11 / 45
五之巻、町奉行所に潜入でぃっ!(後篇)
しおりを挟む
支えあい密集する家々の隙間から、西日が一筋のびて、裏通りにあいた戸口から差し込んでいる。
隠れ家に戻り冷茶の一杯でも飲んで、ようやく涼しくなった頃、来夜の話を聞き終えた粛さんは、難しい顔をした。
「削除済み、か」
「どういうこと……?」
不安そうな来夜に、
「何者かが台帳の文字を書き換えたか、塗りつぶしたか、もしくはその頁を破り捨てたか。上部のお役人から圧力がかかったのかもしれないし、窓口係の者に、賄賂が送られたかも知れない。それとも何者かがお役所に侵入したか。いずれにせよ、槻雪花殿は何か事件に――」
「粛さん、お頭を心配させるようなこと並べるなよ」
後ろから、来夜の長い髪を撫でてくれたのは、陶円明だ。「こういうこたぁ、事件好きの亮さんの領分だなあ」
原亮は事件解決と、知能犯との知恵比べに男の浪漫を感じる、ちょっと困った警部だ。
「確かにあの人なら、きちんと頼めば盗み屋の依頼でも聞いてくれそうですが」
公私混同はしない、という信条に添って、仕事中以外は盗み屋を見かけても捕縛しない、ということらしいが。
「ちっと待ちねえ、粛さん。今気付いたんだが――」
さえぎったのは紀金兵衛だ。「姉上さんは、旦那を何とかってぇ寺に預けたんでしょ? だったらそこの寺の住職に訊きゃあ、もうちっと詳しいことが分かるかもしりゃあせんぜ」
だが、金兵衛の言葉に粛と来夜、二人が同時に溜め息ついた。
「寿隆寺に戻るのは……」
「和尚、怒ってるもんねえ」
実は―― 子供のいなかった寿隆寺の住職・金瑞宇は、引き取った来夜を跡取りにしようと、大切に育てていたのだ。
「その住職の金瑞宇って――」
来夜の幼い頃を語りだした粛に、金兵衛が尋ねる。
「そう、ご察しの通り、マルニン初代頭目・金巴宇とはご兄弟です。巴宇のお兄さんなんですね」
「なにぃぃ? 巴宇の奴、寺の息子だったのか!」
「その瑞宇さんてぇ人は、さぞや肩身の狭いことだろうに」
陶円明の言葉に、来夜はうんうん頷き、
「和尚、弟のこと全然話さないもん。だからねえ、跡継ぎにしようと思ってた俺までが盗み屋になっちゃって、怒ってんの。ちょっと寿隆寺には帰れねえわけよ」
五才になった来夜には、幼さのせいか、はたまた天賦の才あってか、瑞宇和尚の仕事より放蕩息子・巴宇の盗み屋稼業の方がずっと魅力的に映った。その頃から盗み屋の真似事をするようになった来夜は、一年が経つ頃には巴宇の手下になっていた。
ちなみに平粛は、来夜が寺にいた頃から身の回りを世話してくれていた坊さんだ。
「へ~~、粛さんが剃髪してるとこなんて想像出来ねえなあ」
「じじいになりゃあ見られるよ」
と、陶円明。
「あなたの方が先でしょうけどね」
粛さんもしっかりやり返す。
来夜と平粛が加わり、金巴宇も次第に盗みの腕を上げ、盗み屋マルニンは都中に鳴り響く盗み屋となる。その頃紀金兵衛や陶円明、今は金巴宇の手下になった銀南が加わったのだ。
来夜は成長と共に盗みの腕を上げ巴宇を凌ぐようになる。頭目の座に危機を感じた巴宇は来夜を消そうとたくらむが、既に時遅し、銀南を除く手下たちの情はすっかり来夜に移っていた。
「ねーちゃんのことだもん。腹すえて和尚に会いに行くよ」
決意を固めて来夜が宣言した。「ね、粛」
相槌求められて、粛さん震え上がりつつ、
「そ、そうですね……」
首をすくめて呟いたのだった。
隠れ家に戻り冷茶の一杯でも飲んで、ようやく涼しくなった頃、来夜の話を聞き終えた粛さんは、難しい顔をした。
「削除済み、か」
「どういうこと……?」
不安そうな来夜に、
「何者かが台帳の文字を書き換えたか、塗りつぶしたか、もしくはその頁を破り捨てたか。上部のお役人から圧力がかかったのかもしれないし、窓口係の者に、賄賂が送られたかも知れない。それとも何者かがお役所に侵入したか。いずれにせよ、槻雪花殿は何か事件に――」
「粛さん、お頭を心配させるようなこと並べるなよ」
後ろから、来夜の長い髪を撫でてくれたのは、陶円明だ。「こういうこたぁ、事件好きの亮さんの領分だなあ」
原亮は事件解決と、知能犯との知恵比べに男の浪漫を感じる、ちょっと困った警部だ。
「確かにあの人なら、きちんと頼めば盗み屋の依頼でも聞いてくれそうですが」
公私混同はしない、という信条に添って、仕事中以外は盗み屋を見かけても捕縛しない、ということらしいが。
「ちっと待ちねえ、粛さん。今気付いたんだが――」
さえぎったのは紀金兵衛だ。「姉上さんは、旦那を何とかってぇ寺に預けたんでしょ? だったらそこの寺の住職に訊きゃあ、もうちっと詳しいことが分かるかもしりゃあせんぜ」
だが、金兵衛の言葉に粛と来夜、二人が同時に溜め息ついた。
「寿隆寺に戻るのは……」
「和尚、怒ってるもんねえ」
実は―― 子供のいなかった寿隆寺の住職・金瑞宇は、引き取った来夜を跡取りにしようと、大切に育てていたのだ。
「その住職の金瑞宇って――」
来夜の幼い頃を語りだした粛に、金兵衛が尋ねる。
「そう、ご察しの通り、マルニン初代頭目・金巴宇とはご兄弟です。巴宇のお兄さんなんですね」
「なにぃぃ? 巴宇の奴、寺の息子だったのか!」
「その瑞宇さんてぇ人は、さぞや肩身の狭いことだろうに」
陶円明の言葉に、来夜はうんうん頷き、
「和尚、弟のこと全然話さないもん。だからねえ、跡継ぎにしようと思ってた俺までが盗み屋になっちゃって、怒ってんの。ちょっと寿隆寺には帰れねえわけよ」
五才になった来夜には、幼さのせいか、はたまた天賦の才あってか、瑞宇和尚の仕事より放蕩息子・巴宇の盗み屋稼業の方がずっと魅力的に映った。その頃から盗み屋の真似事をするようになった来夜は、一年が経つ頃には巴宇の手下になっていた。
ちなみに平粛は、来夜が寺にいた頃から身の回りを世話してくれていた坊さんだ。
「へ~~、粛さんが剃髪してるとこなんて想像出来ねえなあ」
「じじいになりゃあ見られるよ」
と、陶円明。
「あなたの方が先でしょうけどね」
粛さんもしっかりやり返す。
来夜と平粛が加わり、金巴宇も次第に盗みの腕を上げ、盗み屋マルニンは都中に鳴り響く盗み屋となる。その頃紀金兵衛や陶円明、今は金巴宇の手下になった銀南が加わったのだ。
来夜は成長と共に盗みの腕を上げ巴宇を凌ぐようになる。頭目の座に危機を感じた巴宇は来夜を消そうとたくらむが、既に時遅し、銀南を除く手下たちの情はすっかり来夜に移っていた。
「ねーちゃんのことだもん。腹すえて和尚に会いに行くよ」
決意を固めて来夜が宣言した。「ね、粛」
相槌求められて、粛さん震え上がりつつ、
「そ、そうですね……」
首をすくめて呟いたのだった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
最強のコミュ障探索者、Sランクモンスターから美少女配信者を助けてバズりたおす~でも人前で喋るとか無理なのでコラボ配信は断固お断りします!~
尾藤みそぎ
ファンタジー
陰キャのコミュ障女子高生、灰戸亜紀は人見知りが過ぎるあまりソロでのダンジョン探索をライフワークにしている変わり者。そんな彼女は、ダンジョンの出現に呼応して「プライムアビリティ」に覚醒した希少な特級探索者の1人でもあった。
ある日、亜紀はダンジョンの中層に突如現れたSランクモンスターのサラマンドラに襲われている探索者と遭遇する。
亜紀は人助けと思って、サラマンドラを一撃で撃破し探索者を救出。
ところが、襲われていたのは探索者兼インフルエンサーとして知られる水無瀬しずくで。しかも、救出の様子はすべて生配信されてしまっていた!?
そして配信された動画がバズりまくる中、偶然にも同じ学校の生徒だった水無瀬しずくがお礼に現れたことで、亜紀は瞬く間に身バレしてしまう。
さらには、ダンジョン管理局に目をつけられて依頼が舞い込んだり、水無瀬しずくからコラボ配信を持ちかけられたり。
コミュ障を極めてひっそりと生活していた亜紀の日常はガラリと様相を変えて行く!
はたして表舞台に立たされてしまった亜紀は安らぎのぼっちライフを守り抜くことができるのか!?
【淀屋橋心中】公儀御用瓦師・おとき事件帖 豪商 VS おとき VS 幕府隠密!三つ巴の闘いを制するのは誰?
海善紙葉
歴史・時代
●青春真っ盛り・話題てんこ盛り時代小説
現在、アルファポリスのみで公開中。
*️⃣表紙イラスト︰武藤 径 さん。ありがとうございます、感謝です🤗
武藤径さん https://estar.jp/users/157026694
タイトル等は紙葉が挿入しました😊
●おとき。17歳。「世直しおとき」の異名を持つ。
●おときの幼馴染のお民が殺された。役人は、心中事件として処理しようとするが、おときはどうしても納得できない。
お民は、大坂の豪商・淀屋辰五郎の妾になっていたという。おときは、この淀辰が怪しいとにらんで、捜査を開始。
●一方、幕閣の柳沢吉保も、淀屋失脚を画策。実在(史実)の淀屋辰五郎没落の謎をも巻き込みながら、おときは、モン様こと「近松門左衛門」と二人で、事の真相に迫っていく。
✳おおさか
江戸時代は「大坂」の表記。明治以降「大阪」表記に。物語では、「大坂」で統一しています。
□主な登場人物□
おとき︰主人公
お民︰おときの幼馴染
伊左次(いさじ)︰寺島家の職人頭。おときの用心棒、元武士
寺島惣右衛門︰公儀御用瓦師・寺島家の当主。おときの父。
モン様︰近松門左衛門。おときは「モン様」と呼んでいる。
久富大志郎︰23歳。大坂西町奉行所同心
分部宗一郎︰大坂城代土岐家の家臣。城代直属の市中探索目附
淀屋辰五郎︰なにわ長者と呼ばれた淀屋の五代目。淀辰と呼ばれる。
大曽根兵庫︰分部とは因縁のある武士。
福島源蔵︰江戸からやってきた侍。伊左次を仇と付け狙う。
西海屋徳右衛門︰
清兵衛︰墨屋の職人
ゴロさん︰近松門左衛門がよく口にする謎の人物
お駒︰淀辰の妾
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる