盗み屋、花魁と新造という差はあるけれど。
「金兵衛もやっぱり萩って人、身請けして、最後には結婚したい?」
「勿論でさあ。でもあっしには到底、そんなことしてあげられる金はありやせんよ」
金兵衛はまだそっぽを向いている。そのつめたい顎の線を見上げながら、来夜は隠れ家の地下に隠してある、大判小判を思い浮かべた。財産管理は平粛に任せているから、どのくらいあるのかはよく知らない。金巴宇が頭目だった頃の収入分もあるはずだから、かなりの額になるはずだ。
巴宇がマルニンの頭目に返り咲きたい理由は、ここにもある。何か目的でもあったのか、彼は盗んで稼いだ金を無駄遣いせずにマルニンの資金としてこつこつと貯めていた。それが頭目の座を奪われマルニンから追い出された途端、来夜のものになってしまったのだから面白くないのは当然だ。
来夜としては、おいしいものを食べる、豪華な着物を身につける、物見遊山に出かける、くらいしか贅沢の方法が思いつかないし、あまり贅沢をすれば目立って身の危険が迫る上、禁制に引っかかって別件逮捕されてはたまらないから、結局金は貯まるばかり、マルニンの生活は庶民水準のままなのだ。
ちなみに無駄遣いの達人のような金兵衛と円明は、地下倉庫への入り口さえ知らない。
「金兵衛、ごめんね」
来夜はちょっと恥ずかしそうに上目遣い。
謝られた本人は思わず目を見張った。
「やめて下せえよ、旦那に謝られちゃあかないませんわ」
それからぼそっと小声で、「ああ薄気味悪っ」
「? 今なんと?」
本当に聞こえなかったようだ。きょとんとした目で見上げている。
「旦那のためとあっちゃあ仕方ねえ。茶屋の女将に訊いてくらあ」
「ほんとに? それじゃあ――」
風呂敷包みを肩から下ろし、道の端で解く。禿の衣装の下から、白い腕が見え隠れする。禿と町娘で腕を変えるとは芸が細かい。目当てのものを探しあて、
「これを積んで喋らせて来ねえ」
差し出したのは両手いっぱいの小判の山。日の暮れた通りにあっても、両脇の店の灯りを受けてきらきらしている。「宴小町についても訊いてきてよ。残りはあんたにやるから」
「うひょっ」
見慣れぬものに思わず奇声を発して、金兵衛はきょろきょろする。慌てて小判を隠すようにして、来夜の小さな手から受け取った。
曲者扱いされて妓楼から放り出されのだから、茶屋の者の見送りもない。ただひとつの救いは、愛する萩だけは、来夜の姿を見ているということだ。彼女はひとりで金兵衛の肩を持ってくれたが、梅乃屋の玄関口までさえ、見送りを許してはもらえなかった。遣り手に首根っこをつかまれて、奥に連れてゆかれてしまった。
大門を後にして、とぼとぼ歩いていた金兵衛は、はっとして足を止め、ゆっくりと振り返った。その視線の先には、かつぎのところてん売り。その横で、つるつるうまそうに一本箸を口に運んでいるのは、小さな女の子だ。普通の町娘風の着物、小さな背には大きすぎる風呂敷包みを結わえ付けている。
だがこんなところに子供など、滅多にいるものではない。
もしや、と金兵衛は少女に近付く。
「旦那ぁ、ひとつどうです?」
売り子の声も耳に入らず、少女の目の前に立つ金兵衛、不思議そうに見上げた少女と、ばっちり目があった。
「あ……」
少女の箸を持つ手が止まる。きつめの目尻を、おろした前髪で隠してはいるが――
「旦那?」
「…………てへっ、みつかっちゃった♥」
金兵衛は無言で少女――否、来夜の首に両手を回し、通りの隅へ連れ去ろうとする。
「ああ~ん待ってぇ、全部食べてから~」
どこから出てくるのか、来夜の作り声に普段を知っている金兵衛は、ぞぉ~っとするが、ところてん売りの親父さんは、
「待ってくんなせえよ、番頭さん。この子は淋しいんですよ」
と、訳の分からぬ事を言いだした。
「淋しい? いやその前にあっしは番頭なんかやってっていて~」
来夜がぐりぐりと足を踏みつけたのだ。
状況の飲み込めない親父さんに、
「おじさん、ありがとう。話を聞いてくだすっただけでもあたし、嬉しかったわ」
と、首をちょっと傾けて、来夜は悩殺ものの微笑みを浮かべた。
折良くところてんもたいらげて、来夜はそれじゃ、と片手を挙げると、金兵衛の袖を取りその場を離れた。通りは三曲がりに曲がっている。ひとつめを曲がったところで、ところてん売りは見えなくなった。
「金兵衛、自分が盗み屋ってこと自覚してるか?」
さっきまでとはうってかわって低い声。
「いやなんつーか、こう人気が上がっちまうと……」
今や盗み屋マルニンは都の勇士だ。
「だからこそ危険なんだよ。捕り方たちとの攻防戦を見たいなんていう、厄介な追っかけも多いことだしな」
だから来夜は、昼間っから出歩くときはなるべく変装を解かないのだ。だが遊里に小さな女の子が出没するのは不自然だから、まことしやかな作り話をすることになる。今回は豪商のひとり娘。母に先立たれ、父よりほかに家族はないというのに、父は仕事を番頭に任せ色里通い、娘は淋しさに堪えられず追っかけてきた。だがもうすぐ口うるさい番頭さんが気が付いて自分を追ってくるだろう、という設定だった。
多分中身は変装道具であろう大きな風呂敷包みに、金兵衛は目をやって、
「何も女に化けるこたぁねえじゃねえですかい」
「ついさっきまで禿に化けてたんだ。女に化ける方が、手間が少なかったんだよ。それに俺って綺麗だから、女の恰好してるほうが自然だし」
金兵衛は急にむせた挙げ句、足下の石に蹴躓いて転倒しかけた。
「なに?」
と怖い目で振り返る来夜に、
「そ、そうだ、旦那。お萩ちゃんに花魁のこと訊きましたぜ」
来夜に会う前だろう。萩は花魁・宴小町の世話をする振袖新造だ。
来夜は、え、と振り返る。
「まず刀傷は、ねえそうです」
宴小町の妹女郎である萩は、彼女の化粧を手伝い知っているのだろう。首や胸にもよそおうから、肩から傷があれば気が付くはずだ。
「だがまあこりゃあ、新造になるときにでも付け替えたんでしょう。で、旦那、弟がいるってこたぁ間違えねえようです。花魁、嫌な客の相手で疲れたときなんか、会いたいとこぼすそうで」
来夜は真剣なまなざしで見上げている。
「で、明日の昼見世の頃に、いつもの茶屋で花魁と旦那を会わせようって話になったんです。まだ花魁の返事は聞いちゃいねえが弟のことなら何をおいても行ってくれるって、お萩ちゃんのお墨付きでさ。話はお萩ちゃんがしておいてくれるそうだ」
「うん」
来夜は緊張した面持ちでうなずく。
(ねえちゃんに会える)
胸が高鳴り言葉も出ない。
「よかったっすな、旦那」
金兵衛がぽん、と背中をたたいた。
「うん!」
と、来夜は笑って、
「そうだ、夜来化石の文字について、情報が得られたんだ」
と、ふぁしるに聞いた話を披露する。
「ちょいと待って下せぇ」
金兵衛はちょっと難しい顔をして、「あっしも萩ちゃんに、あの文字について訊いたんでさあ。でも旦那が修理屋から聞いてきたようなこたぁ、言ってなかったですぜ」
「どういうことだ? もっと詳しく話せ」
「お萩ちゃんも、そのお大尽と花魁の話はしてやした。でもその花魁が、身請けされてから正妻として迎えられたなんてぇ話は、お萩ちゃんなんかじゃあ知らねえ話ですぜ」
来夜は首をひねって、
「ふぁしるは、修理屋筋の情報と言ってたんだけど――」
「確かに修理屋たちは、互いに知識やら客の情報やらを交換しあっているってぇが―― 修理屋ふぁしるは、修理屋仲間とも交わらねえ一匹狼で有名な奴だろ。そのふぁしるが仕入れた情報ってえなあ、いささか不自然じゃねえか?」
「じゃあふぁしるが嘘ついてるってこと?」
「嘘つく理由があるか?」
金兵衛も首をひねって、
「旦那、ふぁしるは二十年くらい前と言ったんだよな。そんなら遣り手でも梅乃屋の主人でも、もしかしたら茶屋の女将さんあたりでも、知っているかもしれねえなあ」
梅乃屋のような大見世は、茶屋を通さずには行けない。馴染みの茶屋は店ごとに決まっており、そこで花魁は新造たちと客を待つから、茶屋の主人は情報に通じている。
「ほんと? じゃあふぁしるの話がほんとかどうか確かめられるんだね!」
大きな柳の下で来夜は立ち止まって、
「それじゃもう一度行ってきてよ」
「旦那~~ あんなことがあったあとで、行けるわけないでしょう~」
金兵衛は祟りの幽霊みたいなうらめしい目で来夜を見下ろした。「あっしはなあ、あんなとんでもねえところに落とされたせいで、お萩ちゃんに何しただの天井で何やってただの、さんざん女たちになじられた挙げ句、庄次郎とかいう怖ぇ男にどつかれて、もう散々だったんだぞ!」
「もとはと言えば、お前が手水場へやって来なかったのがいけないのだろ?」
来夜の言い分にも一理ある。だが金兵衛は、真剣な顔で怒っている。
「旦那、もしもう二度とお萩ちゃんに逢わせてもらえねえなんてことになったら、どうしてくれるんですかい」
「ほかの店にまた新しい馴染みでも作ればよかろう」
「旦那!」
金兵衛は憤慨して、
「そんな言い方はよしてくんなせえ。あっしはお萩ちゃんがいるからこそ、足繁く廓通いなんぞしてるんですぜ」
「金兵衛……、本気だったの?」
来夜は目を大きくする。丸い瞳でじっと見上げられ、決まり悪そうに、金兵衛はあさっての方へ視線をそらした。
(与太郎って人もこういう奴だったのかな)
大商人と一介の盗み屋、花魁と新造という差はあるけれど。
「金兵衛もやっぱり萩って人、身請けして、最後には結婚したい?」
「勿論でさあ。でもあっしには到底、そんなことしてあげられる金はありやせんよ」
金兵衛はまだそっぽを向いている。そのつめたい顎の線を見上げながら、来夜は隠れ家の地下に隠してある、大判小判を思い浮かべた。財産管理は平粛に任せているから、どのくらいあるのかはよく知らない。金巴宇が頭目だった頃の収入分もあるはずだから、かなりの額になるはずだ。
巴宇がマルニンの頭目に返り咲きたい理由は、ここにもある。何か目的でもあったのか、彼は盗んで稼いだ金を無駄遣いせずにマルニンの資金としてこつこつと貯めていた。それが頭目の座を奪われマルニンから追い出された途端、来夜のものになってしまったのだから面白くないのは当然だ。
来夜としては、おいしいものを食べる、豪華な着物を身につける、物見遊山に出かける、くらいしか贅沢の方法が思いつかないし、あまり贅沢をすれば目立って身の危険が迫る上、禁制に引っかかって別件逮捕されてはたまらないから、結局金は貯まるばかり、マルニンの生活は庶民水準のままなのだ。
ちなみに無駄遣いの達人のような金兵衛と円明は、地下倉庫への入り口さえ知らない。
「金兵衛、ごめんね」
来夜はちょっと恥ずかしそうに上目遣い。
謝られた本人は思わず目を見張った。
「やめて下せえよ、旦那に謝られちゃあかないませんわ」
それからぼそっと小声で、「ああ薄気味悪っ」
「? 今なんと?」
本当に聞こえなかったようだ。きょとんとした目で見上げている。
「旦那のためとあっちゃあ仕方ねえ。茶屋の女将に訊いてくらあ」
「ほんとに? それじゃあ――」
風呂敷包みを肩から下ろし、道の端で解く。禿の衣装の下から、白い腕が見え隠れする。禿と町娘で腕を変えるとは芸が細かい。目当てのものを探しあて、
「これを積んで喋らせて来ねえ」
差し出したのは両手いっぱいの小判の山。日の暮れた通りにあっても、両脇の店の灯りを受けてきらきらしている。「宴小町についても訊いてきてよ。残りはあんたにやるから」
「うひょっ」
見慣れぬものに思わず奇声を発して、金兵衛はきょろきょろする。慌てて小判を隠すようにして、来夜の小さな手から受け取った。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
最強のコミュ障探索者、Sランクモンスターから美少女配信者を助けてバズりたおす~でも人前で喋るとか無理なのでコラボ配信は断固お断りします!~
尾藤みそぎ
ファンタジー
陰キャのコミュ障女子高生、灰戸亜紀は人見知りが過ぎるあまりソロでのダンジョン探索をライフワークにしている変わり者。そんな彼女は、ダンジョンの出現に呼応して「プライムアビリティ」に覚醒した希少な特級探索者の1人でもあった。
ある日、亜紀はダンジョンの中層に突如現れたSランクモンスターのサラマンドラに襲われている探索者と遭遇する。
亜紀は人助けと思って、サラマンドラを一撃で撃破し探索者を救出。
ところが、襲われていたのは探索者兼インフルエンサーとして知られる水無瀬しずくで。しかも、救出の様子はすべて生配信されてしまっていた!?
そして配信された動画がバズりまくる中、偶然にも同じ学校の生徒だった水無瀬しずくがお礼に現れたことで、亜紀は瞬く間に身バレしてしまう。
さらには、ダンジョン管理局に目をつけられて依頼が舞い込んだり、水無瀬しずくからコラボ配信を持ちかけられたり。
コミュ障を極めてひっそりと生活していた亜紀の日常はガラリと様相を変えて行く!
はたして表舞台に立たされてしまった亜紀は安らぎのぼっちライフを守り抜くことができるのか!?
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【淀屋橋心中】公儀御用瓦師・おとき事件帖 豪商 VS おとき VS 幕府隠密!三つ巴の闘いを制するのは誰?
海善紙葉
歴史・時代
●青春真っ盛り・話題てんこ盛り時代小説
現在、アルファポリスのみで公開中。
*️⃣表紙イラスト︰武藤 径 さん。ありがとうございます、感謝です🤗
武藤径さん https://estar.jp/users/157026694
タイトル等は紙葉が挿入しました😊
●おとき。17歳。「世直しおとき」の異名を持つ。
●おときの幼馴染のお民が殺された。役人は、心中事件として処理しようとするが、おときはどうしても納得できない。
お民は、大坂の豪商・淀屋辰五郎の妾になっていたという。おときは、この淀辰が怪しいとにらんで、捜査を開始。
●一方、幕閣の柳沢吉保も、淀屋失脚を画策。実在(史実)の淀屋辰五郎没落の謎をも巻き込みながら、おときは、モン様こと「近松門左衛門」と二人で、事の真相に迫っていく。
✳おおさか
江戸時代は「大坂」の表記。明治以降「大阪」表記に。物語では、「大坂」で統一しています。
□主な登場人物□
おとき︰主人公
お民︰おときの幼馴染
伊左次(いさじ)︰寺島家の職人頭。おときの用心棒、元武士
寺島惣右衛門︰公儀御用瓦師・寺島家の当主。おときの父。
モン様︰近松門左衛門。おときは「モン様」と呼んでいる。
久富大志郎︰23歳。大坂西町奉行所同心
分部宗一郎︰大坂城代土岐家の家臣。城代直属の市中探索目附
淀屋辰五郎︰なにわ長者と呼ばれた淀屋の五代目。淀辰と呼ばれる。
大曽根兵庫︰分部とは因縁のある武士。
福島源蔵︰江戸からやってきた侍。伊左次を仇と付け狙う。
西海屋徳右衛門︰
清兵衛︰墨屋の職人
ゴロさん︰近松門左衛門がよく口にする謎の人物
お駒︰淀辰の妾
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる